(22)『GL会談』
「最後の参加ギルド≪弱巣窟≫が無事会場入りしたようです」
通信連絡用スキル【隠り世の暗黙領域】の特徴的な黒の空間投影ウィンドウから顔を上げたアンダーヒルが坦々とした口調で報告してくる。
恐らく入り口の警備に当たっているはずのトドロキさん以下数名(+隠れ兵六十余名)からの報せが届いたのだろう。
今日は、アンダーヒルがそれなりの時間と労力を費やして実現させたGL会談当日――――もとい初日。
会談とは言うものの、実質的には≪アルカナクラウン≫≪竜乙女達≫≪シャルフ・フリューゲル≫≪ジークフリート聖騎士同盟≫の四ギルドを中心にして、候補となったギルドの巨塔攻略への直接参加の資格を問う――――言ってしまえば面接試験だ。
何様のつもりだと思う者もいるだろうが、この会談の主目的は実のところ“ドレッドレイドのような反攻略組織の介入を未然に防ぐ”という安全策の側面が強い。もしその手の勢力に最前線ギルドの肩書きを与えてしまうと危険に晒されるのは現体制を担っている四ギルドだけでは済まない。
実力・実績が塔の最前線クラスに達しているか――――というだけなら、既にアンダーヒル以下数名が極秘裏で行った事前選考によって結果は出ている。
そもそもその選考で合格したのが、今現在GL会談会場となるこのクラエスの森に代表者二名ずつで集結している、三十七のギルドなのだから。
そして俺たち現体制四ギルドのGL及び補佐の計八名は、このフィールドに居を構えるアプリコット――≪シャルフ・フリューゲル≫のギルドハウスの一室で、C字型のテーブルに並んで座っているのだった。
「ようやくGL会談本格開始ってわけですね、くっくっくっ♪」
「楽しみなのはわかったから、テーブルから足を退けなさい、アプリコット……」
愉快そうに笑う自由奔放の権化をため息混じりにたしなめるのはスペルビアの姉にして≪シャルフ・フリューゲル≫のサブリーダー、イネルティアだ。
今日も丈の短い純白の清代民族衣装で惜しげもなく生足を露出しているが、長い白髪は仕事の邪魔になるのか後ろで軽く結っていた。
アプリコットの補佐に選ばれている辺り、実力も十分で参謀としても優秀なのだろう。気心が知れているということでもあるのだろうが、それは同時に苦労人の確定宣告でもあるからコメントしづらい。
「それにしても、よくこんなこと思い付きますね、アプリコットさん」
苦笑気味にそう言うのは、白金のドラゴンメイルに身を包んだ穏和な青年、ガウェイン。SPAこと≪ジークフリート聖騎士同盟≫のギルドリーダーだ。
「その馬鹿を無闇に褒めてんじゃねえよ、ガウェイン。日常的にこんなことしか考えてねえんだ、ソイツは」
普段散々アプリコットの思いつきによる被害を被っているアルトが吐き捨てるようにそう言うと、イネルティアが共感するようにうんうんと頷いた。
「アルトちゃん、そんな汚い言葉遣いは似合わないわよ、ペロペロ」
長い茶髪をなびかせてアルトに抱きついた女性は≪竜乙女達≫のギルドリーダーのドナドナ。
アプリコットに次いでFO第三位の実力者だが、同じくアプリコットに次いで性格もとい性癖に難アリな困った人でもある。
「だーッ、あたしに触れるな、鬱陶しい! はーなーれーろー!」
「アルトちゃんの罵倒ハァハァ……」
「どんだけ救い難い変態なんだ、お前は! ば……ッ、人前でんなトコ舐めんな、バカピンク!」
「人前じゃなければいいのね♪ じゃあお姉さんと向こうの小部屋に――」
「今は、公務中だろが!」
――困り果てた人でもある。
アルトの鉄拳がドナドナの脳天に打ち下ろされた瞬間、ぐらりと揺れたドナドナは何処か幸せそうな顔でテーブルに突っ伏し、ぴくりとも動かなくなった。
こんなんでGL会談大丈夫か。
「上司がマトモで助かるわ……」
「同感です」
ガウェインの補佐らしい知的な印象を受ける黒髪眼鏡の古民系種族の女性ミルフィと俺の補佐役として来ているアンダーヒルが、横目でその喧騒を眺めつつ頷き合っている。ガウェインはミルフィの呟きに気恥ずかしそうに頬をかき、天井を仰ぐように目を逸らした。
とりあえずアンダーヒルの中でマトモ認定されていることがわかっただけでもGL会談をやった甲斐があったな。会談の内容自体は欠片も関係ないが。
「開始宣言から三十分経過しました」
アンダーヒルがそう告げると、俺・アルト・イネルティア・ガウェイン・ミルフィの目がC字型のテーブルの中央の天井付近に浮かぶ三十余のウィンドウに向けられる。
その薄緑色の枠が特徴的なモニター状のウィンドウは、ミルフィの持つこれまたユニークなユニークスキル【特種蝶報機感】によって作り出されたものだ。
基本的に無欲を地で行くようなアンダーヒルが例外的に欲しがる、こと情報の収集に関わるユニークスキル、と言えば大体想像がつくだろうが、ウィンドウに映っているのは三十七組の参加者たちを頭上から捉えたリアルタイム映像。
つまりこのスキルは、木の葉の翅を持つ蝶のような形の召喚獣を介した、複数同時遠視システムなのだ。
実際には偵察や監視に用いられるものらしいのだが、ミルフィが周囲にも隠していたというそのスキルを何故か知っていたアプリコットが転用したのだとか。
フィールド内の何処にあるとも報せていないこのギルドを探す参加者の動向をこの部屋に中継するために。
「くっくっくっ、一人ぐらいは到着できるといいですね♪」
このGL会談を暇潰しに利用した裏の参謀アプリコットが、自分の手の上で踊らされている三十七組の様子を見てケタケタと笑い、後ろからイネルティアに叩かれてテーブルにデコを打ちつけてる。
いいぞ、もっとやれ。
「――それにしたってこの場所はないんじゃないの? 誰が決めたかは大体わかる……というか確信すら覚えるけど」
「いやいや何言ってるんですか、シイナんは。まったくわかってないですね」
赤くなったデコをさすりながらキメ顔でそう言ってくるアプリコットにジト目を向けてやると、
「場所なんて大した不利要素にならないですし、アプリコット・プレゼンツ“巡り合せの一悶着順争”がそんなに簡単にクリアできる程度なら、最初から普通の面接でもしてりゃあよかったんですよ♪ それに――」
アプリコットの視線が、澄まし顔で俺の隣に座るアンダーヒルに向けられる。
「――好き勝手に決めていいって、アンダーヒルに言われちゃいましたから♪」
正気ですか、アンダーヒルさん。
「今は若干後悔していますが」
「それにしても人が来るまでどれだけ待ってなきゃいけないんですかね?」
「まだ三十分しか経ってねえだろうが」
「おや、アルトん。暇そうですね? ちょっとボクとバトったりしないですか?」
「暇なのは誰のせいだと思ってんだ?」
何となくアルトとアプリコットの喧嘩は、アプリコット優勢が半分確定してる気がしてきた。根が真面目なアルトとふざけた答えばかり返すアプリコットでは、アルトに分が悪いのは目に見えて歴然だからな。
「今はちょうど人の来さそうにない場所知ってるんですよ。具体的にはクラエスの森の裏フィールドの入り口“竜流泉”内の分岐水路から通じてる、周囲から隔絶された滝壺の滝の裏側にある隠し水路奥の洞窟最奥♪」
「現 在 地 だ ろ う が !」
アルトの怒声がギルド中に響いた。
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GL会談もとい“巡り合せの一悶着順争”――
○残っているギルド
地底地
アンフィスパエナ
終末戦団
地獄の厳冬
聖極天
キラーホェール
グラインドパイソン
クリスタル・ユニバース
GhostKnights
黄金羊
○○○○近衛隊
強靭巨人
最後の星屑
ソロモンズ・シンクタンク
永久凍土
天龍騎兵団
ティンクルハート
天恵の果実
トキシックバイト
TRIAL
罠々々民
螺旋風
弱巣窟
白兵皇
HALO
陽炎の蜉蝣団
超越種研磨機関
フルーツカスケット
五芒星団
ミステリアス・レイディ
メビウスリング
終焉の邪龍
らっぷるりっぷる
雨天鶴
レティクル・スカーレット
ロードウォーカー
戦目の獣耳
――以上三十七ギルド。
――タイムリミットまで残り七十一時間二十四分。




