(11)『今、何て言いました!?』
「さて……。一応、私がここのギルドリーダーなんだけど、取り敢えず最初から話してもらっていいかな?」
仮名と戦えなかったのがよほどショックだったらしい戦闘狂もといリコがだらしなく突っ伏したまま動かなくなっているカウンターを横目に、持ってきた椅子に腰掛けながら、アキラというその少年に取り繕った態度でそう言うと――
「嫌よ、めんどくさいじゃない」
――何故か身内から拒否が来た。
(えぇー……)
しかも理由がめんどくさいって何ですか、刹那さん。加えてフォローは特になし。
「いや、刹那……もう少しGLを立てるとかしなさいよ……」
「あ゛ぁ?」
ヤバい目で睨まれた。
さては今朝のシンとの一件かあるいは個人的な何かで虫の居所が悪いんだろう。刹那に虫とか言うと尋常じゃないキレ方(ただし涙目オプションが付く場合の場合は威力半減)をされるから、口に出せない慣用表現だが。
ちなみに『苦虫を噛み潰したような』は涙目だろうと威力二倍増し確定である。
それはともかく、アキラくんには≪アルカナクラウン≫のGLの立場は相当低いことが理解できたことだろう。
良かった良かった。泣きたい。
「んで、アンタが前のギルドを追い出されたってトコまでは聞いたけど、何で追い出されたのよ。今時何処も人手不足でしょ?」
刹那が俺の相手を切り上げて、アキラとの話を再開する。アキラは刹那の質問に少し困ったような表情になって目を逸らす。
「言わないと圧し折るわよ?」
笑顔の圧力。
何をと言わない辺りが相変わらず過ぎる。刹那さん、さっき動けなくなるまで暴れてたらしいのに絶好調だった。
アキラは何故か一瞬嬉しそうな顔をして、慌ててそれを取り繕う様子を見せると、少しだけ目を逸らしたままで、
「GLの恋人に手を出しちゃって……」
アハと困ったような笑みを浮かべた。
アキラの答えを聞いた瞬間、ウチの危険陣――もといアンダーヒルを除く女性陣+鎮まりかけていたキュービストの目に危なげな光を観測した。
急激に殺伐とし始めた空気に触発されたのか、ぐったりしていたリコのアホ毛がピクンと揺れて、ガバッと起き上がる。
「バト――」
「――らない」
即座にそう返してやると、再びぐったりとして動かなくなった。
「あ、でも手しか出してないですっ」
そのフォローは果たしてどうなのか。
「貴様ヤハリワザトカ……」
虚ろな目に妖しい光をたぎらせ、ふしゅるるるるーと口から息を吐き出した暴走度MAXのキュービストがそう呟く。
「おい、シイナ! キュービストがケルベロスっぽくなってるんだけど!? どうせそっちじゃお前要らないだろうからこっち手伝……ってリュウ! わぎゃあああああああッ!?」
リュウの巨体が崩折れると同時に解き放たれたキュービースト(ビーストモードのキュービスト)のパイルバンカーに薙ぎ倒されたシンが悲鳴を上げる。
潜在能力案外高そうだな、キュービスト。レベルはまだまだだけど、さすがは人間同様技巧と肉弾戦闘向きの半機人、と言ったところか。
暴走半機獣の両足首を掴んで、引きずられながらもその侵攻を食い止めようと奮闘しているシンを眺めながらそんなことを考えてみる。
「リコ」
「ん?」
突っ伏していたリコが顔を上げてこっちを振り向いてくる。そこでキュービーストの方を指し示してやるとそっちに向き直り、少し物足りなさそうにしながらも頷いた。
アイツでは相手には不服か。
急に騒がしくなった中、何故か俺をじっと睨んでいた刹那が、「で」と一際目立つ声で話を元に戻す。
「――なんでウチなの」
何処となくトゲが入った気がする。
何となく居たたまれなくなって、仕方なくテーブルでも眺めていようかと思った時、アンダーヒルと目が合った。
そして、さっと目を逸らされる。
刹那といい、アンダーヒルといい、俺が何をした……。
「えっと……この街まで送ってくれた人が言ってたんです。『選ぶならアルカナクラウンかな。第一外れがないし、基本的に変なのしかいないから君も目立たなくて済むでしょ』って……」
巷でどんな認識されてるんだ、俺たち……。いや、確かに間違いなく、変人揃いなのは否定しないが。
「私まで変人扱いなのは釈然としないわね。誰よ、ソイツ」
「あ、はい。えっと、知ってるかはわからないんですけど、ひらがなの漢字で仮名さんっていう人です」
「カナ? 聞いたこと――」
ドガグシャ。
「「「「ッ!?」」」」
突然響いた激しい音に、俺と刹那、アンダーヒル、アルトが同時にその音の聞こえた方向を振り返った。
「アプリコット……アンタ、何してんのっていうか、何があったの……?」
代表した刹那にツッコまれたアプリコットは、寝ていた三人掛け用ソファから落ち、頭を打った後のようにくるくると目を回していた。たぶん演技だろうが。
それを証拠にパチッと瞬き一回で目を覚まし、意識を覚醒させるようにぶんぶんと首を振ったアプリコットは足に絡まっている布団を振り捨てて慌てたように這ってきた。
「今、何て言いました!? 仮名! 仮名ァッ!? あの異常人格すら崩壊気味の変人がこの街に来てんですか!? ちょっ、何企んでるってうっぷぇっ!? いった、舌噛んじゃいました……」
慌て過ぎで、キャラ剥がれてんぞ。
そういえばお隣さんにいたの、言うの忘れてたな。仮名が≪シャルフ・フリューゲル≫――アプリコットの関係者ってのは聞いてたのに。
ていうか『異常人格すら崩壊気味の変人』とか『何企んでる』とか少なくともお前に言われたくはないと思うぞ、仮名も。少なくともあの場で見た限りでは、確かに少し変わった子ではあったけど、お前ほど外れてはいなかったと思う。
「それはシイナが片鱗しか見てないからそう思うんですよ……」
「ナチュラルに思考を読むな」
「それで、仮名は今何処にいるんですか?」
無視か。
「聞いてないです」
「ぶっちゃけ、あの子が来てんなら先手を打って万全の状態にしとかないと危険ですからね……。トゥルム在住のプレイヤー全員潰しとか冗談みたいに本気で考えるような危険人物です。あぁ、マズい……本気でマズい……何とか場所だけでも特定できれば――」
ぶつぶつとかなり危険なことを呟きながら、思案顔でその場を行ったりきたりするアプリコット。
演技にしてもいつも以上に様子が変だった。
まさか本気ってことはないだろうけど……たぶん。
「仮名ならクレイモアの方に来てたけど……」
若干の不安を覚えたからというのもあるが、主にはアプリコットの困っている姿を見るのはかなり久しぶりだったからそう教えてやると、
「ホントですか!?」
極めて普通の反応で食いついてきた。
「えぇ、リコも見てるでしょ?」
キュービーストと両手をがっちり組んで押し合っているリコに証明も兼ねてそう訊くと、あまり余裕がないのかこくりと頷くだけの返事を返してくる。
それにしてもキュービスト意外なほどにすごいな。近接戦闘でリコと五分五分か。
「ありがとうございます、シイナ! お礼に帰ってきたらキスしてあげますから♪」
いらん。
最後に少しだけいつもの調子に戻ったアプリコットは一瞬で片刃腕輪【天使の刃翼】と弾性投石弩【不死ノ火喰鳥・火焔篝】を装備すると、真っ白の天使翼を広げて窓ガラスをタックルでぶち破り、そのまま外に飛び出していった。
普通に出てけ。
「窓ガラスを交換してきます」
アンダーヒルさん、さも普通のことみたいに坦々と対応しないで下さい。
「何だったの……?」
刹那が呆れたように訊いてきたが、俺に答えられるわけがないのだった。




