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FreiheitOnline‐フライハイトオンライン‐  作者: 立花詩歌
第七章『巡り合せの一悶着順争―集いし力―』
310/351

(29)『ぱわふる鉄拳クン・極』

 場所は変わって≪シャルフ・フリューゲル≫ギルドハウスです♪

「現在一日目午後四時――――開始から六時間が経過しました」

「やっぱ誰も来ねえよなぁ、こんな秘境」


 アンダーヒルの経過報告を聞いて忌々(いまいま)しそうにそう吐き捨てたアルトは、その元凶たる性格破綻者の方に殺気を含めた視線を送る。

 しかし(くだん)のアプリコットは、その矛先が向けられてすらいない俺ですら思わず身構えるほどの危なげな視線に、身動(みじろ)ぎひとつしない。

 当然と言えば当然だろう。

 少し前に「面白くなったら起こしてください」とかなり身勝手な依頼を残し、テーブルに突っ伏して寝始めたのだから。

 お前がどうなったら面白いと思うのかがわからん――――とその時は思ったものだが、その後二回ほど起こそうとしたもののまったく起きる気配がなかったのでこれ(さいわ)いと放置してある。

 臥竜鳳雛(がりょうほうすう)ではないが、寝ている竜をわざわざ起こす理由はない。得られるのが虎子なら危険を冒して虎穴に入る意味もあるというものだが、君子危うきに近寄らずと言うべきか、パンドラの(はこ)とわかっていて敢えて開ける馬鹿はいない。

 それこそ、アプリコットのようなマトモじゃない奴ぐらいだ。

 ちなみに既に意識喪失回数が六回に達している(その内最後の一回は遂に睡眠薬(シードル)服用)ドナ姉さんも静かに寝ているため、部屋の中の空気は極めて静かな(なぎ)状態だ。


「覚悟はしていたけど……七十二時間をこの部屋で過ごすというのは随分と退屈だね」


 アルトの苛立ちを冷ますようにさりげなく話の路線をズラしたガウェインは、口元ににこりと爽やかな微笑みを(たた)えて、自身の補佐役(サポーター)である[ミルフィ]にチラと視線を遣る。


「休憩するなとは言いませんが頑張ってくださいね、ガウェイン」

「うん、少なくとも僕は休憩は出来なさそうだ」


 若干浮かない表情になりつつも、(かろ)うじて笑顔を崩さないガウェインに、暗に『休めるとは思うな』とでも言いたげな印象のミルフィだが、それも無理もない話だ。

 大抵のスキルは、特殊な条件でも付いていない限りは使用者の意識喪失と共に解除される。

 要するに“木の葉隠れの番蝶パピリオン・フォーリウム”を――【特種蝶報機感フォーリア・ファミリア】を保つために、ミルフィは一睡もせずに七十二時間意識を保ち続けなければならないのだ。万が一にも寝落ちなんてことになるとその復旧は大変で、円滑な運営なんて不可能だろう。

 確かにうってつけとも言えるスキルだが、アプリコットももう少しミルフィの負担も考えたルールを作れなかったのか――――なんてことを考えながらも、何をしても起きそうにない様子のアプリコットの寝顔を見ていると、ふともう一人の変人のことを思い出した。


「――そう言えば、仮名(カナ)はどうしたの?」


 例の滝の裏の木の葉隠れの番蝶パピリオン・フォーリウムからの映像。

 あれを見た時に十五分ほどでこのギルドハウスに着くだろう――――と思って、精神的に身構えていたのだが、一向に来る気配がなかったせいで完全に忘れていたのだ。

 それは何だかんだ皆同じだったようで、今気が付いたと言うようにお互い顔を見合わせる。無論、忘却なんてものとは無縁そうなアンダーヒルだけは相変わらず例外だったが、本人も不思議に思ったのかミルフィが「滝裏の蝶を動かしてみましょうか」と手元で操作を始めた。

 そして俺・アルト・ガウェイン・イネルティアの四人が薄暗い洞窟の中に淡く揺らめく光を採り込む滝を映したモニターウィンドウに注目すると、少し映像が揺れてやや上昇する。

 木の葉隠れの番蝶パピリオン・フォーリウムが飛び上がったのだ。

 映像はブレが出ない程度に上下しながら向きを変え、暗い方に――つまりこの≪シャルフ・フリューゲル≫のある洞窟奥に向かって移動し始める。


「少なくともこのギルドハウスには入っていません」


 アンダーヒルはそれ以外のモニターウィンドウに視線を泳がせつつ、そう報告してくる。

 何でわかるんですか、アンダーヒルさん。


「おい、まさかまた勝手にこのギルド中にキュリオスシーカーとか仕掛けたんじゃないだろうな……?」


 俺が不安になって周りに聞こえないように顔を寄せつつの小声でそう訊ねると、アンダーヒルは何故か心外だというような表情でふるふると首を横に振った。

 ちなみに『CURIOUS(キュリオス) SEEKER(シーカー)』というのは、アンダーヒルが≪アルカナクラウン≫に仕掛けている監視カメラのようなオブジェクト集合体のアイテム名だ。


「一階の大扉の開閉音がしていないからです。このギルドハウスは≪アルカナクラウン≫同様、構造上大扉を用いずに外から侵入するのは不可能です」

「音って……。下ではぱわふる何とかクンが動いてるんじゃなかったか……?」

「ゼンマイ式暴走戦闘木人形『ぱわふる鉄拳(てっけん)クン・(キワミ)』ですね」


 それもさっきの一回で覚えたんですか、アンダーヒルさん。

 今のアンダーヒルはフードも背中側に下ろしている上、黒い包帯で顔を隠してもいない。そのため、露出しているアンダーヒルの耳に視線を泳がせるが、形のいい普通の耳だ。勿論(もちろん)集音器のような聴覚を高性能化をするようなトンデモ機械は付いていない。

 素のスペックでこれですか。

 なんて思っていたら、アンダーヒルが長くなった髪をさっと触るようにして耳を隠してしまう。


「――先ほど確認してきましたが、あの複合オブジェクトの駆動音及びその行動によって発生すると考え得る音は、この場所からでも識別可能です」


 俺にはちょっとした喧騒くらいにしか聞こえないのだが、アンダーヒルの耳にはどうやらしっかり別々の音が聞こえてくるらしい。


「――見つけた……けど何やってんだ、コイツ?」


 アルトの声にモニターウィンドウを振り仰ぐ。

 薄暗いせいでよく見えないものの映像の中で仮名(カナ)らしき人影がごそごそと動いているのはわかるな。


「ミルフィ、ちょっとあのウィンドウだけ下ろしてくれないかな」


 ガウェインがそう言うと、ミルフィがまたいくつか操作をして、(くだん)のモニターウィンドウだけがスーッと下に――俺たちのいるC字型のテーブルの上に降りてくる。

 それを四人+ミルフィで覗き込んでみるが――


「やっぱり暗くてよくわからないな……」

「暗視には対応していないのが唯一の弱点ですからね」


 最初に覗き込んだガウェインが顎に手を添えて、邪魔にならないよう引きながらそう呟くと、ミルフィが絵になる所作で眼鏡を直しながら平然とそう返す。


「イネルティア。お前、普段もコイツとここで生活してんだろ? 何かわからねーのか?」

「いえ、アルトさん。申し訳ないですが、カナは元々戦闘時の制体だけじゃなくて普段の生活の時から動きが無茶苦茶で……。特定の仕草もないので、こう暗くてはさすがに……」

「下手なことされても困るし……下の誰かを見に行かせようか?」


 この≪シャルフ・フリューゲル≫ギルドハウス二階のキッチンと食堂を兼ねる部屋には、俺と同じ空間内にいることが義務付けられている所有NPCのリコとサジテールがいるし、それに一人でギルドに残していくのは不安だったネアちゃんもいる。今は大方(おおかた)三人で何かをして遊んでいるのだろうが、ずっと同じ部屋で暇してるのは向こうも退屈だろう。


「いえ、何かが起こった時、リコとサジテールだけでは咄嗟(とっさ)の判断に不安が残ります」


 アンダーヒルが即座に反対票を投じてきた。

 まぁ、リコはあの時に仮名(カナ)との戦闘(バトル)の機会を逃してるし、仮名(カナ)の挑発次第ではその場で肉弾戦闘始めかねないからな……。


「ネアちゃんが一緒……は無理か」

「はい。おそらくネアでは、仮名(カナ)に呑まれるだけに終わる可能性が高いです」


 素直過ぎて、だな。

 ネアちゃんも何だかんだ奇人変人(アプリコット)の好奇心から来る暴走の対象になることが多いが、それでも耐性(あるいは対処法に関する知識・経験とも言う)が付いているとは到底思えない。


「じゃあ誰が行く?」

「この洞窟及び隠し水路の外部にいる人間を動かすと尾行される可能性がありますので、ここにいる私たちだけで対処するべきかと思います」

「それなら私が行くべきでしょうね」


 イネルティアが声を上げた。

 するとアンダーヒルも無言でこくりと頷き、その後、俺の方をじっと見上げてくる。


「あ、()……私も?」

「お願いします、シイナ」


 アプリコットとはタイプこそ別だが変人との付き合いは長いし、一度戦闘(+言葉の遣り取り)も経験してるわけだし、順当な判断だろうな。

 そんな感じで俺とイネルティアは完全武装の上、元いた部屋の外の廊下に出たのだが――。


「何あれ……?」


 廊下の数メートル先に開けた階段の踊り場からわらわらと群れてこっちに微動してくる奇妙な集団(?)にジトっとした視線を向け、俺は準備運動とばかりに屈伸するイネルティアに訊ねる。


「『ぱわふる鉄拳(てっけん)クン・(キワミ)』です」

「うん、それはもう見るからにわかるけど」


 巨鎚(ギガント)(スペルビアの持つ【戦禍の鬼哭(ヒトノコエ)】に似ている武器で、【荒廃の残響(オニノミチ)】というらしい)を片手に、仁王立ちしたイネルティアにツッコミ調でそう返す。

 そして、再びその集団(?)に目を遣った。

 大小様々な丸太と金属製っぽい関節(ジョイント)駆動部で構成されているらしいそれは、背中に付いた大きなネジといい、まさしくゼンマイ式暴走戦闘木人形という名で呼ばれるべき外見だった。

 その名に含まれた“暴走”の二文字が、色々な意味でその存在を正しく形容している。

 先頭の一体は二足歩行で、ガキンガキンとロボットダンスのように歩いて比較的早い速度でこっちに向かってきている。だがしかし、その上半身は輪郭が霞んで複雑な立体に見えるぐらいのぐるぐる高速回転しながら、バキバキと後続の二体の木人形を回転する腕で殴りつけ、進行を著しく邪魔している。

 また殴られているその二体の木人形は何故か頭が木ではなく鬼瓦で出来ていて、頭が重いせいかぐらぐらとふらつきながら両手の肘から先を曲げてぶんぶんと縦に回転させている。

 さらにその後ろに続くのは――

 四つん這いになりながらも両腕をクロールのようにバキンバキン床にぶち当てて少しずつ進んでいるもの。

 上半身が大きく横に傾いているせいで、普通に歩きながら丸太頭を壁に擦り付けて木粉を振り撒いているもの。

 びよんびよんと不気味な音を立てながら上半身と下半身の間のバネが上下し、結果的に振り下ろされたような形で動く両腕で周囲の木人形をボコボコにしながら進んでくるもの。

 一回り大きな丸太で出来ているせいか身体が大きく、そのせいで足が持ち上がらないらしく数ミリ単位で移動してくるもの。

 他の木人形に邪魔されて向きが変わってしまったからか、何もない角に向かってひたすらに歩き続けているもの。

 階段を上がった直後に他の木人形の繰り出すストレート丸太パンチに吹っ飛ばされて、柵を超え下に落ちていくもの。

 ――――狂乱の饗宴。


「カオス過ぎてツッコめない……」

「何を言っているんですか? これからここを突破するんでしょう」


 イネルティアはキュッと(かかと)を鳴らして巨鎚(ギガント)を構えると、


「行きましょう」


 空いている左手で俺の右手首の辺りをいきなり掴み、俺が覚悟を決める暇も躊躇いもなく、『ぱわふる鉄拳(てっけん)クン・(キワミ)』の集団(?)に向かって飛び込んだ。


 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 “巡り合せの一悶着順争トラブルスポット・トラベリングツアー”――


 現在の脱落ギルド。

 ≪ロードウォーカー≫

 ≪黄金羊(ゴールデンシープ)


 ――タイムリミットまで残り六十五時間四十二分。

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