(13)『総力戦』
バスカーヴィルの群勢に、囲まれ囲まれ総力戦。
後悔あれど先には立たず、一刀一銃斬り結ぶ。
パンッパァンッ!
銃声が二回谺する。
十時の方向から跳びかかってきた妖魔犬を左手のリボルバー型魔弾銃〈*大罪魔銃レヴィアタン〉の二連射で撃ち落とすと、俺はすぐに身体を捻り、目前まで迫っていたもう一匹の頭に〈*群影刀バスカーヴィル〉を横薙ぎに叩き込む。
断末魔を上げる間もなく頭をスライスされて即死したソイツを邪魔にならないように蹴り飛ばしつつ、さらにネアちゃんを狙っていた一匹に大罪魔銃を向けて、引き金を引く。
パァンッ!
魔力に包まれた銃弾は瞬く間に大きく開いた口の中に飛び込み、喉を貫通して妖魔犬を絶命させた。
「スゴいな……」
大罪魔銃も俺が持っていた武器の中ではトップテンに入れられる威力だが、それ以上におかしいのが群影刀の方だ。
まず切れ味が異常な域に達している。ともすると斬った手応えを感じられないほど鋭く、そしてかれこれ十匹ほど一刀の元に斬り捨てているのに、その鋭利な切れ味は最初とほとんど大差がなかった。
それ故にもし仲間に当たったらと思うと不安になるが、幸い今は円環陣フォーメーション。背後のネアちゃんに気を付けてさえいれば、当たる範囲に味方はいない。
「――陽天門をくぐりし、火と光を司る力の精霊よ。我が願いに答え、聖なる輝きを落とせっ……。そ、『太火の陽炎』!」
背後からネアちゃんの懸命な魔法詠唱の声が聞こえた。その直後、視界の端から飛来した火の球が妖魔犬の足に当たり、ボフッと小さな破裂音を立てて弾たかと思うと火の粉も残さず消失する。
弱っ……!
毛皮、焦げてすらいないぞ。
初期から得られる魔法だけあってほとんどダメージを与えていないばかりか、被弾した妖魔犬の殺意の視線がネアちゃんの方に向けられる。
「おい、ネアちゃんに手ェ出すな!」
一撃で死ぬから。
大罪魔銃をソイツの頭に向け、引き金を――
グワゥッ!
「な……っ!」
突然、横から別の一匹がタックルしてきた。
その瞬間、それを見越していたかのように俺が狙っていた妖魔犬がネアちゃんに牙を剥く。
「逃げ――」
「【貫通】付き【投閃】ッ!」
ネアちゃんの背後から飛んできた短刀〈*サバイバル・クッカー〉がその首筋ギリギリを掠め、空中で身動きの取れない妖魔犬の頭から尻尾まで瞬く間に貫通した。
刹那だ。
「あ、ありが――」
「礼は後ッ!」
あまり余裕のない状態だったのか、尻餅をついたまま律儀にお礼を言おうとするネアちゃんを遮り、刹那は立て膝で押さえていた妖魔犬の喉笛をフェンリルファング・ダガーで掻き切る。
俺もうかうかはしていられない。
トリガーガードにかけた人差し指を中心に大罪魔銃を半回転――――銃把を逆手に握って、銃口を俺の上にのし掛かって囮になっていた妖魔犬に向けると、即座に親指で引き金を引く。
パァンッ!
額に風穴が開いて反動でひっくり返った妖魔犬は、それ以上動くことなく地に沈む。
この戦略的な攻め方、敵とはいえその統率力には目を見張るものがある。
そんな中、大罪魔銃の残弾数はあと二発。つまり、もうすぐに再装填しなければならない。そのための隙をこの修羅場で作れるかどうかが問題だ。
パァンッ! ザシュッ!
左右両方から完全に同じタイミングで飛びかかってきた二匹を群影刀と大罪魔銃の応撃で沈めると、他の四人の様子を確認する。
右隣の刹那は〈*フェンリルファング・ダガー〉を高速で振り、アクロバティックかつ正確な攻撃で敵の弱点、首や頭を次々と引き裂いている。ただやはり敵が敵だけに少しずつ疲れも見えてきていて、最初よりは動きが鈍っているようだった。
左隣のアンダーヒルは鋸のようにギザギザの刃がついた短刀を片手に携え、まるで身体や敵の動きを全て計算しているかのような精確無比な動きで敵を処理していた。その表情は見えないが動きにブレはまったくなく、疲れで鈍っている様子もない。
そして一瞬気は逸れてしまうが、ネアちゃんを挟んで後方にいるトドロキさんは二本の小太刀型の双剣を素早く振るい、手数で妖魔犬を殲滅している。その動きの流麗さと時折その狐の尻尾で以って敵を跳ね除ける余裕はさすがと言えるが、あれだけ激しい動きでは長くはスタミナが保たないだろう。
「アンダーヒル、少しの間ネアちゃん頼めるか?」
余裕のありそうなアンダーヒルにそう訊ねると、アンダーヒルは一瞬俺の意図を読むかのようにある一点に視線を向けたものの即座に無言で頷いて少し後ろに下がる。それを確認した俺は、目の前に群れを成す妖魔犬の一団に一息に突っ込んだ。
相手の戦法は次々と戦力をぶつけていく、所謂総力戦。
最前線に立つ尖兵の後ろには必ず次が控えているのだ。まるで抜けては奥から新しい歯がせり出してくる鮫のように。
囲まれた状態で円状の戦線が広がっているのなら、むしろ一人が敵の中に飛び込んで混戦にしてしまえば、まるで千日手のような総力戦のスタイルは崩れ、こっちのペースに巻き込める。
ひとつリスクがあるとすれば、その分切り込み隊長――今回の場合は俺の危険が大きいことぐらいだ。
ただし今回は、それだけのためにこんな無茶をしたわけじゃない。確かにこの群影刀があればどんな相手でも切り伏せられる、と思っていたのは事実だが、さらに二つの理由がある。
ザンッ!
群影刀で妖魔犬を斬り裂く。かなりややこしい字面だが、そんなことを考えている暇はない。
俺は初めから狙いを付けていた、死んで倒れている妖魔犬の額に突き立ったそれ――さっき刹那が投擲した時、とばっちりで当たったのだろう〈*サバイバル・クッカー〉を力一杯引き抜くと、襲い掛かってくる妖魔犬の鼻面に上から突き刺した。
ずぶりと肉に食い込む感触と共に『グゥ、ガフッガフッ!』と空気の漏れるような悲鳴を上げるそいつを地面に組み伏せ、同時に向かってきたもう一匹に群影刀で一太刀浴びせる。
そして、足元で踠いていたそいつが動かなくなったのを確認すると〈*サバイバル・クッカー〉を引き抜いて身体を捻り、右斜め後ろから近付いていたさらなる妖魔犬の横っ面に力任せに突き刺し、すぐさま右手の群影刀で胴体を二つに分ける。
生暖かな鉄の臭気を発する返り血が鬱陶しいが、今はそんなことを考えている暇はない。
あとネアちゃん、確かに今の俺は犬の返り血だらけで傍目修羅か悪魔か殺人鬼って感じになってるだろうけど、そんな怯えたような目で見られるとさすがに傷つきます。
何はともあれこれでひとつの目的、刹那の武器の回収が済んだ。
「刹那ッ」
呼びかけてから返事を待つ間もおかず、サバイバル・クッカーを斜め上に投げる。放物線を描いて飛んだ短刀はフェンリルファング・ダガー一本で応戦している刹那の足元の地面に落ちた。
よし、これでいい。
パァンッ!
一番近くにいた妖魔犬の方に群影刀を向けて牽制しつつ、二番目に近い妖魔犬の頭を大罪魔銃で撃つ。
対象は後頭部から赤い華を咲かせて倒れた。
「これで弾切れ……!」
群影刀を少し退き、一番近くで攻め倦ねている様子だった妖魔犬にあからさまな隙を見せてやると、そいつは思惑通りに飛びかかってくる。
俺は慌てず、トリガーガードにかけた指を中心に滞在魔銃を空中で回転させて、熱くなっている銃身を握ると――――ガヅンッ!
その銃把を妖魔犬の頭に振り下ろした。
ギャウッ! と悲鳴をあげて頭上に星のリングを回し始めた――つまり気絶したそいつを盾にしつつも群影刀を水平に構えて周囲を威嚇し、片手間に滞在魔銃の撃鉄を半起こし状態にする。
面倒なリロード作業をここで済ませておくつもりなのだ。元の場所でやってしまうと、そこを隙と見ておそらく妖魔犬たちは雪崩れ込んでくる。俺単独なら責任は一人で取れるし、いざという時の混乱で同士討ちになる事態を防げるからだ。
臆せず向かってきた妖魔犬を一匹斬り捨て、銃の右側にある銃弾装填用の穴を開く。
これはかなり古いタイプのリボルバーに見られるリロード方式で、一度に排莢できるエジェクター式ではなく、一発ずつ手作業で空薬莢を捨て、その後ひとつずつ銃弾を入れ直さなければならない。
アンダーヒルのヤツ、いくら威力が高いからってこんな骨董品みたいなリボルバー渡すか、普通! と渡された時にツッコまなかった後悔を今のところは捨て置き、周囲の動向に警戒しつつ、ひとつずつ空薬莢を捨てていく。VRMMOで初めてこの型の銃を使った時は、リロードの方法がよくわからず、めでたくDeadEndまで駆け抜けたのはいい(?)思い出だ、思い出したくもない。
排莢を終えると同時に息を吹き返した妖魔犬の首に群影刀を回して、ごきりとへし折ると、再びさっきの体勢に戻り、再装填作業を始める。
周りからの猛攻を避けながら、何とかリロードを済ませると撃鉄を起こして、数匹を斬り捨てながら元の円環陣に戻った。
「やけに遅かったですね」
「誰が渡した銃のせいだよ」
「原因不明の異常事態によってスキルがないのは理解していますが、できるだけ早い内に【速填技術】あるいは【再装填省略】を会得しておいてください」
それ以前に普通の自動拳銃型の魔弾銃を渡しておいてくれれば、弾倉を交換するだけでよかったはずなのだからアンダーヒルにはその辺りを反省していただきたい。
ちなみに彼女が言ったものはどちらもスキルで、【速填技術】はリロード速度上昇、【再装填省略】は持続弾数無限のスキルだ。
どちらもリボルバー型の拳銃あるいは魔弾銃にしかほとんど反応しないが。
この二つのスキルがあることも、使いにくいにも関わらずリボルバーを実戦投入するプレイヤーがそれなりの数を保っている要因のひとつだ。
後で会得条件を調べておくことを覚えておこう。
戦闘中にも関わらず閑話休題。
しかし、結構数は減らしたはずなのだが後から後から次々と攻めてくる相手に中々手が抜ける隙がない。
刹那は単純な近接戦闘続きでスタミナ切れも近そうだった。トドロキさんも近接戦オンリーから、近接の片手間に中威力広範囲の魔法でどっかんどっかん派手に全体を削る戦法に切り替えているが、既にかなり魔力を消耗しているようだった。
この数、どうやら二百ではすまなかったみたいだな。
「大丈夫ですか、トドロキさんっ」
「せやからウチはスリーカーズやって」
「いや、ツッコんでる暇があったら一匹でも多く倒してくだ、さいッ!」
群影刀を持つ右手を狙ってきた牙を躱して――ザンッ! 方向を変えられる前にその首を切り落とす。
「まだボス戦が残ってるのに、あーもう、鬱陶しいッ!」
刹那が悪態をつき、〈*フェンリルファング・ダガー〉を太腿の鞘帯に差し、無防備な立ち姿勢になった。
次の瞬間――
「まとめて消し飛ばしてやるッ! 【精霊召喚式】〔ドレッドホール・ノームワーム〕!」
刹那が、叫んだ。
次の瞬間、刹那の頭上の魔力ゲージが上限の四分の一も消費され、地響きと共に地面がぐらぐらと揺れ始める。
そして――――バキバキバキッ!
「愚鈍の王がおいでなすったぞ……」
思わず呆れて呟いた俺の目の前――――固い地面を易々と割り砕き、硬い岩石だけで構成された身体を持つ巨大な地蟲が現れた。
Tips:『〈*群影刀バスカーヴィル〉』
レベル720以上の犬の属性を有するボスモンスターから極めて低い確率で一本だけドロップする、漆黒の刀身を持つ伝説級魔刀。装備条件として魔刀熟練度1000を要求し、初期起動実行時に予告なくサバイバルイベント《Baskervilles Calling》を発生させ、クリアに失敗した場合は武器そのものが自壊する性質を持っている。斬撃の切れ味と耐久値が極めて高く、長時間の物理戦闘に耐えうる能力値を持つ。




