(44)『本来の仕事』
ガン、ゴッ、グシャ。
二回の打撃音と一回の破砕音がギルドハウスの一室――木の葉隠れの番蝶による監視拠点兼面接試験室の中に響いた。
部屋の中にはC字テーブルでモニター監視に専念するアルト・ガウェインと飛び入り手伝いの刹那。ミルフィとイネルティアは食事の準備で退室中だ。ドナ姉さんは部屋の隅に投げ飛ばされた体勢で気絶してる。あの人、本当にFO第三位かよ。
そして俺たちの目の前には左手に【コヴロフ】、右手に【ソードブレイカー】を携え、無表情ながらも静かな怒りを湛えるアンダーヒル。両隣には俺と同じく正座させられた仮名と床に顔面を埋没させ頭から水蒸気を発しているギャグ調のアプリコットがいる。
何故こうなったのかについては言わずとも想像できるだろうが、勿論アプリコットの勝手な行動に対する正当な罰則であり、俺と仮名が【ソードブレイカー】の峰で殴られたのはそれぞれ監督責任とアプリコットを助長した罪らしい。ちなみに主犯格のアプリコットが床に顔面キスしているのは【コヴロフ】で頭頂部を殴られたからだ。
「――何をする」
仮名は両手で頭頂部を抑えながら、アンダーヒルを見上げてそう言った。その声色にはやや不機嫌色が含まれているもののその表情は何処か愉しげにも見える。残念ながら、あまりいいとは言えない笑みだったが。
「この際、貴女が【隠匿の四つ葉】を保持し続けるというのであれば干渉はしませんが、それならそれで運営に差し障る行動は控えて下さい」
「――善処する。そもそも私はこのゲームを妨害するつもりはない。この馬鹿に呼ばれたから承諾したに過ぎないし、シイナがいるから参加したに過ぎない。だからほら、ここに来て未だ何もしていない」
「シイナが何か関係しているのですか?」
声のトーンがやや低くなったことに気付いて顔を上げると、アンダーヒルは俺に向かって見透かすような視線を向けていた。
「変人思考の通訳を――」
俺に振るな――――と言いかけたところで口調を取り繕うことを思い出し、同時に心当たりがなくはないことにも気付いた。勿論【0】についての話だ。
「――私に訊かないで、って言いたいところだけど今回は確かに私関連だった。その辺りのことは今話す必要ないから、また後で時間が空いた時に話すよ」
「承知しました」
アンダーヒルは俺の言葉に即応すると、その視線を再び仮名に向ける。
「しかし、それならばやはり先程でなくともこちらに戻ってからでもよかったのではありませんか、仮名」
「――別に。シイナはどうも私のことを勘違いしているようだったから、距離を縮めるちょうどいい機会だと思っただけ」
「勘違いとは何のことですか?」
「――私は裏で儚と歓談してるアプリコットほど敵ではない」
仮名がそう言った瞬間、アプリコットはがばっと起き上がった。
「ちょいちょい、仮名たん。それバラされたらボクの立場が危うくなるじゃないですか。ただでさえ日頃の行いで不信感集める性質なんですから」
「――それは自業自得。何よりお前が今さら何をしたところで意外性は皆無だし、いずれにしてもいつかはバレる」
儚と音声通信あるいはメッセージで話してたのは事実らしい。いくらアプリコットでもまさか直接会っていたりはしないだろうが、その事自体よりもそんなことができる感覚が信じられない。多くの人間をFOフロンティアに閉じ込め、現実世界における生活を奪った儚にそれまでと同じように連絡を取ろうとすること自体が異常と言える行動だ。
相手が儚なら、ことゲームに関しては公正な範囲を守るだろうが、あのクロノスや魑魅魍魎はその点に関しても信用できない。
どんな内容だったのかだけでも、後で確認しておいた方がいいだろうな。それとやっぱりそろそろお仕置き確定。
「――それと」
仮名は溜めるような間を置いて不意に立ち上がると、じっと正面のアンダーヒルを見詰めた。
「――お前たちは私が表の裏まで出張ってきた意味をよく考えるべき」
仮名は無表情のままつまらなそうにそう言うと、隣の俺を徐に見下ろしてふっと薄く笑った。
アプリコットや仮名は時折言葉の中に当人だけが知り得ている裏があるような含みを持たせる。アプリコットに言わせれば伏線とでも言うのだろうが、本人たちの普段の行いを思うと思わせ振りな狂言の可能性を否定できないのが難点だ。
≪アルカナクラウン≫が誇る無双チートなアンダーヒルや自己中心的性格の刹那ですらこの二人には振り回されてばかりで、半ば放任に近い状態なのだ。何しろ制裁も課罰も効果がなく、実力行使でも良くてイーブン。天は二物を与えずとは言ったものだが、色々と厄介なリアルステータスを持つ二人には優良な性格とまでは言わずともせめて自重を与えて欲しかった。
恨むぞ、神様。
「ぷっくくくっ♪ いやいや、普通仮名みたいな変人は排除する方に思考が向きますから」
「――お前を受け入れるような気違いの集団が私程度の嫌われ者を弾く筈がない」
お前らに気違い扱いはされたくない。
「おやおや、仮名は元気ですねぇ。もしかして喧嘩を売っているつもりなら、暇潰しがてら高値に釣り上がったところで買いますよ? 何せ暇ですから♪」
「――この前は邪魔が入って満足にお前を叩き潰せなかった。ここなら邪魔は入らないから存分に磨り潰せる」
正座するアプリコットと斜に見下ろす仮名の間にぴりぴりと肌を刺すような緊張が走る。
真ん中にいる俺の身にもなれ。
思わず嘆息した瞬間、俄に部屋の一画の空気がざわめいた。
「その辺にしないと圧し折るわよ、そこの三人」
「その三人ってまさか私は含んでないですよね、刹那さん」
「アンタもに決まってんでしょ、バカシイナ。千切るわよ?」
確かに根本的な責任の一端ぐらいには関わっているような気もするが、俺は巻き込まれた側でもあるはず。況して今の口喧嘩には俺は関わってないはずだ。
「あんなことしておいて今更逃げようとするなんて許しませんよ、シイナん」
「何を言うか」
「――初めてだったのに」
「何言ってんの!?」
歪み合っていた筈の迷惑極まりないド変人二人は、人が劣勢と見ると自分がどうなるかとか省みずに息ぴったりの連携で追い討ちをかけてくる。
仲がいいのか悪いのかはっきりしろよ、お前らは。悪影響の相乗効果という意味では抜群の相性だが。
「シイナもアプリコットも準備して。本来の仕事があんでしょ」
「本来の仕事?」
「遺書書け」
俺が思わず聞き返すと、刹那は呆れたようなジト目と共に罵倒で一蹴してくる。
と同時にアンダーヒルはひとつ溜め息を吐いて頭上のモニター群をすっと見上げ、
「最初の到達者は彼女らですか」
少し意外そうにそう言った。
「ああ、そういうことですか」
アプリコットが何処と無くつまらなそうに呟く。
このアプリコット監修の性格の悪い宝探しゲームで、出たのだ――――宝を見つけたチームが。
「よく考えてみりゃ、随分と待たされた気がする割に、時間的にはまだ二日目の日程に入ってすらいねーんだよな……」
アルトがドナ姉さんの頭に拳を振り下ろして文字通り叩き起こしながら、その所業とは裏腹の物憂げな語調で呟く。
「まあ、これだけ何もない時間が続けば無理もないと思うよ」
確かにお前は何もなかったな、ガウェイン。だが、残念ながらお前とミルフィ以外は何かしらの騒動に関わってるんだよ。実行犯とか。
「アンタたち、何ボーッとしてんのよ。それよりもう下の扉の前まで来てるけど、誰か迎えに出なくていいの?」
「扉は遠隔で開けられますし、指示案内も用意できてますから別段必要ないんじゃないですかー? っつーか、もう開けましたしね。せっかく作った面白要素壊されちゃったので、お楽しみできないですよ、ぐすん……」
ちなみに下の階で跳梁跋扈していた『ぱわふる鉄拳クン・極』は刹那がここに来た時に「ウザい」ということで跡形もなく殲滅されている。全部作るのに五十時間もかけたらしいアプリコットはついさっきまで本気で落ち込んでいたが。
その精力をもっと生産的なことに注げ。
「で、来たのは何処のギルドなの? 私、コイツら知らないんだけど」
「要注意ギルドの一つ、«地獄の厳冬»です」
刹那がモニターウィンドウを見て怪訝そうに呟くと、アンダーヒルは具現化した黒い包帯で素顔を隠しながら少し溜めるようにそう言った。
「あぁ、例のPKギルドだね」
ガウェインが納得するようにそう言うと、同時に部屋の扉がコンコンとノックされた。
「私が物陰の人影であることは内密にお願いします、皆さん」
アンダーヒルは小声でそう言ってフードを被ると、C字テーブルの一席に着いた俺の後ろに控えるように立った。
「ミルフィとイネルティアがいないけど、仕方ないかな」
何気なく自分で口にした台詞に再び思考を巡らせる前に、アンダーヒルの「どうぞ」という声が部屋に響いた。
そして、きぃぃと扉がゆっくりと開いていく。
ミルフィとイネルティアがいないってことは――――どういうことなんだっけ? つまりSPAとシャルフ・フリューゲルのサポーターがいないということで……。
「あ」
俺が咄嗟にアプリコットに目を遣った瞬間、アプリコットの手首に装着された弾性投石弩から放たれた煌々と輝く紅い炎の塊が扉を破らんばかりの勢いで視界を横切り、扉の隙間から廊下へ抜けて激しい燃焼音を轟かせた。
つまりブレーキ役がいなかったってことだ。
「そろそろボクの行動パターン学習しましょうよ、シイナん。て言うか言いませんでしたっけ? 最初に来た組には奇襲をかけるって」
直後、にやりと不敵な笑みを浮かべて見せるアプリコットの頭頂を【コヴロフ】の銃床が打ち抜いた。
碧緑色の水没林――。
「ぷはぁっ」
水面から顔を出したシャノンは周囲を軽く見回すと、足の付かない洞水路から水深三十センチほどの浅い段に這い上がる。水浸しで重くなった【外装衣・螺旋帯】を一度装備解除し、再び一式換装で装備し直す。
「……ぷっはー」
「……」
次いで顔を出したのは順当にシャノンの後に附いてきていたDとT――≪GhostKnights≫の二人だった。
「テラくん、はい、お手」
「……」
目の前に差し出された手を黙って掴むTを引き上げると、シャノンは続けて自力で上がろうとしているDにも手を貸す。
そして浅い段に這い上がったDも元の装備に換装すると、一息吐いて何処か物憂げに辺りを見回した。
「ここに来るの、いつぶりだっけな……」
「……」
「三ヶ月ぶりって……何でそんなこと覚えてんの、テラ」
「ホントに二人はどうやってコミュニケーションしてるの……?」
妙な絆で結ばれている二人に呆れ半分和み半分の視線を向けていたシャノンだったが、十数秒の間を置いて男性陣が水面から顔を出すと、あっさり自分の中の優先順位に従ってルークに手を差し出した。
「あざっす、シャノンさん」
「んーん、それより尾行はいなかった?」
「今んとこクリアっす」
他の面々もここまで来ると、日常的に不穏な遣り取りを交わす二人を呆れたような視線で見流すようになっていた。
「あの二人は上手くやってるかな……」
「何か言ったっすか、シャノンさん」
「あ、ううん。何にも」
シャノンはにっこり笑って誤魔化すと、誰よりも元気な声で気合を入れた。
「それじゃあ皆、がんばろーねっ。えい・えい・おー!」
この後、いきなりのハイテンションについていけなかった五人の沈黙に耐えられず、シャノンがめそめそ泣きだしたのは必然にも近い事故だった。
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“巡り合せの一悶着順争”――
現在の脱落ギルド。
«ソロモンズ・シンクタンク»
«ロードウォーカー»
«黄金羊»
――タイムリミットまで残り四十九時間五十七分。




