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FreiheitOnline‐フライハイトオンライン‐  作者: 立花詩歌
第七章『巡り合せの一悶着順争―集いし力―』
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(19)『信用できない』

 三時間以上になったアンダーヒルとの打ち合わせを終えた夜――。

 疲れきった俺はロビーから外に出たテラスに据えられたベンチに横になって、冷たい夜風で身体の熱を冷ましていた。


「大丈夫? マスター」


 心配げな声をかけてくるのは、個人的に今日一番のトラブルメーカーのサジテールだ。一応悪いとは思っているのか、ベンチで休もうとしていた俺に枕代わりに自身の膝を提供してくれている。


「まあ、そこそこな」

「それならよかった~」


 何故膝枕かというと、これ自体はサジテールの提案なのだが、正直色々あって疲れていたためお言葉に甘える形で今に至る。

 前にも何度も触れているが、サジテールの身体の表面は薄藍色の光沢を放つ乳白色の何とも不思議な素材で出来ている。

 触ると少し張りが強く、不思議な弾性とつるつるとした滑らかさが特徴的な、枕にする程度なら十分に柔らかい肌だった。

 印象的にはキュービストの種族である半機人(エクスマキナ)に似ているが、向こうはもう少し、肌表面のセラミックのような光沢が弱い。ちなみに機人(マキナ)となると、ホントにただの近未来的アンドロイドな外見のアバターになる。


「そう言えば――」


 サジテールが俺の額にひんやりとした手を乗せて、何かを言い出した。


「私は詳しくは聞いてないんだけど、もうすぐなんだよね? マスターやアプリコットやドナドナ主催の百合百合会談」

「念のため先に聞いておくけど、お前ソレ本気で言ってるならぶっ飛ばすぞ?」

「ううん、冗談。これはアプリコットさんがリコにしたらしい説明」


 今さら説教に行く気にもなれなかった。


「ギルド代表(リーダー)会談で略してGL会談だ。間違ってもガールズラブとは関係ないから間違うなよ」

「間違っても間違うな、って意味は通ってるけど不思議だね? さすが複雑怪奇が売りの日本語。私たち機械(メカ)に高次言語は分かりにくすぎるよ」

「売ってもいないし、怪奇は抜け。それに意思疏通はできてるんだから十分だろ」

「アプリコット辺りは意思疏通ができても意図疎通が難しくて大変だけどね」

「アイツは俺にもわからんから安心しろ」


 GL会談は二日後予定。すぐそこまで迫っていると言うのに、今日打ち合わせの最初にアンダーヒルから聞いた話では何の準備もしていないらしい。

 今日あるいは明日に予定していた今回の打ち合わせには、アプリコットも来るはずだったという。

 よく考えたら、仮名(カナ)の名を聞いて飛び出していってからアプリコットの姿を見ていない。話では仮名(カナ)と戦っていたらしいが、打ち合わせ前に届いたメッセージの内容の気楽さを見る限り、それでどうこうなったというわけではないだろう。いくらアプリコットとは言え、まさかこの時間まで戦っているわけはないだろうし。

 そんな取り止めのない報告をサジテールに話していると、


「こんなとこにいたのか、シイナ」


 突然聞こえたシンの声に起き上がると、テラスの入り口のガラス戸のところにシンらしきシルエットが立っていた。

 その隣にはもう一人、俺より小柄な人影が立っている。逆光で見えにくいが、その立ち姿や微妙に見える色調から見てアルトでほぼ間違いないだろう。


「珍しい組み合わせだな」

「まあね。僕もたまには女の子と普通にいちゃいちゃしたいんだよ」

「え?」

「あ゛?」


 俺が思わず聞き返すのとほぼ同時にキレ気味のハスキーボイスが聞こえ、続いて隣にいた人影がシンに振り向きその(すね)にガスッと蹴りを打ち込んだ。


「ッ……!?」


 声にならない悲鳴を喉の奥から漏らしたシンはガクンと崩れるように膝を折り、四肢をテラスの床に突く。


「あたしがいつお前に媚びたってんだよ」


 腕組みをしてシンを見下ろす仕草からも確実にわかるが、アルトが身体の向きを変えたおかげもあって、その凛とした顔立ちがよく見えるようになった。


「シン、先に言っといてやるけどアルトにはもう好きな人いるからな?」

「なっ――」

「何だと!?」


 ガバッと起き上がったシンの鳩尾(みぞおち)に慌てた様子のアルトの爪先(つまさき)がクリーンヒットした。


「ぐふっ……」


 シンは崩れ落ちると、床の上でピクピクと危なげな痙攣を始める。

 そしてアルトはつかつかと俺に歩み寄ってきて、俺の着けている胸装備【フェンリルテイル・ブレスト】を掴んで、ぐいっと引き寄せてきた。


「いきなり何ってこと言いやがる、この馬鹿っ……! 少しは恥じらいとか配慮とかねぇのかよ、ぶっ飛ばすぞ?」


 声を潜めたままわずかに頬を染めたまま凄んでくるアルトに、俺はただ何度も首を縦に振り続けるしかなかった。


「ったく、せっかくこのあたしが探しにきてやったってのに、相変わらずお兄ちゃんは案外意地悪だな」

「お前は誰なんだよ……。って探しに?」

「お兄ちゃんもあの小僧のことは気になってただろ?」

「あぁ、アキラのことか。ってお前、詩音と同い年なんだからアイツの方が年上だろ」

「誰も肉体年齢の話はしてねえだろうが」

「さすがにそこで精神年齢の話だったとは誰も気がつかないぞ……」


 精神年齢というだけなら、アンダーヒルやアルトは俺より普通に高そうだが。


「で、アイツは結局どうだった?」

御主人様(マイ・マスター)、私は中に入ってるね」


 俺が元の方向に話を戻そうとした時、隣に座って俺とアルト・シンの遣り取りを眺めていたサジテールが、(おもむろ)に立ち上がってそう言った。

 

「おう、気をつけろ。そこにシンがまだ――」

「むぎゅる」

「――遅かったか」


 サジテールは鳩尾のダメージで動けないらしいシンの背中の上を通って中に入っていった。アルトはというと、シンの上げた奇声にそっちを一瞥するが、特に何の反応も見せずに華麗にスルーする。


「あたしらんトコから消えた後――」

「僕を軽く流さないでくれるかっ!?」

「――あの小僧、アルカナクラウンに戻ってたってのは知ってるよな」

「完全に流す方針か!?」


 何かはよくわからないが諦めたらしいシンが立ち上がり、パンパンと服についた塵を払い落とし始めた。向こうは自己完結で一件落着したようなので、俺もシンは無視(スルー)する方向に頭を切り替える。


「そんなことを聞いた憶えもなくはないな」

「本人はあたしらの方は大丈夫だと思ったからって言ってたんだが、実際のところはわからん。だがそれが本当だとしたら、アイツは信用できないとあたしは思う」

「ん? 何でだ?」

「あたしらがドレッドレイドの連中に絡まれた時、確かに陽動の線は考えたが実際他のところで事が起こってたなんてわからなかっただろ。それにあたしはともかく、アイツにはお兄ちゃんとリコ、テル、それと詩音(シオン)の実力はバレてないはずだ。この街には来たばかりだって言ってたわけだしな。それでどうしてあたしらの方は大丈夫だって判断できる?」


 俺は思わず息を呑む。


「僕はそれほど気にすることもないって言ってるんだけどな。仮名(カナ)っていうアプリコットみたいなヤツが関わってるんだろ? それも≪シャルフ・フリューゲル≫のメンバーだって聞くし」


 シンが話に割って入ってくる。


「それこそ胡散臭いだろうが。今まで一度もあたしらに関わってこなかった連中が何でこのタイミングで参加しようとする?」

「アプリコットはあれから帰ってきてないし、聞きようがないから何とも言えないよ」


 無いメガネを上げるような仕草と共にシンが会話を切り上げた。


「さすがさっきの今じゃ≪竜乙女達(ドラグメイデンズ)≫からの連絡もあるわけがないし……。ちッ……個人的な警戒に留めとくしかなさそうだな」

「そういえば今日の宿は貸し出すんだっけ?」


 シンが今思い出したという風な様子でそう言った。

 トゥルムは、FO中のプレイヤーの最終目的地トゥルムは、基本的に新参者に優しくない。

 初めて来たような連中では、実力不足でNPCにすら認められず、NPC運営の宿屋に泊まることも武器を購入して戦力強化することもできない。ギルドでも入団を断るところもある。

 そういう意味では、仮名(カナ)の例は相当珍しいのだ。


「俺も、それとテルにも注意して見ておくように言っとくよ。たぶんアンダーヒルは言うまでもなく警戒してるだろうし」

「僕も一応気にはしてるさ。証拠にずっと帯刀してるだろ?」


 確かにシンにしては珍しく、腰に脇差を帯びたままだった。何れにせよ、奇襲したところでアキラ程度の実力じゃこのギルドの色々とオカシイ連中は一人すら倒せないだろうが。

 ――――ん?


「アキラが使うことになってる部屋は何処なんだ?」


 ギルドハウスの部屋は全て内側から鍵をかけられればギルドリーダー以外は開けることができないが、逆に鍵をかけられていても内側からは開けることができる。

 アキラを警戒するなら、結局監視の任に就く人員が必要になってきそうだ。

 そう思ってアルトに訊ねると、


「そこは安心しときゃいいさ。何せアイツが今晩寝るのは――」


 アルトはニヤリと不敵な笑みを浮かべ、


「――地下一階の牢屋だかんな」

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