(12)『お前はダメだ』
「――で、なんで俺なんだよ……」
「シイナさん、何か言ったですか?」
「何でもない……」
刹那とアンダーヒルの采配でアキラの処遇に関する判断は俺に一任された――――と言うと何処となく聞こえがいい気がするだろうが、要するに自分たちが忙しいから俺に丸投げしたというだけの話である。
アンダーヒルにGL会談の準備を一任したのは俺だからそれについては自業自得というかツケが回ってきたものとして納得しているのだが、刹那の方は何で忙しいのかさっぱりわからない。シンから聞いた限りでは何かしているのは確かのようだが。
そして(主に逃走目的で)俺が「グランのところに行ってくる」と言うと漏れなくアキラの監視を押し付けられ、本人は本人で監視の意図を知らずに「トゥルムには来たばかりだから、色々見てみたいです」と笑顔で宣う始末。
ちなみに個人的には面倒だから追い返せばいいんじゃないの、と思ってはいるのも紛れもない事実である。
(――で、今に至る……)
グランの装備専門店『グラン・グリエルマ』に向かう道すがら、俺(+α)はアキラに街を案内していた。
「兄ちゃん兄ちゃんっ、アキラくん私と同い年なんだって~!」
その詩音が五月蝿い……! 思いっきり「兄ちゃん」とか言っちゃってるし。
幸いなことにアキラは気付いた様子もなく、屈託のない笑みを浮かべているが。
詩音の隣を歩くアンドロイド姉妹の姉ことサジテールに『何とかしてくれ』と目で語って見せるが、困ったように頬を掻きながら『こればっかりは……』という苦笑いが返ってくる。
ちなみにリコは俺の横で『我関せず』と不介入の立場を貫いている。キュービストとの戦いで多少疲れているのだろうが、主人を蔑ろにするのはどうかと思うぞ。
リコの場合、普段から時折その嫌いがあるが。
「詩音。あんまはしゃいでんじゃねーよ。恥ずかしいだろうが」
そう言うのは、俺の後ろを歩くもう一人のα――――何の気まぐれか突然付いてくると言い出したアルトだ。
「え? 別に恥ずかしいことないけど」
「お前じゃねえよ、馬鹿。お前は恥を恥とも気付かないだろ」
「そんな馬鹿なっ!」
「馬鹿はお前だっての」
「あたっ!」
嘆息気味に詩音の額を小突くアルト。詩音が少し涙目になっているが、アルトの言葉には概ね同意かつフォローがありがたかったのでここは何も言わないでおこう。
咄嗟の時にも無意識で対応できるようになったとはいえ、口調を取り繕うのも面倒だし。若干取り繕う表のキャラが崩れてきているような気もしてたし。
ちなみにアンダーヒルにはできるだけ普段通りに振る舞うようにと言われているわけだが、その普段にさらに猫を被ってロールプレイなんて自信はない。
(見た限り裏があるようには見えない……けど。ただ受け流されてる感もあるんだよなぁ……。掴み所がないというか)
微妙にテンションの下がった詩音とまた何か話し始めたアキラを横目に観察する。
子供っぽく見えるのも一枚噛んでいるのだろうが、それにしても随分と女性寄りの容姿だった。“寄り”どころじゃなく完全に女性の身体になっている俺が言うのも、我ながら違和感しかないが。
(普段通り……ねぇ。なら――)
「ところでアルト。どうして急に付いてくるなんて言い出したの?」
アキラの方はスルーしよう。アンダーヒルには怒られるかもしれないが。
「あぁ、あたしはグラン・グリエルマには行ったことねーんだよ。まぁ、店の場所くらいは知ってるが」
「私もー♪」
「まぁ、追い出されるかどうかのギリギリの境界だしね。アルトは」
「兄ちゃん、私はッ!?」
ずびしっ。
「ぅあぅっ!」
俺とアルトの手刀が同時に詩音の額にクリーンヒットし、ぐらついた詩音は咄嗟にその背後に回り込んだサジテールに抱き止められる。
ナイスフォロー、テル。
「それはともかく、私とリコとテル以外は入れるかどうかわからないし、その時は外で待ってて貰うからね」
「はいです」
「うぃ、了解っ♪」
「言われなくてもわかってるっつの」
アルトだけ素直さの欠片もなかった。
鍛治職人グランの装備専門店『グラン・グリエルマ』――。
「やっぱ≪竜乙女達≫から来るより遠かったな――」
閉店中。
「――って留守かよ!」
俺の言葉を代弁するように、店に着くなりアルトが叫んだ。
「定休日?」
「詩音、この世界のNPCの店は基本年中無休だからね?」
「あり? じゃあ何で?」
「さぁ……グランのことだから防具の素材でも取りに行ってるんじゃないかな」
グランはよくその手の仕事(?)で店を空けることがある。
まぁ初見でも筋骨隆々で驚異の足技を使う身長二メートルのグランが虎ぐらい倒せそうなことはわかるだろうが(虎刈りだけに)、実際のところは材料となる金属を採るために俺たち上位プレイヤーでも面倒な上位から下位まであらゆるドラゴン系モンスターが闊歩する『竜の巣城』や強力な岩石系やアンデッド系の魔物が多い『場違いな地下鉱脈』にもたった一人で潜っていく怪物だ。
しかも通常の戦闘介入NPCとは違って防具を装備しないため(することは可能らしいが)、特級鍛治職人の持つ大金槌【鉄火炎の大槌】に仕事着で連中と戦っているらしい。
いくら武装作りのためだからってさすがに不自然過ぎだろ――――などと文句を心中で並べていると、
「おう、来てたのか。シイナの嬢ちゃん」
俺を含めた六人の背後から、右手に大金槌、中心直径一メートル全長四メートルはあろうかという巨大な白角を左肩に担いだグランが姿を現した。
「っ……!?」
取り敢えず絶句。
詩音とアキラが目を輝かせる好反応組、アンドロイド姉妹の二人は特別反応を示すわけでもなく傍観組、最後に俺とアルトが呆れて絶句組だった。
「まあ入れや……っと、新顔だな」
詩音、アルト、アキラの順に視線を流したグランは担いでいた角をドンと地面の上に――――アルトとアキラの間に立てた。
「お前らはいいが、お前はダメだ」
「やたー♪」
詩音がバンザイしながらぴょんぴょん跳ね、緊張していたらしいアルトも静かにホッと息を吐いた。
一人入店禁止宣告を受けたアキラはにこりと笑って、「はいです」と言った。まぁ、アキラに関しては大体わかっていただろうからな。たぶんまだ大したレベルでもないだろうし。
「じゃあ、君はここで待ってて」
アキラにそう言って、返事には構わず角をボックスに仕舞ったグランに続いて店内に入る。詩音とテルも一言ずつアキラに残して、入ってくる。アルトとリコに関してはアキラに配慮する様子は皆無だった。
この辺りは性格の差だろう。
「ところでシイナ嬢ちゃん、ひとつだけ頼みたいことがあるんだがいいか……?」
カウンターの中の椅子に腰を下ろしたグランの声のトーンが急に落ち、何処か緊張した面持ちでそう言ってきた。
「どうかしたのか?」
アキラがいないため、普通に話す。
「お前さん、[アプリコット]の知り合いだった覚えがあるんだが……」
凄まじく嫌な予感がする。
もう名前が出た時点で何かあるのは確定というか手遅れなわけだが。
「どうもアイツに『大巌の大鍛治』なんて妙な二つ名を付けられたらしい……。止めてくれ」
戻ったら一度本気で説教した方が良さそうだった。




