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FreiheitOnline‐フライハイトオンライン‐  作者: 立花詩歌
第七章『巡り合せの一悶着順争―集いし力―』
333/351

(52)『ヨメキチク スグカエレ』

 三日目日程、朝七時頃――。

 クラエスの森及び碧緑色の水没林。

 残った参加者たちの大多数が起き出し、目標であるギルドハウスを探してフィールド内を彷徨(さまよ)っていた頃、フィールド外――アプリコット言うところの出入りの洞窟(エントランスホール)のすぐ外では思いも寄らない騒ぎが起きていた。


「うぉおおおおおおおおっ!!!」


 自身を奮い立たせんと放たれた雄叫びが空気を震わせ、続けてギンッギンッと剣同士が打ち合う音が立て続けに鳴り響く。

 声の主は西洋の全身鎧装備で固めた男で、その手には抜き身の長大な両手剣が握られている。≪ジークフリート聖騎士同盟≫から派遣された早朝警備担当の一人だ。

 その前に相対するのは、冷たい印象の仮面を着けた長髪の女。竜皮素材を用いた和装に身を包み、まるで教本のように正確な制体で細身の両手剣を構えている。

 その交錯は一瞬だった。

 男は果敢に踏み込み、長大な剣を上段から振り下ろす。しかし仮面の女はその剣筋を軽やかに受け流すと極めて普遍的なカウンター技で剣を振るい、瞬く間に男の右膝から下を斬り落とした。


「うがあああああああああああああああッ!」


 激痛に耐えかねて男が上げた悲鳴は、悲しくも直前の雄叫びより大きく響いた。


「静かにしてくれないかしら?」


 ざくり、と嫌な音が生々しく響き、男の悲鳴が掠れるように途切れた。

 優しげにも聞こえる声を発しながら、仮面の女は辛辣な言葉と共に何の躊躇いもなく男の喉に剣を突き立てたのだ。剣先はそのまま男の喉を(えぐ)り、ごぼごぼと血を溢れさせながらも呼吸しようとする男に容赦なく(とど)めを刺した。

 動かなくなった男のライフゲージは砕け散るように消滅し、その頭上に[DeadEnd]の文字が浮かび上がる。


「ようやく粗方(あらかた)片付いたかしらね」


 力を以ってこの空間を制圧し凄惨に支配してみせた仮面の女――[(ハカナ)]は血に塗れた聖剣(ノーブル)虚構と偶像の聖剣クライウルフ・クライシス】をそのまま腰の鞘に戻すと、辺りを見回して独り()ちる。

 尋常じゃない量の血で赤く染まった石畳の街道には完膚なきまでに解体された元強者の肉塊がごろごろと転がり、自演の輪廻デッドエンド・パラドックスの効力で理不尽に再生されても尚意識を取り戻さない強者だった者たちが倒れ伏している。

 そこにあったのは圧倒的強者による一方的な蹂躙の痕跡。

 突如姿を現した仇敵にして宿敵のラスボスに勇敢にも向かっていき、無謀と両断される運命に敗北した者たちの死屍累々の惨状だった。


「何、で……ここに……」


 そんな中、一人奮闘したと語られるだろう唯一の()()()は朦朧とする視界の中で、地べたに這い(つくば)りながら()れそうな声で儚に問う。


「そのまま寝ていなさい、スリーカーズ。貴女、勝てない喧嘩はしない主義だったでしょう?」


 スリーカーズを見下ろして、儚は呟くようにそう言った。

 その言葉の裏にあるのは、優しさでも甘さでも罪悪感でもない。何の企みもなく、何の矜持もなく、ただこの場所を訪れた用事と敗者のその後にはまったく関係がなかったためだ。


「……ウチかて、早う現実()に戻りたいさかい、多少の無茶は覚悟の……上や……」

「変わったのね、貴女も」


 儚は昔を思い出し慈しむように目を細める。

 今の彼女にとって忘れたいほど楽しかった悪夢のような日々の思い出。その中には少なからず同じベータテスターだったスリーカーズとの記憶もちゃんとある。

 何度か共に狩りをして二時間ほど暇潰しに語らい合っただけの思い出だったが、儚にとって大事な思い出のひとつであることに間違いはなかった。

 その他の部分が間違っただけで――。


「……そろそろ行くわ。また会いましょう、スリーカーズ」


 反応の無くなったスリーカーズから顔を上げた儚はそれ以上意識を逸らすことなく、岩壁に開いた出入りの洞窟(エントランスホール)の奥へと消えていった。


「アンタにだけ、は……言われた、ないわ……ハ、カナ……」


 薄れゆく意識の中でそれだけ絞り出したスリーカーズは、アンダーヒルに宛てて文面を作っていたメッセージの送信ボタンを押し、そして――――意識を手放した。

 すぐには届かないとわかっていても。





 ほぼ同時刻、竜流泉(ドラゴスプリング)、水没林側入り口付近――


「なっ……」


 ――(ようや)く予定通りに追いついてきたルークを含めた一行の面子に、シャノンは驚きのあまり言葉を失った。


「ごきげんよう。お久しぶりで御座います、シャノン様。如何(いか)にも貴女の良き友人、仮名(カナ)で御座います」

「な、なんでカナが!? って言うかそのキャラ何!? ってあうっ!」


 突然現れた三天敵の一人――認定三天敵の他二人はアプリコットとアンダーヒル――に驚きを隠せないシャノンは、さらにその恭しい態度にテンパって冷静さを欠き、後退りしようとした足元の木の根に足を取られて尻餅を衝いた。


「いたたた……」

「相変わらずのあざといキャラアピール、(わたくし)好みでゾクゾクしますわぁ……。あぁ、早くその愛らしい瞳が涙に潤むところを見てみたい……♪」

「ご丁寧なキャラで何変態じみたこと言ってるの!? その上Sなの!? サディスティックにバイオレンスなの!?」

「あぁ、確かに泣き顔もたまに見たくなる可愛さがあるんだよな……」

「ルークぅぅぅぅっ!」


 シャノンがわずかな照れ隠しの混じった怒りの拳をルークの鳩尾に叩き込むと、肺の中の空気を丸ごと持っていかれたルークは痛みと酸欠でその場に崩れ落ち水没する。

 出会い頭から賑やかな集団だが、ストレラは『付き合いきれん』とばかりにそっぽを向いてしまい、フレンは「あらあら、困ったわ」と呟きながらも優美な笑顔を浮かべて暢気(のんき)に静観している。

 ルークも仮名(カナ)に乗じてシャノンをからかって遊んでいるだけだったため、実質騒ぎの中心はやはりシャノンと仮名(カナ)だった。


「大体何でカナと一緒にいるの!?」


 若干涙目になりつつも詰め寄ったシャノンがそう訊ねると、ルークは仮名(カナ)の方を示唆した。


「彼女曰くシャノンさんが余計なこと企むかららしいっすけど」

「べ、別に何も企んでなんかないもん」

「うわぁ苦しい」


 ぼそりと呟いたルークの顔面をシャノンの裏拳が襲う。当然反応できなかったルークはバランスを崩し、鼻を押さえながら一歩、二歩と後退った。

 しかしルークの言った通り、そんな言い訳を歯牙にもかけず仮名(カナ)はシャノンに畳み掛ける。


(わたくし)の目はそんなことで(たばか)れませんの。そもそも(わたくし)は、参加者を勝手に篩にかけられたら(たま)らないと上司(うえ)から言われてわざわざ来たので御座います。貴女のことですから、もうギルドハウスの大体の位置は把握しているのでしょう? 連行して差し上げますからさっさとゴールしてくださいな、という話で御座います」

「期待させて悪いけど、私まだギルドハウスの場所なんて知らな――」

「この私が貴女の()に気付かないなどとは思わないことですわ」

「――……うぅっ」


 追い詰めるように問い詰める仮名(カナ)の言葉に、シャノンは観念したようにがくっと肩を落とした。


「ルーク、(カラス)とは何のことだ?」

「シャノンさんのケープ」

「ん?」

「外套型アクセサリー【黒烏の千羽套ネクロス・クロウネスト】。偵察用召喚スキル【千羽烏(センバガラス)】とその召喚獣『一羽烏(イチワガラス)』。シャノンが情報屋と呼ばれる所以(ゆえん)になったスキルのことっす」


 一応シャノンからは箝口令が敷かれている機密なのだが、今回ストレラが被った迷惑と無駄な手間を考えればそのくらい教えてもいいだろうという判断だった。更に言えばシャノンにとって秘密レベルの高い事実を教えることでそれ以上の詮索や借りをチャラにしてしまおうという計算もあった。何より直情的だが馬鹿ではないストレラや理想的人格者のフレンは知り得た情報を悪用しようなんてことは考えない性格であることも計算上決して小さくないファクターだった。


()く参りましょうか、シャノン様。先導していただきますわよ」

「くぅぅ、この八方別人女さえ来なければもう少しで行けそうだったのに……!」

「――何か言ったか、地に墜ちた烏(フォーレン・クロウ)


 仮名(カナ)の白い瞳に殺意を彷彿とさせるような赤い妖光が宿る。

 途端、身体を駆け抜けた戦慄に逆らえずにびくっと震えたシャノンは怯えるように視線を逸らし、本能的に首を横に振った。

 巷では死神や毒蛇の王と呼ばれるシャノンですら恐れを抱くほど、仮名(カナ)という人間は何処か壊れているのだ。

 もし彼女がアプリコットのように外聞に拘らない性格だったなら、人口に膾炙(かいしゃ)する陰惨なエピソードはドレッドレイドの比ではなかっただろう。


「……ル、ルーク、≪Ghost(ゴースト)Knights(ナイツ)≫と≪螺旋風(トルネイダー)≫にアラート。面倒だから、発見の符丁使っていいよ」

「あいよっす」


 ルークはシャノンの様子がおかしいことに気付かず、指示通りマップウィンドウを開いてアラート機能を使う。アラートのオンオフ切り替えで予め擦り合わせておいた信号を発信し、単純な意思疏通を行うのだ。

 シャノンはアルファベット毎に信号を割り振り、ローマ字表記で文章を送れるように打ち合わせていた。尤も(ディー)を初めとしてほぼ全員から『面倒くさい』と不評だったのだが。


「パーティメンバーが到着するまで大体一時間待つことになりそうっすけど」


 特に意味もなく『ヨメキチク スグカエレ』という文章を信号に置き換えて送りつつ、ルークはマップ上の光点位置から割り出した予測をシャノンに報告する。すると、シャノンではなく仮名(カナ)が「構いませんわ」と返事をした。


「とは言え、こんなところではただ待つだけにも不都合ですわね」

「んじゃ、【地盤鎮下(グレート・クレーター)】」


 ルークが整地スキルを使うと足下の水面が割れ、ルークを中心に半径三メートル円内の水が全て消失する。


「それでしたら……」


 仮名(カナ)は白のガーデンテーブルと人数分のガーデンチェアをオブジェクト化させると、その一つに優雅に腰掛けた。


「宜しければ皆様も御遠慮なく」


 笑顔でシャノン、フレン、ストレラ、ルークと視線を流した仮名(カナ)はガーデンチェアを示唆して見せる。


「お前の顔はどうも気に食わんが、今はその言葉に甘えることにしておこう」


 最初にガーデンチェアに腰を下ろしたのはストレラだ。他の面々もそれに続いて仮名(カナ)の誘いに乗って次々と座る。

 しかし全員が各々くつろぎ始めると、何故かストレラだけが居心地が悪そうに何度も姿勢を変えていた。それに気付いたルークは然り気無く暫し観察し、その理由に思い当たると一人納得した様子でこぼれそうになる笑みを隠した。


「何でしたらメイドらしく紅茶でも振る舞いますけれど、いかが?」

「い、いらん!」


 仮名(カナ)の提案を即答で却下したストレラは急に我に返ったように「あ」と呟くと、赤くなって俯いてしまう。


「ステラちゃん、どうかしたの?」

「ちゃん付けで呼ぶのは止めてくれと言ったろう、フレン……」


 疲れたような溜め息を吐いたストレラは誤魔化すようにウィンドウを開きながら、椅子から立ち上がった。


「何処か行くんすか?」

「そ、その辺で採集でもしているから、用があったら呼んでくれ……」


 それだけ言い残し、ストレラは足早に何処かへ行ってしまった。


「……どうかしたのかな?」


 シャノンが首を傾げると、ルークは思い出したようにくっくっと笑いだし、訝しげな衆目を頂戴する。


「いや、アレっす。ストレラは自分のキャラを重々承知してるから、自分が白塗りの椅子に座ってお上品にティータイムなんて似合わないってわかってるんすよ」


 含み笑い混じりにそう言ったルークの顔面目掛けて、ストレラの怒声と共に拳大の石が飛んできたのは言うまでもなかった。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 “巡り合せの一悶着順争トラブルスポット・トラベリングツアー”――


 現在の合格ギルド。


 ≪地獄の厳冬インヴェルノ・インフェルノ

 ≪トキシックバイト≫

 ≪フルーツカスケット≫

 ≪五芒星団(ペンタゴン)

 ≪らっぷるりっぷる≫

 ≪レティクル・スカーレット≫

 ≪クリスタル・ユニバース≫


 現在の脱落ギルド。


 ≪黄金羊(ゴールデンシープ)

 ≪ソロモンズ・シンクタンク≫

 ≪天龍騎士団(ティエンロン)

 ≪TRIAL(トライアル)

 ≪白兵皇(はくへいおう)

 ≪ロードウォーカー≫

 ≪地底地(アンダーワールド)


 ――タイムリミットまで残り二十六時間五十八分。

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