(15)『あたしのコミュニケーション』
「ぅ……ぐぅ……」
呻き声と共にどさっと砂袋を落としたような音がして、最後の一人が街道に沈む。
「時間は多少かかったけど、やーっぱこの街の水準より桁違いに弱いんだよなぁ」
背中合わせになっていた詩音とやけに手慣れたハイタッチを交わしたアルトはそんなことをぼやきながら気に入らないという表情で鎖を引いて、その男の背中から鎖鎌を引き抜く。
「これじゃまるで在庫処分祭じゃねえか」
「酷い言いようだな……」
「でも間違っちゃいないだろ」
反論はしない。
そう思ったのを俺の反応から読んだのか、アルトは不敵な笑みを浮かべると足元の動かない赤衣に刺さっていた小太刀を引き抜いて一振りし、腰の鞘に納める。
「御主人様、お疲れ様♪」
地面に小さな影が落ち、上からサジテールが飛び降りてきた。その着地の直前、騎馬形態の下半身が側部排熱孔から蒸気を噴き出し、同時に仕組みを観察できない早さで組み変わってみるみる内に小さくなる。
そして着地の衝撃を和らげるために姿勢を落としたサジテールが立ち上がる時には、普段の人を模した足になっていた。
「白竜はどう?」
その左手に握られた白い弓を指しながらそう訊ねる。
サジテールは、グラン・グリエルマの屋根に登って俺たちの近接戦闘域にいない中距離・遠距離攻撃タイプの連中を一人で相手していたのだ。正確には相手にならず、その白弓、【蒼天弓・白竜】で軒並み撃ち抜いていただけだったが。
「最高♪ この弓、百メートルで右に二ミリしかブレないからびっくりしたよ」
「そりゃよかった」
最早弓の出せる精度じゃないが。
しかもその精度で命中直後に、極局所的とはいえ範囲攻撃の落雷が周囲を襲う。
後衛の武器の判断基準はよくわからないが、俺でいう【災厄の対剣】並みの不公平っぷりだった。
「雑魚相手とはいえこれだけの数揃っていれば気分転換にはなるものだな!」
始まる時とは別人かと思うくらい肌の艶とテンションが増したリコが歩み寄ってくる。返り血も相俟って少し怖かったぐらいだが、途中からずっと「ははははははっ!」と楽しげに笑い飛ばしていたら気分も変わるだろうよ。
「リコは多少キモいぐらいだったけどな」
周りからの目も変わりかねないが。
それにしてもアルトさん、相変わらず歯に衣着せる気は毛頭ないな。
「――まぁ、んなことはどうでもいいんだよ。それよりあのヤロー、何処行きやがった?」
アルトが、キレる一歩手前の荒れた口調で、遂にそう言い出した。
「そう言えばアキラくんいないね?」
今気が付いたと言うようにきょろきょろと周りを見回し始めた詩音に、アルトがチッと舌打ちして目を逸らす。
「あ、あはは……。まぁ、アレだけの戦闘だから周りが見えてなくても仕方ないよ」
俺を除いた四人中唯一空気の読めるサジテールが、詩音のフォローをする。
アルトは自分がリーダーシップ執っている時は空気を読む気はないようだし。
「血は争えねえとはこのことだな。兄妹揃ってなんつー鈍さだ」
「待て」
アルトが頭痛を堪えるようにこめかみを押さえながら毒づき、俺は思わず制止をかける。
「何だよ、おにーちゃん」
「俺は別に鈍感じゃないぞ、凜ちゃん」
「おにーちゃんが鈍くなかったら世界から溜め息は絶滅するぐらい鈍感だ」
「そんな世界規模の鈍感ってどういう状況!? 俺そんな全世界の人の悩みの種になってんの!?」
「あぁ……悪い。言い過ぎた」
急に口ごもったアルトに思わず怯む。
アルトが謝るなんて珍しいからだ。もちろん自分が悪い時は素直に認めるぐらいの分別はあるが、今の流れでまさか謝られるとは思ってもいなかっただけに。
「いや、こっちも本気にしてはいないから別に――」
「お前と関わった人間全員くらいだ」
「俺はアプリコットか!」
「アイツは直接接触する前から迷惑振り撒くチェーンメールみたいなもんだろ」
さり気に酷いこと言ってるけど、強く否定できない辺りここにはいないアプリコットの日頃の行いから来る自業自得だろう。
「ねー、アルトー」
俺とアルトの喧嘩を止めようとしたのか、詩音はアルトの肩をつんつんつつきながら能天気な声でそう言った。アルトも俺をイジって多少怒りも収まったのか、
「今おにーちゃんイジりで忙しいのわかってて邪魔すんなよな、詩音……」
ため息混じりにそう返すと、腕を組みながら斜に構えて詩音を見遣る。
「あり? 何言おうとしたんだっけ?」
「何の横槍も挟んでねぇのに忘れてんじゃねえよっ」
スパンッ!
アルトの手心を加えたツッコミ用の脳天チョップが詩音に振り下ろされ、思い出そうとして同じタイミングで運悪く頭上を仰いでいた詩音の鼻にクリーンヒットした。
無論、頭頂を想定した微弱攻撃は、他の柔らかい部分にとって微弱とは限らない。
「お、すまん」
「は、はにゃがぁぁぁ~」
甲高い悲鳴(ただし鼻声)を上げた詩音は顔面を押さえてしゃがみこむ。
――が、すぐに両手を振り上げてバッと立ち上がり、
「お嫁に行けなくにゃったらどうしゅんのさーっ!」
吼えた。鼻を赤くしたまま。それが恥ずかしいのか、それとも怒ってるからなのか、頬まで真っ赤に染まっている。
その顔を見て、アルトがぷっと吹き出す。
「詩音、お前……くくっ、FOで結婚のことまで考えてたのか?」
笑いを堪えるようにして身を捩るアルトにそう言われた途端、詩音の赤面度がさらに上昇し、今にも泣きそうな顔でアルトの腕をぽかぽか叩き始めた。
「せいッ」
その額にデコピン制裁が加えられる。
つまりはこめかみを引き攣らせたアルトの指が震えるほどの力を溜め――――避ける暇さえ与えずに詩音の額に渾身の一撃を打ち込んだ。
「あぎゃいっ!」
悲鳴を上げた詩音は、くぅぅと鳴きながら額を押さえて蹲ってしまう。それに対し、大したダメージも受けていないはずの腕をさすって手首を回したアルトは、
「さて、とりあえず戻るぞ」
何事もなかったかのようにそう言った。
「お前……鬼か」
「椎乃とあたしのコミュニケーションはいつもこんな感じだぞ?」
椎乃、お前も大変だな……。
「こんな役得でもなきゃ、コイツがトチった時の尻拭いなんてやってられるかよ」
椎乃、お前も悪いから諦めろ。
「あたしと詩音と……リコも飛べたか? となるとテルの騎馬でシイナも運んでもらうのが一番早そうだな。戻りながらあたしがアンダーヒルに状況を確認しとくからとりあえず行こう。アキラのことは気になるが、今は後回しだ。シイナもそれでいいな?」
「概ね同意見だったからな」
俺の同意もあってか、アルトの指揮通りにリコが翼を、サジテールが騎馬をそれぞれ同時に展開した。
「ほら。いくぞ、立て、詩音」
アルトが詩音にそう声をかけると、
「うぅ……ひりひりするぅ……」
「アホなことばっかり言うからだ」
蹲っていた詩音が赤くなった額を擦りながら立ち上がり、自分のやったことをさも忘れましたと言わんばかりの自然体でアルトがコメントする。
「もしかしてアキラくん誘拐されたかもしれないのにー!」
「お前の頭ん中はどんだけお花畑だっ!」
ヒュンッとアルトの右手が伸び、詩音の額に再びデコピンを放つ。
「ってぇぇぇぇぇぃっ!?」
奇声を発して後ろに仰け反る詩音。
直後、アルトがさっきより大きい舌打ちを響かせた。
「チッ、避けられたか」
「来るってわかってたら避けられるもんねーっ」
「制裁が来るってお前でもわかるようなアホ言ってんじゃねぇよ」
音もなく姿勢を低くしたアルトが、ただでさえ体勢の崩れている詩音の足に強烈な足払いを見舞った。
「へわわわっ!」
どちゃっと尻餅をついて転ぶ詩音に構わず、アルトは背中から翼を出現させて飛び上がった。
俺がリコとアイコンタクトを交わすと、リコもこくりと頷いて防具に付けられた生体翼を羽搏かせて飛び上がり、その後を追い始めた。
「御主人様、後ろに乗って乗って」
サジテールがそっちを見遣りつつ、座らせて休ませていた騎馬を起こす。
「あぁ、すぐ行く。大丈夫か、椎乃」
一応心配だったので兄として声をかけると、詩音は「うんっ」と元気よく普段通りの返事をして姿勢反転。くるりと腕の力だけで逆立ちに移行すると、曲芸のように一回転して立ち上がる。
「じゃあ兄ちゃん、私も先行くね~」
「お、おう」
鎧翼を広げて「待ってよ~」とアルトを追いかけ始める詩音を半ばぽかんとしたまま見送る。
「悩みとかなさそうだなー、アイツ」
サジテールの上に騎乗しながら思わずそう呟くと、
「たぶん御主人様のことだけだね♪」
「お前までそんなこと言うか!?」
予想外の斜め上の答えが飛んできた。




