(10)『ボーダーチェンジ』
魂を囚われた世界でも癒やしのひとときは訪れる。
頑なな少女は思いがけない新入りに世話を焼き、少しばかり覚える楽しさと罪悪感を併せ呑む。
何でもない言葉を交わしながらそれを慈しみ――
意味のない言葉に耳を傾けながらそれを喜び――
不運で無垢なその子に報いたいと決意を隠す。
「口調のことはともかくとして、結局二人で何を話してたんだ?」
途中から刹那の態度が難癖付けたいだけに思えてきた俺が少し強引に話を逸らすと、刹那は訝しげに眉を顰め、ジトっとした目を向けてきた。
俺そんな目の敵にされるようなことしたっけ――――などと考えながら反応を返しあぐねていると、俺への対応に飽きたのか諦めたのか、刹那は溜め息を吐いて身体ごとネアちゃんの方に向き直った。
「ネアがついてくるなら、それなりに装備を揃えなきゃいけないでしょ」
「あぁ、なるほ――――お前、俺の時はそこまで積極的じゃなかったよな」
「やっぱり〈*クロイツ・シュテレン〉くらいの方がいいかもね……」
相変わらず自分にとって都合の悪いことは聞こえない優秀な耳を持ってるようだ。
ちなみに刹那が言っていたのは、彼女が昔(随分と前の話だが)使っていた鉱石系の軽装鎧だ。防御率も高めで装備可能レベル百前後、加えて確か当時としては優秀な戦闘向きのスキルも付いていたような覚えがある。
「113レベルで装備できる強いのないのか?」
「そんな中途半端なレベルのあったっけ……? 〈*ミスリルメイル・ゴルト〉なんかもいいかもね」
銀色の鎧をさらに金色の装甲板で強化した軽装鎧をオブジェクト化して丸テーブルの上に広げていく。刹那の基本装備〈*聖鎧・橙〉に似て、全体的にすらりとしたそれは細身な印象を受ける。
基調とする色が同じ金銀というのも要因として一枚噛んでいそうだが。
「ってあれ? 刹那、防具変えたのか?」
今さらながらに気づいたが、普段バラバラの組み合わせで使っている刹那の防具が〈*聖鎧・橙〉一式に変わっていた。
肩と胸、腰、そして膝から下のみ堅い金属甲を着けた立ち姿。普通なら手首にも手甲やらを着けるのだろうが、短剣使いの刹那は手首の動きを阻害する手甲は基本的に着けない。その点、この聖鎧シリーズの腕装備は二の腕まである防刃インナーのみなので重宝しているらしい。
ちなみに今朝は見ていなかったが、普段は脚装備の〈*フェンリルテイル・レグス〉を見ればわかる。狼の脚を模したその鎧は、装飾に使われる黒狼の毛皮もそうだが、足先に鋭い爪が付いているのだ。
「あれは見た目重視で、大したスキル発動してないからね。一式の方が防御率高いってのもあるんだけど。似合う?」
刹那は防具を披露するように、その場でくるりと回って見せる。
俺が「似合ってるよ」と前にも言った覚えのある感想を率直に口にすると、少し口元を緩めた刹那は、「当然でしょ。私を誰だと思ってんの!」と刹那らしい回答をして少し目を逸らした。
「刹那さん、これ、戴いてもいいんですか……?」
〈*ミスリルメイル・ゴルト〉をまるで美術品のように見ながらテーブルの周囲を回り、手で触れないように細部を見ている。
「この流れであげない選択するほど品性捨ててないわよ。私が200レベルくらいまで使ってたから性能は折り紙付きだし、ネアもこんくらいなら恥ずかしくはないでしょ。とりあえず着けてみて」
刹那が〈*ミスリルメイル・ゴルト〉の所有権をネアちゃんに委譲できるように操作すると、「触れば所有者が移るから」という刹那の言葉に促され、おそるおそるといった様子で手を伸ばす。
そして、ちょんと鎧に触れた。
が、何故かもう一度触れ直し、少し困ったような表情でウィンドウを操作して、首を傾げた。
不自然に思ったらしい刹那が横から覗き込み、
「あれ? あ……あちゃあ」
こめかみに手を当て、がっくりとオーバーに肩を落とした。
「刹那、どうかしたのか?」
「ネアだけギルドに所属できてないの……完っ璧忘れてたわ」
「あ」
装備の譲渡は同じギルドメンバー間でのみ行える。これも現実では犯罪行為に当たる強奪や恐喝による強盗などを防ぐ目的があるのだが、こういう時には面倒しか感じないシステムだ。
「あれ? でも昨日ネアちゃんって部屋に泊まったんじゃなかったっけ?」
部屋を持てるのもギルドメンバーのみの特権だ。
「今確認したけど、理音、ネアだけ客間に案内したみたい。自己判断したんだろうけど、気が利いてるのか融通が利かないのかわかんないわね」
理音としては「部屋に案内して」と言われたから、気を回してネアちゃんを案内できる部屋に案内しただけなのだろうが。
部屋割りの管理をしておいて今まで気付かなかった刹那も刹那だが。
「こともことだし、シイナ、裏技」
「いや、あれって前にどっかがやって、管理者から注意されただろ」
「こんな事態に管理者側と繋がってるわけないでしょ。出来たとしてもどうせ傍観してるだけで何もできないわよ」
刹那が言っているのは、裏技というよりある意味正攻法なのだが、一時的にギルドの入団資格を操作してより入りやすい条件に変え、プレイヤーを入団させた後で元に戻す“ボーダーチェンジ”という手法だ。
元々、ギルドの入団に関して、システムで制限設定を行うことはできない。例えば≪アルカナクラウン≫を一例として挙げると、
『単独で塔を第50層まで攻略し、かつ現ギルドメンバー全員に認められ許可された者』
という入団条件が設けられているが、これはシステム上『単独到達勲章の個数が50以上』かつ『現ギルドメンバー全員の許可』と制限をかけられている、というわけではない。
各ギルドの実績や情報などは、各街に最低ひとつ設置されている公用固定端末で調べることができる。
その情報のギルド入団条件の項目に、俺のウィンドウで設定してある『単独で塔を第50層まで攻略し、かつ現ギルドメンバー全員に認められ許可された者』という一文が表示されているだけなのだ。
つまり、ギルドの入団は各ギルド(強いて言えば各ギルドリーダー)に一任され、その時その時でプレイヤーの判断によって資格の有無を判断しているに過ぎない。いくら厳しい条件を決めようと、無視しようと思えばギルド側から入れられないわけではないのだ。
だが、それは存在するシステムを無視するという暗黙の禁止事項だ。わざわざ自分たちで条件を出しておいて、条件を満たさない人を普通に入れるのなら、条件を設定しなければいい。
このボーダーチェンジは、それでも『リアレーションがある』等の理由でボーダーに届かないプレイヤーを入団させる際に行うのだが、特別意味があるわけではない。形式的に『システム無視をするつもりはない』ということをアピールするためのものだ。
入団資格の変更はギルドリーダー(今回の場合は俺)の端末から簡単にできるため、主に大きなギルドにリアレーションが関わってきた場合に用いられるウルトラCである。
しかしやってること事態は先のシステム無視と変わらないため、ROLはこのボーダーチェンジには難色を示し、入団条件をころころ変えるギルドには疑いありと警告が入る。そして、ROL側の注意を無視してさらに繰り返した場合、ギルドの強制解散措置に至った例もある。当然だが、それまでのギルドの活動記録は全部消えてしまったわけだ。
無論、こんな異常事態でそんなことを気にする方が妙なのだが。
「早くやって、シイナ」
「はいはい……」
刹那に急かされながらも入団処理を完了させ、無事に〈*ミスリルメイル・ゴルト〉の所有権が無事に移ると、ネアちゃんと刹那は鎧の試着を嬉々として始めた。本人たちは気にしている様子はないが、そのまま見ているのも悪いだろうとアンダーヒルとトドロキさんの方に振り返ると、
「せやからシイナは……やから……」
「そうだっ……ですか……しかし……」
こっちに背中を向けて、何やら二人でひそひそ話をしていた。
ていうか今俺の名前が出た気がしたんだが。
そんなトドロキさんの背中を見て『色々勝手に話してくれてどうもアリガトウ』のお礼参りをするのをすっかり忘れていたことに気付き、俺はトドロキさんの後頭部に狙いを定めて、ゆっくりと接近を開始した――。
Tips:『防具』
FOにおいてアクセサリーと共に服飾面を構成する要素であり、戦闘面でも自分の身を守る重要な役割を帯びた装備品類。胴・腕・腰・脚の四種類のパーツに分かれており、それぞれが装備条件・物理防御率・特殊防御率・耐久値・属性耐性値・スキルポイントを持つ。スキルポイントは装備した防具・アクセサリー全体で一定値を超えると対応する付加スキルが解放されるシステムで、各防具に【(スキル名)/+(数字)】の形で表記されており、基本的に同名の一式装備でスキルが発動するように設定されている。




