(13)『甲斐性なし』
「で、アイツのことどう思う?」
俺の【大罪魔銃レヴィアタン】と【剣】、そして詩音の【巨銃拳・奇龍衣】の点検を待つ間に、多少知能的な二人にアキラのことを訊ねてみた。
もちろんその二人と言うのは、決してリコや詩音なんてありえない二人のことではなくアルトとサジテールの二人だ。
「裏があるようには見えないけど、何か企んでるような気配はするカモ」
サジテールが入り口の扉に背中を預けながら、腕組みをしてそう言った。
「あたしも同感だ。シイナ、お前アイツの言ってた仮名って奴に会ったんだろ。どうだったんだよ」
同じく腕組みをしたアルトが相変わらず強気の目付きで訊き返してくる。
「アイツか……。確かにアプリコットと同じく何考えてるかわからないし、何かを企んでてもおかしくないけど――」
今朝の仮名の一連の行動をひとつひとつ思い出していく。
アプリコットよりは実際の行動が大分整然としている気がする。ただそれだけにアプリコット以上に謎が目立つ。
何のためにそれをしているのか――――つまりは何がしたいのかがまったくわからない。無意味に見える行動をする点ではアプリコットも同じだが、無意味にそれをするアプリコットと違って仮名の場合は意味があるような気がする。
例の、煙幕戦術にしたってそうだ。一撃一撃が致命的になりかねない現実でなら武器の形状や間合いを知られないことにはマイナーなりに利点はあるが、この世界でそこに拘る理由はない。
彼女の持っていた【群影槍ランフォスオース】。群影刀同様【怪鳥召喚術式】という強力な召喚スキルを考えてもそんなことをする必要がないはずなのだから。
たかが決闘で全軍三百一頭を召喚した俺も今更ながらにどうかと思うが。
「オーイ、自分から話振っといて一人で固まってんじゃねーよ、お兄ちゃん」
気がつくと、アルトの手が目の前に――額の前に迫っていた。
「ん?」
バチンッ。
一瞬だけ額に激痛が走り、思わず両手でそこを押さえてしゃがみこむ。
「ったー……」
「ここだけ見ると女にしか見えないな。さすがシイナお兄ちゃん」
「褒める気もなく貶してないか、お前!? ていうかデコピンって……」
その威力は推して知るべし。ちょっと涙が出てくるぐらいで想像すると概ね事実に則していると思う。
ちょっとだけだけどライフ減ってるし。
「これは憶測ですらないただの勘だけど、仮名は何か企むにしてもこんな面倒なやり方はしないと思う」
でなければ、わざわざアプリコットのギルドに所属していることをバラす意味がない。今はもう過去形なのだが。
「いずれにせよ今は情報不足だしな。あたしの方で少し調べといてやるよ」
「できるのか?」
「あたしを誰だと思ってんだ?」
不敵な笑みでそう言われて気付いた。
コイツの肩書きは≪竜乙女達≫偵察隊筆頭『無影のアルト』――――動かせる駒はいくらでもあるってことか。
調べればアキラがこれまで何処でどんなことをしていたのか、その経歴くらいは辿ることができるだろう。
「それじゃ、任せた」
「任された、っつーかアレだ。頼んどく」
アルトはそう言うとメニューウィンドウを開き、メッセージを打ち始めた。
(小休止にするか……。今は女の演技しなくてもいいし)
どちらかと言うと手狭な店の中、休める場所を求めて普段グランが座っている接客用のカウンターに近付き、半ば腰かけるように体重を預けた――
「ところで御主人様」
――タイミングで、入り口にいたはずのサジテールが歩み寄ってきた。
「どうした?」
「新しい武器が欲しいんだけど。ちょうどいいのがあったからおねだりしていい?」
「いくらだ?」
「え~? まずその質問が来る辺り、マスターの甲斐性なしぃ、あたっ!」
唇を尖らせて勝手なことを言い始めるサジテールのデコにチョップを極める。
これで額が赤くなってるのは俺だけじゃなくなる――――なんて意図はこれっぽっちもまったくない。欠片もない。
「そんなだから刹那に毎度毎度怒られるんだと私は思うけど」
「マジで!? アイツそんな理不尽な理由でいっつもキレてんの!?」
「あ、えーっと……半分?」
「後半分は何だよ……」
俺が思わず肩を落としながらそう聞き返すと、額を押さえながら虚空を見上げたサジテールは思案顔になると、
「愛の鞭?」
「八つ当たりの鞭の間違いだろ……何処をどう見たらアイツの俺への態度に愛を感じられるんだよ。たまに可愛いところが垣間見える時はあるけど、基本的にキレてるか不機嫌か理不尽かのどれかだぞ」
「マスター、そんなこと言ってるといつか刹那泣くよ?」
本気で呆れたようなジト目を俺にぶつけてくるサジテールに、「アイツが泣いたところなんて虫と蛇関係以外で見たことないんだが……」と反論したのだが、サジテールの無言の威圧が重くて尻すぼみになり、何処となく言い訳みたいになってしまった。
するとサジテールは、はぁ、と大きくひとつため息を吐いて、「まぁいいや、そっちの方は正直よくわからない性質だし」と呟いた。そっちってどっちですかね、サジテールさん。
「それはそれとして買ってくれる? おねだりしても大丈夫?」
少し前傾姿勢になったサジテールが白々しい上目遣いで見上げてきて、思わず怯む。妹も結構わかってて使ってくるところがあるから、自分でも案外耐性は付いてるはずと思うのだが、如何せん人が違うだけで耐性値が紙になるからな。
サジテールの後ろからこっちを覗くように、にやにやと面白いものを見るような目を向けてくるアルトに嫌な予感を覚えつつ、俺は肩を落として、
「とりあえずモノを見せてみろって」
何とかそれだけ言ってみる。
「えっと、こっちこっち」
ぱたぱたと嬉しそうに駆けていくサジテールに付いていくと、入り口の隣にあった特に高価なモノを扱っている陳列棚の前で足を止めた。
「これ」
「待て」
サジテールが指差したのは、その一画に立てかけられていた一張の弓だった。
すらりと長いその弓は木ではなく、おそらく何らかのモンスター素材だろう艶やかな純白の光沢を放つ素材でできていて、よく見ると握(構える時に握る部分)以外の胴の部分は前方が鋭い刃物状になっていた。
値段――――8500000オール。
「俺の現在の所持金の六割が飛ぶんだが」
「私、今まで初期装備でやってきたのに」
「防具なしの癖に初期ステータスが高過ぎて、これまでの攻略では必要なかったからなのですがッ!?」
「それはそれ、これはどれ?」
「聞かれても困る」
俺は陳列棚のそれに手を伸ばして握に触れると、目の前にぱっと武器の詳細なデータが載ったウィンドウが開く。
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『【蒼天弓・白竜】
蒼天竜の角を使った大弓。光の加護を受けたこの弓から放たれる矢は万魔を払い、弦の響く音は聞いた者の身を清めると言われる。
通常属性“特殊射撃”“物理切断”“光属性付加”
基本攻撃力――8900
クリティカル――50%
付加スキル――
●【轟天】……常時展開スキル。着弾した地点に落雷を落とし、追加の雷属性ダメージを与える。指向性あり。
●【狂響変調】……常時展開スキル。クリティカル発動時、相手の弱点補正を倍化し、耐性補正を無効化する。
●【超律】……一分間、クリティカル率を+100%補正。制限時間終了後、五分間クリティカル率-50%補正。
●【加護共鳴】……対象の体力・魔力を上限の10%回復し、使用者はそれぞれの回復分、体力・魔力を被撃ダメージとして減少する。ただし、弦の音が聞こえない対象には使用できない』
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「相当強いな、これ……」
「でしょ? 買って買って♪」
特に二番目と三番目の付加スキルが。四番目も後衛のサジテールにとっては使いどころのあるスキルだし、一番目も指向性があるのなら味方がダメージを受けることはない。
攻撃力も十分高い方で、ナンデスカ、クリティカル五十パーッテ……。
――――さすが値段が高いだけはある。
「所持金の六割……」
嫌な汗を背中に感じながら、ウィンドウとその弓の間を視線を行ったり来たりさせる。
「甲斐性……」
後ろでぼそりと呟くのはアルトだ。サジテールもそれを聞き逃さず、追撃で「甲斐性」と囁いてくる。
うるさい、こんなもの甲斐性で何とかなるか。
既にアルトとサジテールの策中に嵌っていたのか、その騒ぎを聞きつけたリコと詩音も寄ってきて、(たぶん悪意はなく)その弓のステータスを誉めそやし始める。
リコに至っては――
「テルは武器を新調するのか……ならば私も……」
――とさも購入は確定しているようなことを言って、手近な棚を物色し始める始末だった。
そしてグランがメンテナンスを終えて工房から出てきたおよそ十分後には、何処ぞのストレロークのような失意体前屈でカウンターの前に跪く羽目になっていた。
「ではシイナ、私はコレを――」
「次の機会にしろ!」
その騒ぎのせいか、俺はおろか誰一人、外から微かに聞こえる喧騒の余波に気付くことはなかった。




