(32)『デブリーフィング』
クラエスの森南西部某所――――≪弱巣窟≫。
「加速する狂気とぉー穢れない思い出~♪」
≪アルカナクラウン≫に似た構造のギルドハウス。その二階ロビーに、シャノンの鈴が鳴るような歌声が響く。
「儚げに消えゆく、希望の光~♪」
シャノンが立っているのはカウンター内の流し台の前。彼女の料理の(物理的な)破壊力をよく知っているルークとDの懇願じみた説得に折れたシャノンは、それでも食後の後片付けの任だけは勝ち取って今に至る。
しかし間違ってはいけないのが、別にシャノンの作る料理が壊滅的に酷いわけではない。調子の波によっては確かに食材を別の何かに錬成したかのような状態になることもあるが、基本的には普通に食べられるものばかりだ。では何が破壊力云々の話に繋がるかというと、要するに調理関連の作業中、彼女の一挙手一投足が物理的な破壊力を持つことがある、という話だった。
「仮面に隠されたぁー、真理を望むならぁ~♪」
相変わらず現状況に於いては誰が聞いても何かしら思ってしまいそうな歌詞だが、本人は特別自虐的なフレーズを好んでいるわけではなく、頭に浮かんだ旋律に即興で言葉を合わせているだけだった。
「なあ……」
短めの紅髪をオールバックで撫で付けた獣皮装の男――≪螺旋風≫のGL[ロンバルド]が、やや気まずそうにルークに声をかけてくる。
「刻み~つける~、過去よりも強く~♪」
ルークはシャノンの歌を軽く聞き流しながらロンバルドに振り返ると、その表情で何となく次に続く台詞の内容を察しつつも「何すか?」と一応問い返す。
するとロンバルドは恐る恐るソファの背凭れから顔を出し、カウンターの方を覗き見る。
「いや、アレは素でやっているのか……とまあ、そんなことを思って――」
「あッ!」
「――な゛ぶッ!?」
シャノンの手から滑り出た小皿がフリスビーの如く宙を舞い、運悪く射程圏内にあったロンバルドの顔面に直撃する。
「あ、ごめんなさいっ!」
慌てて手を拭きつつカウンターの中から飛び出してきたシャノンは、偶発的な物理攻撃で潰されて赤くなっているロンバルドの鼻を見てすぐさま頭を下げた。
ソファの裏に隠れていたルークはその一瞬の隙を狙い、別のソファを盾にしていた褐色肌の小柄な少女――≪GhostKnights≫のGL[D]に目配せをして頷き合う。
その合図はDを通じて、長い銀髪を適当に纏めた少年[T]とスキンヘッドの男[ギブリ]にも伝わり、勝手に囮にされたロンバルド以外の四人は水面下で作戦行動を開始した。
「あぁ、いや……き、気にするな」
どうも異性との接し方に戸惑っているらしいロンバルドがやや挙動不審気味に何とかそれだけ口にすると、シャノンは一瞬きょとんとした表情を見せた。しかしすぐに気を取り直したようで、突然胸元から小さな二枚貝のようなアイテムを取り出す。
「何てトコに隠してんのさ……」
パッと立ち上がったDが腰に手を添え、呆れたようなジト目をシャノンに向けてぼやく。
「えへへ~。戦闘時に多少不利な分、こういうメリットがあるんだよ~♪ はい、ちょっとの間、動かないでねっ」
その一言と身を乗り出したシャノンの挙動だけで硬直したロンバルドには構わず、シャノンはその貝型の容器を開く。そして中に入っていた回復アイテム『見舞い貝の軟膏』を人差し指の先で一掬い取ると、手際よくロンバルドの鼻にそれを塗り始めた。
「でも、ディーくらいぺったんこだとできないよね、谷間」
「うっさいわ!」
シャノンとDの会話に触発されてか、ロンバルドの目線がやや下方に泳いだ――――瞬間、その足元でルークがロンバルドの弁慶の泣き所、つまり向こう脛にガツンと拳をぶつける。ロンバルドは上半身の関係から抵抗もできず、下半身ではされるがまま痛みを堪えていた。
「はい、いいよ~」
シャノンが二枚貝をパチンと閉じた瞬間、ルークが待ってましたとばかりにロンバルドに容赦ない足払いを掛ける。
「ッづァッ!?」
痛みが堪えられる限界に達していたのか、ぷるぷると震えていた足を払われて無抵抗に引っくり返るロンバルドに、ルークは即座にヘッドロックを掛けにいく。
無論、苛立ちを紛らわせるための行動だが、同時にシャノンの意識を一瞬でも長くこっちに惹き付けておくための作戦行動の一環でもあった。
「はっはっはーっ。今のは勿論天然モノっすよー?」
「あ、頭がゴリゴリッ……! 痛ッ、し、死ぬって、ちょッ、ギブギブ!」
頭を完全に取られ、びたんびたんと跳ね悶えるロンバルドにシャノンの目が向いているのを確認したDは、シャノンから死角になる場所で撤退のハンドサインをする。
「ルーク、その辺にしとかないとー。ほら、これからデブリーフィングとかしなきゃいけないんだし」
「うぃっす」
さりげなくDから撤退完了のアイサインを受け取ったルークはパッとロンバルドを解放する。
そして満足げに頷いたシャノンは、ロンバルドの顔面を犠牲に運良くソファの上に落ちて無事だった皿を手に取ると、くるりとカウンターの方に振り向き――――首を傾げた。
「あれ? 食器は?」
食器の山が綺麗さっぱりなくなっているのを見たシャノンがぽつりと呟くと、途端にルーク、D、T、ロンバルド、ギブリがさっと目を逸らす。
「ルーク?」
心からの笑顔を取り繕いつつ振り返ったシャノンを、後に五人はこう語る。毒蛇の巣の王はシャノン以外ありえない、と。
その二十分後――――活動報告会。
「――やっぱりって感じ?」
三脚のソファにシャノン・D、ルーク・T、ロンバルド・ギブリというように分かれて座り、地図上で各チームの捜索した範囲を照らし合わせた結果を見たシャノンは、尤もな感想を口にした。
と言うのも、元々から行く先々で偶然会ったチームと共同戦線を張ることを決めただけの集まりで、一日目は捜索範囲の分担などまったく考えていない。行き当たりばったりとも言えるその行動で各捜索済みの範囲が殆ど被ってしまっていて、あまり協力プレイの意味を為さない結果に終わっていたのだった。
「やっぱ夜も動くべきなんじゃねえか?」
ギブリがスキンヘッドのこめかみを人差し指でカリカリ引っ掻きながら提案する。
「取り敢えず夜目利くのって何人いる? 私もルークも暗視はできないから、夜は動けなくって」
「じゃあ、うちだけ?」
デフォルトで暗視能力を持つ夜天鳥のDが耳のように見える頭上の左右一対の羽毛の束――羽角をぴくっと震わせて言った。
同じギルドに所属しているTのことは当然把握しているDが≪螺旋風≫の二人に視線を泳がせると、ロンバルドもギブリも無言で首を横に振った。
「決まりだね~。さすがにディーだけでフィールドに出すのも可哀想だし、下手に動くとそれだけトラブルに巻き込まれる確率も上がるし、夜は大人しくしてよー♪」
シャノンは『おーっ』とばかりに拳を頭上に突き上げ、ぴょこっと跳ねるようにソファから立ち上がった。
「ルチアルとロキはどうするっすか?」
今にも活動報告会を終えてしまいそうな空気に押され、ルークはもう一度確認しておこうと思っていたことを切り出す。
シャノンは思案顔で視線を泳がせると、
「捜したいって言ってるなら捜させとけばいいんじゃない? 協力プレイは行動の一律化を強いるものじゃなくて、複数人数でのメリットを確保するものだから、全体の利益を損なわない限り行動は自由だよ~」
何処か言葉を選んでいるような素振りを見せつつもそう言った。
実のところルークが訊きたかったのは『あまり信用できなさそうなPKギルド≪ 地獄の厳冬 ≫の二人をどう扱うのか』ということだったのだが、ルークはシャノンが答えをはぐらかしたことに気付いて、喉元まで出かかっていた言葉を呑み込む。
「それじゃ、私はディーとお風呂入ってくるから~」
「うちも!?」
シャノンに腕を掴まれて立ち上がったDが、半ば抱きつかれるような形で捕えられて引っ立てられていく。
「ディーの服ってなんかすぐ脱げちゃいそうだよね~」
「わわっ、だからってこんなとこで脱がすのはヤメ――」
「ルーク、後は頼んだよ~」
「き、聞け~ッ!」
ディーの悲鳴にも似た叫び声は、廊下と二階ロビーを隔てている扉が閉まるのと同時にぴたりと止んだ。
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“巡り合せの一悶着順争”――
現在の脱落ギルド。
≪ロードウォーカー≫
≪黄金羊≫
――タイムリミットまで残り六十一時間二分。




