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FreiheitOnline‐フライハイトオンライン‐  作者: 立花詩歌
第七章『巡り合せの一悶着順争―集いし力―』
334/351

(53)『能力譲渡-トランスファー-』

 クラエスの森最深部、≪シャルフ・フリューゲル≫ギルドハウス内二階――。


「それではよろしくお願いします」


 ドナ姉さんとアルトに監視任務を引き継いだ俺とアンダーヒルは、同じく面接室兼監視室にいた刹那と共に部屋を出る。

 三日目に入って残りの参加者人数が減ってきたことで木の葉隠れの番蝶パピリオン・フォーリウムが少なくなり、少人数でも何とかリアルタイム監視ができるようになったため、待機人員を二人ずつのチームに分けて当番制で振り分けたのだ。


「さて、どうするかな」


 空き時間に何をするか思案しつつ廊下を歩き出すと、自然に刹那とアンダーヒルもそれに続き両隣に並んでついてくる。


「そうだ、手伝ってくれてありがとう、刹那。おかげで結構楽だった」

「別にいいわよ。どうせ暇だったし」


 飛び入りでギルドハウススタッフになった刹那も当然待機人員に含まれているのだが、何故か担当(パート)時間外のはずの彼女も一緒に付き合ってくれたのだ。

 その刹那が普段より妙に口数が少なかったせいか部屋の中の空気がピリピリしていたが、かといって礼のひとつもしないというのは後の関係と命に関わる。

 何しろ刹那だからな。


「…………大体アンダーヒルと二人っきりなんて見過ごせないし」

「ん? 何か言ったか?」

「何でもないわ」


 小声で何か呟いたような気もするのだが、刹那の目はそれ以上追及したら(えぐ)ると語っていた。


「少々用事があるので失礼します」


 一階へ降りる階段の手前に来ると、一人進路変更したアンダーヒルが半身振り返ってそう言った。


「ああ、お疲れ。次はいつだっけ?」

「およそ十時間後です。刹那は四時間後にあるので忘れないで下さい」

「わかってるわよ。それよりさっさと行きなさい。用事があるんでしょ?」

「……それでは後程」


 やや不機嫌そうに返事をした刹那を一瞥したアンダーヒルはそれだけ言い残すと背を向け、廊下の角の向こうへ姿を消した。

 その先にあるのはここに到着した参加者たちの半数が試験終了まで待機している第二区画。一階にはそれ以外の参加者たちのいる第一区画があり、基本的には各ギルドに一室ずつ与えられている。

 部屋割りはかなり大雑把なものだが、二階第二区画にいるのは殆どが女性プレイヤーばかりだ。あるいは誰か知り合いにプライベートな案件があるのかもしれない。


「この後どうする? 刹那も何かあるとかなら気にしなくてもいいけど」


 俺がそう言うと、刹那は一拍きょとんと呆けた表情になったが、すぐに下唇に指を添わせて思案顔になった。


「特に何かあるってわけじゃないけど、強いて言えばこの前のを試してみたいかな」

「うん?」


 この前、と聞いて最初に頭に浮かんだのはトラベリングツアー前、刹那をよくわからない理由で怒らせて何故かスペルビアに噛みつかれた時のことを思い出した。

 切っ掛けはサジテールの悪戯、結果は刹那を怒らせた。その切っ掛けと結果の間にあるべき理由が――刹那の心がわからないまま今まで問い質すことも謝ることもせずに放置してきた案件だ。


「もう忘れたの? アンタの持ってる【(ゼロ)】の話よ。【精霊召喚式(サモンド・プレイ)】を戻せるって」

「ああ、そっちか」


 あの話をしてからまとまった時間が取れず、今でなくてもできるという意識も相俟って完全に忘れていた。


「そっちかって何だと思ったのよ?」

「いや、えっと、それは――」


 やっぱり謝った方がいいのだろうか。だが理由がわからないまま謝られても刹那も不愉快に思うだろう。何度か経験もあるが、誠実かどうかも疑問視だと思う。

 これ以上刹那を怒らせたら、手がつけられないことになりそうな気もするしな。


「――何でもない。別件だ」

「何それ」


 刹那が訝しげな視線を向けてくる。


「とりあえず気にするな。それより【精霊召喚式(サモンド・プレイ)】を返せるかどうか、とりあえずやってみよう」

「……まあ、いいわ。どうせならギルドリーダーの部屋でやりましょ。アンタなら強制開錠(ピッキング)できるでしょ」


 確かにGL権限で他ギルドリーダーの部屋を開けることはできるが、ピッキングとか無闇に犯罪性高めるような言い方はやめてくれないか。そういう仕様なんだし。


「アンタ、部屋(GLR)の場所わかる?」

「一度アプリコットを起こしに行ったことがあるからわかる」


 起こしに行ったと言うか、正確に言えば仕事をサボって部屋で爆睡してたアプリコットを起こすため、静かにキレてたイネルティアさんにGL権限開錠を要請されたのだが。


「なら案内して。近いの?」

「地階」


 俺の返答のイントネーションの違いにしきりに首を傾げる刹那を先導しつつ、階段を使って一階に降りる。そして未だに“ぱわふる鉄拳(てっけん)クン・(キワミ)”の残骸が積まれたエントランスホールから一階中央の廊下へ抜けて少し右へ進むとさらに下――地下に伸びる階段がある。


「ほい、到着」

「ここなの?」


 階段を降りて地下一階に出ると、刹那が目の前にある少し大きめの扉を見て訊いてくる。しかし首を縦に振ることはできない。何故なら、当然今の≪シャルフ・フリューゲル≫のギルドリーダールーム――GLRはその部屋ではないからだ。

 俺は徐に階段の側面に回ると、そこにある階段下のデッドスペースを利用した物置のような()()の小さな扉をコツンと足で軽く蹴った。


「え゛……まさか」

「説明しよう。ここだ」


 説明終了。

 地下の階段下の物置のようなところがこのギルドハウスのGLRなのだ。

 何故なのかと問われても、それを平気でやってのけるのがアプリコットという人間なのだとしか言いようがない。大体の人はそれで納得してくれるから問題ないが。


「はぁ……相っ変わらず意味不明ね」


 溜め息混じりにそう言う刹那を横目に指先でドアに触れ、現れたウィンドウで開錠操作をする。そしてドアを開けると、屈み腰で中を覗き込む。


「思った以上に狭いな……」


 一畳半ほどの床面積の半分を畳まれた布団が占拠し、それ以外には何も置いていない。GL権限で開かなければただの物置か押し入れのようにしか見えない空間だった。

 当然天井も斜めでさらに圧迫感を受ける仕様。ギリギリ立つことができない時点で居住性はお察しだろう。

 よく見たら明かり――光源がないしな。


「ホントにここでいいのか?」

「誰かに知られても困るでしょ。他にちょうどいい場所ないんだから仕方ないじゃない。て言うか、やってやろうじゃないの」


 誰だコイツの競争心煽ったのは。狭さか? それとも布団か? 少なくとも俺は何もしていない(はずだ)。


「いいから早く入りなさいっ」


 ぐずぐずしているのを見かねたのか、いきなり後ろから部屋の中に蹴り込まれ、畳んであった布団に倒れ込むように中に入る。


「アンタはそっち」


 起き上がるのもままならない内に脇に押し退けられ、入ってきた刹那は柔らかな布団の上に腰を下ろした。

 布団の上は二人座るには手狭なため、必然的に俺は床に直接座るというわけだ。

 おい、何かこの位置関係主人と奴隷みたいな主従関係にしか見えないぞ。足を組むな、足を。雰囲気演出過剰だぞ。


「さ、取り敢えずアンタの持ってるユニークスキル出しなさいよ」


 扉を閉めて鍵を締めた刹那は、メニューウィンドウを開いて薄明かり程度の視界を確保しつつそう言った。

 カツアゲにしか聞こえなくなってきた。

 一先ずスキルウィンドウを開いて、左端――常に視界に映るような場所に移動させ、既に発言済みのユニークスキル【思考抱欺(ナイトメア・ブルーム)】と【幻痛覚謝肉祭ファントムペイン・カーニバル】の発声発動をオフに切り換えておく。

 中には危険なスキルも多い。もし誤作動でもっと危険な刹那に何かしたら、自演の輪廻デッドエンド・パラドックスを実体験することにもなりかねないのだ。


「まず思考抱欺(ナイトメア・ブルーム)幻痛覚謝肉祭ファントムペイン・カーニバルの譲渡から始めるぞ」

「いつでもいいわよ」


 ウィンドウが発する青白い淡い光に照らされた刹那の顔は如何にも『早く早く』と語っているようだった。


「えっと、トランスファーだったかな」


 仮名(カナ)との会話を思い出しつつ、スキル譲渡のための符丁(サイン)を元に詳細な発動式を頭の中で組み立てる。思い出すのは内容こそ違うが一部似通った特徴を持つキュービストのユニークスキル【祝福の無敵歓待インビンシブル・レセプション】の発動式だ。


「行くぞ」


 軽く息を吸い、刹那をまっすぐ見据えて用意した発動式を言い放つ。


「【(ゼロ)】、ターゲット[刹那(せつな)]、エントラスト『思考抱欺(ナイトメア・ブルーム)』――――“能力譲渡(トランスファー)”!」


 その瞬間、まるで【思考抱欺(ナイトメア・ブルーム)】を発動した時のように左目から電光火花(スパーク)のモーションが(ほとばし)った。


「きゃあっ!」


 そしてそのスパークは瞬く間に俺の左目から刹那の左目の間を駆け抜け、光の残像と痺れるような余波を残して消失した。


「う……っ」


 途端、短く呻いた刹那が左目を押さえながら前屈みになる。


「大丈夫か、刹那っ。見せてみろ!」


 刹那を起こし、左目を隠すようにする刹那の手を無理矢理どかして瞳を覗き込む。

 刹那の左目にはまるで魔法発動時の魔法陣のように十字型の光が映り込み、その瞳孔は右目よりも一回り大きく開いていた。


「だ、大丈夫っだから、離してッ……!」


 慌てふためいた様子の刹那に手を振り払われ、さらに胸を突き飛ばされた俺は転がるように反対側の傾斜天井に後頭部を(したた)かに打ち付ける。


「っつー……」

「あっ……ご、ごめん……」


 まだ動揺しているのか、刹那にしては珍しく素直に謝った上に手を差し伸べてくる。その瞳には既に光の紋章はなく、ただ心配の色だけが浮かんでいた。

 ここで変に茶化しても反動で巨大噴火する可能性があるから、今はこの低確率な幸運を甘んじて受け入れておこう。


「ありがとう。で、どうなった?」


 刹那に助け起こされながらも、気まずい沈黙の入る余地がないよう間を置かずに確認の質問をぶつけた。


「あ、う、うん。あ、ちゃんと増えてるわ。【思考(ナイトメア)――」

「はい、ストップ。無闇に発動したら面倒だから気を付けろ」

「――あ、そ、そうね」


 慌てて口を押さえる素直な刹那が、不覚にも可愛いと思ってしまった。


「それじゃ、もう一つ行くぞ」


 同じ要領で【幻痛覚謝肉祭ファントムペイン・カーニバル】も刹那に譲渡すると、二度目は右目に広がる波紋のような多重同心円型の光の紋章が映り込んだ。

 つまりスキル譲渡の際、発動時に発生するような発動モーションがお互いに発生する仕様になっているのだろう。とはいえ瞳に映る光の紋章は行使者本人には自覚がないのだが。今まで知らなかったし。


「魔眼スキル……何か中二臭いわね」

「今更言うなよ」


 それを五種類も使って魔眼の魔女(ノンストップ・テラー)なんて呼ばれてた(くだん)の子が不憫すぎるだろ。


「次は私がこれを使って、アンタが無効化して奪って、代わりに新しいスキルが発現するってことなのよね?」

「次は……確か【武装介助(アルマ・ドッピォ)】のはずだな」

「何それ」

「確か自分の武器を一時的に双具(ツイン)にするって感じだったはず。これもミキリが使ってたスキルだ」


 その先は【天涯蠱毒(コールド・ロンリー)】【仮名縛り(フレーズド・ロック)】【受呪繋ぎ(カースド・ゴースト)】【天地開闘(グランド・フィナーレ)】【五分誤武コールバック・イーブン】【精霊召喚式(サモンド・プレイ)】【阻塞する諸悪の尊厳ドレッドルート・ディグニティ】【地獄目繰りヘルウェイ・アイサイト】【潜入観(スニーキング・イン)】と続くはずだ。


「……そこそこ便利そうね。不意打ちぐらいにしか使えないかもだけど。あ、でも元々軽量武器の私じゃあんまり意味ないかな」


 待てよ? そういえば仮名(カナ)にこの話を聞いた時、何か大事なことに気付いてた気がする。


「それじゃ、さっさと作業進めちゃいましょ。スキルは……まあ、順番通りにナイトメア何とかからでいいか」


 そうだ。

 確か無効化したスキルは十一個。発現したスキルが二個。カウントラグが十個分だから正確には数が合っていないんだ。

 つまり憶えている限り順番通りに羅列した十一のスキルの間の何処かに、知らない内に無効化したスキルが入っているということだ。さすがに発動時を認識していない効果の継続スキルを把握することはできないし、もしかしたら【(ゼロ)】発言をした際に偶然近くでユニークスキルを使用していた人のものを強奪していたかもしれない。

 後者だとしたら相当まずいな。だが、それもこの作業を続ければわかることだ。

 取り敢えず今は――


「――って刹那?」


 気が付くと、刹那は無言でじっとこっちを見ていた。

 一瞬考え事の間放置していたから怒っているのかと思ったが、想定していたそれとは様子が少し違うことにすぐ気が付いた。

 その目付きが、違った。

 少なくとも怒っていたり呆れていたりする時の彼女のそれとは明らかに違っていた。


「シイナ……」


 妙に艶かしい息遣いと共に俺の名前を読んだ刹那は、まるで何かを求めるかのように手を伸ばし、身を乗り出してくる。


「ちょっ、刹那……!?」

「いいから……」


 何がいいの!? と聞き返しそうになった瞬間、言葉と共に息を呑んだ。

 狭い床に倒された俺の身体に密着するように、刹那がしなだれかかってきたのだ。

 その左手は俺の肩を押さえつけ、右手は胸から首、顎、そして頬へとなぞるように上がってくる。


「せ、刹那……顔近――」

「いいから、任せて……」


 刹那の顔が近付くにつれ、彼女の穏やかな表情が、熱い吐息が、心臓の高鳴りがはっきりとわかるようになってくる。

 さすがにこれは馬鹿でもわかる。刹那が何をしようとしているかわからないほど俺は無知でもないし鈍感でもない。

 だが、理由がわからない。

 何故――。

 どうして――。

 理由は、何だ――。


「シイナ……いいよね」


 甘い香りとその言葉で頭の中が真っ白になったその瞬間――――唇が重なった。

 柔らかな感触が五感のキャパシティを軽く超越し、何も考えられなくなる。

 時間の流れを認識できないような感覚に陥ったその()()――


「スキル全解除(オールリリース)!」


 ――世界を破壊するその声が聞こえた。

 目の前には、顔を真っ赤にして、目尻に涙まで浮かべてしまっている刹那。見ると、その手は俺の首にかけられ、俺はぎりぎりと地味に呼吸ができるかできないかの境界線辺りの力加減で絞められていた。


「……あ、あれ?」


 命の危機の片鱗を感じ取ったからか、脳が奇跡体験レベルの早さで冷え切り、同時に文字通りの冷静さを取り戻す。


「何で……【(ゼロ)】を……使わないのよッ……!」


 涙ぐまれましても!


「まさか……今の、【思考抱欺(ナイトメア・ブルーム)】の……!?」


 説明しよう。【思考抱欺(ナイトメア・ブルーム)】とは相手に望み通りの幻覚を見せて身体の動きを封じることができる、安全性逸脱疑惑が湧いている、汎用性の高いスキルなのだ!


「殺す……。死ぬまで殺す……」


 現実逃避している場合じゃなかった。

 このままだとマジで死ぬまで殺される。


「ま、待て、刹那……刹那さん、刹那様。俺は何も見ていないっ。多分アレだ、初めて使うスキルだからうまく使いこなせなくて不発に終わったんだ……!」


 我ながら苦しすぎる言い訳だと思ったが、予想に反して刹那の殺気は和らいだ。

 潤んだ瞳は弱々しく揺れ、興奮で上気した頬は呼吸に合わせて微かに震えている。不覚にもその何かを懇願するような上目遣いには可愛いという印象すら抱いてしまった。


「……ほんと?」


 こんな畳み掛けるような追撃に耐えられるほど俺は経験豊富じゃない。

 動揺と物理的恐怖でまた思考が不安定になっていたところに放たれたその言葉に、さっき見たばかりの()を思い出した俺は思わず視線を――顔を逸らしてしまったのだ。

 そんな分かりやすい自白に刹那が気付かないわけもなく、その喉から半狂乱染みた声にならない悲鳴が漏れ始める。


「あぁぁ、頭を、潰せば……記憶も消えるはずよね……」

「え゛……。ちょっ、待っ……なああああああああああああああああああああっ!」


 GLRの防音性のおかげか、この時の、そしてこの後の俺の悲鳴は外に漏れることはなかったという。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 “巡り合せの一悶着順争トラブルスポット・トラベリングツアー”――


 現在の合格ギルド。


 ≪地獄の厳冬インヴェルノ・インフェルノ

 ≪トキシックバイト≫

 ≪フルーツカスケット≫

 ≪五芒星団(ペンタゴン)

 ≪らっぷるりっぷる≫

 ≪レティクル・スカーレット≫

 ≪クリスタル・ユニバース≫


 現在の脱落ギルド。


 ≪黄金羊(ゴールデンシープ)

 ≪ソロモンズ・シンクタンク≫

 ≪天龍騎士団(ティエンロン)

 ≪TRIAL(トライアル)

 ≪白兵皇(はくへいおう)

 ≪ロードウォーカー≫

 ≪地底地(アンダーワールド)


 ――タイムリミットまで残り二十五時間四十三分。

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