(16)『冗談半分』
≪アルカナクラウン≫ギルドハウス一階エントランスホール――――。
「あ、おかえりなさいです」
ギルドハウスに戻ると、何食わぬ顔で俺たちを出迎えたアキラに――
「【月襲斬】!」
みしりっ。
――アルトが抜き放った小太刀を一閃し、その峰をアキラの頭頂に打ち込んだ。
良い子は絶対に真似しないでね。
くらくらとよろけたアキラは気絶判定に引っ掛かったらしく、ばたんと後ろに引っくり返った。そしてその頭上でピヨピヨひよこが舞いながら回り始める。
そのちょっとした騒ぎに気付いたのか、上の階のロビーからリュウとシン、そしてネアちゃんが顔を覗かせた。
ネアちゃんは驚いたように口に手を当てて目を瞬かせると、誰よりも早く手すりを越えてホールに飛び降りてきた。
最初に比べれば随分とたくましくなったな、ネアちゃん。
その後に続いたリュウやシンみたいに垂直落下からの着地までは出来ないからか、途中で翼を開いてはいたが。
「気絶から覚ますには一定時間待つか、アイテムを使うか――」
拳をぎりっと握ったアルトは、キレた時の刹那のようにこめかみに反論は許さないと言わんばかりの青筋を立てると、
「――ある一定以上のダメージを一打撃で叩き込むか、だよな」
アキラの鳩尾に直打の拳をめり込ませた。
良い子は絶対に真似するなよ。本気で。
一瞬で強制的に覚醒させられたアキラは床の上に座り込んだまま苦しそうに暫し咳き込み、仁王立ちするアルトの顔を涙目で見上げる。
その目は困惑していた。
まあ、何の説明もなければただの理不尽な暴力だから無理もない。
普通の奴なら今のアキラの様子を見ればそれ以上は手控えるだろうものだが、アルトはお構いなしにアキラの胸ぐらを掴み、アンダーウェアを引っ張って、力ずくで立たせるように引き上げる。
「あたしも鬼じゃない。弁明の機会をやるから、何であの時消えたのか言ってみろ」
既に鬼だよっ、と≪アルカナクラウン≫が誇る対理不尽ツッコミ要員である俺とシンの呟きが見事に重なる。対理不尽と言えど、基本的には刹那に対しての供物要員と同義なのは悲しいが。
それを思うと、普段は傍観者に徹しつつも状況が悪くなったりするとフォローに入ったりして全体のブレーキ役を担うリュウの立ち位置は難しい代わりに相当おいしい役回りだ。
さすが初代アルカナクラウン最年長。
ふと視界に入った件の理不尽姫に目を向けると、刹那は上の階からアルトとアキラの拳と言葉の遣り取りを何故か訳知り顔でぼんやり眺めつつ、面倒くさげに放置している現状だった。
その時、俺の視線に気付いたのか刹那の視線が俺に向いた――――途端、何故か頬を赤らめてそっぽを向いた。
しかしすぐに目だけで、横目でチラチラとこっちを見てくる。
何がしたいんだよ、アイツ――――と思った時、刹那の手がスッと動き、ちょいちょいと招き寄せるように人差し指が動いた。
来いと言ってるみたいだな。そっぽ向いたままのくせに。
「お前ら、疲れただろ。取り敢えず風呂にでも入ってこいよ」
「あ、私も入ろっかな~」
リコとサジテールに勧めると、隣から詩音が挙手する。挙手、と言うよりは、天を衝く手槍とでも言えそうな凄まじい速さだったが。
「御主人様も後で来る?」
「誰が行くか」
サジテールの悪戯っぽい笑みに即答を叩き返し、ホールの奥にある1階スペースに消えていく三人を見送ると、腕組みをしてアキラとその弁明(?)に耳を傾けているアルトをもう一度見て、
「任せよ……」
優位劣位が既に決まった話は後で概要を聞く方が何倍も楽、という結論を出して、左手側の階段を上がって二階の刹那の元へ。
「遅い。私が呼んだらすぐ来なさい」
「…………以後気を付けます」
姫様はご立腹のようです。
「……まあいいわ。それよりそっちは何があったの? 一応全員無事みたいだけど」
刹那は手すりにもたれるように座り込むと、立てた片膝を抱くようにしつつ俺を見上げてそう訊ねてきた。
「大体はお前に送ったメッセージに書いただろ。あの後、後続のお友達がたくさん到着したせいで多少手間取ったけどな」
「ふうん……」
刹那はわずかに思案顔になると、チラッと一瞬俺を睨み付けてきた。
いったい何なんだ。
「そっちはってことはこっちでも何かあったんだな?」
「同じよ。ドレッドレイドの連中が十五人、後続で九十ちょっとの百十人くらい雑魚の相手をしてあげただけ。ちなみに竜乙女達とSPA、クレイモアにも似たような連中が来たらしいわ。ちなみにシャルフ・フリューゲルは確認中よ」
「今の攻略参加ギルド全部か。他はともかくクレイモアは大丈夫だったのか?」
「アプリコットと仮名ってヤツが総勢七十八人三十秒でDEADENDさせたらしいわ。目撃者の話じゃ、七十八人は二人の戦いに巻き込まれた形らしいけど」
何やってんだ、変人共。
多分【喰い滅びて惨禍あり】辺りをフル活用して喧嘩(?)してたとこだったんだろうが。
「うちは九割ネアちゃんとスペルビアが片付けてたけどね」
高威力の魔法砲台と、雷化高機動の【機構変動・巨鎚】の最凶コラボができてたわけか。
見たかった。
「となると、やっぱり陽動……他から目を逸らすための囮だろうな」
「アンダーヒルが今その線で調べてるわ」
「GL会談も近いってのに、アイツにばっかり無理させたくないけど……」
ロビー内を見回してアンダーヒルの姿を探してみるが、いるのは何故か床でうつ伏せになって寝ているスペルビアとその様子を涼しい笑顔で眺めているミストルティン。そして、何やら険しい顔でウィンドウに目を通しているトドロキさんだけだった。
刹那は同じように視線を流すと、何故かチッと舌打ちを響かせた。
「うちのギルド、そういう意味で頼れるのアンダーヒルとスリーカーズだけだから仕方ないわ。大体アンタ理系でしょ。何でそんぐらいできないのよ」
「文系にあんまりそんなイメージないけど、理系だからってそれは無茶だろ…………って何でお前そんなこと知ってんの?」
「詩音から色々情報収集してるだけよ」
「何でわざわざ……。別にお前なら聞いてくれれば何でも教えてやるのに」
それはそれとして後で椎乃は折檻確定。
「馬鹿なの? あんなこと、アンタに直接聞けるわけないじゃない」
「お前、椎乃に何訊いてんの!?」
「何でもいいでしょ!? 全部アンタが悪いんじゃない!」
何かもわからないまま逆ギレされても俺には噛み噛みで謝ることしかできない。
怖い。
「そ、そう言えばシイナ……」
このまま制裁まで畳み掛けられるかと思って身構えていると、急に小声になった刹那はちょいちょいと指で俺を招き寄せる。
耳を貸せ、という意味だろうなと察して刹那の隣にしゃがむと案の定口許を隠すようにしながら顔を寄せてきた刹那は、
「あ、あのメッセージの最後のヤツ、どういう意味なのよ……?」
耳元でそう囁いてきた。
メッセージの、最後……?
俺が首を傾げると、刹那は一瞬こめかみをピクッと引き攣らせたが、すぐにウィンドウを素早く操作して可視化したそれを見せてきた。
さっきサジテールに代打ちさせた『ドレッドレイドに襲われたが、そっちに異常はあるか』という内容のメッセージ。
その最後、刹那が指差したのは――
『Dear my princess』
意訳、親愛なる私の姫へ。
思わずテルのいる風呂場に強行突入してこの蛮行の理由を問い質そうとする自分をギリギリのところで律し、刹那に対する最善の返答を模索。脳を高速回転させる。
正直なところを言うと殺されるのは本能的に察していた。
刹那は緊張しているような表情で俯き、若干上目気味にこっちを見つめながら返答を待っている。
いや、危険姫っていう意味ではプリンセスもあってるけど、『my』が明らかにおかしいだろ、サジテール!
「シイナ……?」
そう言った刹那の声のトーンは、わずかに冷え込んでいた――――気がする。
「刹那、それは……その、何だ。ちょっとした冗談半分というか本気半分というか、だな……待て、落ち着け刹那」
笑顔まで凍りついたようなぎこちないものになった刹那は右腿の鞘帯に納められているフェンリルファング・ダガーの柄に手をかけた。
咄嗟にホールドアップして、降参したのだが、
「……もういいわ」
急に立ち上がった刹那はそう言い捨てると、すたすたとロビーの奥の扉に――
「お、おい、刹那」
――振り返ることなくそのままパタンと扉を静かに閉じて出ていった。
間違えた、みたいだな。




