(23)『巡り合せの一悶着順争』
“巡り合せの一悶着順争”
≪基本ルール≫
・制限時間は明明後日の午前十時までで、三日三晩の七十二時間。
・時間までに二人一組三十七組、計七十四人の参加者は会場となる『クラエスの森』あるいは『碧緑色の水没林』の何処かに設置された≪シャルフ・フリューゲル≫のギルドハウスを探し出せた組のみが最終選抜面接を受けることが可能。
・フィールド圏内での行動は原則制限しないが、監視中継用の虫型召喚獣“木の葉隠れの番蝶”を故意に破壊する行為だけは禁止している。また、もし事故で壊れた場合はその場に留まり、代わりの木の葉隠れの番蝶が来るまで待機すること。
・各自試験続行不可能と判断したプレイヤーは最初に渡した白旗を“木の葉隠れの番蝶”に向けて掲げることで降参が可能。その場合、運営側スタッフが二分以内に救援に向かう。
・フィールド内モンスターは各自で対処すること。尚、万一体力を全損したプレイヤーは速やかに運営側スタッフが回収する。
・補佐役のプレイヤーが試験続行不可能になった場合、GLは同じギルドのメンバーから一人まで増員することが許される。その合流はフィールドの入り口で行うため、一度フィールドの入り口まで戻ること。
・PKを行ったプレイヤーは即時失格。
・各々この試験に意義を見出だせ。
※≪即席追加ルール≫
・フィールド内で円滑な運営を行うために配置した十人の運営側スタッフが身に付けている【隠匿の四つ葉】というアクセサリーを制限時間まで保持していたプレイヤー及びギルドは“巡り合せの一悶着順争”の別枠合格者とする。尚、十人のスタッフは、序列順に数字の入った白い翼を模した腕章を両腕に付けている。
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「ちょっと、アプリコット……」
開始の合図があってから一時間半ほどが経過した初日の昼前頃――――参加者に渡していたルールのテキストデータを再度確認していた俺は、こめかみが引き攣るのを感じながらアプリコットを呼ぶ。
「何ですか、シイナん」
「この即席追加ルールと十人のスタッフって私聞いてないんだけど?」
ガウェインたちがいる手前、いつも通りに手刀から行けないことに微妙な違和感を感じつつ、俺は可視化したテキストウィンドウをアプリコットに見せる。
「あぁ、これのことですか。アンダーヒルとネル以外には特に報告はしませんでしたけど、始まる時に参加者に渡したのはこれですよ?」
チラッとそれを見たアプリコットは笑みを浮かべ、
「ちょっとしたゲーム性ですよ。場所探しを諦めた連中はそれで全体を活性化してくれるかもしれないですし」
「だからってこんなDEの確率上がるようなルール入れることないでしょ。アンダーヒルも何で許可したの?」
俺を挟んでアプリコットと反対側に座るアンダーヒルに振り返ると、アンダーヒルは珍しく若干躊躇うような挙動をして、
「……事後報告でしたので、円滑な運営を優先するため仕方なく許可しました」
「アプリコットー!」
怒鳴りつつ再び振り返ると、苦笑いしながら横を指差すガウェインとため息を吐くイネルティアの姿が視界に入る。
ガウェインの指の先に視線を泳がせると、そこにはいつのまにか開け放たれていた部屋の扉。そして目の前には主がいなくなってくるくると回る回転椅子。
「捕らえてきますね」
こめかみを押さえつつそう言ったイネルティアは、刺々しいフォルムの巨鎚を手にC字型のテーブルを飛び越えると、開いている扉から廊下に飛び出す。
「捕獲できなくても五分で戻ってきてください、イネルティア」
「――了解、雷霆精能力【閃脚万雷】」
冷静で平坦なアンダーヒルの言葉にこくりと頷いて見せたイネルティアは、パチッと紅色の電光火の尾を引く残像となって消える。
「どうしようもねーアホだな」
ドナ姉さんが気絶(既に四度目だが)していて精神的な余裕があるのか、腕組みで椅子にふんぞり返るアルトが毒づく。
「色々と大変そうだね、アプリコットさんの周りの人は……。そう言えば今の彼女は君のギルドに寝泊まりしているんだったっけ、シイナさん」
今度は苦笑いすら消え失せたガウェインが、律儀に扉を閉めにいくアンダーヒルを横目に冷や汗を浮かべながらそう言う。
「あれでも昔よりは随分と大人しくなったって聞いたら信じる……?」
「俄には信じがたいけど、君が言うなら信じるよ、シイナ」
突然呼び捨てにされ、心臓が跳ねた。
思わず怪訝な目を向けると、涼しげに微笑むガウェインの穏やかな視線と不意に重なり、咄嗟に目を伏せる。
まさかコイツ、俺が例の『シイナ』だってことに気付いたのか……?
そんな考えが頭を過る中、俺は一瞬アンダーヒルやアルトに視線を送ろうとする自分を抑え、
「……あなたと呼び捨てにされるような親しい関係になった覚えはないけど?」
何とかそれだけ返してみる。
すると、ガウェインは椅子の背にもたれるように姿勢を変えながら腕組みをした。
「これも確かに俄には信じがたいことだけど――――君とは何度か会っているはずだよ、元ベータテスターのシイナ。それこそ呼び捨てにできるくらいにはね」
直球だった。
何が根拠になっていたのかはわからないが、ガウェインの様子や表情から察するに既に確信しているのだろう。
「お前、相変わらず知り尽くしたように話すよな、ガウェイン」
喋り方を取り繕うのを止め、諦めアピールにため息を吐きつつそう言ってやると、
「あはは、まさか。案外知ったかぶる困った癖があるんだ」
苦笑しながら頬をかいたガウェインは、白々しくそんな言葉を返してくる。
「貴女がかの『魔弾刀』なのね。改めてお会いできて光栄です」
「いや、ちょっとした事情で今は随分と落ちぶれてますし、そうでなくてもただの十六……いや、十七のガキですから光栄なんて言われるほどのモンじゃないですよ」
わざわざ律儀にも歩み寄ってきて、テーブル越しに手を差し出してくるミルフィの握手に応じていると――――バァンッ!
「お待たせしました。そして、この馬鹿が迷惑を掛けました」
扉が勢いよく開き、息を荒らげたイネルティアが部屋に入ってきてそう言った。その手にはアプリコットの軍服Tシャツの襟首を掴んで引き摺っている。
アプリコットは、と様子を見ると、所々に打撲痕ができていてぐったりとしたまま動かない。
「さすが有能だな。あの短時間でその馬鹿を捕まえてくるなんて、モチベ差し引いてもあたしには無理だ」
アルトが化け物を見るような目をイネルティアに向けつつ吐き捨てるようにそう言うと、イネルティアは部屋の真ん中にアプリコットを引き摺ってきて、
「四六時中弄ばれれば耐性ぐらい付くというものでしょう……」
ため息混じりにそう呟く。
「いや、耐性でそこまでボコボコにはならねえだろ……ていうか容赦ねえな」
「あぁ、この傷のことなら、私はノータッチ。アプリコットの自滅です」
「自滅?」
イネルティアは扉の外の廊下を確認すると、バタンと扉を閉める。
「玄関付近で、ゼンマイ式暴走戦闘木人形『ぱわふる鉄拳クン・極』が動いています。確実にアプリコットの仕掛けたものでしょう」
「あ? ぱわふる……え?」
アルトが怪訝な顔で扉に近付き、扉を少し開けて外を覗く。
その瞬間、バンと扉を閉めて青ざめた表情で振り返る。
「おい、何だ、アレ……」
「普段の≪シャルフ・フリューゲル≫でしたら、アレに加えてワイヤートラップハウスが日常です」
「ガウェイン、やっぱりさっきの撤回してもいい?」
もちろん『あれでも昔よりは随分と大人しくなった』発言のことだが、ガウェインは何ともいえない表情で苦笑いするだけに反応を留める。
ある種賢明だが。
「イネルティア、この十人配置したスタッフって誰のことか聞いてない?」
さっきネル――つまりイネルティアにも報告していたとアプリコットが言っていたので一応聞いてみると、イネルティアはウィンドウを何度か操作してそれを見ながら、
「≪シャルフ・フリューゲル≫より[ストレローク][ツクヨミ]、≪クレイモア≫より[仮名][パトリシア]、≪アルカナクラウン≫より[スペルビア]、≪ジークフリート聖騎士同盟≫より[ランスロット][トリスタン]、≪竜乙女達≫より[アマリリス][プリムローザ]、無所属の[殺星]、この十名だと聞いていますが保証はできかねますよ。真偽確認まではできていないので」
「いずれにしても、チート集団……?」
「ゲーム性とか言ってたが、何だかんだ【隠匿の四つ葉】とやらを取らせる気はなさそうだな、アプリコットのヤツ」
「そりゃそうですよ、アルトん」
突然アプリコットがむくりと上体を起こしたため、アルトがビクッと飛び退る。そしてイネルティアににやりと笑いかけると、アプリコットは逆立ち経由でジャイロ回転を、スタンッと小気味のいい音を響かせて曲芸のように立ち上がった。
「元々その追加ルールは危険分子を煽るためのものですから」
「煽る……?」
「まぁ、まだ先の話ですけどね。最終日まで十人のスタッフには【隠匿の四つ葉】を守り抜いてもらって、頃合を見計らって適当なチームに放り出してもらうんですよ♪」
「やはりそういう意図だったのですね」
アンダーヒルが上の中継ウィンドウから視線を逸らすことなく、静かにそう言った。
今の口ぶりからして、アンダーヒルはルールを見た時から大体アプリコットの考えてたことを把握してたっぽいな。一を聞いて十を知る才媛っぷりは相変わらずだ。
俺にはさっぱりわからないが。
「仮名だけはボクでも予想はつかないんですけどね」
「あぁ、そういうことか。っつーかアプリコットお前よくこんなえげつねえこと思いつくな」
アルトもアプリコットの言わんとしてる全容を把握したようだ。
「ボクを誰だと思ってんですか? こう見えて無意味な――あ、これネタバレ厳禁」
「確かにこれならかなり危険な要因は減らせると思うけど、もし一チームも残らなかったらどうするつもりなのかな、アプリコットさん?」
ガウェインも把握したようだ。
あれ? もしかしてわかってないの俺と(気絶中の)ドナ姉さんだけとか? なんてことを考え始めると背中に嫌な汗が伝い始める。
「明白に完全勝利が期待できるギルドハウス捜索と、他者を蹴落としてさえ手に入るかどうかはわからない【隠匿の四つ葉】のどちらを選ぶか、ということが争点でしょうね」
アンダーヒルの半ば答えとも言える言葉でようやくある程度理解した。
『各々この試験に意義を見出だせ』
彼らがこの試験の最終的な目的に据えるべきは、最前線攻略に参加できるかどうかではなく協力プレイができるかどうか。攻略参加のためとはいえ、他者を蹴落として入れる合格ラインなんてそもそも運営側の俺たちが定めるべきものではない。
この試験の攻略法は、ひとつでも多くのチームと協力してこのギルドハウスを探すことなのだ。三日間の時間があれば、待ち合わせ場所さえ作っておけば情報交換でほぼ確実にエリアを潰していき、この場所に辿りつくことも不可能というほどではない。
ということは――
「【隠匿の四つ葉】を持っていたチーム及び制限時間までにギルドハウス捜索を打ち切ったチームは全て切りましょう♪」
アプリコットが信じられないことを言い出した。
「ここまで九ヶ月ちょい。たった四つのギルドでもそこそこ順調に進んできてましたし、今さら増やす必要なんざなかったってことですよ」
「でもそれじゃ、ルールに嘘を書いたってことになるだろうが。運営側として、んな横紙破りが許されるわけねーだろ。あたしだけじゃねー、ここにいる誰も納得できねーと思うぞ」
「まったくアルトんは甘いですね。アンダーヒルはこれで問題なく通すはずですよ?」
「はぁ? そんなわけ――」
アンダーヒルは視線は中継ウィンドウに向けたまま、アルトが自分の方に振り返るタイミングを見計らって、その目の前で停止するような力加減でウィンドウをドラッグした。そのウィンドウは、さっき俺が見ていたのと同じ“巡り合せの一悶着順争”のルールが書かれたテキストデータだ。
アルトは怪訝な顔でそれを見たが、アンダーヒルはやはり中継ウィンドウから視線を逸らさず、「私はこれで問題はないと思います」と呟く。
「理由は?」
アルトはアンダーヒルの答えが気に入らない、という感じの明らかに不機嫌な声で即座に切り返す。すると、アンダーヒルはようやくチラッとアルトの方に視線を遣ると、
「そのルール及び追加ルールからは、最終選抜が“巡り合せの一悶着順争”とは読み取れません。あくまでも最終面接はこのギルドハウスに入ってから行われる我々八人との面接――――“巡り合せの一悶着順争”の合格者だからといって、面接に合格するとは書いてありません」
アプリコットとアンダーヒル、そして寝ているドナ姉さん以外の五人が各々息を呑み、そのジトッとした目が一様にアプリコットに向けられる。その視線をまるで賞賛のようにいい笑顔で受けたアプリコットは、急にその表情に陰を落として「まぁ――」と前置きするように言うと、
「――あの子だけは引っかかるどころか、まずそれに気付いてるでしょうけどね……」
そう言って頭上の中継ウィンドウの一枚を見上げた。
そのウィンドウに映っているのはギルドハウスに通じている滝の裏側に設置された木の葉隠れの番蝶の中継しているリアルタイム映像。
そこには滝を通ってきたからかずぶ濡れの人影が一人分映っている。
「アプリコット……貴女、彼女にここの場所を教えたの?」
イネルティアがこめかみを押さえながら呟くように訊ねる。
「いや、教えてないはずなんですけどねー……。時間だけ見るとあの子が入ってからここに向かって直行してきた計算になりますよ、これ……」
アプリコットが口元を引き攣らせながら見上げるウィンドウに映る人物――――仮名は薄暗い洞窟の岩陰に留まっていてほとんど見えないはずの木の葉隠れの番蝶――――つまりカメラに一瞥視線を向けるとすたすたと洞窟の奥に向かって進み始めた。
「変人同士で思考リンクするのはもう止めて……」
疲労感漂う声に俺がおそるおそる振り返ると、その声の主イネルティアはテーブルに突っ伏して脱力していた。
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“巡り合せの一悶着順争”――
現在、脱落ギルドなし。
――タイムリミットまで残り七十時間十八分。
ちなみにシイナと同じフィールドにいなければならないリコとサジテールは、現在≪シャルフ・フリューゲル≫の別の部屋でくつろいでます←




