(14)『コイツらはアレか……?』
「何があったんだ、コレ……?」
グラン・グリエルマを出ると、俺は思わずアルトにそう訊ねると、即座に「あたしが知るかよ」と返された。
当然だが。
「あ、用事は済んだです?」
大戦鎌を片手に滞空していたアキラが、羽搏かせていた翼の動きを止めてスタンッと飛び降りてきた。
その周りには、ボロボロの人たちが血塗れで倒れ伏している。
その数九人――――ほとんどが男みたいだが、女も一人混じってるな。
「誰だ、コイツら」
アルトがうつ伏せに倒れたまま動く様子のない女を蹴飛ばすように足でひっくり返しながらアキラに訊ねる。
扱い酷いな、鬼か。
「わからないですけど、いきなり襲いかかってきたので応戦してたです」
「アルト、これ……」
鬼の足蹴にも反応しない死屍累々の紅一点、名前[ルシカ]を検分していた俺は、亜竜系素材のスケイルアーマーで露出の多いその胸元をアルトに指し示す。
「あたしの方が小さくて悪かったな。お詫びにヤキ入れてやろうか?」
「何の話をしている」
胸元を然り気なく隠すようにしながらチッと舌打ちを返してくるアルトに「とりあえず見ろよ」とアイコンタクトで伝え、もう一度問題の部分を――――鉤裂きにされた傷跡のような趣味の悪い造型のタトゥーを示唆してやる。
一瞬眉を顰めたアルトはそれを屈むようにして覗き込み――――明らかに目付きが変わった。
「ドレッド、レイド……!?」
「全員そうみたいだね」
他の男たちもひっくり返したりして検分し、腕やら手の甲やら頬やらにそのギルドのシンボル・タトゥーを確認する。
「あの連中、最近噂を聞かないから不審には思ってたんだが、また動き出したってこと……なんだろうな」
アルトが唇の下に指を添えて思案顔で俯き、何事かをブツブツと呟き始める。
「とりあえず刹那たちに報告入れとかなきゃなー。……後でバレた時怒られるから」
「後半本音が出てんじゃねーか。……詩音、あたしらの方もギルドに連絡入れとけ。簡単でいいぞ。どうせ後で説明させられるのあたしだしな……」
「うぃー、らじゃーっ」
アルトも詩音に――椎乃に案外振り回されているらしい。
(俺もリコ辺りに任せるか……)
と後ろを振り返ると――――諸事情からリコに頼むのは諦め、その隣で苦笑いしていたサジテールに向かってメッセージウィンドウをドラッグ投げして代打ちを頼む。
「で、コレは全員お前がやったのか?」
アルトが睨むような目付きでアキラを見て、そう訊ねた。
「はいです」
「コイツでさえこれだけ一方的……っつーことはだ。ここにいる連中は最弱レベルの愚図どもってことか、あるいは……」
アルトの懐疑の目がアキラに向く。
「ねーアルトっ。誰に送ればいい? アンダーヒルさん?」
「あたしらは元々竜乙女達だろがッ!」
「みゃぐっ!?」
シリアスムードをぶち壊すようにアホなことを言い出した詩音が、額に半ギレアルトのデコピンを受けて地面に転がった。
「アルカナクラウンの方に送ってどーすんだ、アホ。間抜け、愚図」
そこに容赦ないアルトの罵倒が降り注ぐ。アルトにしてはあまりにも普通すぎる罵倒かと驚く奴もいるだろうが、これは妙に遠回しだったり皮肉だったり長すぎたりすると、詩音が罵倒だと気がつかない可能性があるからだ。
地面にぺたんとへたり込んだまま直接的で単純明快な罵倒を受けた詩音は、若干涙目になりながら俺の方に振り向き、
「兄ちゃん、アルトが酷いよぅ」
「アホ」
「一言で切り捨てられたっ!?」
選択肢がそれしかなかったからな。
地面に『の』を書き始めた詩音は「連絡送れって言ってんだろが」とアルトに頭を叩かれて、ようやく指示通りドナ姉さん宛ての報告書を作り始めた。
「また私は……戦いを逃したのか……」
ついさっき目を逸らしたばかりだというのに、失意体前屈をしていたリコの呟きが背後から否応なしに耳に入ってくる。
どれだけ血が見たいんだよ、お前。
「いや、でもこの人数差でこんなヤツに負けるなんてどんだけ弱いんだ、コイツら」
そう言うとアルトは倒れている男の脇腹を八つ当たり気味に爪先で蹴り、呻いたソイツを再び踵で踏みつけて強制的に黙らせる。
刹那か――もとい鬼か。
元からそんな素質は十二分にあったが。
「御主人様。刹那から返信来たよー」
「何て?」
「『忙しいからどうでもいい報告しないで、バカシイナ』だってさ」
「アンダーヒルに送り直しといて。最初に刹那に送ったのがそもそも間違いだった」
毎度毎度こっちの親切心を何だと思ってやがる、あの性悪女……。
「狙われたのはあたしらってトコだな。となると囮の可能性か」
「陽動にしては随分と情けないみたいだけどね」
通りすがりの犯行にしては人数が多すぎるし、俺たちがドレッドレイドの情報を公開して以降は連中も動きづらいはずだ。こんな分かりやすい格好で大人数は動かさないはずだ。それにしても中途半端な人数だが。
「……今、アルカナクラウンで単独行動してんのはアプリコットだけ……だよな?」
アルトが声を潜めて訊ねてくる。
「っていってもここに来る前の話だから何とも――――少なくとも聞いてない」
「アプリコットだけなら正直どーっでもいいんだが、他の連中は人海戦術で潰れる可能性は残ってるんだしな。とりあえず早くギルドに戻った方が良さそうなんだが――」
アルトはぎろりと周囲に不機嫌そうな視線を泳がせ、同時にわずかに姿勢の重心を落として腰の後ろに吊っていた鎖鎌にスッと手を伸ばした。
「――どうもすんなり帰してくれる気はないみたいじゃねえか」
アルトがそう言い放つと、いつのまにか人通りの少なくなっていた通りの陰という陰から赤衣の集団がぞろぞろと現れた。途端、失意体前屈で影が薄くなっていたリコの目がギラリと光り、ゆらりと妖しげに揺れて立ち上がる。
「シイナ……コイツらはアレか……? 蹴散らしてもいいアレだな……? そうなんだろうな……?」
禁断症状なのか、人格が多少変わってる気がする。
久々にオブジェクト化した可変機械斧槍【偽りの洗礼】を何処となく重そうに振り上げたリコは、「ふふ……ふふふふふ……」と色々とまずい部類の笑い声を口から漏らしながら一歩一歩踏みしめるように赤衣の集団に近づいていく。
「おい、あれは大丈夫なのか……?」
直前までノリノリだったアルトがリコのあまりの変貌振りにドン引きの表情で訊ねてくる。
「ほっといていい。リコはどうせ戦ってる時何にも考えてないから欠く冷静さもないし」
そう言えば亡國地下実験場で儚に切り捨てられた直後、似たような感じになってた気がするな。今回ほど顕著ではなかったけど。
まさか『儚<戦闘』ってことになるのだろうか。
「サジテール、後衛お前しかいないけど大丈――」
「え?」
バチバチッ……!
轟く雷鳴、放たれる閃光、吹き飛ぶ群集。
「――夫そうだな、色んな意味で」
「あ、ごめん御主人様。早くも試しに入っちゃってた」
「うん、大丈夫そうだから好きにしてていいよ」
と言うか指示を待つ間もなく詩音とリコは戦闘モードだし、サジテールは既に戦闘中。アルトはまた周りの見えてなさそうな詩音のフォローに入るように動いてる。
「ん……?」
アキラのヤツ、何処行った……?




