(28)『毒蛇の王』
「終わった終わった~♪」
大輪転装甲獣を討伐したシャノンは死屍竜槍を装備品ボックスに仕舞うと、「んーっ」と嬌声を上げて伸びをする。
「言っとくっすけど、“巡り合せの一悶着順争”は終わってないっすからね」
「んにゃっ!? そのぐらいわかってるよっ。ルーク、意地悪っ!」
「意地悪でも何でもないっす。さっきまで思っきしサボる気満々だったクセして」
ルークにジトっとした目を向けられ、シャノンは後ろめたいことがありますと言わんばかりの素早さで視線を逸らしつつも、その角度は拗ねたような表情がよく見える程度に留める。
その器用なのか不器用なのかわからない挙動にルークがため息を吐いた時だった。
「いやいや、さすがさすが……」
何処となく不気味な余韻を残す男の声が、何処からともなく響いてきた。
「さっきから見てたのはわかってるっすよ。いい加減姿見せたらどうっすかーッ?」
ルークが周囲を見回し、特に慌てる様子を感じさせない程度に声を張り上げる。
「そうかそうか、なるほどなるほど……」
また聞こえてきたその声に、目を閉じて聴覚に集中していたシャノンが瞬いた。
「ダメかな。さっきとは逆方向から聞こえてるから音だけじゃわかんない。多分【音鏡装置】だけど」
アンダーヒルが用いた疑似通信用途ではなく、深い森の中などで相手を撹乱するのが目的の本来の使い方だ。
仕方ない、とばかりに肩を落として嘆息したシャノンは、静かに一度周囲を確認すると、息を短く吸った。
「――“探知慟力”――」
シャノンの額と両手の甲に埋め込まれた宝石が光を放ち、次の瞬間額の宝石から二本の光線が伸びた。
「見つけた♪」
シャノンがその台詞を言うか言わないかというタイミングで飛び出していたルークは翼を広げ、その光の指し示す方向へと高速低空飛行で回り込む。
とその時、ルークはその視界に二人分の人影を捉えた。ルークの行動に咄嗟に対応できなかったからか、少し慌てた様子で樹上から飛び降りている。
(体形からして男女のペア。……ん? アイツっ……!)
空中で切り返して二人の目の前に飛び降りて見せると、一瞬驚いたような挙動を見せた二人――[ロキ]と[ルチアル]だが、ルークが丸腰なのを確認した途端、武器を出そうとする動作を中断する。
「賢明っすね、“戒誡卿”[ルチアル]」
「久しぶりねぇ、“急襲城塞”[ルーク]」
二人組の一人、暗紅色の女性用の剣士装甲を着けた女――ルチアルは腰に手を当てて斜に構えると、ややハスキーがかった声でそう言いつつも、ルークに向かって少し口元を歪めるような笑みを浮かべて見せる。
その時、ようやく追いついてきたシャノンが無言で見つめ合うルークとルチアルの間で何度も視線を泳がせ――――唐突にルークに詰め寄った。
「ルークぅぅっ! この女、誰! この女狐っぽい目付きの女ッ! まさか浮気っ? 浮気ィッ!? 私というものがありながらぁぁぁぁ――――ッ!!!」
ルークの首根っこを両手で掴んで逃げられないようにしながらガクガクと激しく揺さぶり、普段よりオクターブの高い声で怒りを露にするシャノン。
「え? いやっ、ちょ、違っ――」
困惑と動揺(物理)でまともに言葉を口に出せていないルークと半分涙目になって錯乱状態のシャノンを前に、「ふうん」と愉しげに呟いたルチアルはにやにやと笑みを浮かべて静観する。
隣に立っている、装飾過多な戦棍を捧げ持ち、胸元に髑髏を模した首飾りを提げた不気味な風体の黒衣の男[ロキ]も、フードで表情こそ見えないが笑いを堪えるようにプルプルと震えている。
「違っ、だから違うんすよ、シャノ――ぐうぇ、さ、酸素……っ」
「違くない、二人とも熱い視線で見つめ合ってたーっ! 有罪、有罪ーッ!」
「あれの何処が熱視線に見えたってんすか!? しかも有罪ってぐぅうぇ」
遂に「うぇぇぇぇっ」と半泣き暴走気味のシャノンと尚も激しく揺さぶられ続けるルークを見兼ねたのか、嘆息したルチアルがシャノンに歩み寄り、
「そこまでにしときなさいな、“死神”のお嬢ちゃん」
敵意を感じさせない穏やかな口調でそう言って、その肩にポンと手を置いた――
ガシャ……ジャキンッ!
――瞬間、ルチアルの目の前至近距離二センチのところに、死屍竜の尾鞭骨を利用した死屍竜槍の尖端が突きつけられた。文字通り、瞬く間に。
「私に触れるな、女狐」
空中に現れた死屍竜槍の上部取っ手を左手で掴み、左足の踵で柄を受け止めつつ爪先を地面に付けてその重さを支え、ルチアルには接触しない距離で槍の尖端が来るように調整してピタリと止める。
わずかに首だけで振り返った、それだけの視界でそんな無茶な駆動をやってみせたシャノンは危ない目をルチアルに向ける。
「ごゆっくりどうぞ」
ルチアルがため息混じりに何とかそれだけ言うと、死屍竜槍を支えていた左手を離し、槍が倒れるのも構わず再びルークに食って掛かった。
そして十五分後――
「いっそ殺して……」
木の根本に踞り、勘違いの羞恥で真っ赤に染まった顔を両手で覆ったシャノンがそこにいた。
「ルーク、このお嬢ちゃんはただの馬鹿? それとも厄介な馬鹿なのかしら?」
シャノンが正気に戻るまでルークの災難(?)を静観していたルチアルが、あの後初めて声を発する。
「その二つで言えば百パー後者っすね」
「お前も大変ねぇ」
「シャノンのこの手の勘違いだけは日常茶飯事っすから」
ルークとルチアルの台詞一つ一つごとにぐさぐさと刺さる言葉の矢に身悶えするシャノンに死神と言う二つ名に見合うだけの威厳はまったくなかった。
最初からあまりなかった、という意見も多いだろうが。
「そっちのあからさまに胡散臭い方は初見っすけど、そっちからはアンタらが出るってわけっすか、≪地獄の厳冬≫」
ルークはロキにチラッと視線を向けると、アンダーヒルを始めとする運営側ブレイン陣が注意を傾けていたPKギルドの片翼の名を告げる。
「そんなに敵意向けられても、アタシ的には不本意ねぇ。確かに今絶賛指名手配中の[グリムリーパー]と[Redrum]は元々うちの構成員だけど、アタシらはもう殺人はヤってないからねぇ」
「あの時までしれっとPKやってきたツケが回ってきたとでも思えっす」
「だからギルドの名前も変えてないじゃなあい。その点に関して、今うちに残ってる子たちは誤魔化すつもりもないわよう。尤も……この格好は≪強襲する恐怖≫と被っちゃうし、早く変えるべきかしらねぇ」
ふふ、と不敵に笑うルチアルに疑い深げな視線を向けるルーク。しかし、最初に【音鏡装置】で二人に呼び掛けて以降無言を貫いているロキも斜に構えて笑みを崩さないルチアルも、ルークの態度は軽く受け流して余裕のある姿勢を崩さない。
「――――で、何か用っすか?」
少し黙考したルークは、この手の駆け引きなら自分より遥かに長けているはずのシャノンが暫くは戻って来そうにない――――と判断し、自ら本題をぶつける。
当然、貴重な十五分間、何の用もなくここで待っていたとは考えにくいからだ。
「用も用、勿論用事はあるわよう、何せあの≪弱巣窟≫。弱者の巣窟なんていうのは名ばかりで、実体は毒蛇の巣窟……。お前にはいつかの借りもあることだし、毒蛇同士仲良くしようと共同戦線のお誘いにわざわざ出向いてあげたんじゃなあい」
「共同戦線……つまり協力しようってことっすか」
「えぇ……。まさかお前がその巣にいるなんて、予想もしてなかったけどねぇ」
くすくす、と何故かおかしそうに笑うルチアル。それに触発されたのか、あるいはルチアルが笑った時は笑うように言われているのか、従者のようなロキもフードの下でまた笑いを堪えるように震え始める。
さすがにこれ以上その態度に辟易するのは避けたい、とルークは頭を振る。
「せっかくのお誘いっすけど、僕らは――」
「ねえ」
静かに響いたその声に、ルチアルとロキ、二人の笑い声が止まった。
そして何か恐ろしいものでも見るかのような目で二人が見た方向には――――いつのまにかシャノンが立っていた。
さっきまで、視界の中に見える木の根元で蹲っていたはずの、シャノンが。
「見返りは?」
「……はあ?」
シャノンの続く言葉に、一瞬遅れてルチアルが反応する。
「見返り。私たちが、お前たちと組む――――メリットだよ」
その声はまったくいつも通りの、屈託のない子供のような声だった。
森の中、すたすたと早足で歩を進めるシャノンにやっとのことで追いついたルークは、同じ歩速・歩幅で隣に並んで歩きながら、シャノンの少し楽しそうな横顔を眺める。
「ホントによかったんすか?」
「ん~? 何が?」
とぼけたように笑うシャノンに、ルークは一度チラッと後ろを――――もう見えなくなっているルチアルたちのいる方向に視線を向けて嘆息する。
「あんな連中と組んでホントによかったんすか?」
「うん? いいんじゃない? さっきも言ったと思うけど、これはあくまで正攻法が有利なルールだし、向こうから仲良くしようって歩み寄ってくれたのに、何だか断るのも悪いしね~♪ ヤだった?」
「シャノンがいいって言うなら、僕は別に構わないっすけど……」
やっぱりよくわからない、などとルークがシャノンに対する認識を改めることを思索し始めた時、まるでその考えを待っていたかのように、シャノンは「それに……」とルークの方に振り向いた。
「私たちは――私は見せてあげればいいんだよ。笑っているように見せながら牙を剝く、毒蛇の王のやり方を♪」
そう言ったシャノンの表情は、台詞とは裏腹に心の底から笑っているようだった。
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“巡り合せの一悶着順争”――
現在の脱落ギルド。
≪ロードウォーカー≫
≪黄金羊≫
――タイムリミットまで残り六十六時間三十三分。




