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FreiheitOnline‐フライハイトオンライン‐  作者: 立花詩歌
第七章『巡り合せの一悶着順争―集いし力―』
331/351

(50)『そろそろ信用してくれよ』

 まさかの仮名回(自分でも驚いてます

 そして今回で、話数最多章が第五章『0‐ゼロ‐』から第七章『ギルドリーダー』に更新されましたね(戦々恐々)

 『碧緑色(へきりょくしょく)水没林(すいぼつりん)』某所――。


「はぁ……なんかアホらしくなってきたな」


 飛行型のレア出現(スポーン)モンスター“囁き毒の鳶蛇(ヴァイス・ヴァイパー)”の血肉を頭から浴びながら、ルークは口調を取り繕うこともなく吐き捨てた。その周囲では同じく囁き毒の鳶蛇(ヴァイス・ヴァイパー)の死骸が水底に没し、断面から生々しい赤色の煙を水中に漂わせている。


「辛気臭い顔で何を言うかと思えば、一体どうした、ルーク」


 隣には不機嫌そうなルークにアホを見る目を向けるストレラ。その手にはやはり巨大な環剣(サークル)迫り来る恐怖(フィアー・ルーミング)】が携えられ、ストレラも討伐したばかりのモンスターの血肉に塗れていた。


「いや、何でこんなとこでこんなもん狩ってんのかと思うとアホらしくなってきて」

「いいじゃないか。仮にもレアモンスター。これだけ狩れば素材価値はそこそこだぞ」

「いや、そういうことじゃねえよ」


 ルークはそう返しつつ、頭から水を被って返り血を洗い流す。


「よく考えたらあの人追っかけてばっかりなんすよ」

「それがお前のアイデンティティなんだろう?」

「それ悲しすぎじゃね!?」

「事実なのだから仕方がない。それよりも……やはり()せんな」


 そう言えばコイツ歯に衣着せることを知らなかったな、などと思いつつ、ルークはストレラの言葉を受けて警戒するような視線を周囲に向ける。

 ルークやストレラがさっきから――具体的には囁き毒の鳶蛇(ヴァイス・ヴァイパー)の群れと遭遇する少し前辺りから感じていた漠然とした曖昧な気配の主は、二人が気配の方向を探ろうとするとそれに気付いたかのように空間に融けて消えてしまう。索敵を幾度も試みる度に例外なく煙に巻かれているのだ。ルークは≪弱巣窟(ネストネスト)≫というギルドの(正確にはそのGLの)性質上、追跡者(チェイサー)追跡技能者(トレーサー)などと言った現代社会では縁遠い稼業を営むプレイヤーたちにも敵として味方として幾度となく遭遇したことがある。

 しかしそんなルークにとっても、ここまで奇妙で高度な追跡をされたのは初めての体験と言えた。

 ただ高度な技術を持っている訳ではない。それを駆使して巧妙に気配を隠蔽しつつも、敢えてこちらに気付かせるように時折素人でも分かりそうな“人の気配”を覗かせる。ただの素人なら良かったものの、少なくともただの素人がルークやストレラに気付かれない内に()()()()()()に侵入し、突然出現してみせるなんてことができるわけがない。シャノンを追いかけているつもりでも何故かシャノンは逃げるように距離を離し、その上誰とも知れない相手に尾行されていては馬鹿馬鹿しくも思えてくる頃だった。

 ストレラと特に意図のない歓談に興じていたのも、主に気晴らしと憂さ晴らしが目的だった。


「シャノンは、と……遊んでる間に随分離されたみたいっすね。このままだとまた地上(うえ)に戻る気か……? ぶっちゃけもう疲れたんだけどな、主に精神的に」

「ルーク、地が出てるぞ」

「はは、ほっとけ」


 乾いた笑いを漏らすルークに、ストレラはまた困ったのが増えたとばかりに疲れた表情でこめかみを押さえて溜め息を()く。


「パーティを解除していないということは、あの女の予定では私たち、少なくともお前が追いかけて来ることになっているのだろう。追いかけないことには何もできない」

「わかってるっつーの。あぁ、手がかかる女だ……。まさかここまで手がかかるとは……」


 ぶつぶつとぼやきながら、ルークの足がまた前に進み始める。


「だが嫌いではないのだろう。なら諦めろ」

「ああ、そこんとこ我ながら毒蛇に毒されてると思う」

「それは面白いな」


 また歩き始めたルークを見て苦笑したストレラは、腰辺りまで満ちた水を掻き分けながら何処か楽しげにルークの背中を追いかけるのだった。




―――――――――――――――――――――――――――――――――――――




 気配を殺すと言うのは、原理的には思いの外単純だ。

 と言うのも、人は気配という漠然としたものを感じ取る時、まず耳――つまり聴覚を頼りにしている。音から得られる情報は視覚に匹敵するものであり、人の動作音や呼吸音などを無意識下に感じ取り、生物の生存本能に基づく危機回避のために“気配”という漠然とした感覚で意識に伝える。人が気配を感じ取るのは大抵周りが静かな時で、微かな音にも過敏に反応してしまうのは生物として当然の警戒態勢だ。一説には人の身体が発する微弱な電磁波を皮膚や筋肉、感覚神経が振動・反応し、それを名状しがたい恐怖的感覚として意識させるというものもあるが、電磁波というものが有り触れた現代において人体が発する程度の電磁波のみを気配として感知するとは考えにくい。その説が正しいか否かは差し置いても、少なくとも電磁波のみで気配というものの説明を片付けてしまうことは論理性に欠ける。

 しかしながら、原理的には単純でも人間がそれを体現するのはその身体の構造上非常に難しい。まず意識的に実行することが可能な動作を完璧にコントロールできることが大前提であり、それでも完全な消音を行うこともできない。この仮想現実の世界に於いては現実に存在しない異能力――二種の消音スキルも存在しているが、どちらも戦闘スキルではないため、ゲームの仕様上フィールド内に当たるこの場で使用することは不可能だった。

 かと言って人間が気配を断つことができないかというとやはりそうでもない。

 事実“物陰の人影(シャドウ・シャドウ)”ことアンダーヒルは、他者の視覚と嗅覚から自身の存在を隠蔽するスキル【付隠透(ハイド・シャドウ)】を持ちながら、さらに自身の天才的な制体駆動技術によって聴覚に対するステルス性をも発揮している。それでもやはり完全ではなく、シャノンのように耳のいい人には隠し切れない微かな音も聞こえるし、アプリコットのように飛び抜けて勘のいい人間には見つかってしまう。ただそれだけの話だった。

 そしてここにもまた、同様にあらゆる意味で自身を隠蔽することに長けた者がいた。


「――あれが毒蛇の王の懐中刀(ふところがたな)……」


 ルークとストレラから約五十メートル後方。

 水没林を構成する樹木の一樹(いちじゅ)に潜み気配を殺して遊んでいた、金糸の刺繍が施された純白のドレスローブで全身を覆った少女――――仮名(カナ)は深く被ったフードの下からそんな呟きを漏らす。その表情はかの能面少女、アンダーヒル以上に何かが抜け落ちたような無そのもの。しかしその目の奥には玩具を見つけた子供のような輝きを隠していた。


「――ちょっと惜しいけど……どうでもいいか」


 そう呟き、仮名は静かに樹上で立ち上がる。

 アンダーヒル同様に制体技術に天賦の才を持つ仮名もほぼ無音で行動することができる。これは彼女が自身の趣味と称する『現実演技(リアルロール)』の下敷きとも言える天性の才能だった。あらゆる対象に対して自己を偽り欺き、自身の全てを完全に書き換えるほどの演技力を体現するためには、あらゆる動作を意識的に精密駆動させることが大前提だったからだ。多方向に秀でた能力を持つアンダーヒルが現実では自力で立って歩くこともできない非力な少女であることに比べれば、仮名こそいるかもわからない神という名の造物主が気紛れで生み出しただろう悪戯の産物その物だった。

 しかし、彼女にいくら天才的な身体能力を持っていようと生まれも育ちも日本人の仮名――不二咲(ふじさき)杏奈(あんな)がその身体能力を十全に発揮する機会などそうそうあるはずもなく、表舞台で目立つことを嫌う彼女の性格も相俟(あいま)って宝の持ち腐れ状態だ。

 ちなみに、限りなく現実に近い仮想現実を体験することができる[FreiheitOnline]の世界に彼女が降り立ってからはその身体能力が存分に振るわれたわけだが、アンダーヒルと違って現実に何のハンデも持たない仮名がFOに興じていた理由は、当然また別のところにあったりする。


「――ん、そろそろ魔力(MP)が切れるか」


 仮名はルークとストレラの追跡を一時中断し、アイテムウィンドウから魔力回復薬(MPポーション)を数本取り出して口につけ一本、また一本と飲み干していく。そして既に二ドット幅にまで減少していた仮名の魔力(MP)が完全回復すると、仮名は口元を濡らす液体を袖口で拭いつつ空になった瓶をアイテムウィンドウにぽいと放り込む。


「――まだバレるわけにはいかないし、暇潰しに熱中し過ぎてボロを出すなんて笑えない」


 仮名は樹上で音もなく飛び跳ねると、次いでザバンッと目立つ音を立てながら水中に飛び込んだ。

 遊ぶつもりがなければ無意味に隠れる必要もない。暇潰しに変わりはなくても、意味がなければ普通に近付いて当たり前に接触する。ただそれだけの自然な行動が、変人(カナ)に――異常者(カナ)に照らし合わせると不自然なことにも見えてくる。

 日頃の行いとはよく言うものの、人はそれほど他人のやることを認識し理解までしようとは思っていない。ずっと昔からそう思っていた仮名にとって、自分のやることに偏った拘りは持っていなかった。故に何でも演じられるし、誰にでもなることができる。

 そして、誰でもなくなることができる――――仮名にはそれが楽しくてたまらないのだった。


「――この状況(DO)を特別楽しんでるつもりはないよ。(ハカナ)みたいに、私は現実に絶望なんかしてないし、この状況を望んだりなんてしない。アプリコットみたいに、ただ意味もなく人を弄り倒すのが楽しいだけで、現実に今更興味がないからこの世界の成り行きを面白くしようとしたいわけでもない。人並みに現実には戻りたいし、だから私は裏舞台に立つ。私はただ、どんな状況でも楽しみは見つけたいし、楽しみながら何かを成し遂げたい。それって変なことなのかな――」


 唐突にそんな独り言を呟きながら、仮名は水音を引いてルークとストレラの後を追いかけ始める。それはまるでアプリコットの悪癖、無意味な演出家ミーニングレス・ディレクターのように不特定多数に語りかけるような言い方だったが、仮名が意図してその言葉を向けたのはたった一人だった。


「――だからそろそろ信用してくれよ、()()()()()()


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 “巡り合せの一悶着順争トラブルスポット・トラベリングツアー”――


 現在の合格ギルド。


 ≪地獄の厳冬インヴェルノ・インフェルノ

 ≪トキシックバイト≫

 ≪フルーツカスケット≫

 ≪五芒星団(ペンタゴン)

 ≪らっぷるりっぷる≫

 ≪レティクル・スカーレット≫

 ≪クリスタル・ユニバース≫


 現在の脱落ギルド。


 ≪黄金羊(ゴールデンシープ)

 ≪ソロモンズ・シンクタンク≫

 ≪天龍騎士団(ティエンロン)

 ≪TRIAL(トライアル)

 ≪白兵皇(はくへいおう)

 ≪ロードウォーカー≫

 ≪地底地(アンダーワールド)


 ――タイムリミットまで残り二十八時間十三分。

 ※ちなみに作中で長々と語った気配のシステムについては、飽くまでも一説であり明確な科学的論証はありませんのでご注意ください。

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