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FreiheitOnline‐フライハイトオンライン‐  作者: 立花詩歌
第八章『アンドロイド四姉妹―分かたれた欠片―』
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(5)『舐めてますよね?』

 やや冷たい空気が満ちる薄明かるい街中に、剣戟(けんげき)が奏でる涼やかな金属音が幾度も連なって響き渡る。至近に聞こえる風切り音はその場の気持ちのいい緊張感を殊更に駆り立て、その()()はお互いの心臓の高鳴りを煽るように徐々にテンポを速めていく。

 早朝のトゥルムの街道で俺と共に物騒な合奏に興じている()()――俺の群影刀(バスカーヴィル)の黒色の刃と対比的な白刃の短剣(ダガー)を両手に携えた機械人形(マシンドール)たちは、偶然出会った自称ベータテスターの少女[エマ]の持つスキル【盲目の幻想世界ラヴ・イズ・ブラインド】によって召喚された“侍従人形(サーヴァンドール)”たちだ。

 華奢で丸みを帯びたボディラインや黒髪ツインテールを意識したのだろう頭部のデザイン、そしてその身に纏った軽装鎧仕様のメイド服を見る限り、プレイヤーと同世代の少女を(かたど)った女性型アンドロイド――所謂ガイノイドであり、その外見的な雰囲気はリコやサジテールに非常に近い。サジテールの方が各所により機械っぽさが残ってはいるが、リコほど人間らしい外見というわけでもない、ちょうど二人の中間に当たるバランスだろう。

 ただ一点、二人と違うところがあるとすればその表情だ。

 リコやサジテール同様、それなりに豊かな表情に適した人間(プレイヤー)らしい造形の顔を持っている割に、その面持ちは機械系人型モンスター等にありがちな何処と無く薄い微笑みにも見える、凍りつくような無表情だ。その容姿は普段ならこんなものかと気にならないが、いざ戦いに入ると変わらない表情が薄気味悪くて仕方がない。

 しかし外見はどうあれ、その機械的で正確な剣捌きや気持ち悪いほど一貫した体運び、そして常に()に向けられている冷徹な視線を見る限り彼女たちが戦闘行為を前提に作り出された一面を持っていることを顕著に物語っていた。

 何にせよケルベロスやリコ、テルのような独立戦闘介入型NPCヒューマノイド・インターフェースや汎用召喚スキル【精霊召喚式(サモンド・プレイ)】等を除けば剣術を主とする召喚獣なんて今まで見たことがないから、ある意味貴重な経験と言えば確かにそうなのだろう。


(まぁ……より欲を言うなら、もっと手応えが欲しかったところだけど)


 剣を交える度に大きく脈動する心臓とは裏腹に、侍従人形(サーヴァンドール)二人の猛攻が普通に()なせる程度のものであることに物足りなさを感じていた。

 決闘が始まってから約五分が経過した今の今まで、侍従人形(サーヴァンドール)の主人であるエマ自身はまったく戦闘に関わってくる素振りはなく、何故か戦いは従者に任せきりで戦いの顛末を後ろから傍観しているだけだった。さすがに戦闘は丸投げしているなんてことはないだろうが、これではあまりにも口だけが過ぎる。

 個人的にはこのまましばらく遊んでいてもいいのだが、侍従人形(サーヴァンドール)の相手は俺にとっても所詮は遊び。貴重な経験は(もっと)もだが、恐らく侍従人形(サーヴァンドール)魔犬の群隊(バスカーヴィルズ)人喰い影魔(ディスブライト)盲目にして無貌のもの(ニャルラトホテプ)よりも弱い中級クラスの召喚獣だ。それどころか≪アルカナクラウン≫メイド隊より弱い可能性まである。

 そうなると、ストレス等の発散という当初の目的を果たすにはプレイヤーのエマを引きずり出す必要があるわけだ。

 それを考えればそれこそ魔犬の群隊(バスカーヴィルズ)を使って侍従人形(サーヴァンドール)退(しりぞ)けてもいいのだが、正直人が居ないとは言えこんな公の場で貴重な手の内(カード)を晒したくないのもまた本心だ。

 困ったというほどではないが、あまり策を弄するのもストレス発散の目的から外れる気がして躊躇われる。

 そんなことを色々考えていたために、いまいち乗り切れないまま今に至っていた。


「ま、地道にやるしかないってことね」


 結局最初からわかりきっていた結論を認めて色々と諦めた俺は、その刹那振り下ろされた侍従人形(サーヴァンドール)の持つ短剣(ダガー)の切っ先を苦もなく(かわ)し、俺からすればまだ隙の残るその手首を捻るように地面に引き倒す。そして事のついでに奪っておいた短剣(ダガー)をその侍従人形(サーヴァンドール)の背中に突き立てるとすぐに転身――もう一人の侍従人形(サーヴァンドール)に肉薄する。


「今更ながらで悪いけど、このくらいじゃ足止めにもならないよ」


 機械人形としての性質なのか、何度か見ただけでも動きが読めるようになった刺突撃(スタブ)を苦もなく(かわ)しつつ、すれ違いざまに群影刀(バスカーヴィル)の峰でその手の短剣(ダガー)を強く跳ね上げる。すると、弾かれるように手から離れて放物線を描いた短剣(ダガー)はエマの足元に落ちて軽い金属音を響かせた。

 そして、武器の喪失(ウェポン・ロスト)で一瞬静止した侍従人形(サーヴァンドール)を同じように地面に引き倒し、くるりと群影刀(バスカーヴィル)を回して逆手に持ち換える。


 ――鬼刃抜刀(きじんばっとう)――


 (にわか)に燃えているような赤いオーラを纏った群影刀(バスカーヴィル)を足元の侍従人形(サーヴァンドール)の胸に突き立てて、その鋭さ任せに胴体を大きく切り裂くと、そのまま侍従人形(サーヴァンドール)は動かなくなった。


「おおッ、何と言う切れ味。電話帳でもザクザク切りたくなりますね」

「何そのテレホンショッピングみたいな試し切り。包丁と一緒にされても困るんだけど」


 一人勝手にハイテンションになっているエマにそう返しつつ、侍従人形(サーヴァンドール)の残骸から群影刀(バスカーヴィル)を引き抜いて、再び順手に持ち直す。

 すると、さすがに余裕の様子を保てる状況ではないのを理解したのか、エマは(おもむろ)に足元の短剣(ダガー)を拾い上げると、それをウィンドウに放り込み、改めて大きめの西洋軍刀(トゥーハンドサーベル)を実体化させた。


「それがあなたの持ち武器(メインウェポン)なの? エマ」

「いえいえ、実はこれ非装備武器(フリーウェポン)なんですよ。武器装備枠(ウェポンスロット)が埋まってましてね」

「それはまた難儀な――」


 ――そしてまだ舐められてるらしい。

 さっきの本がひとつ装備枠を占めているにしても、まだ主力装備枠が一つ分残っているはず。それを使わないということは、俺が使うまでもない相手だと見做されているということだ。

 多少感情がささくれだってくるのを感じるが、今回は初めから勝敗は問題じゃない。あくまでも気楽に、気分転換のつもりで叩きのめす方向でいくとしよう。


「まあ、そう不満気な顔しないでくださいよ、シイナさん。まだ何となくですけど、シイナさんの実力はわかりました。退屈はさせません。それに――」


 俺の考えを見透かすようにくすりと薄い笑みを浮かべたエマは大軍刀(THサーベル)を両手で構えると、魅せるように大きくゆっくりと頭上に振り上げた。


「――シイナさんも私を舐めてますよね?」


 その瞬間、一歩だけ前に出たエマへの反応が図星を突かれたこともあってわずかに遅れた――――そして、時間にしてたった一秒にも満たないその緩やかな意識の麻痺から目覚めた俺を鋭い()()が襲った。


「……え?」


 思わずぐらつきかけた視界に、残像のように振るわれた大軍刀(THサーベル)の刃の軌跡と死骸狼衣の胸装備フェンリルテイル・ブレストを引き裂いて胸元に走る大きな斬り傷が映り込む。

 確かに舐めていたかもしれない。警戒していなかった。あるべき緊張を欠いていた。油断や慢心の類はあっただろう。だが、それでもいざ刃に晒されれば反応できる自信はあった。


「言ったでしょう、私はベータテスターですと。隙を見せれば、それはもう強者(ワタシ)の独壇場ですよ」

「うん、ごめん。そうだった」


 見た目の割に耐えられないこともない傷を、落ちそうで落ちない胸当て布の破片ごと左手で庇いつつ、よろけそうになりながらも一歩、二歩と後退ってエマから距離を取る。


「あんまり好戦的には見えなかったから、ついね」

「だとしたら私の作戦勝ちですね! 私の二つ名は“常春の興言廻しトリクル・リリックスター”。大抵のことは笑顔で煙に巻いちゃう、自称トリックスターの大ベテランですから」

「身に沁みたよ」


 正直、この世界では強さを感じさせないのも一つの強さだ。

 アプリコットや詩音(シオン)はそれが非常にうまく、アンダーヒルや刹那は基本下手だ。考えればわかることだが、それは性格によるところも大きい。相手の領域に入り込む際に、油断しにくい外面を纏うことができるか否かが分かれ目だ。

 (もっと)も、詩音の場合は誰に対しても素で接しているだけなのだが。


「そうだね。それなら私も、変に惜しまず名乗ればよかったかも」

「ふむふむ、ようやく本当のシイナさんが見れそうですね。期待で胸が膨らむとはこのことです。まぁ、こっちの方は見ての通りすっとんですけど」


 いきなり自分の胸元を撫で示しながら自虐ネタで締めてきたエマは大軍刀(THサーベル)の構えを解くと、それを地面に立てるようにして捧げ持つ。

 どういう意図の行動かは分からないが、少なくとも油断でないことは確かだろう。しかし、構えを取っていないというのはこちらとしても好都合だ。

 そろそろただ遊ぶのも頃合いだろう。


「【魔犬召喚術式バスカーヴィル・コーリング】、モード――――『激情の雷犬(エクレール・ラルム)』」


 エマに聞こえているかいないかといった程度の声量でそう命じると、足元に出現した黒い液状の影から膨らむように雷の霊犬“激情の雷犬(エクレール・ラルム)”がざわざわと毛を逆立てながら姿を現した。

 その姿を見たエマは呆気に取られたように驚きの表情を浮かべる。


「……そのワンちゃん、確か巨塔(ミッテヴェルト)の――」

「第五十七層『吹きすさぶ雷嵐の天空城』のボス。正真正銘の本物だよ」


 俺がそう言うと、その言葉に呼応するように恐らくレナ本人だろう激情の雷犬(エクレール・ラルム)が身体の表面を覆う雷の鎧(アルミュル)をバチバチと激しく通電させる。


「ややや、これは驚きましたよっ。まさか、ボスクラス――しかも(ミッテ)だなんて、自称トリックスターも形無しです」

「私の二つ名は“雷犬の魔女ラルム・デ・ソルシエール”。この子は私の可愛い部下……。この胸の傷の借りは返させてもらうね」


 激情の雷犬(エクレール・ラルム)を牽制として使いつつ、そこで初めてアイテムボックスから取り出した速乾性のポーションを傷口に直接流しかけ、同じく取り出した安全ピンで軽く装備を纏めて止める。

 システム上保護が効いているから絶対に外れて落ちるなんてことはないが、気になって集中が乱れないようにするための措置だ。


「それじゃ私は今度も本気でいきますね。この重鎮剣(ヘヴィージャック)も、一度抜いたらなかなか引っ込みつかないので」


 “ヘヴィージャック”という名前らしい大軍刀(THサーベル)を掲げるように上に向けたエマは、再びそれを正面で構え直した。


「それではもう一度仕切り直しの【盲目の幻想世界ラヴ・イズ・ブラインド】、おいでませ、侍従人形(サーヴァンドール)!」


 エマがそう叫ぶと、さっきと同じように魔法陣が足元に映し出され、再び二体の侍従人形(サーヴァンドール)が出現する。


「あなたたちは激情の雷犬(エクレール・ラルム)の相手を」

「「了解(ラジャー)命令には絶対服従オーダーズ・アー・オーダーズ」」

「えっ!?」


 コイツら喋れたのか。


「んむ、どうしました?」

「ううん、何でもないよ」


 返事というにはあまりにも定型文じみた台詞だったが、もしかしてこの機械人形(マシンドール)召喚スキル――――独立戦闘介入型NPCヒューマノイド・インターフェース絡みなのか?

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