(55)『静かにそこにあるだけで』
攻略ギルド連合GL会談兼新参入ギルド選抜試験、通称“巡り合せの一悶着順争”の四日目日程、午前九時半――――終了目前。
試験終了時間を前に≪シャルフ・フリューゲル≫ギルドハウスにいた総勢四十三人のほぼ全員が一階エントランスホールと階段周辺に集まっていた。正確には運営スタッフ勢は階段を中心に、参加者たちはホール全体に雑多に屯している状態だ。
試験終了後、できるだけ速やかに撤収作業を進め、その後に待っているのはギルドハウスの解体作業。全員が外に出たのを確認しなければならないため、その管理のためにも事前に集合をかけたのだ。
「こうして見ると圧巻ね……」
改めてその集団を見下ろし、自分が運営に関わったGL会談の規模を再認識する。それもここにいるのはランキングでも上位に入るそれなりの実力者ばかりだ。さすがにこれだけの面子が揃えば、覚悟していても多少の緊張は余儀なくされる。
「全員同時なら楽しめるかしら……」
少し離れたところでぶつぶつとアホなことを大真面目に考えている危険人物ほどの度胸は俺にはないからな。
などと考えていると、視線に気付いたらしい危険人物こと刹那と目が合った。
しかしすぐに不機嫌そうにそっぽを向いた刹那は、何処か慌てた様子でパタパタと二階へ駆け上がっていってしまう。昨日から何度か接触の機会はあったのだが、毎度この調子だった。テルも直接掛け合って話はしてくれたらしく、その甲斐あってか物理戦闘には発展せずに済んでいるようだが、ずっとこんな調子じゃいつこの取り繕った外面に影響するかわからない。
その時、二階に上がっていった刹那と入れ替わりにアンダーヒルが降りてきた。
アンダーヒルは擦れ違う時に刹那を見て一瞬足を止めたが何故か声をかけることはなく、構わず通り過ぎていく刹那の後ろ姿を立ち止まったまま見送った。
そして刹那の姿が見えなくなると、アンダーヒルは再び階段を降りてくる。
「どうかしたか?」
下手に詮索されないように、先んじてアンダーヒルに声をかける。
刹那との一件はまだアンダーヒルには報告していない。隠すための工作をしているわけではないし、何れにしてもアンダーヒルなら様子がおかしいことぐらいは気付いているだろうが、性急に色んなことを進めても彼女の負担が増える一方だからだ。
「声をかけようとしたのですが……」
目で拒否られたようだ。
「元々アウトドアと言うか、アクティブな奴だからな。詰めっぱなしで気が立ってるんだろ」
「そうなのですか?」
「今さらそんなこと……いや、仕方ないのか」
DOになってからは外に出る用と言えば攻略か調達くらいだし、刹那も何だかんだ責任感の強い性格柄素直に遊べたことなんてないのだろう。
「昔のアルカナクラウン、特に……その、ハカナがまだいた頃のことだけどな。結構皆で危険度度外視のアウトドア……かどうかは未だに疑問だけど、外で色々やってたんだよ」
「よく知りませんが、あのストリートレースのようなものですか」
思いっきり知ってらっしゃいました。
各々好きな陸上走行用車両に乗って、決められたチェックポイントを通過してゴールを目指すという単純なレースだが、妨害ありなんていうルールのせいで実際は戦闘レースだ。それをFOでも最上位に位置するプレイヤー集団(第一位込み)がやっていたのだから、アンダーヒルが聞いていても不思議ではない。
最低限の周囲への配慮はしていたものの、こと戦いになると熱くなる刹那、ハカナ、シンの三人が白熱する競争の中まともな神経を持ち合わせているわけもなく、結果的に毎度ゴーストタウン製造レースになっていた。当時は所詮ゲームだったからか、最終的には見世物になるくらい周囲の反応も知れたものだったが、今あんなことをやればどうなるかわかったものではない。
ちなみに全ての元凶――もとい発案者の刹那は最後までストリートレースと言い張っていたが、それ以外の面々は裏で街道破壊なんて呼んでいた。理由の説明は必要ないだろう。
「何らかのガス抜きが必要ということでしょうか」
「その辺は適当に考えとくよ。どう見てもお前の専門外だ」
基本的に真面目な人間(アンダーヒルの場合極端だが)に、刹那の眼鏡に適うような遊び(?)を考えさせるのは寧ろ酷だ。
若干口から出任せだったが、考えてみると強ち嘘というわけでもない。俺でストレス発散する回数も最近は特に以前と比べて減っているし、ストレスも溜まっているだろう。迷惑だが。
「そうですか。お任せします」
特に拘る様子もなくそう言ったアンダーヒルは改めてエントランスホール全体を見回し、再び俺に向き直った。
「残り時間三十分を切りました。現在未到着ギルド数は十四。そろそろ選抜結果の発表をしても構わないと思いますが」
「ま、頃合いかな。ミルフィさんは?」
「ガウェインと共に手前の部屋で差し入れたコーヒーを飲んでいます」
「うわぁ……」
ここ数日でミルフィが大の甘党で、苦いもの辛いものが苦手なのは周知の事実となっている。
あの落ち着いた雰囲気の割に舌が子供な彼女にとっては、砂糖もミルクも入れないコーヒーは最早薬と覚悟して飲むだけのカフェイン水溶液。眠気と疲労と幾つかのデバフを受けて最悪のテンションで飲む苦いだけの液体はさぞまずかろう。
全て終わって一段落ついたら、甘いものを差し入れよう。
「それで発表は誰が仕切る? 他にいなかったら私がやってもいいけど……」
いちいち口調を取り繕うのは面倒だが、こっちのGL四人の面子を考えれば消去法で俺がやるのが一番いい気がした。
ガウェインはミルフィについている必要があるためまず除外される。アプリコットは論理放棄してでも却下。そう考えればドナ姉さんは比較的適任と言えるのだが、あの人の場合自分の都合を優先しがちで任せっきりにするのはやや危なっかしい。
正直アンダーヒルがやってくれるとありがたいのだが、それはそれとしてやはりGLが締めておくべきとも思っていた。
アンダーヒルは目立つ役割は嫌がるしな。既に目立ちに目立った手前、今更少しくらい目立っても変わらない気もするが。
「……何か失礼なことを考えていませんか?」
「失礼かどうかはともかく、それより人の心を勝手に読むな」
相変わらず人心読取機っぷりが冴え渡っているアンダーヒルが「すみません」と小さく頭を下げた時、不意に後ろから肩をぽんと叩かれた。
「結果発表のことなら心配はいらねーよ、お姉ちゃん」
「誰かと思えばアルトか。……って、ナニソレ」
振り返っていつのまにか真後ろに立っていたアルトに驚きつつも、そのアルトの足元のブツの説明を求める。具体的には、目を回したまま縄でぐるぐる巻きにされ、アルトに引きずられてきたらしいドナドナ――ドナ姉さんのことだ。
「はしゃぎ方がウザかったからシメただけだ。すぐ目ェ覚ますさ、気にすんな。それより試験結果の発表の件だろ? お姉ちゃんもたまには自分の身体のこと思い出せ。わざわざ目立ってトラブル持ち込むこたねえよ。面倒事くらいこっちで引き受けるから、お姉ちゃんはどっかその辺にいろよ」
ヤダこの子、男らしい。
その言葉の割に周囲に配慮してか声のトーンを落として拡散しないようにしている心遣いもあって、よく出来た子だった。
「そうは言っても、まさかアルトがやる気なの?」
「んなわけねーだろ。アタシだって≪竜乙女達≫偵察隊、アンダーヒルと同じで基本的には目立つのは御法度だ。この馬鹿がもっとしゃんとしてりゃ、こんなアホな目立ち方することもなかったんだけどな」
そう言って、アルトは足元に転がるドナ姉さんを蹴り転がす。
普通ならGL相手によくそこまで狼藉を働けると思うものだが、ドナ姉さんの場合自業自得で納得できるからな。アルトの口ぶりを聞く限り、大方参加者の中に可愛い女の子を見つけて口説いてたとかそんなアホな事例なのだろうが。
「ま、そんなド変態でもアタシらのGL張ってるんだ。たまにゃ役に立つってトコを見せてやるから任せとけ」
「あ、やっぱりドナ姉さんがやるんだ」
先行きは不安だが、アルトがやると言った以上大丈夫だろう。
「それでは選抜結果の発表は竜乙女達にお任せします。私は扉の外で定刻まで監視しています」
アンダーヒルはそう言ってアルトに小さく頭を下げると、エントランスホールの人混みを一瞥して階段を降りていく。
「俺……じゃなくて私も行くよ。頑張ってね、アルト」
「コイツの制御をな」
「言えてる」
やはりアルトに限って、緊張するなんてことはないらしい。
軽く手を振り返してくるアルトに見送られつつ大扉に近づくアンダーヒルの隣に並ぶと、アンダーヒルは無言でちらっと俺を一瞥しつつも大扉を開けて外に出た。
「……中に残ると思っていました」
開閉の度にギィィィと軋むボロい大扉を閉めると、アンダーヒルが俺を見て呟くようにそう言った。
「ここに到着した分の審議は終わってるし、発表もドナ姉さんがやることになった。目立つなって言われたのもあるけど、それ以前に中にいてももうやることないからな」
「そういう意味ではありません。……何と言えばいいのかわかりませんが、あなたは目立つ人間ですから」
「そんなに挙動不審に見えるのか!?」
思わずそう返すとアンダーヒルは一回瞬きをして黙り込み、珍しく感情豊かなジト目を向けてきた。
おいマジで挙動不審なのかよ、俺。
「申し訳ありませんが、呆れて物も言えないとはこういう状態を指すのでしょうか」
「それなら、もう少し申し訳なさそうにしてくれ」
「申し訳ありません」
普段の調子に戻ったせいか、全く申し訳なさげに見えない。
「私が言いたいのはそういうことではありません。あなたは総じて、輝いている人間だということです」
「おいおい……」
輝いているとかなんとか、アンダーヒルにしては随分と胡散臭い語りだな。
「彼女の言葉を借りれば、それは表舞台の人間ということになるのでしょう。仲間と共に敵を倒す、まるで物語の主人公のような存在。この扉の向こうにいるのは、誰しも皆そういう人たちです。私からすれば、あなたも彼らと同じ性質を持つ人間です」
誰の言葉を借りたのか、聞くまでもなかった。
「たとえそういう分類があったとしたら、お前も中にいるべき人間だろう。お前は俺の大事な仲間だし、こんなところで一人にして、寂しい思いをさせるわけにはいかない。……ま、お前がその程度で寂しいとか思うかどうかは疑問だけどな」
「思います」
茶化すように締めた言葉につい口元を綻ばせようとした瞬間、真剣そのもののアンダーヒルの声に思わず息を呑んだ。
「私も人間です。寂しさくらいちゃんと感じます。一人でいれば寂しいと思いますし、誰かが傍にいてくれたらと願うこともあります。だから今は……とても嬉しく思う自分がいます」
自分のことを言っているのに、アンダーヒルの声は何処か余所余所しく聞こえた。そして同時に、俺はさっき自分が軽率に口走った言葉がどんな意味を持つかと、どれだけ酷いことを言ったかを思い知る。
「アンダーヒ――」
「――“物言わぬ駒のように、常に冷徹で冷静であれ。そして己の領分を全うして個を示せ”――」
俺の言葉を遮るように、アンダーヒルがやや語気を強めてそう言った。
「私は……分不相応に多くを望み過ぎたのかもしれませんね」
「……。いや、お前はもっと素直になってもいいと思うぞ。それだけの貢献はしてるし、そもそもお前はわがままらしいわがまま言ったことなんてほとんどないだろ。刹那を見てみろ。あいつが日常的にしてる理不尽な要求の方が余程わがままだ」
寧ろ生まれついての暴君過ぎて、わがままって言葉の意味を忘れそうになるレベルだ。
「お前が少しくらい欲張っても、文句をつける奴なんているわけがない。それは俺が保証してやるよ」
「それはあなたの主観に過ぎません。それに人が自身の欲求に素直に従った結果が今の儚や魑魅魍魎に当たると思うのですが」
保証した途端本人に文句付けられたんですが、俺にどうしろと。
正論に対しては反論もできずただ黙り込む俺を一瞥したアンダーヒルは、ふらっと覚束ない挙動で大扉に歩み寄る。
「……スリーカーズはとても優しい人です。人付き合いには不向きな性格の私を、一度も突き放すことなくここまで引っ張ってきてくれました。彼女がいなければ、私は今この場に立っていなかったでしょう」
「そんなことはない。もしそうだったとしても、俺は、俺たちはきっと物陰の人影を探してたはずだ。情報が何よりも強力な武器になるのはお前が一番わかってるだろ」
「それでもあなたは[アンダーヒル]を覚えていなかった。所詮“物陰の人影”は都市伝説に過ぎない。それで構いません。私はこの世界でそうやって生きてきたのですから」
アンダーヒルはいつも以上に起伏の薄い平坦な声色でそう言って大扉に背中を預けると、何かを思い出すような表情でやや上方を仰ぎ見た。
「――この世界が転機を迎えたあの日から、私は誰かと共にあることに慣れ過ぎてしまいました」
何か雲行きが怪しい、よな。まるでいい意味で変わった人間が元来た道に引き返そうとしている時に言いそうな台詞だ。
「そういう意味では、新たな仲間を迎えることとなったこの機会はちょうどいいタイミングなのかもしれません」
アンダーヒルがそう呟いたちょうどその時、扉の向こうのエントランスホールからドナ姉さんの声が聞こえ、次いでちらほらと参加者たちの声も上がり始めた。
「……発表、始まったみたいだな」
「そのようですね」
アンダーヒルはそう言って、その声に耳を澄ませるように目を閉じた。
「私はやはり、根本的に日の当たらない立場が向いている人間のようです。この部屋の中より、扉の外の方が居心地がいい」
「それなら俺だって同じだ。人の相手なんて基本的には面倒だ。付き合いの長い連中はともかく、中にいるのはほとんど顔や名前ぐらいは知ってる程度の奴らだからな。何をするにも不自由しそうだ。人の周りに必ず人がいるのなら、それなら俺は人数が少ない方がいい。今はお前一人いればそれで十分だよ、アンダーヒル」
人見知りで、未だにフレンド登録数は二十人ちょっと。誇れるものではないが、実際最上位プレイヤーでここまで人との関わりが薄い奴はそうそういないだろう。
アプリコットも表向きはかなり孤独に見えるがそれはあくまでも本人の性格から嫌われやすいだけであって、水面下のコネクションはかなり手広いという話だ。事あるごとに愉快犯気取りで人から嫌われたり恨まれたりが日常茶飯事だというのに、あれだけブレない人間というのは最早異常の範疇だ。
そこまで考えたところでアンダーヒルの反応がないことに気が付き、扉の前に視線を遣ると――
「え……?」
――そこに彼女の姿はなかった。
嫌な予感が脳裏を過る。一度本気で隠れられたら、隠密スキル【付隠透】を持つアンダーヒルを見つけるのは非常に困難だ。
「……います」
焦って周囲を探そうとしたその瞬間、不意に聞こえたその声に俺は足を止めた。
「私は……ここにいます」
扉の前、さっきまでアンダーヒルのいた場所から同じように彼女の声が聞こえた。その声は何処かぎこちなく震え、思わず不安を覚えるほど普段の彼女らしくなかった。
「すみません、あまり……見苦しいところを、見せたくなかったものですから……」
「お、男ならともかく、女の子が泣くくらいで見苦しいとか思わないけどな」
男としては滅茶苦茶困るシチュエーションだが。特に話している最中に泣き出された場合は罪悪感で頭の中パニックになるらしい。具体的には咄嗟に謝ろうとしても言葉が出てこないくらいだ。ちなみに今初めて知った。
あと、あれだ。泣くなら泣くで、もう少し年相応の泣き方しろよ。いきなり啜り泣きを堪えるとか高度なことされると、俺の精神衛生上よろしくない。姿見えないのに泣き声だけ聞こえるとか幽霊かよ、お前。
結局俺はもやもやとしたやりきれない気持ちを抱えたまま、アンダーヒルが落ち着くまでの約二分間(これはこれで異常だが)、彼女のレア過ぎる姿を見守る羽目になった。
「申し訳ありませんでした」
二人とも落ち着いてきて表面上平常心を取り戻すと、スキルを解除して再び姿を現したアンダーヒルがごく自然に頭を下げてきた。
「俺の方こそなんか……すまん」
「あなたは悪くありませんよ」
「いや、でも泣いてたわけだし……」
俺がそう言うと、アンダーヒルは唇に指を添えて思案顔で俯いた。
「……そうですね。自分でもよくわかりません。何故……またあなたに弱みを握られるようなことをしたのか」
「人聞きの悪い事を言うな」
「冗談です」
アンダーヒルの冗談は刹那のわがままと真逆に希少性が高過ぎて、冗談が冗談に聞こえない。質の悪さで言えば、こいつの方が若干悪い。その冗談が実害に発展することがないから、実質的には刹那よりましなのだが。
「あなたも……同じなのですね、シイナ」
二人の間に流れた沈黙を破って、アンダーヒルがぽつりと呟いた。
「実際は俺のコミュ下手とお前の感じてる感覚じゃ根本的には違うかもしれないけどな。この扉の向こうが、多少居心地悪いのは本当だよ。案外刹那が中で俺の居場所を作ってくれてたのかもな」
よく考えれば今このギルドハウスにいる面子で昔なじみは刹那だけだ。シンもリュウも、椎乃もここにはいない。勿論――儚も。
アプリコットは確かにシンと同時期に知り合っているが、初期≪アルカナクラウン≫メンバーの四人とはやはり違う。一緒に過ごす機会も凶行封鎖以前は数えるほどしかなかったし、アプリコットの気安さは誰しも知っている。俺が特別って訳じゃない。結局フレンド登録をしたのもDOになってからだった。
それはドナ姉さんにしてもガウェインにしても同じだ。アルトのことだって実質DOになってから初めて会ったようなものだ。彼女にとって俺は友達の兄弟でしかない。
今のこの環境は俺にとって良くも悪くも儚のせいで儚のおかげなのだ。感謝なんてする気はないが、そういう解釈もできてしまう。
それを言えば儚が作った≪アルカナクラウン≫が元で知り合ったリュウと刹那もそうなってしまうのだろうが、俺にとって二人とも大事な親友だ。若干悪友と言う方が正しい気がしないでもないが。
「アンダーヒルにとってのトドロキさんみたいなものなんだろうな、刹那は」
儚がこの世界を乗っ取った時、刹那は俺のところに来てくれた。リュウやシンと共に儚を倒すと言ってくれたから、九ヶ月でここに立っているのだ。
「そう言えば俺にお前を初めて紹介してくれたのもトドロキさんだったな」
一度昔のことを思い出すと、案外色々出てくるもんだな。一瞬でトドロキさんと初めて会った時まで思い出したぞ。
「いいえ、シイナ。それは違います」
「え?」
俯いていたアンダーヒルが顔を上げて俺をじっと見上げてきた。
「確かにあの日スリーカーズに紹介されて初めてあなたと目に見える接点ができました。しかし、私が初めてあなたと会ったのはそれよりずっと前のことです」
「何……だと。いや、あの時お前初めましてって言ってただろ!」
「あなたに対してそう言ったなんて事実はありません」
小学生かよ。
「その後お前に聞いた時、あの日が初めてだったとか何とか聞いた覚えがあるんだが」
「それは嘘です」
「その言葉、お前から一番聞きたくないワードランキング第一位殿堂入りしてるのに!」
ちなみに第二位は『実は私はこの世界の行く末を観測する人工知能なのです』。おい、誰だよ、これエントリーしたの。
「だったら最初に会ったのは何処なんだ?」
「覚えていないのですか?」
「面目ないが、覚えてたらわざわざ聞かない」
こんな変わった装備を着けているなら、初対面の印象もそれなりに強かったはず。それを忘れるってことは、俺に誰かと出会ったという自覚がなかった場合ぐらいしか考えられないのだが。例えばアンダーヒルが姿を消している状態なら気付けという方が無理だ。
「初めて会ったのは[FreiheitOnline]本サービス開始当日。私がこの世界で初めて話した相手――それがあなたです、シイナ」
「……へ?」
「私がVR酔いを起こしていないかと心配して声をかけてくれたのが最初です」
当時、俺はベータテスターとして新規ログインしてきた人たちのサポートをするアルバイトをやっていた。システムの仕様に関する質問に答えたり、一先ず何をどうすればいいのか、何処へ行けばいいのかをアドバイスする、経験者としてその仕事に当たっていた。
刹那と初めて会ったのもその仕事中だ。尤も、その時は新規プレイヤーの一人でしかなかったが。
しかし、そこでアンダーヒルとも会っていたとは、月並みだが世界は広いようで狭い。
「やはり覚えていないのですね」
「んー……何となく覚えているような気がしないでもないんだけどな。すまん、細部までは思い出せない」
「構いません。大した会話をしたわけではありませんし、当然私も初期装備でしたから寧ろ覚えられている方が稀有でしょう。経緯はどうであれ、私はあなたと話したことでこの世界に興味を抱いた。それで十分です」
アンダーヒルは何処かすっきりとしたような雰囲気を醸しつつそう言うと、背を預けていた扉にくるりと向き直った。
そして――
「そう、私がどう思っていようと大局には関係がないのです。私はただ、静かにそこにあるだけでいいのですね」
――何だか嬉しそうに何事か呟いた。
「戻りましょう、シイナ。そろそろ発表の方も終わっている頃でしょうから」
「あ、ああ……」
よくわからないが、アンダーヒルの悩みは晴れたらしい。自分の憂いを自分で自己完結して解消してしまう辺り何かと他とは違う彼女らしいが、その彼女がこの扉の向こうに戻ると言うのならそうしておこう。
このアンダーヒルという少女の選択は、結局往々にして正しいのだから。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
“巡り合せの一悶着順争”選抜結果――
○合格ギルド。
≪地獄の厳冬≫
≪クリスタル・ユニバース≫
≪GhostKnights≫
≪○○○○近衛隊≫
≪永久凍土≫
≪トキシックバイト≫
≪罠々々民≫
≪螺旋風≫
≪弱巣窟≫
≪フルーツカスケット≫
≪五芒星団≫
≪メビウスリング≫
≪終焉の邪龍≫
≪らっぷるりっぷる≫
≪雨天鶴≫
≪レティクル・スカーレット≫
○失格ギルド(未到着ギルド含む)
≪地底地≫
≪アンフィスパエナ≫
≪終末戦団≫
≪聖極天≫
≪キラーホェール≫
≪グラインドパイソン≫
≪黄金羊≫
≪強靭巨人≫
≪最後の星屑≫
≪ソロモンズ・シンクタンク≫
≪天龍騎士団≫
≪ティンクルハート≫
≪天恵の果実≫
≪TRIAL≫
≪白兵皇≫
≪HALO≫
≪陽炎の蜉蝣団≫
≪超越種研磨機関≫
≪ミステリアス・レイディ≫
≪ロードウォーカー≫
≪戦目の獣耳≫




