(49)『リーダーらしくない』
最近戦闘を書いてなかったせいかついやってしまいました。
あんまり本筋とは関係ないですが、シャノンとルークが別行動に入るのは予定していたので問題ないと思いたいです。
“巡り合せの一悶着順争”三日目――。
「はぁ……」
『碧緑色の水没林』最深部の地下湖付近で、地上ではまだ日も出ない早朝からルークは溜め息を吐いていた。
その足の下にはシャノンの気まぐれで(正確には気まぐれの助太刀で)討伐されたボスモンスター“アルヘオ・リヴァイアサン”の亡骸。その硬い鱗の冷たい感触や戦闘によるわずかばかりの疲労もまたルークの精神的疲弊を助長する一因だったが、根本にある原因はそこではなく、やはり少し離れたところで別ギルドのGLと歓談する困った上司に他ならなかった。
話している相手は同じ巡り合せの一悶着順争の参加ギルド≪雨天鶴≫のギルドリーダー[フレン]だ。綺麗な長い黒髪と、育ちの良さが窺える物腰柔らかな所作、そしてか弱げながらも芯のある品格と優しい性格で主に男性プレイヤーたちから高い人気を得る、“秘めたる姫君”という二つ名を擁する人格者だ。同時に実戦闘能力はあまり振るわないギルドリーダーという上位ギルドでは非常に珍しい一面も持っている。
「でね、その時ルークったら――」
さらに状況の悪化に拍車をかけているのはその話題――――情報交換でも仕事の話でもなく、ルークにとって居たたまれない自分自身の話なのだ。普段の姿に可愛げがなくとも、今のルークになら少なからず同情票も入るのではないかと言うある種の惨状だった。その話題に逸れた時にも話の流れに不自然な運びがなかったため、珍しくシャノンの心の純粋な部分が表れているようで、それを無下にできずルークも止めに入ることができないという辺り、果てしなくルークには救いがなかった。
「すまない、うちのリーダーが迷惑をかける」
不意に声をかけられたルークが振り返ると、フレン同様≪雨天鶴≫代表としてこの試験に参加した女性プレイヤー[ストレラ]がいつのまにか背後に立っていた。
ストレラは女性には珍しくルークと同程度のすらりとした長身を持ち、実用性と華やかさを見事に兼ね備えた女性用の正統騎士装甲に身を包んだ凛とした雰囲気を纏う女性だ。ややくすんだような色合いの長い金髪を後ろで一本に結って下ろしているため、何処か時代錯誤な中世風の雰囲気すら醸していた。その第一印象の理由は彼女の種族――――女性専用の聖乙女系第二進化種、霊導騎に対する先入観が大きいのだろうが。
「いやー、それ言ったらうちの方が余程迷惑かけてると思うっすよ。通りすがりの助太刀にしたって特に必要はなかったし、その上しょーもない話で捜索すべき時間食ってるわけっすから」
「しょうもない……? お前のことを話しているのではないのか?」
「だからしょーもないんす」
「よくわからないが、そういうものか」
そう言いながらも得心行かぬ顔で首を傾げたストレラは軽やかな跳躍で水から上がると、ルーク同様アルヘオ・リヴァイアサンの亡骸の上にすとんと着地し、ルークから五十センチほど離した隣に腰を下ろした。ルークとストレラは旧知の仲で、互いに親密の自覚はないが互いの距離はその他一般より近く、それぞれの性格もあって含むところなく向き合える間柄だった。
尤も二人の関係は戦場で培われるようなものではなかったため、互いの戦闘を見るのはこれが初めてだったりもするのだが。
「彼女……フレンは奥ゆかしげに見えて結構な話好きでな。根が寂しがりやだから、一度誰かと話を始めるとそれに熱中し過ぎてしまう」
普段からその癖に困っているらしいストレラは半身振り返ってシャノンと歓談するリーダーを見遣ると、やれやれと頭を振って視線をルークに戻した。
「その癖を是とするか非とするかを問わないにしても、如何せん聞き上手で話上手では話が弾んでも仕方ない。それならこちらに非がないとも言い切れないだろう?」
「シャノンも結構その気があるし、これはエンドレスっすかね……」
シャノンの場合聞き出し上手で口上手という方が正しいのだが、それをストレラに言ったところで仕方がないことをわかっているルークはわざわざ口にしない。
「それなら私たちで必要な情報交換を済ませておく、というのはどうか」
「知ってるだけでいいなら喜んで」
シャノンはギルドハウスの位置を大まかに把握しているが、ルークはその位置を教えて貰っていない。無論これまでに得ている情報を照らし合わせてある程度の予想が立てられるぐらいにはルークの頭でも可能なのだが、それでも渡せる確定情報はごくわずかなもの。しかし今回の目的は早く辿り着くことではなく確実に辿り着くこと。協力関係に必要最低限以上の利害計算は必要ないことは聡明なストレラにならわかるだろうという判断だった。かと言って、もしストレラが提示した情報の方が有益だった場合は借りをそのままにしておくつもりはないのだが。
「ここは提案した私からが筋だろうな」
ストレラはそう言うとマップウィンドウを開き、少し操作したものを可視化してルークに提示する。ストレラの持っていた『クラエスの森』及び『碧緑色の水没林』の全域マップはルークの持っている物よりも若干未開拓地域があったものの現状で深刻な差はなく、そもそも情報屋を身内に擁するルークと情報量で比べること自体が間違いだった。
「結論を言えば『碧緑色の水没林にギルドハウスらしきものはない』ということだな」
「え?」
ルークが驚いてストレラの提示する全域マップを見ると、捜索済み範囲を示しているのだろう大雑把な手書きの丸が幾つも書き込まれており、それが連なって碧緑色の水没林全域に広がっていた。
「マジか……」
「ん? どうかしたのか?」
「いや、地上にはないってのがこっちの結論すから」
「何? それは本当か?」
ルークがストレラと同じように全域マップウィンドウを可視化して渡すと、ストレラはその地図を見て一瞬大きく目を見開き、次いで思案顔で「むぅ……」と唸り始めた。
「これはどういうことなんだ……?」
事の序でにルークがついでにストレラの持っていたマップを自分のより正確な全域マップと同期する作業をしていると、下唇に指を添えた妙に絵になる姿勢で考え込んでいたストレラが難しい顔で首を傾げる。見た目に違わず真面目な性格なのだろうと基本不真面目なルークがそう思っていると、そこでマップが更新されたことに気付いたストレラが「ああ、すまない」と礼を述べた。
「こんくらいは普通っすよ。ってか、ぶっちゃけるとシャノンは大体の場所見当付いてるっぽいんすけど、何企んでんのか教えてくれないんすよね」
「何!? そうなのかっ?」
「大方未開拓地域があるってことなんだろうとは思ってるんすけど、僕ごときがシャノンを御しきるのは不可能なんで、どうにでもなれ精神で絶賛放任中っす」
「お前たちは相変わらず色々と訳がわからないな…………ん?」
不意にストレラが何かに気付いた素振りを見せ、目の前の水面をじっと見つめた。そして目敏いルークが微かに上下して揺れる水面を同様に注視した瞬間、ストレラの左手首に無彩色の水平二連式手甲一体型機巧弩【無名】が実体化し、ストレラはそれを水面に向けて打ち出した。
ヒュッ。
放たれた金属矢が水面を貫き、途端水中に浮かび上がったLP表示のゲージバーが見る見る減少し、間もなく全損して砕けるようにして消失した。
「姿がない敵……?」
ルークの脳裏にこのフィールドに出現が確認されているモンスターがリストアップされ、該当する唯一のモンスターの姿が浮かび上がってくる。
「水蛇妖か……!?」
「奴らは群れる。強くはないが、群れられると総じて厄介だ。狩るしかないな」
「しかなさそうっすね。おーい、シャノ――――っていねえ!?」
ルークが振り返ると、そこにさっきまでいたはずのシャノンとフレンは影も形もなく、それどころかルークとストレラはいつのまにか水面から妖しく鎌首を持ち上げる無数の水蛇妖に囲まれていた。水蛇妖はストレラの言う通り単体では一蹴される程度の弱小モンスターに過ぎないが、群れともなるとどんな弱小モンスターでも厄介だ。
尤も、ルークの心を現状占めているのは水蛇妖云々ではなく専ら『あの女マジ何考えてんのかわかんねーっ!』という怒りにも似た感情だったのだが。
「さっきまではそこにいたのだからまずはこの場を収めるぞ、ルーク。話はそれからだ」
視ることで相手を威圧するスキル【威圧眼】による鋭い眼光で周囲の水蛇妖を押さえつけたストレラはそう言って、右手にアルヘオ・リヴァイアサン討伐時にも使用した武装――大きな紅銀二色の環剣【迫り来る恐怖】を展開する。続けてルークも小太刀の魔刃剣【倭刀・神通】を抜き放つと、その殺意に触発されたのかストレラのスキル効果が切れたのか水蛇妖が牙を剥き、一斉に飛びかかってきた。
「そっちは任せたっすよ、ストレラ」
ルークは背後のストレラにそう告げると、一見して水蛇妖の少ない方に跳んだ。水蛇妖は本体が水であるが故に、水の中に違和感なく潜むことができる。それ故に一見して少ない方が個体数が多いということがままあるのだ。さらにルークは着水と同時に水面に顔を出していた数体を神通の撫で斬りで払うと、一息吸って水面下に頭から潜った。
繰り返すが水蛇妖は本体が水の魔物だ。しかしそれ故に水の中では水と同化してしまい、自身を形作ることが出来ないために敵に物理ダメージを与えることができない。よって水面に上体を出すことで水と自身を部分的に分離して外敵を攻撃する。通常は存在原理的ステルス能力は自身の有利に働くはずなのだが、逆に言えば水蛇妖の攻撃能力が水面より上でしか働かないという致命的な隙を生む結果となり、弱小モンスター扱いされる所以でもあった。
ちなみに本来ならこの手の敵は攻撃の届かない空中から攻撃するのが定石なのだが、空域に於いて絶大な戦闘機動能力を発揮する鳥人種系種族は飛行性能が高い代わりに水に濡れた直後は著しく飛行能力が低下する鳥類系生体翼の種族。アルヘオ・リヴァイアサン戦で大量の水を浴びたばかりの今はまだ翼が乾いていないため、ルークは意図的にその選択肢を排除していた。
ルークは声によるスキル発動が不可能な水面下で神通を振るう。
水中に潜む水蛇妖のライフゲージバーが次々と現れては全損し、砕け散るように消えていく。傍からは闇雲に振っているようにしか見えない随分と間の抜けた絵面だが、群れで行動する対水蛇妖戦法としては案外有効なのだ。
「っぷは」
――かと言って、水棲生物系種族ではない者にとって絶息状態での戦闘は長続きしない。
すぐに息継ぎのために水面から顔を出したルークは肺を満たしつつも、襲い掛かってくる水蛇妖を的確に捌いていく。今でこそ普段は重槍使いだが、元々機動戦闘を得意とする傭兵稼業に勤しんでいた頃に培った太刀捌きはこの程度の状況では揺るがない。
「【天輪の舞・桜火】!」
手にした巨大な環剣【迫り来る恐怖】を一振りし、環剣専用スキルアーツ適用のためフラフープのようにそれを上方に放り上げた。次の瞬間、それを好機と見てストレラに近付いた数匹の水蛇妖が、自律浮遊する環剣から放たれた炎の槍に貫かれて瞬く間に蒸発する。
「【天輪の舞・蓮雷】!」
続いて水平を保ちながら降りて来た環剣からスパークが迸り、蓮の花が開くような大輪の雷撃が轟き、水面下で無数の水蛇妖が霧散した。
「案外えげつない戦い方するっすね……」
雷撃スキルを察して咄嗟にアルヘオ・リヴァイアサンの上に這い上がったルークが冷や汗混じりにそう言うと、ストレラは足元のルークに気付いて振り返り、きょとんとする。しかしすぐにルークの反応の理由に思い当たり「ああ」と手を打った。
「安心しろ。このスキルには指向性があるからダメージは通らない」
「いや、別にパーティ組んでないからモロ食らうっす」
「言われてみればそうだったか。すまない」
「無自覚で無意識におっかねー女だ……」
「何か言ったか?」
「いや何も」
ストレラが突きつけてきた機構弩【無名】に即時降参したルークが大人しく水に飛び込んで残る水蛇妖を狩り始めると、既に自分の獲物を粗方殲滅してしまっているストレラは余裕の様子でルークの一挙手一投足を見つめる。
「お前は意外と堅実な戦い方をするな」
「意外と、ってどういう意味っすか……」
剣を振るう手を休めることなく、ルークは急に自分の話題を振ってきたストレラに呆れたような視線を返す。するとストレラはいきなり失礼など微塵も気にせずルークの顔を指差した。
「いつも軽薄そうな面をしているだろう。お前の第一印象は総じて良くない自信がある」
「んなアホな……」
ルークは『何の自信だよ』などと思いつつも、片手間に水蛇妖の頭を刎ねる。
「そういうそっちはいつも無愛想じゃないすか」
「愛想の振り撒き方など習っていないからな」
「あれって習うものなのか……」
基本的に性格が生真面目なストレラは、ある程度放任することで対処可能なフレンの曰く悪癖にも真っ向から応じてしまい無駄にあれこれと悩むことになる。面倒な相手は適当に往なしておくというルークの考え方はある種妥協や諦めにも近いため一概に正解とも言えないが、それが必要な時と場合が多々在り得ると普段から思っているルークにとってはストレラのそういう部分が歯痒いところでもあり、また参考にすべきところでもあると思っていた。
当然、ストレラほど極端な例は寧ろ反面教師にすべきとも思っていたが。少なくとも、いつも肩肘張ってばかりで、力の節約の仕方を知らない馬鹿正直にはなりたくないと思う程度に。
「ルーク、右斜め後ろ」
「ん? っとぉいっ!」
ルークの右頬を、顎を大きく開いた水蛇妖の牙が霞める。ストレラの警告のおかげで軽い接触程度で済んだものの、頬に走る微かな痛みにルークの思考が著しく阻害される。
「ちっ……」
苛立たしげに舌打ちしたルークは急激に殺気を増した鋭い視線を周囲に流し、神通を水中で手放し、同時にウィンドウを操作して別の装備を具現化する。
火砲槍【灰炎槍・焔大蛇】。炎蛇竜ノヴァ・プロミナンスの素材を用いたルークの現行主力武器である。
「――【蒸発零却】ッ!!!」
フィールド環境の関係から水中に出現した焔大蛇を手に取ったルークは半ば咆哮するようにその付加スキルを発動させる。瞬間、ばしゃばしゃと小刻みに水面を揺らして震え始めた焔大蛇の目が俄かに紅色の光を帯びる。
そして――――ジュゥッ!
刹那の内に激しい蒸発音を立てた周囲の水が消し飛び、急激な気化で生まれた水蒸気でさえも霧が晴れるように何処かへと流されて見えなくなる。
ルークが使用したのは、火炎耐性を持つ水属性のオブジェクトやモンスターを消滅させる水属性限定の実質的な一撃必殺スキル。火の最上位属性“獄炎”でさえ、相手が水に該当する属性を持っている場合は著しいダメージ弱化を受けてしまうFOの仕様では苦戦を強いられる。それも巨塔クラスの水属性ボス相手なら尚更だ。しかし【蒸発零却】はそういった属性相関を無視して、水属性の相手に一撃必殺可能な程のダメージを与えることが出来る。つまり焔大蛇は自身が獄炎属性でありながら、対水属性の極大火力スキルを持っているのだ。とは言え、巨塔の中間層クラスのボスになると、このスキルでも三回四回と連続使用しなければ倒せなかったりするのだが。
「っととと……ぷ」
周囲に溢れる大量の水が急蒸発で空いた空間に流れ込み、その水流に足を掬われたルークがとぷんと水面下に沈む。その後すぐに水面に顔を出したルークに、今度はストレラが呆れたような視線を向ける。
「油断などしているからだ、たわけが」
「その言葉、うら若き乙女の台詞とは思えんくらい由緒正しき言葉だな」
「こう見えて国語は得意だ」
「皮肉くらい斜向いて受けろよ、ストレラ」
全身ずぶ濡れになりながらアルヘオ・リヴァイアサンの亡骸に這い上がったルークはそう言いつつ、再びマップウィンドウを開いてシャノンの位置を確認する。
「私としてはお前に女扱いされていたこと自体が驚きだが……それはそれとして、さっきから地が出ているぞ、ルーク」
「おっと。失礼したっす」
装備を再装備して服の水気を払ったルークは地図上でシャノンを示す光点のある方向を向いて目を凝らす。しかし、やはり水没林を構成する根の太い樹木に視界を遮られて目の届く範囲にシャノンの姿は見当たらない。最後にルークは頭上でパタパタと羽を羽搏かせる木の葉隠れの番蝶に視線を遣って、重く深い溜め息を吐いた。
「で、うちのがそっちの拉致った感じになったっぽいっすけど、どうするんすか、ストレラ」
「勿論追いかける。何、フレンはよく迷子になるからな。それを探すのも私の日課だ」
「あんだけリーダーらしくないリーダーもそういないっすよ。うちのも含めて」
どのギルドもサブリーダーは上司に苦労しているようだった。
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“巡り合せの一悶着順争”――
現在の合格ギルド。
≪地獄の厳冬≫
≪トキシックバイト≫
≪フルーツカスケット≫
≪五芒星団≫
≪らっぷるりっぷる≫
≪レティクル・スカーレット≫
≪クリスタル・ユニバース≫
現在の脱落ギルド。
≪黄金羊≫
≪ソロモンズ・シンクタンク≫
≪天龍騎士団≫
≪TRIAL≫
≪白兵皇≫
≪ロードウォーカー≫
≪地底地≫
――タイムリミットまで残り二十八時間五十六分。
補足。
書いていたつもりで書いていなかった木の葉隠れの番蝶についてです。中には別行動を平気でしている数名のプレイヤーがおりますが、捜索範囲を広げるという意味がある以上、別行動自体は禁止していません。しかしそれでは困るのが蝶による監視ですが、基本的には一チームに一匹しかいないこの蝶はプレイヤーが二手に分かれると一対二匹に分裂し、合流すると同時に一匹に戻ります。それ故に名前が番蝶となっている訳です。
誰かにツッコまれたわけではないですが、執筆中に前の話を見直しつつ書いていて気付いたので、こういった形で説明する運びとなりました。何れ機会があれば本文中でも説明を織り込もうと思います。




