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FreiheitOnline‐フライハイトオンライン‐  作者: 立花詩歌
第一章『デッドエンドオンライン―豹変世界―』
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(11)『啾々たる鬼哭の戦場』

彼らは荒れ果てた戦いの跡地へ赴く。

黒ずんだ血が湧き、腐肉が踊り、汚れた魂は宙を舞う。

ただそこは、彼らにとってはまだ戦場たりえない。

 ミッテヴェルト第二百二十四層――――『啾々(しゅうしゅう)たる鬼哭(きこく)戦場(せんじょう)』。

 全体が草木の少ない赤茶けた平野で占められ、所々に散らばっている骸骨や、甲冑・武器の残骸が特徴のフィールドだ。

 そのサマは文字通り古戦場たる雰囲気を醸し出し、目に映らないよくないものが溜まっているような寒気に似た感覚すら覚えてしまう。

 昨日決めておいた予定通りに、俺たちはそんな場所にやってきていた。

 現在のパーティメンバーは俺を含めて五名。

 俺こと元『魔弾刀』の[シイナ]

 短剣使いの危険姫(きけんひめ)[刹那]

 唯一初心者で不安要素だらけの天使種(エンジェル)[ネア]

 双剣使いで忍者ばりの身軽さを誇る化狐種(ヤクモ)[スリーカーズ]

 共闘は初めての謎の実力者で影魔種(シャドウ)[アンダーヒル]

 俺と刹那の種族は人間種(ヒューマン)だが、どうにもバランスの悪いパーティだ。近接から中距離戦闘を得意とする人間(ヒューマン)に対し、後衛からの魔法戦闘を得意とする天使種(エンジェル)(ただし実質戦力外)。トリッキーな魔法と近接戦闘が得意な化狐種(ヤクモ)。いまいち特性が掴めないが、おそらく魔法戦闘を得意とする影魔種(シャドウ)

 近距離に偏り過ぎているのだ。

 本当なら五人もいれば経験則から近接二人中衛一人後衛二人ぐらいで分けるのが常考だが、ネアちゃんがいる以上後衛の仕事はあまり増やせないし、一人は護衛を最優先で動かなければならない。

 そんなわけで結局、各個の実力に合わせて近付いてくる敵を討伐し、中心のネアちゃんには近づけさせない陣形――――円環陣(サークル)を基本に攻略を進めることに決定した。

 のはいいのだが、その荒廃した戦場跡を闊歩(かっぽ)する、『敵を討つ』という遺志だけを継いだ意志を持たないこの世ならざる()()()たちは俺たちの姿を確認した途端、足元に腐肉を撒き散らしながら襲いかかってきたのだった。


「まだ入ったばっかりだってのに、なんでこんなにいるのよッ!」


 刹那はそう怒鳴りながら、肉薄していたゾンビのようなモンスター『生ける屍(リビングデッド)』を頭から股まで縦に両断する。

 甲冑を半分着けていたり、時々頭に陣笠を被っているやつもいるが、刹那の武器〈*フェンリルファング・ダガー〉はそれくらいはものともせずに一撃で断ち切っている。力の込めにくい短剣なのに。


「これではキリがないですね」


 アンダーヒルは刹那の横から近づいていた『生ける屍(リビングデッド)』に足払いをかけて転ばせると、振り返りざまに背後に迫っていた肉食動物のゾンビモンスター『飢餓の悪霊(ハングリーソウル)』の頭を、回し蹴りで何の躊躇(ためら)いもなく蹴り飛ばした。

 どのぐらいの威力だったのか、腐肉と骨片が飛び散るのにも構わず足を振り抜いたアンダーヒルは、さらにさっき転ばせた生ける屍(リビングデッド)の上に飛び乗り、その首に全体重をかけるような踏み付けでそのライフを全損させている。

 ゲームの中とはいえ、十四歳――女子中学生の挙動じゃなかった。


「『百敵千誅、万難を廃せレイン・サウザンドニードル』! ……おぇぇ」


 無数の巨大な鉄串の雨を降らせる魔法で二十匹ほどのモンスターを纏めて地面に縫い付けたトドロキさんは、今にも吐きそうな感じに口元を手で覆っている。顔色も悪く、さっきから近接格闘をしようとせずに魔法ばかりを使っているのは気分が悪いのだろう。

 対するアンダーヒルはさっきから一度も魔法を使わず武器も見せずに、体術――徒手格闘だけで戦っている。

 そして四人が守るように戦っている真ん中でネアちゃんはといえば、


「いやぁっ、いやっ、来ないで、スプラッタ、いやーッ!」


 涙目でしゃがみ込み、目の前の半ば地獄絵図に阿鼻叫喚していた。

 腐臭と鉄錆びの臭い漂う古戦場で色々とヤバい破片を撒き散らしながら向かってきたモンスターが、文字通り討伐されていく光景なんて見たら、無理もないと思うが。

 ていうかむしろ嬉々として殺戮してる刹那と、無表情で坦々と処理しているアンダーヒルの二人が怖すぎる。等身大なネアちゃんとちょっと頑張ってるトドロキさんの反応が一瞬おかしく見えるくらいだったぞ。


「ネアちゃん……ホントなんでついてきたの?」


 思わず率直な感想を漏らした途端、そんな言葉を聞く余裕もないらしいネアちゃんではなく、何故か刹那に睨まれた。


 そして二十分後――。


「ふぅ……とりあえず、ってところね」


 最後の生ける屍(リビングデッド)がドシャッと崩れ落ちる。

 上段からの華麗な斜め斬りでソレを倒した刹那は〈*フェンリルファング・ダガー〉を地面に向けてヒュンと空振りする。腐りかけのベタベタした肉片を振るい落とすためだ。そして短剣を鞘に納めると、刹那は尻餅をついたまま立ち上がれない様子のネアちゃんを助け起こし始めた。

 人助けなんて刹那にしては珍しいな、なんて思っていたらまるでそれが当然のように睨み付けられたが。

 今回の戦闘では何とかネアちゃんを傷つけることなく終わり、足元には周囲を取り囲むようにモンスターたちの残骸が散乱している。

 俺は地上の〔生ける屍(リビングデッド)〕や〔飢餓の悪霊(ハングリーソウル)〕は刹那やアンダーヒルに任せ、物理攻撃の効かないゴーストのような浮遊型モンスター〔凱旋の慚愧(グレイブサム)〕を魔弾銃〈*大罪魔銃(エヴァグリオス)レヴィアタン〉で撃ち落とすことを優先して動いていたのだが、言わずともそれを察したのか、トドロキさんも含めた三人が俺の分の地上勢までフォローしてくれた。


「ところで物陰の人影(シャドウ・シャドウ)


 突然何処か不機嫌そうに眉を吊り上げた刹那が、平然と立っているアンダーヒルの方を振り返った。


「何でしょうか」

「なんでアンタ武器使わないのよ」

「武器を使う必要性が感じられないからです。何か不満ですか?」

「そういうわけじゃないけど……。(ハカナ)が“自演の輪廻デッドエンド・パラドックス”なんてルールを付け加えたから絶対に死ねなくなったでしょ。確実に勝てるように戦うべきってだけよ」

「安心してください。私は常に確実に勝てるように戦っています」


 素気無(すげな)くそう返し、周囲を警戒するように視線を遠くに向けるアンダーヒルに何を言っても無駄だと悟ったのか、刹那は一瞬俺に視線を向けてくると、すぐに視線を戻し、


「まあいいわ。アンタの力は頼りにしてるから、気をつけてね」

「心配してくれてどうもありがとうございます、刹那」

「べ、別に心配してる訳じゃ……。と、とにかくッ、ここのモンスターは数だけで大して強くないから! こんなとこ早くクリアしちゃいましょ」


 むりやり話を終わらせるようにそう言った刹那の頬は、ほんのり赤く染まっていた。アンダーヒルの直球過ぎる言葉にテレているのだろう。

 刹那の周囲の人間は俺を含めて結構負け惜しみというか、ひねくれてるヤツが多いからな。

 ずんずんとグロテスクな残骸の中を進んでいく刹那に続き、俺も肉片の中に足を踏み入れる。足下が気持ち悪いが、気になるほどじゃない。


「あ、待って下さい。私も行きます!」


 そう言って、ドンッと俺の背中にくっついて来たのはネアちゃんだ。

 足元は敵の残骸だらけ、となるとやはり誰かと一緒じゃないと怖くて歩けないのだろう。俺からすれば新鮮な反応だ。


「まぁ、フィールドを出るまで倒したモンスターの残骸は消えないからね」

「消えてください!」


 おそらくその言葉の矛先は周囲の残骸に向いているのだろうが、俺への丁寧な罵倒に聞こえてしまったのは何か後ろめたいことがあるからなのだろうか、いやない(はずだ)。

 ネアちゃんのために、できるだけ残骸の集中してないところを通って円陣の外に出ると、ようやくネアちゃんは俺の着ている〈*ハイビキニアーマー〉の腰装備の、金属板を束ねている布を放してくれた。

 もう少し引っ張られていたら簡単に引き抜かれてたんじゃないかと思う。実際、ほとんど挟んであるだけと変わらないからな。

 仕方なく腰布を直そうと視線を下げながら手で探ると、改めて自分の装備の恥ずかしさに気が意識が逸れた。


(恥ずかしいというか……エロい)


 アバターはこんなだが中身は健全な男子高校生。

 自分のだろうがなんだろうが、胸の谷間のあのラインに目が止まらないはずはなく、一人で勝手に気まずくなりながらも何とか意識を保って、腰布を内側に引っ張り、元に戻す。

 せめてアンダーヒルのような全身を隠せるローブが欲しいな――――んてことを思うのは男としての感覚なのか女としての感覚なのか、それすら自信がなくなってきた。

 まさか身体が女になったからって、感性も女になりかけてるってことないだろうな。TSモノの作品ではたまにそんな描写があるが、実際になってみるとあれほど客観的に自分を見ることは出来ない。

 自分の感覚がどちらの感覚なのかわからないのだ。確かに相手の性別を問わず胸を見られることに何も思わないわけではないが、その感覚が女特有のものであるとは思えない。

 訳のわからない思考回路に迷い始めたことに気づいて、頭を振ってリセットする。何か別のことを考えようと思って目を泳がせると、いつのまにか少し離れて隣を歩いていたアンダーヒルが目に止まった。

 黒い全身ローブに黒い包帯で左目以外を隠した姿――――最初に会った昨日と同じ格好だ。


「アンダーヒル、そういえば――」

「っ……何ですか?」


 今、一瞬跳ねなかったか、コイツ。丈のやたらと長いローブのせいで、ほとんど気付かないような一ミリ単位の反応だったが。


「いや、そのローブってアクセサリーなのか防具(アーマー)なのかどっちか、と思っただけなんだが……」


 俺がそう訊ねると、何故か呆れたような目を俺に向けてきたアンダーヒルは、指を胸の前で少し動かした。


「……これは胴防具です」


 アンダーヒルは開いたウィンドウをドラッグで投げ、俺の目の前に放ってきた。それも俺の目の前――ちょうどいい場所にピタリと止まるような力加減を素でやってくる辺り、如何にも彼女らしい。

 渡されたウィンドウに目を落とすと、


 -----------------------

 メイン〈*コヴロフ〉

  サブ〈*ソードブレイカー〉

  胴 〈*物陰の人影(シャドウ・シャドウ)

  腕 〈*ヒドゥンリング〉

  腰 〈*ヒドゥンスコート〉

  脚 〈*ヒドゥンブーツ〉

 発動スキル

  【刀剣破壊(ソードブレイク)

  【付隠透(ハイド・シャドウ)

  【必中半径(キリング・レンジ)

  【隠蔽交錯(ヒドゥン・エッジ)

  【忍尾足(スネークテイル)

 -----------------------


「何この〈*コヴロフ〉って?」


 アンダーヒルのメイン武器の名前は、群影刀(バスカーヴィル)同様今までに聞いたこともない名前だった。今までにも結構な量の武器を見てきたが、特徴がないこの名前だけでは武器の種類すらわからない。


「それはROL(ロル)主催の大会の優勝賞品として『武器創作の権利』を得たのですが、その際に依頼した物です」

「そんな素晴らしい大会があったのか!?」


 以前から俺は大会に興味がなかったから、ノーマークだったのだ。そんな魅力的な大会があることを知ってたなら万難を排してでも出てただろう。


「ところでお前、記録に残るようなことしたくないんじゃなかったっけ?」

「ポリシーを一時的に棄却しました」

「それはポリシーと言えるのか?」


 甚だ疑問である。


「武器種は『対物狙撃銃(アンチマテリアル)』。原形(モデル)は実在するロシア製アンチマテリアルライフル、コヴロフスカヤ・スナイペルスカヤ・ヴィントフカ・クルプノカリベルナヤ――――通称“KSVK(ケーエスブイケー)”です」

「既にファンタジックな要素が欠片もねえぞ、ソレ」

「実在する銃器にそのようなものはありません。ちなみに気になっているでしょうから先言しておきますが、同種の大会で準優勝した際に作ってもらったのが、この〈*物陰の人影(シャドウ・シャドウ)〉です」


 二つ名から防具を作ったのは間違いなくコイツが最初だろう。

 まだ発動スキルなど気になることはいくつかあるが、フィールドでアンダーヒルの懇切丁寧な説明をいちいち聞いていたら周囲への警戒意識が削がれて、ついでに面倒なので、


「へぇ……」


 と曖昧な返事で話を切り上げる。アンダーヒルはまだ何か言いたげなようだったが、続きは帰ってからゆっくり聞いてやることにしようとアンダーヒルの目を見ながら思っていると、


「チッ……チッ……チッ……」


 気がつくと前を歩いていた刹那が肩越しにジト目を向けてきながら、悪意と敵意のこもった舌打ちを繰り返していた。

 勿論その矛先は俺なのだが、俺何かしただろうか。

 刹那が不機嫌になるのはしょっちゅうだが、こうも理不尽なまで理由が不明なのは、案外珍しい。その割に対象がいつも俺なのだが。

 アイテムならともかく、そんなレアケースはいらない。

Tips:『アクセサリー』


 FOにおいて、装備品カテゴリに属するアイテムの一種。防具に比べ防御性能が非常に低く、他の装備品と異なり装備可能数に上限がないのが特徴。装飾品としての役割は勿論、強力なスキルを持つものも存在するため総じて防具よりも原価が高い。希少なアクセサリーを大量に身に付けることで戦闘手段の幅を広げることも可能だが、実際の積載量に対して『装着者の積載量上限(腕力(AST)脚力(LST)依存)』の余裕が少なくなればなるほど行動にかかる制限が大きくなり、同時に見た目も他者から節操なく映るため、基本的には多くても五、六個程度に抑えられていることが多い。

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