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FreiheitOnline‐フライハイトオンライン‐  作者: 立花詩歌
第七章『巡り合せの一悶着順争―集いし力―』
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(37)『Luce-ルーチェ-』

 クラエスの森南端――――出入りの洞窟(エントランスホール)


「やっと来たわね、馬鹿シイナ。私を待たせるなんていい度胸じゃない、待たせた秒数回死んでみる? ていうか死ね」


 俺と仮名(カナ)がアプリコットの言う待ち合わせ場所に到着すると、着くなり何の脈絡も予兆もなく、単調な罵倒と理不尽な命令が叩きつけられた。

 勿論、その声の主は刹那さんである。


「何でお前が今ここにいるんだよ……」


 失意体前屈に陥りかける自分を何とか制しつつもそう問いかけると、


「何? いちゃいけないっての?」

「そうは言ってないだろ……」

「っさいわね。じゃあゴチャゴチャ言ってんじゃないわよ、馬鹿シイナ」


 どうやら不機嫌なご様子。

 しかも未曾有(みぞう)とまでは言わないが、俺と刹那の付き合い史上で稀に見るレベルの不機嫌さだ。

 ちなみに判断基準は「死ね」という言葉。意味自体は彼女の口癖である「遺書書け」と同レベルだが、普段の刹那はあまり直接的過ぎる言葉は使わない。表面上はいつもと同じぐらいの不機嫌レベルに見えても、今の刹那はキレる一歩手前ぐらいで考えておいた方がいいだろう。

 試しに刹那を刺激しない方針を脳内議会に提出してみると、議長から書記、事務官に至るまで全員が恐れをなして逃げ出してしまい、それらしい議論もないままに速攻で可決――素通りしてしまった。

 俺、刹那にどんだけ弱いんだよ。


「あ」

「あ゛?」

「何でもないです……」


 よく考えてみると、刹那とは一昨々日(さきおととい)に喧嘩して以来マトモに話していない。

 正直未だに刹那が何故怒ったのかがわからないのだが、喧嘩の翌日は刹那が俺を避けていたため話せず(じま)い。その翌日には午前中から巡り合せの一悶着順争トラブルスポット・トラベリングツアーが始まって俺はフィールド内にこもりきりに、刹那はフィールド外で話せる機会がまったくなかったのだ。

 恐らくこの不機嫌っぷりは、一昨々日のアレをまだ引きずっているのだろう。良くも悪くも彼女は執念深い。敵に回して恐ろしいだけで充分なのに、味方にしておいても恐ろしいなんてどう対処しろと。

 俺は仕方なくアプリコットの言っていた用件の方を――――つまり呼んだものの都合が合わなくなった[殺星(キラボシ)]の代役の件を先に済ませることにした。


「……ってあれ?」


 したところで、思わず素頓狂(すっとんきょう)な声を上げてしまう。

 辺りを見回しても、それらしい人影がひとつもなかったのだ。いるのは今来たばかりの俺と仮名(カナ)、そして洞窟の入り口の真正面に立っている刹那ただ一人。

 日の出直前の時間帯で周囲はまだかなり薄暗いが、そのぐらいで人一人見落とすほど注意力散漫(さんまん)ではない。

 よく見たら、二人一組(ツーマンセル)で絶えず駐留しているはずの出入り番(ゲートキーパー)すら一人もいなかった。


「刹那、ここに誰か来てなかったか?」

「誰か……って曖昧ね」

殺星(キラボシ)ってヤツの代役がここで待ってるはずなんだよ。例の十人の特別スタッフの――」

「ちゃんといるわよ?」

「え?」


 刹那にそう言われ、もう一度周囲を見回す。音もなく飛翔できる種族もあるため一応頭上も確認するが、俺たち三人の他には()()()()()。そこでふと嫌な予感を覚えた俺は、目の前の刹那に改めて猜疑の目を向けた。


「おい、刹那。まさかその代役はお前とか言うんじゃないだろうな……?」

「んなわけないでしょ」


 即答された上、『バカなの?』と言わんばかりのジト目を向けられた。

 いや、可能性はあるだろう……。


「アンタは何処見てんのよ、馬鹿シイナ」


 こめかみを引き()らせた半ギレの刹那にいきなり頬肉をつままれ、俺は無理矢理横向きに引っ張られた。

 勿論のこと、女の子らしい可愛い悪戯(いたずら)程度の力加減――――ではない。お仕置きを通り越して、刑罰と言ってもいいレベルの人間万力っぷりに、思わず“凶悪な万力(ヴァイス・ヴァイス)”なんて如何にもアプリコットの考えそうな二つ名が頭を(よぎ)る。


「いだだだだだっ……!」


 強制的に身体バランスを崩された俺は、その場に崩れ落ちるように膝を衝く。同時に頬に食い込まんばかりだった刹那の万力――もとい指も外れ、後にはひりひりと熱を持つ痛みだけが残った。

 そして、いつも通りの理不尽っぷりに文句を言う気も何処かへ失せた俺が黙したまま立ち上がろうとした時、()()に気付いた。


「あー……」


 刹那の足元にしがみつくようにして隠れているそれに手を伸ばすと、逃げるように飛び退いたそれは、ぴゅーっと地面を滑るように五メートルほど離れた場所まで物凄い速さで逃げていく。


「私はアレの付き添いよ」

「いやお前、アレとか言うのやめろよ……。ちゃんと名前あるんだから」


 刹那が面倒くさそうに指差しているのは、緩いカーブを描く歪んだ円錐のような本体と、アメンボを思わせる形の細長い六本の足を持つ、高さ十センチほどしかない小型機械――――ユニギア。

 しかし、それはあくまでも目の前にいる小型機械そのものを指している一般的な呼称であって、本質的にそれらの存在全体を表す言葉はちゃんと別に存在する。

 それに俺が言った()()と言うのは、“ユニギア”でもその存在全体を表す言葉でもなく、歪曲した円錐状頭部の上に浮かぶ個体名(Pネーム)――――[Luce(ルーチェ)]の方だ。

 刹那はダンシング――前足を上げながら胴体を左右に揺らすような威嚇動作をするユニギアに振り向き、


「面倒くさいから早く人形態化(ヒューマナイズ)しなさいよ、アンタ」

了解(ラジャー)


 わかりやすい平坦な機械音声を発したユニギアは、六本の足を地面に突っ張るようにして上体を大きく持ち上げた。

 途端にユニギア本体下部の曲面が光り、ホログラフィックプロジェクターのように人の――小柄なツインテール少女の無色彩の立体映像を空中に映し出した。

 やや危なげなその姿を見ていると、なだらかなボディラインだけを映したような映像の上にドレス調の意匠が施された近代的な戦闘用防具コンバット・プロテクターも投影されていく。

 そして――――ジジ……ジジ……。

 ノイズのような音と共に、その少女が()()()した。

 彼女はこう見えても、プレイヤーなのだ。種族はかなり特殊だが。

 桃の果肉のような薄いピンク色のツインテールが偶然吹いた一陣の風に揺れ、その前髪の下に覗く少し気の強そうなツリ目がジトッと俺を見据えてくる。

 ちなみに薄暗い現時刻でも色や特徴がはっきりと見えるのは、彼女の身体全体がぼんやりと発光して見えるからだ。


「えっと、初めまして、ルーチェさん」


 何か言いたげな視線に戸惑いつつも、俺は手を差し出した。するとその少女は差し出された手を見て、フッと何かを悟ったような笑みを一瞬浮かべると、


「ああ、ええ、()()()()()


 何か含みを感じさせる声でそう言って、握手に応じてきた。


「エイリアス?」


 無言の仮名(カナ)の握手にも応じているルーチェにそう訊ねると、


「私が第一進化種(アドバンスド)程度に見えるなら、お前はまず観察眼を鍛えろ、()()()()シイナ」

「……何だ、知ってる奴か。じゃあアイディールか?」

「アンチノミーだ。レベルは1000」


 廃人ですね、わかります。

 二百五十ある内の四種――虚構体(ファンタズム)系種族は、下位から虚構体(ファンタズム)虚実体(エイリアス)顕実体(アイディール)反実体(アンチノミー)と上位進化する。つまり、ルーチェは系統内最上位種族ということだ。

 見ての通りプレイヤー一人一人がユニギアと呼ばれる小型機械を随伴していて、ユニギアに憑依することで普段の行動媒体として用いる変わった仕様の種族だ。実際には憑依ではなく、精神思念体として実体を持たないプレイヤーが科学力(ユニギア)を用いることで一時的な物理媒体を造り出す、ということらしいが。

 しかしかなりあやふやな存在だという彼女らも、その戦闘能力は思いの外高い。

 実はあのユニギア自体も意外と強力なのだが、本体であるプレイヤー自身も魔法とスキル戦闘に長け、ステータスにも恵まれている上に麻痺や毒、睡眠等の状態異常攻撃はまったく受け付けない。

 これだけ考えると余りにも優遇され過ぎている種族なのだが、当然それに見合うだけの制約がある。わかりやすく簡潔に言えば、時間制限(タイムリミット)。一度の実体化――人形態化(ヒューマナイズ)につきある程度の活動限界があり、それを過ぎると自動的に身体が消滅し、暫くの間実体化ができなくなるのだ。


「それでアプリコットは何処にいる?」


 主人の実体化処理を終えて再び威嚇動作(ダンシング)に戻っていたユニギアを一瞥したルーチェはきょろきょろと周囲を見回してそう言った。


「私はあの馬鹿から、あの馬鹿が来ると聞かされてたんだけど……」


 そうじゃないかとは思っていたが、やっぱりあの馬鹿――ではなくアプリコットとは直接の関わりがあるらしいな。


「あー……えっと……」


 などと場繋ぎの音を発しつつ、俺がイネルティアの件も交えた今までの経緯をどう説明したものかと考えていると、


「――アプリコットは道中でリタイア」


 何のつもりか唐突に俺の肩に手を置いた仮名(カナ)が、正解とも間違いとも断定し難い曖昧な答えを先に言ってしまう。


「ん、了解」


 しかもルーチェさん納得しちゃったし。

 だが説明が短くても済むのならそれはそれでありがたいと思い、「一応言っとくけど、別にデッドエンドとかしてないから」と最低限のフォローだけして、俺も放置しておくことにする。

 実際アイツの関係者なら勝手気ままな行動には慣れたものだろうから、然したる問題はないだろう――――と思ったのだが、よく考えれば、これ以降の行動プランについてはアプリコットから聞いていない。


「――フィールド外へ脱出。巡順争(トラトラ)が終わるまで」

「取り敢えずお前は黙ってようか」


 論点からぶち壊す発言をする辺り、やっぱりコイツ、アプリコットと同類だ。


「ナニ? アンタたち≪シャルフ・フリューゲル≫に戻るんじゃないの? まだ相当数参加者残ってんでしょ?」


 そう、一先(ひとま)ず後が――というかアンダーヒルが怖いし、元いた場所に帰るのが最善だろう。常考。


「それならシイナがアプリコットと別れた場所に一回戻ってみりゃいいんじゃないですかね? 男女的な意味の」

「存在しない場所に戻れるか」


 突然耳元で囁かれた声に即時反応した俺は棒読みで返しつつも、早撃ち(クイック)の要領で引き抜いた魔弾銃(ヘックス)大罪魔銃(エヴァグリオス)レヴィアタン】の銃把(グリップ)をその声の主――いつの間にか背後に立っていた()()()()()()の頭頂部に振り下ろす。


 ごっすッッッ。

 いい打撃音が響いた。


「……シイナん、最近バイオレンスが過ぎませんか……?」


 俺が向き直るのと同時に、アプリコットは「痛い」などとぼやきながらもさして痛くなさそうなことがよくわかる白々しい動作で頭頂部を(さす)り始めた。

 相変わらず何処から何処までが演技なのか、わかりやすいようで全然わからない。

 一先ずアプリコットの相手を切り上げた俺は、さっきから放置気味だったルーチェの前にアプリコットを引きずり出す。

 その時に気が付いたが、アプリコットの後ろにはおそらく予備の装備だろう見慣れないドレスローブを着たイネルティアが、ふてくされたような顔で突っ立っていた。さっきのが残っているのか、若干涙目のようだが、ご愁傷様ですとしか言いようがない。

 アプリコットと向かい合った途端に何処か陰のある表情を浮かべたルーチェは、急にアプリコットを少し離れたところに引っ張っていったかと思うと、顔を突き合わせてひそひそと小声で話し始める。


「何話してるんだか……」

「どうせろくなことじゃないでしょ」


 ちょっとした独り言のつもりだったのだが、思いがけず刹那からの答えが返ってきて、思わず息を呑む。

 すると、何故か後方二百メートルほどにある森の方をじっと見つめていた仮名(カナ)が、振り返りついでにアプリコットとルーチェを一瞥し、


「――多分、回想回。所謂(いわゆる)、想い出話」

「「それ今する必要あんの!?」」


 ツッコミが刹那と(ハモ)る。


「――あるいはこの仕事の相談」


 頼むから後者であってくれ。


「――ルーチェは根が真面目だから、アプリコットのようにはならない」

「そりゃ上々……。て言うか、仮名(カナ)もルーチェのこと知ってるのか?」

「――当然」


 何故それが当然なのかは聞かないでおこう。何か嫌な予感がして怖いし。


「シイナ。特に何にも無さそうだったら私戻るわよ?」


 痺れを切らしたのか、刹那が少し伸びをするようにしてそう言い出した。


「あ、ああ。まだ何か仕事あったか?」


 この場で唯一“魔弾刀(まだんとう)”のことを知らないイネルティアの方を気にしつつ、俺が小声でそう返すと、


「仕事はもうないけど、長居は無用でしょ? それに新しい出入り番(ゲートキーパー)手配しなきゃいけないし」

「それ気になってたけど、今朝の担当の連中は何やってんだよ……」

「アレを侵入者だと思ってのされたわ」

「うわぁ、お約束……」


 しかもたった一人に二人もやられたのかよ。恐らく死んではいないだろうが、随分と情けない話だな。

 それと、それとなくアレって言うな。


「それじゃまたね、シイナ」

「あ、ちょっと待った」


 軽く手を振って出入りの洞窟(エントランスホール)に入っていこうとする刹那を咄嗟(とっさ)に呼び止める。

 すると刹那は振り返るなり、「(あに)よ」と睨み付けてきた。


出入番(ゲートキーパー)だけ手配したら、すぐに戻ってきて」

「……は?」


 胡散(うさん)くさそうに眉を(ひそ)める刹那に歩み寄ると、刹那もそれだけで意図を汲み取り、やや斜に構えながらも左耳を俺の方に向けてきた。

 手を口の横に添える動作――内緒話の示唆ウィスパー・ジェスチャーよりも早くそれに気付いた辺り、やっぱり付き合いは長いということなのだろう。

 俺は刹那に導かれるままその耳元に口を寄せると、他の皆からは見えないように口元を隠しつつ、


「大事な話がある」


 そう告げた。

 途端に刹那は何故かバッと身を引き、何処か狼狽えるような様子で後ずさった。

 まだ話は終わってないんだけど。

 俺は仕方なくもう一歩刹那の()()()に踏み込む。


「えっと……この後、俺はまたギルドに戻らなきゃいけないだろ? 話し合いたいこともあるから、一緒に来て欲しい」


 不機嫌な様子の刹那から物理攻撃が飛んでこないかとびくびくしていたせいか、やや緊張気味の声色になってしまったが、用件は伝えたし大丈夫だろう。


「それ、今じゃなきゃダメなの……?」


 視線を別方向に泳がせながら、刹那が呟くような感じでそう訊いてきた。


「え? あぁ……。今後に関わってくるし、出来れば早い内にしておきたいかなと」


 GL会談自体が思った以上の無理難題になったせいでギルドハウスの方は相当暇だし、時間は有り余ってる今は好機だ。


「……そ。じゃあすぐ戻るから少しだけここで待ってて」


 刹那はやや早口でそう言うと、軽快な足音を響かせながら出入りの洞窟(エントランスホール)の奥へと消えていった。


「――何の話?」

「ひゃっ……!」


 後ろからいきなり仮名(カナ)に声をかけられた瞬間、変な声が出かけて咄嗟(とっさ)に口を塞ぐ。


「――どうしたの?」


 目の前で翻って流れた刹那の金髪に見蕩(みと)れているところへ不意打ちだったため、妙な緊張で声が上擦ったのだろう。そうに違いない。


「いや、向こうに帰ったら【(ゼロ)】のことをアンダーヒルに相談しようと思って……この際だから刹那も一緒にどうかと。能力譲渡(トランスファー)ってのがあるなら、刹那に【精霊召喚式(サモンド・プレイ)】を返せるかもと思って――」


 記憶が正しければの大前提はあるものの、何れ【精霊召喚式(サモンド・プレイ)】も取得できるなら、刹那に渡した方がよほど有意義だ。


「――そう」


 仮名(カナ)は納得したように呟くと、刹那が消えた出入りの洞窟(エントランスホール)の奥を一瞥(いちべつ)し、


「――そう……」


 何故かもう一度そう呟いた。


 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 “巡り合せの一悶着順争トラブルスポット・トラベリングツアー”――


 現在の脱落ギルド。

 «ロードウォーカー»

 «黄金羊(ゴールデンシープ)»


 ――タイムリミットまで残り五十三時間六分。

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