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FreiheitOnline‐フライハイトオンライン‐  作者: 立花詩歌
第七章『巡り合せの一悶着順争―集いし力―』
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(26)『最低確率』

「そういうことならルールに書いて欲しいよね~。終わった人はフィールド外に出るものだとばっかり思ってたよ」


 スリーカーズの一言でようやく動きらしい動きを見せた≪弱巣窟(ネストネスト)≫の[シャノン]と[ルーク]は、小高い丘を抜けて森の中に足を踏み入れていた。

 ちなみに、シャノンは死屍竜槍(ルナーズアイ)を装備品ボックスに納めてしまい、完全に手ぶらのまま。ルークはいざという時にシャノンを守れるよう、腰の小太刀に手をかけている。


「そんなことのためだけにあんな入り口で三時間半潰したとは思いたくないっす」

「だけだなんてヒドいなぁ。ちゃんといくつか収穫はあったじゃん」

「え?」


 前を歩いていたシャノンが突然振り返り、ルークは思わず立ち止まる。

 するとシャノンは、「しょうがないなあ」とまるで出来の悪い子を見る小学校の先生のような笑顔を浮かべると、ルークの目の前で指を一本立てた。


「ひとつ、“ギルドに辿り着いたプレイヤーはその場に残るという情報”。今のところ誰とも知り得てない情報だろうから使える」

「はあ……でもそれ知ったぐらいで何が変わるわけでもないっすよね?」

「そんなことないよ。他チームと連携した時に、この()()は生きる」


 シャノンは悪戯っぽい笑みを浮かべてそう言うものの、ルークはいまいちよくわからないというように首を捻った。

 しかしシャノンはその詳しい説明は伏せると、さらに中指も立てて話を続ける。


「ふたつ、“スタッフ同士で細かな連絡を取れる手段があるという推測”」

「ああ、そう言われると、あの出入り番(ゲートキーパー)動いてないっすね」


 シャノンもルークも暇を持て余しているように見えて、シャノンは耳で、ルークは目で[オルドリン]と[エクェス]二人の動向を常に観察していたのだ。

 たとえフィールド内の何処に連絡を取っても、シャノンとルークの奇行を口頭で伝えるにはフィールドの外に出なければ不可能。二人の騎士が外に出なかった以上、フィールド内部から外に連絡できる手段がある――――と推測するのが常考である。


「これはこのゲームでは大して使えそうにないんだけどね。ただ逆転の手に変えられる可能性は少しある」


 ちなみに二人の知らない事実を交えれば、最高の存在隠蔽スキル【付隠透(ハイド・シャドウ)】を持ち、かつ羽音のない魔力飛行を行える影魔種(シャドウ)であるアンダーヒルならそれが可能になるのだが、今回の場合はそっちではない。

 シャノンが察したのは、現在唯一のレベル800以上の影魔種(シャドウ)であるアンダーヒルの持つ特殊通信スキル【隠り世の暗黙領域エニグマティック・サイファー】の存在だった。


「ていうかあのスリーカーズって人、シャノンの知り合いっすか?」

「ん? まぁ、ちょっと現実()で」

「リアレーションっすか」


 Realation(リアレーション)というのは、Real(現実)Relation(人間関係)から生まれた、“現実での何らかの関わり”を表す造語である。


「同僚みたいなものだよ。(こっち)では私の仕事のお得意様の一人かな」

「仕事って()()っすか?」

「ううん、()()


 シャノンはしれっとそう言うと、突然木の上から落ちてきた『花火(はなび)クルミ』を無造作に手で撥ね飛ばし、樹上を逃げていく小型のリス型モンスター『クルミリス』を目で追う。

 そしてルークに向き直ると、さらに薬指を――合計三本指を立てた左手をその目の前に突き出した。


「みっつ、“私たち≪弱巣窟(ネストネスト)≫は運営側ギルド、しかも≪アルカナクラウン≫の[スリーカーズ]から助言(アドバイス)を受けた事実”」


 シャノンの口元に、あまりいいものとは言えない薄い笑みが浮かぶ。

 彼女の二つ名は『死神(しにがみ)シャノン』。

 例によってこれもアプリコットが名付けたものだが、かの変人を知る者からすれば意外とも思われるネーミングだった。

 何故ならアプリコットは複雑怪奇を好み、無意味に無駄な独特の凝り性を持つ、周囲に言わせれば所謂“困った人”である。そんなアプリコットを基準にすると、『死神』なんていう何の捻りもない単純な二つ名付けは、何か裏を感じさせるほど不可解な、珍しい現象なのだ。

 そして事実、シャノンの活動――というよりは所業が全盛期だった頃に付けられたこの二つ名は“対峙した相手は必ず狩り殺す”という決闘戦績だけで付けられたものではない。その普段の屈託のない姿からは想像もつかないほど“執拗”で“狡猾”な戦略眼こそ、アプリコットに死神を連想させたのだった。ただしその実、アプリコット自身はシャノンに対して――つまり死神という概念そのものに対しては()()を抱いていないことにもなってしまうのだが。


「相変わらず黒い時は相当黒いっすね。もし僕らが合格できなかったら、それをネタにしてこの試験(ゲーム)自体をなかったことにするつもりっすか……?」

「さすがにそこまで品性捨ててないよ。ただいざとなったらギルドじゃなくて、スリーカーズやドナドナと個人的な関わりのある私だけでも、攻略に貢献させてもらえないか()()するだけ」


 ルークは『十分黒いっす』という言葉を何とか呑み込み、シャノンの楽しげな笑顔だけに意識を集中する。

 そして、妙な(はかりごと)さえ考えなければ可愛いだけで済むのに――――と今さらなことを思いながら、ルークは残念な視線をシャノンに向けた。


「で、この後はどうするんすか?」

「んーと、協力者を探そうと思ってる。いくつか当てはあるからね」

「協力者? 話つけてあるんすか?」

「別に付けてないけど、これは元々正攻法――協力(パーティ)プレイの方が成功率は高いルールだし、真っ当なところなら素直に応じると思うよ」


 当然だが、どれだけ広いフィールドでも協力者がいればいるほどそれぞれのチームの捜索範囲は少なくなる。さらにこの“巡り合せの一悶着順争トラブルスポット・トラベリングツアー”では、協力者を騙すことは意味がない。

 騙された側には当然デメリットが発生するが、騙した側にはメリットがない。むしろ終了後のことを考えればデメリットですらあるぐらいで、賢明とは言えない。


「なるほど……。で、その真っ当な当てって何処のチームっすか?」

「取り敢えずは≪Ghost(ゴースト)Knights(ナイツ)≫≪地底地(アンダーワールド)≫≪トキシックバイト≫≪○○○○(ジェーン・ドゥ)近衛隊(コノエタイ)≫と……、えぇっと、それに≪永久凍土(ツンドラ)≫≪レティクル・スカーレット≫辺りとは合流しておきたいかな」


 指折り数えてシャノンが挙げた六つのギルドは、ルークもよく知る≪弱巣窟(ネストネスト)≫と親しいギルド――正確にはシャノンと親しいプレイヤーがリーダーを務めるギルドばかりだ。


「特に[(ディー)]と[○○○○(ジェーン・ドゥ)]とは絶対かな」


 それぞれ≪Ghost(ゴースト)Knights(ナイツ)≫と≪○○○○(ジェーン・ドゥ)近衛隊(コノエタイ)≫のリーダーで、シャノンとは旧知の仲だ。


「協力の当てはわかったっすけど、探す当てはあるんすか?」


 バキバキバキッ!


「もちろんない……けど、騒ぎが起きれば近くにいるチームは様子見に来るかも? 前方五十メートル以内」

「結局かなり適当なんすね。この感じだと大型一体接近中」


 平然と話の遣り取りを続けながらも、シャノンとルークはエンカウント直前の敵襲に備え、主用武器(メインウェポン)をオブジェクト化させる。

 シャノンはさっきしまったばかりの【死屍竜槍(ししりゅうそう)ルナーズアイ】、そしてルークは魔砲槍(ロストギア)と同じく機構槍(ガジェット)の上位武器である火砲槍(エクスプロード)灰炎槍(かいえんそう)焔大蛇(ホムラオロチ)】を、それぞれ低く構え、敵襲に備える。


「適当じゃないよ。反撃音なし」


 木々を薙ぎ倒すような音が、地面を揺るがしながら近づいてくる。


「まぁ、案外これまでもうまくやってきたっすし、今回も信頼してるっすよ。対象(ターゲット)確認……げっ、『アーマード・アーマディロウ』!」


 ルークがそう叫ぶと、シャノンとルークはほぼ同時に左右に大きく身体をずらすと、手元のレバーを引く。


 ガジャコッ!

 二人の槍の手元の遊底(ボルト)が前後動し、排莢口(エジェクションポート)から大型の空薬莢が排出された。

 ギランッと二本の槍を飾る死屍竜(ししりゅう)の頭骨と炎蛇竜(プロミナンス)の頭部の目が妖しい光を放ち、その鋭い先端が断面を六つの扇形に切るように分かれて、瞬く間に形が組み変わる。そしてその内部から大きな砲口が現れた。


「タイミング合わせて!」


 バシュッという空気の抜けるような音と共に細い補助杭が槍後方から射ち出され、槍を地面に固定した次の瞬間――――ドォォォォオオンッ!

 二人の前方五メートルほどの位置にあった大木の幹が一撃で砕け散り、その向こうから黄土色の巨大な球体が――――身体を丸めて転がってきた『大輪転装甲獣アーマード・アーマディロウ』が姿を現した。

 その破壊の余波で弾丸のようになって飛んできた木片を(かわ)すため盾の後ろに隠れた二人は、同時に手元の引き金(トリガー)を引いた。

 カチリ、と槍の内部で微かな起動音が響いた、瞬間――――キュィィィィ……。


 バァァァァァァァァァァァッ!

 ドガァァァァァァァァァンッ!

 二つの怪音が轟き、死屍竜槍(ルナーズアイ)からは黒紫色の光撃(ビーム)が、灰炎槍(ホムラオロチ)からは赤黄二色の爆炎(フレア)が、それぞれの砲口から噴き出し、回転突撃(ローリング)で接近していたアーマード・アーマディロウを直撃した。その途端、怯みモーションで回転を止められたアーマード・アーマディロウは煙を上げながらゴロゴロと後ろ向きに転がり、球体モードを解除して四肢で着地する。


「初撃成功♪ 案外可愛い目してるのに、あのローリングだけは凶悪なのよね、この子」

「この子とか言ってる辺りそっちは余裕っぽいっすね。僕は何とかうまくいったって感じなんすけど」


 カシュッと補助杭を収納した二人は、砲口から白煙を上げるそれらを再び槍状に変形させると、前足を上げて威嚇してくるアーマード・アーマディロウと対峙する。


「ルーク、ルークー」

「何すか?」

「この子が出てるってことはさーぁ」

「あぁ、まぁ、そういうことなんすよ、きっと。確か三パーセントだったっすか?」

「そんぐらい」


 試験会場、クラエスの森――。

 無人フィールド内にプレイヤーが最初に入った時に行われる、出現モンスターの構成(パターン)判定。その中でもこのフィールドで『大輪転装甲獣アーマード・アーマディロウ』が出現するのは三パーセントという最低確率の構成(パターン)のみで、その組合わせは――


「よりによってっすか」


 ――全出現モンスター大集合。


 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 “巡り合せの一悶着順争トラブルスポット・トラベリングツアー”――


 現在の脱落ギルド。

 ≪ロードウォーカー≫


 ――タイムリミットまで残り六十七時間二十六分。

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