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FreiheitOnline‐フライハイトオンライン‐  作者: 立花詩歌
第一章『デッドエンドオンライン―豹変世界―』
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(15)『衝波咆号-バインド・ボイス-』

目には目を、歯には歯を、犬には犬を。その呼び声に銃機の猟犬と雷火の妖犬が応え、女帝の元に馳せ参じる。銃火と雷撃が轟く中で、ケルベロスは嗤い、あくびを漏らす。

真の試練はここから始まる。

「我ガ指揮下ニ連ナル三百ノ『魔犬ノ群隊(バスカーヴィルズ)』ヨ。我ハコレヨリ厳粛ナル試練ニ臨ム。無粋ヲ看過セヌヨウ、ソノ者タチヲ捕ラエヨ」


 『左の頭』の命令で妖魔犬(バスカーヴィル)たちの一団がザザッと動き、刹那・トドロキさん・アンダーヒル・ネアちゃん――つまり俺以外の四人を取り囲んだ。


「ちょっ、なんなのよコイツら!」


 囲まれた四人は各々警戒体勢に入るが、彼女たちの気力(SP)はかなり消耗しきっているのに対し、魔犬の群は多分二百五十匹以上、つまり三百の全軍の80%は回復した状態。いくら三人がFOでも上位に位置するだろう実力者でも、まともな戦いをして無事で済むとは思えない。

 俺が魔犬の将(ケルベロス)を前にして、()()()()()()()()()()なんていう判断に思考のリソースを割いていると、


「だぁぁぁぁっ、もうッ! さっきから犬、犬っ、犬ばっかりッ! さっさと()ね、鬱陶(うっとう)しいッ!」


 刹那がブチキレた時の悪い癖――――だんっだんっと激しく地面を蹴りつけるような破壊的地団駄(じだんだ)の音と共に、その怒声が大気を震わせた。

 さ、さっきのケルベロスの【衝波咆号(バインド・ボイス)】並みの声だぞ、これ。

 何してもほとんど動じなかった妖魔犬(バスカーヴィル)たちが一瞬(ひる)んでるし、『ドレッドホール・ノームワーム』が出た時より動揺してるみたいだ。

 と思わず背筋が凍りついた――――次の瞬間、再び刹那の怒声が轟く。


「目には目、歯には歯、犬には犬ッ! 【精霊召喚式(サモンド・プレイ)】〔“双頭機犬(オールロスト)”オルトロス〕〔激情の雷犬(エクレール・ラルム)〕!」


 や、やりやがったぞ……!

 思わずケルベロスのことも忘れて振り返ると、刹那は怒りに任せて魔力(MP)をほぼ全て使いきり、二体の召喚獣を呼び出していた――呼び出してしまっていた。

 刹那の前方に左右二体。

 大刃(ブレード)側砲(ガンポッド)から成る武装鎧甲で半ばサイボーグ化したような外見の黒い双頭犬が、第四十六層『永呪監獄(プリズン・フリーク)』の獄卒獣、“双頭機犬(オールロスト)”オルトロス。

 そしてふさふさとした尻尾の毛を逆立てて周囲にスパークを散らしている、黄色っぽい毛並みを持つ狼のような大犬が第五十七層『()きすさぶ雷嵐(らいらん)天空城(てんくうじょう)』の主、激情の雷犬(エクレール・ラルム)だ。

 さすがの妖魔犬(バスカーヴィル)たちも、刹那の怒りの雄叫びリアル・バインド・ボイスに続いて、強力な同種のボスモンスター二体の出現に警戒心を増すように、一歩ずつ後退(あとずさ)った。

 何しろ機犬(オルトロス)雷犬(ラルム)妖魔犬(バスカーヴィル)の二倍近い大きさの上、片や兵器、片や電気で武装しているのだ。引け腰も当然である。


「噛 み 殺 せ !」


 刹那がそう叫ぶと、同時に機犬(オルトロス)雷犬(ラルム)が――――そして妖魔犬(バスカーヴィル)が動いた。


 ガンッ!

 前方に跳んだ機犬(オルトロス)の両肩に装着された二基の側砲(ガンポッド)が金属弾を撃ち出し、各個捕捉していたらしい妖魔犬(バスカーヴィル)二匹の頭部を四散させた。さらにその着地点の周囲にいた妖魔犬(バスカーヴィル)四匹が、機犬(オルトロス)の側部外装から伸びたアーム先端の大刃(ブレード)の餌食になり、動かなくなった肉塊が地に落ちる。

 その間、左斜め前の一団に突撃をかけていた雷犬(ラルム)は即座に捕えた妖魔犬(バスカーヴィル)一匹を強靭な顎の力で噛み殺すと、咥内(こうない)でチャージした爆雷弾(バルトネール)を後退した一団の中心に撃ち込み麻痺させる。そして、雷を纏わせた前足の爪――爆雷爪(フォルトネール)でトドメを刺す。

 相変わらず群れる相手には強いな、あの二体。堅い装甲と雷の鎧(アルミュル)に邪魔されて、妖魔犬(バスカーヴィル)たちの攻撃はほとんど通ってない。


「マッタク情ケナイ。ヨモヤコノヨウナ醜態(しゅうたい)(さら)ストハ我ラモ堕チタモノダナ、“中ノ”」


 背後からのケルベロスの声に忘れかけていたその存在を思い出し、俺は咄嗟(とっさ)に向き直って群影刀(バスカーヴィル)を構え直す。

 そう言えばたった今思い出したけど、オルトロスってケルベロスの弟じゃなかったか?


「シカシ、コノママデハ(らち)モ明カナイト思ウガ、“左ノ”」

「ナレバヤハリ――」


 『左の頭』と『中の頭』は器用に目を見合わせると、一瞬溜めを作り、


「「――命令(オーダー)、モード『不可転式球状牢ふかてんしききゅうじょうろう』」」


 二者の重なった声と共に、ドプンと容器に水を入れたような音がいくつも重なった。

 後ろを振り返ると、一瞬黒い水溜まりのように変化した妖魔犬(バスカーヴィル)たちはその不定形の黒い影の塊のままで機犬(オルトロス)雷犬(ラルム)、そして刹那たちに引き寄せられるように飛びつき、瞬く間に巨大な球となって呑み込んだ。


「我ラトノ試練ハ一対一でヤラネバ意味ガナイノデネ。我ラノ邪魔ヲシナイ限リ、主様(あるじさま)仲間(パーティ)ニコレ以上ノ危害ヲ加エルツモリハナイ」


 『左の頭』の目が怪しく光り、その脅迫じみた気迫に思わず気圧されそうになりつつも、俺は背後から微かにくぐもって聞こえてくる刹那たちの会話の内容に耳を傾ける。

 が、何を言ってるのかはわからないな。刹那が何か怒鳴ってるのはわかるんだが。

 仕方なく目の前のケルベロスに集中することにする。


「……主とか試練とか、モンスターのクセに何を言ってるんだ?」

「残念ダガ主様(あるじさま)ヨ。我ラハ行動範囲ニ制限ガ設ケラレタ有象無象トハ格ガ違ウノサ。ソシテ試練トハ我ラト戦ウコト。勝テバ我ラヲ使役スル召喚スキル【魔犬召喚術式バスカーヴィル・コーリング】ヲ得ル。負ケレバ〈*群影刀(ぐんようとう)バスカーヴィル〉ハ砕ケ散リ、二度ト元ニハ戻ラナイ。主様ハ我ラニソノ実力ヲ見セルコトダケヲ考エレバヨイ」


 『左の頭』がそう言い切ると、その時『中の頭』がパチンと瞬きし、急に口を大きく開いた。ずらりと並ぶ鋭い牙にぎょっとしつつも思わず一歩引いて身構えるが、『中の頭』はおろか『左の頭』すらも仕掛けてくる様子はない。

 それを不自然に思った時、気付いた。


「あくび……?」

「ソロソロ“中ノ”ガ眠ルノサ。“中ノ”ノ温厚ナ気質ハ戦イニ向カナイノデネ。試練ハ我ト“右ノ”ガ受ケル。安心シロ、主様(あるじさま)。我ラノ三分ノ二ニハ性格ノ違イハアレ、能力自体ニ差ハナイ」

「ソウイウワケデアル。マタ会オウ、我ガ美シキ主様(あるじさま)ヨ」


 余計な形容詞を付けるな。

 静かにそう言って目を閉じた『中の頭』の首が力が抜けた瞬間――――ギランッ!

 『右の頭』の両目が開き、赤く揺らめく光を放った。


「ハハハハハッ! ヨウヤク戦イカ、待チ侘ビタゾ! 相手ハコノ小娘カ、“左ノ”」

「間違イデハナイガ、モウ少シ(わきま)エヨ、“右ノ”。我ラノ目ノ前ニイルコノ少女ガ、我ラガ最初ノ主候補。少ナクトモ我ガ群勢ヲ片付ケルダケノ(ちから)ヲ持ツ。油断スルナ、“右ノ”」

「力及バナケレバ喰イ殺スマデ。喰イ殺シ噛ミ殺シ、何ヲ求メンヤ!」


 ゾワリッと悪寒が背を走り、自分の中の生存本能が警鐘を鳴らし始める。こんなゲームをやっていれば、平和ボケした現代日本の一高校生でも『嫌な予感』として危険を察知することはできるものだ。

 それにしてもどうやら、『右の頭』は好戦的な性格のようだな。刹那と同じく。


「戦争ノ始マリダ!」


 目の前に『VS.Kerberos(ケルベロス)』とシステムメッセージが現れ、『3』と大きく数字の描かれたカウントダウンのウィンドウが視界上方から落ちてくる。それを見た瞬間から、俺は〈*大罪魔銃(エヴァグリオス)レヴィアタン〉のリロードを始めていた。


『2』


 我ながら神業とも思える手際の良さで排莢(はいきょう)を終えると、新しい銃弾をひとつひとつ装填していく。強力なのはわかるが、ここまで来るとさすがに面倒だ。


『1』


 焦りで震える手を必死に抑え、三発目をリボルバーに押し込むと同時に、『Fight!』の文字列が浮かんだのを見て、斜め後ろへのバックステップで距離を取りつつ四発目を装填する。


「我ラニ銃ナド効キハシナイゾ!」


 『右の頭』が猛々しく吠え、ケルベロスはワンステップで離した以上の距離を詰めてくる。左から迫る巨大な爪を再びバックステップで避けると、手探りで五発目を入れる。

 そして、六発目の銃弾を指先に捉えた時だった。


 グオオオオオオオオォッ!

 突然の咆哮にびくっと身体が(すく)み、銃弾を取り落とした。『左の頭』が再び【衝波咆号(バインド・ボイス)】を使ったのだ。こうなったらリロードを諦めるしかない。

 俺は五発装填した状態でフタを閉め、手探りで撃鉄(ハンマー)を起こす。

 この銃の銃弾装填用の穴(ローディングゲート)のフタはちょうど五発目に当たる部分についていて、撃鉄(ハンマー)を起こすとシリンダーは六分の一だけ右回りに回転するため、四発目が空撃ちになってしまう。大したことないと思う人もいるだろうが、緊迫した戦場でその隙は思った以上に大きいのだ。


「逃ゲ回ルダケガ取リ得デハ意味ガナイゾ、小娘!」


 『右の頭』はよく喋るな。できれば女であることを否定しておきたいが、そんな余裕はなさそうだな。


 パァンッ。

 大罪魔銃(レヴィアタン)を『右の頭』の頭に向けて撃つ。一瞬跳弾を恐れたが、弾はビシュッと嫌な音をたてて『左の頭』の左耳を(かす)めて後方に消える。

 まさか、アイツ……。俺が動きを読んで、額を狙ったのに気づいて動作の途中で避けたのか?

 直前の不自然な動きは十中八九それで間違いないだろう。

 だが特別とは言え、モンスターにそんなことができるのか……?

 ケルベロスの弱点と言えば、音楽で眠るとか甘いモノに酔うとかって聞いたことがあるけど、ここで反映されてるとは限らないし。そもそも楽器も甘いモノも持ってないから、考え自体が不可能だけど。

 ケルベロスの太い右前足の踏みつけ(スタンプ)を転がって避けると、地面を(えぐ)る右前足のその右手の群影刀(バスカーヴィル)を横に薙ぐ。

 ガンッ。


(なっ……!?)


 毛皮が硬く、刃が通らない。

 バックステップを繰り返し、大きく距離を離す。

 どうやら斬れなくても金属の棒で殴った程度のダメージは通ったらしく、右前足がプルプルと震えていた。強打によって足先が痺れているようだ。俺の動きに反応できなかったのはそのせいだろう。


(かといってここで策も無しに行くと、バインド・ボイスを食らいかねない……)


 正直、【衝波咆号(バインド・ボイス)】が厄介だった。

 普通のモンスターならエンカウントの最初の一回以外はほとんど使ってこないのに、ケルベロスは既に二回も使っている。頭がいいからなのかはわからないが、強制的に怯ませられる攻撃(スキル)を適切なタイミングで使ってくるのだ。戦いの最中にその隙は致命的なものとなる。

 しかもそれだけじゃない。

 どうやら身体は同じでもシステム上このケルベロスは三頭扱い、つまり頭ごとに自由な行動ができるらしいということだ。一度に起きていられるのは二つまでのようだが、片方がバインド・ボイスを放ち、もう片方が身体を動かして攻撃を仕掛けてくる。

 俺のような近接型が、一対一(タイマン)で勝てるようなヤツじゃない。


「相性が悪すぎる! お前の主なんざこっちから願い下げだよ、ちくしょーっ!」

「言ットクガ辞退モ有効ダゼ。『誇リ(プライド)』ノ欠片モネェ方法ダガナ。簡単ニ諦メラレル奴ニナンザ使ワレタカネェ……」


 馬鹿にするような『右の頭』の物言いを聞いたら後に退けるわけがない。

 何処となく手のひらの上で踊らされているような嫌な感覚だが、大局的に考えればここでリスキーな戦いに身を投じたとしても足手まといになる可能性を潰しておきたいのは紛れもない事実だ。


「【バスカーヴィル・コーリング】……必ず手に入れる」

Tips:『【衝波咆号(バインド・ボイス)】』


 多くの生物系の大型・ボスモンスターが保有するスキルで、非常に強力な行動阻害スキル。特定行動《咆哮》と共に周囲の大気を震わせる程の轟音と共に衝撃波で周囲の敵に拘束(バインド)効果を与える。《咆哮》終了から拘束効果終了までに1~2秒のタイムラグがあり、何らかの対策を講じない限り非常に大きな隙を生じさせることになる。基本的には遭遇状態(エンカウント)時、怒り状態への移行時に発動される事が多い。

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