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FreiheitOnline‐フライハイトオンライン‐  作者: 立花詩歌
第八章『アンドロイド四姉妹―分かたれた欠片―』
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(3)『八方塞がり』

 第一回戦連代表者集会(レギオン・カウンシル)恙無(つつがな)く片付けた元攻略ギルド連合オールド・ギルド・ユニオン旧連合四祖(オールド・フォー)の各GL四人他数名は、また違う別件で≪アルカナクラウン≫ギルドハウスGLルームで一堂に会していた。

 真面目な話、まるで葬式のような雰囲気だった。それも無理もない話だろう。実際、半分は似たようなものなのだろうが。


「――対象と直接接触したのはフィールド外の監視班十一名及び内部警備担当の二名。内訳は≪アルカナクラウン≫一名、SPA三名、≪竜乙女達(ドラグメイデンズ)≫四名、≪クレイモア≫五名の計十三名です。内十二名が対象との戦闘の際にライフを全損、自演の輪廻デッドエンド・パラドックスにより初期化されました。生存者は≪アルカナクラウン≫のスリーカーズのみです」


 アンダーヒルがいつも以上に淡々とした口調で事実のみの報告を済ませると、ドナ姉さんの隣に座っていたアルトが感情を隠すことなく忌々しげに舌打ちをする。

 ≪強襲する恐怖(ドレッドレイド)≫の事件の時もかなり荒れていたようだし、ああ見えて仲間思いのアルトのことだ。とても心中穏やかではいられないだろう。

 心中穏やかでないと言えば当然、俺の右に座る刹那も心中を察するのは容易い。その目には怒りと苛立ちとまた別のもうひとつの感情が混沌と揺れ、左手の親指の爪を噛んでいる。既に右手の親指の爪はぎざぎざに噛み千切られ、痛々しい深爪になっていた。

 そう――


「っとに何がしたいのよ、バカナ……!」


 ――別件と言うのは会談中の三日目朝に発生した(ハカナ)の出現という異常事態についての会議なのだ。

 尤も、当時フィールド内にいた運営班は出入りの洞窟(エントランスホール)の監視は外に任せていたために異変に気付くことができず、フィールド外の各運営ギルドの幹部格たちがその緊急事態を把握した時には既に一時間近く経過していたらしい。

 内部との連絡をトドロキさんとアンダーヒル間の【隠り世の暗黙領域エニグマティック・サイファー】回線に限定していたこと、定時連絡制にしなかったこと、外部の人間が誰一人として内部のギルドハウスの位置を知らなかったこと。情報漏洩を防ぐため定めたルール設定が、ことこの件に関してはことごとく裏目に出てしまっていたのだ。

 俺を含めた運営班の面々がこの事態を把握したのは、予定通りに撤収作業を終わらせた昨日の昼過ぎのことだった――。




 クラエスの森“出入りの洞窟(エントランスホール)”内部――。

 ≪シャルフ・フリューゲル≫のギルドハウス撤収作業を見届ける最後の仕事を終えた運営班最後のメンバー十名はようやく作戦終了を告げられ、本拠地トゥルムへ帰投すべく刹那を先頭に狭い洞窟を進んでいた。

 顔ぶれは俺を含め、刹那、アンダーヒル、リコ、サジテール、ネアちゃん、アプリコット、仮名(カナ)、そして何故か竜流泉(ドラゴスプリング)(ほとり)で待っていたストレロークとスペルビア――――基本的にいつもの面子とその延長だろう。他の運営班は各自片付けの途中で帰投しているため、フィールド内に残っているのは正真正銘この場の十名だけだ。

 洞窟に入るまでは刹那の私物の地上走行用ビークル(というか正確には進行方向を吹き飛ばしながら走る特殊装甲車両“爆炎突破重装車エクスプロード・クロウラー”)に乗っていたのだが、洞窟に入ってビークルを降りてからはGL会談が成功を納めたこともあってか、各々足取りはのんびりとしたものだった。


「そう言えば、結局【隠匿の四つ葉クローザー・クローバー】を持ってたのは仮名(カナ)だけだったんだって?」


 手持ち無沙汰に隣を歩いていたアプリコットにそう言うと、アプリコットは「そうなんですよー」と何処か拗ねるような口調で言って、スペルビアと仮名(カナ)の二人に不服げな視線を向ける。


「そこにいる誰かさんたちのせいで、計画がめちゃくちゃになっちゃいましたよ」

「二人が何かしたのか?」

「偽物をばらまかれたんですよ。【隠匿の四つ葉クローバー・クローザー】とかいう爆薬入りのアクセサリーを百個ほど」


 逆に凄いな。


「私は悪くない。カナちゃんの言った通りにしただけ」

「――私は悪くない。アプリコットの言った通りにしただけ」

「あれ? いつのまにかボクの自作自演呼ばわり。じゃあボクはアンダーヒルの言った通りにしただけです」

「私はそのような指示出していません」

「ほらほらそこ、今さらこの連中に嘘吐かれたくらいで気にするな」


 俺は漏れそうになる溜め息を堪えつつ、対物銃(コヴロフ)をアプリコットに向けようとするアンダーヒルの後ろ襟を取って元の位置に引き戻す。アンダーヒルは振り仰ぐように不服げな視線を向けてきたものの、襟を引っ張られるのが嫌だったのか大人しくコヴロフをローブの中に引き込んだ。

 まったく最初に比べて感情豊かになったもんだ。とは言え、未だに一般的な水準まで達してはいないのだが。

 虚偽の報告は勿論のこと、冗談の嘘にすら冷徹に激昂するアンダーヒルの癖は相変わらずだ。それが自分に向けられているかどうかなんてことは些末事である。

 今更ながら、しょうもないことを平気で(うそぶ)くトドロキさんがこんな性格のアンダーヒルとよくうまくやっていけるな。あるいは俺の知らないだけで二人の間にも何かあったりするのだろうか。


「そんなことでいちいち一つ一つ真贋を確認するのも面倒ですし、仕方なくアンダーヒルにアクセルスライディングスリップストリームジャンピングターン土下座で頼んで腕章持ち全員にメッセージを打ってもらったんですよ。本物は手放すなって」

「何だ、その無駄にゴージャスな土下座」


 アホか。


「――土下座ならストレロークの趣味」


 端っこの方で小さくなって歩いていたストレロークはいきなり話を振られてびっくぅぅっと大きく跳ねた。そしてさらに仮名(カナ)が自分を指していることに気付いた途端またびくっと身震いし、『違う違う』とばかりに激しく首を横に振っていた。


「違いますよ、カナ。あれはロークのアイデンティティです」


 アプリコットの追討ち(フォロー)にストレロークは四肢を地面に衝くようにして崩れ落ちていた。見事な失意体前屈だ。


「そこの集団コント集団そろそろやめときなさいよ。出口が見えたわ」


 先頭を歩いていた刹那がさりげなくフェンリルファング・ダガーをチラつかせながらそう言った。見るとその言葉通り、視界の奥の方に柔らかく差し込んでくるカーテンのような光が視認できた。


「何だよ、集団コント集団って。俺をコイツらと一緒にするなよ」


 三日目の朝以来の確執を努めて気にしないようにして、刹那にツッコミを入れておく。すると刹那はチラッと睨むような視線を向けてきたものの、何も言い返すことなく前に向き直ってしまった。

 テルは『障らぬ刹那に祟りなし、しばらくそっとしといてあげた方が言いかもね』なんてことを言っていたが、本当に放っておくわけにもいかないだろう。近い内に何とか仲直りの機会を作らないと。


「あぁ、そうそう。コントと言えばアンダーヒルに確認しておきたいことが」

「何でしょうか」


 アプリコットが突然そう言って、アンダーヒルも歩きながら振り返る。


「いや、日程のことです。今日はもう特に束縛されないんですよね? 予定があるので、別行動したいんですけど」

「予定がある時はたとえ計画されていてもサボタージュするのがあなたの常でしょう、アプリコット」


 しかも『コントと言えば』の(くだり)まったく関係ないし。


「そう言われるとドロンしたくなるでござる」


 お前何キャラだよ。忍者とかアルトと被るからやめてやれよ。


「ご安心を。午後からはフリーで構いません」

「それは僥倖(ぎょうこう)♪」


 愉しげに笑ったアプリコットは無駄に洗練された無駄のないスキップで駆けて行き、「どーん♪」なんて言いながら刹那にじゃれつき始める。直後、機嫌の治っていない刹那にフェンリルファング・ダガーの柄で殴られていたが。


「刹那と何かあったようですね」


 アプリコットの代わりに隣に来たアンダーヒルが小さな声でそう囁いてくる。


「気付くか」

「気付かないとでも思いましたか」

「気付かないわけがないとは思ってた」


 平然を装ってそう返すと、アンダーヒルは「そうですか」と短く言ってすっと俺の隣から離れていった。

 アンダーヒルの様子が変わったのはこの直後――――出入りの洞窟(エントランスホール)から抜けたちょうどその時だった。

 不意に挙動に澱みが生まれたアンダーヒルはその場に立ち止まり、正面中空に視線を釘付けにされているように停止した。


「どうかしたのか?」

「スリーカーズから“ディレイ”です」


 ディレイとは遅延メッセージのことだ。

 【隠り世の暗黙領域エニグマティック・サイファー】という例外を除けば、基本的に何処かのフィールド内にいるプレイヤーにメッセージをリアルタイムで送ることはできない。その場合、宛先のプレイヤーがフィールド外に出た時に受信される。ちょうど携帯を買い替えた時にメールサーバーに溜め置かれていたメールが再受信されるのと似たような感じだろう。

 ちなみに説明を付け加えると、その逆――フィールド内から外への即時送信は可能だ。

 ディレイかどうかの判断は簡単だ。作為的でない限り、フィールドから出るタイミングで即座に送られてくるメッセージなんてありえないし、日付は送信時刻で記録される。要するに、見ればわかる、ということだ。


「あれ? でも会談中は【隠り世の暗黙領域エニグマティック・サイファー】使うって話じゃなかったっけ?」

「ええ……少し戸惑っています」


 平淡な声色でそう言われても。

 俺とアンダーヒルの様子がおかしいことに気付いたからか、他の面子も思い思いに集まって様子を窺い始める。


「とりあえず開けてみるしかないだろ」

「そうですね」


 アンダーヒルが人差し指を空中に伸ばす。

 そして、メッセージを開いた瞬間、(にわか)に一際大きく目を見開いたアンダーヒルが息を呑む音まではっきりと聞こえた。


「……刹那、ここからトゥルムまで最速でどのくらいかかりますか?」

「え? えっと……」


 急に真面目な声色で聞かれた刹那は考え込む。刹那に聞く辺りビークルを使った場合という意味なのだろうが、急にどうしたのだろうか。


「そうね……。ライトバン使えば一時間ぐらいで戻れるかもしれないけど」

「あれを選択肢に入れるなよ……」


 ライトバンというのは勿論箱型の小型乗用車のことではない。危険度外視の単車輪型特殊装甲車両“疾速烈風輪(ライトニングバンカー)”の略だ。具体的には自転走行する大車輪でスピードと突破力という点では他とは段違いの性能を誇るが、快適さで言えば最悪と言って済まされるレベルをぶっちぎっているビークルだ。

 しかし、周囲の反応を意に介することもなく、アンダーヒルは思案顔で俯く。


「何て書いてあったんだ?」


 彼女がここまで顕著に驚くのは珍しい。急かすようにそう聞くと、アンダーヒルは無言でメッセージウィンドウを可視化して俺たちの目の前に提示してきた。


『[スリーカーズ]BCR L*X』

「「「「どういう意味?」」」」


 俺と刹那、テルとスペルビアの疑問符が重なる。


「BCは気をつけろ(Be Careful)、Rは強襲(Raid)、Lは敗北(Lose)、アスタリスクは飛んでXは私とスリーカーズの間でハカナを示す符丁です」

「わからなくもないけど無性にわかりづらいメッセだな――」

「もっと見ればわかる書き方しなさいよ――」


 一瞬空気が凍りつく。


「「――え?」」


 俺と刹那の声がぴったり重なる。

 一瞬、アンダーヒルの言葉の意味が理解できなかった。いや、もしかしたら理解すること自体を拒んでしまったのかもしれない。(ハカナ)がトドロキさんを強襲したなんて話、信じろという方が無理だろう。

 だが、そう言っているのはアンダーヒルだ。彼女を通した以上、断じられたことは事実に限りなく近い。


「スリーカーズがハカナの襲撃を受けたようです」




 その後、疾速烈風輪(ライトニングバンカー)を使って最高速度でトゥルムまで飛んで帰って、特別どうということもなく食後のお茶を楽しんでいた本人に「そんな慌てんでもウチは負ける戦いをする気はないで」なんて暢気なことを言われるオチまでつくのだが、正直負けたと書いてあったら誰だって死に戻り(デッドエンド)を心配すると思う。

 ともあれ、ここで問題になるのは追加の連絡をしなかったトドロキさんの性悪さではなく、当然(ハカナ)が何故GL会談の会場“クラエスの森”に現れたのか、である。


「リッちゃんの話を聞く限りだと、どうもふらっと立ち寄ったわけじゃなさそうねぇ。アンダーヒルちゃん、参加者でハカナと遭遇していた人はいなかったのよね?」

「内々の調査では、先に挙げた十三名以外にハカナと接触した人物は確認されていません。それと何度も言いますが、私のことは呼び捨てで構いません、ドナドナ」

「可愛い子を可愛く呼ぶのはお姉さんの趣味だから気にしないで」

「堂々と妙なことを言わないでください、この変質者」


 思惑通りにアンダーヒルから天然物の罵倒を頂戴したドナ姉さんが照れ隠しのように悶え始める。誰かこの人止めろと思っていると、ドナ姉さんの隣のアルトが無言で絞め落としにかかった。


「事が事だけに表沙汰にするわけにもいかないし……参ったな。八方塞がりみたいだ」


 ガウェインが溜め息混じりに呟く。

 (ハカナ)が現れたことは公表していない。色々と大事なこの時期に無用な騒ぎになって攻略戦連(レギオン)の気勢を削ぐわけにはいかないからだ。幸いステータス初期化(フォーマット)されてしまった当事者たちも隠蔽に納得してくれたため、表向きには上位ギルド勢の結束を恐れた≪強襲する恐怖(ドレッドレイド)≫の凶行ということにしてあるのだ。

 いやはや、後腐れなく悪者にできる連中がいるというのも悪いことばかりじゃないな。


「いやいや、さっきから傍観してれば一体何言ってんですか、馬鹿馬鹿しい。ハカナが理解不能なのは前からなんですから、何をしに現れたかなんてことは考えるだけ無駄でしょうに」


 ずっと黙っていたアプリコットが、今までの遣り取りをまとめてぶち壊すようなことを言って笑い飛ばす。


「んなこた皆わかってんだよ。それを踏まえた上でこれ以降どうハカナの先手を取って対策するかを話し合ってたんだろーが」

「まあまあアルトん。対策したところで正攻法でハカナに勝てるわけないんですから、そんなことより遊びましょうよ、暇潰しに」


 アプリコットの言うことも珍しくわかってしまうだけに、部屋の中にいる面々は総じて頭を抱えていた。

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