(6)『幻刀』
「三割じゃ足りないから、一割にして下さい」
そんな仮名の提案で削る必要のある体力が二割分増えたところで、パティ×カナ戦と同じようにカウントダウンが始まった。
五、四……とカウントが進むにつれ、緊張が高まってくる。
しかも仮名はまた無手戦闘の構え。さっきのパティ戦でその恐ろしさは十分目にしている。正確には、見えてはいないが目に見えているといった感じだが。
例によって俺が選択した武器は【群影刀バスカーヴィル】と【大罪魔銃レヴィアタン】の一刀一銃スタイルだ。
とはいえそれ以外に有効な武器もなく、かといって武器を使わずに戦えるわけもないから、結局使い慣れたこの近接ペアを選ぶしかないというのもあったが。
二――。
先手を取るため、五メートル先で驚くほど静かに佇む仮名に気付かれないようゆっくりと息を吸う。
一――。
群影刀の柄と大罪魔銃の銃把を握る手からわずかに力を抜き、できるだけ自然体に近い構えを取る。
開始――。
「【再生負荷能】」「【魔犬召喚術式】、モード『妖魔犬』三百一匹!」「【煙天下】」
一瞬、遅れた――。
そう思った瞬間、何もない空間に瞬く間に広がった白煙の中に、地面から生え出るように生まれてきた無数の黒い影が溶け込んで消えてゆく。
「まぁ、お試しだけなら自由……」
さっきのパティ戦に聞こえてきたのと似たような台詞が、隅々まで真っ白になった視界の向こうから不気味に響いてくる。
「人を探して、噛み殺せ、レナッ!」
さっきの実力を見る限り、手加減は無用――むしろ手加減は命取りになると判断して、何処かに召喚されているはずのレナ=セイリオスに最上位命令を飛ばす。
そして、遅まきながら改めて周囲の物体の動きに意識を集中させる。幸い、既に慣れ切ったバスカーヴィルたちの気配はすぐに判別できるから、俺は接近にさえ気をつけていれば――――と、思った瞬間、
「【怪鳥召喚術式】、モード『無影鳥』三百一頭」
「ッ!?」
一瞬、耳を疑った――――が、その暇もほぼなく、無数の得体の知れない羽音が煙幕の中を蠢き、直後から無数の生々しい音が白煙霧の向こうから轟いてくる。
「矯めつ眇めつ試すまでもない。目には目を歯には歯を。召喚には召喚を」
白煙の中から、妙に語っているような台詞が聞こえてくる。
そして、次の瞬間――――ゴォッ!
「……ッ!?」
突然煙幕の中から現れた鋭利な切っ先を咄嗟に躱す。
(ギ、ギリギリ……ッ)
「へぇ、避けるの」
ぼんやりと姿を現した輪郭は、大きな黒い槍を構えた仮名だった。
群影刀同様、境目が判別できないほどの漆黒一色に染められた槍は、わずかに湾曲し、尖端は平たい環状刃になっていて、何処か鳥の嘴のようにも見える。
「これ? 私の武器、【群影槍ランフォスオース】。お前の群影刀と対応する漆黒の魔槍。後は想像できるでしょ……?」
口調はさっきまでと変わらない――――のに、何処か鋭利な殺意を纏って聞こえてくる。
「【千穿奔流】」
槍系武器専用の戦闘スキルを発動し、高速の連続突きと共に一足飛びに間合いに踏み込んでくる仮名。残像が黒い線にしか見えないほどのその連撃を群影刀を宛がって、何とか受けきっていると、白煙霧が少しずつ晴れ始める。
「残念、時間切れ……」
仮名が手元を微かに動かしたかと思うと、その手元から無数の光の粒子となった漆黒の嘴槍が空中に吸い込まれるように消滅していく。
「武器を見られないようにすることに意味あるの……?」
「趣味」
「アンダーヒルか」
「あそこまで無欲にはなれない」
アンダーヒルのことを知っていること自体が驚きだが。
視界の端に、『うっはぁー♪』とやたらハイテンションな様子で俺と仮名の膠着状態を観戦しているパティの姿が映る。
アイツも何だかんだ生粋の戦闘狂だからな……などと考えつつ、俺はバックステップで距離を取る。
周囲を、そして仮名の背後を見ても、生体を持たない魔力生成の召喚獣である『妖魔犬』たちは、その時点で既に文字通り影も形もなくなっていた。
順当に頭を巡らせれば仮名の召喚した三百一の召喚獣“ペリュトン”によって一匹残らず駆逐されたことになるのだが、それ自体はさほど驚かない。何故なら【魔犬召喚術式】で召喚できる“犬”の属性を持つ魔獣の中でも、妖魔犬は比較的弱い部類に入る召喚獣だからだ。
「それより元々の戦い方はそうじゃないはず。本気出してよ、魔弾刀」
「ッ!?」
仮名の呟くような言い方の台詞に、一瞬身体が震えるほど驚いた。
コイツ、何で俺の……前の俺のコトを知ってるんだ……?
途端、「【煙天下】」と再び呟いた仮名から白煙が周囲に噴出し、視界が真っ白になって至近距離にいる仮名の輪郭以外が見えなくなる。
「そうでしょ、≪アルカナクラウン≫二代目ギルドリーダー、『魔弾刀のシイナ』」
カツン、カツン――――と足音を響かせながら、囁くように、静かに微かにそう言葉を紡ぐ仮名。その言葉は、紛れもなくこの俺についての真実だ。
しかも、ゆっくりと歩いて身体を寄せてくる仮名には、直前までぴりぴりという感覚として感じていた殺気がまったくと言っていいほどなくなっていた。
仮名はスッと頭の上のウサ耳を外してそれもウィンドウのアクセサリーボックスに仕舞い込むと、顔を上げて薄い笑みを浮かべた。
何だ、コイツ。決闘中だっていうのに、まるで闘う気がないような……。
「お前、誰だ……?」
「誰でもない。故の仮名。ただし、ここに来る前に所属してたギルドは――――≪シャルフ・フリューゲル≫」
またアイツか……。
この強さも、この奇妙さも、何故かアプリコット関係だと思うとほっとするな。
「役者か?」
「否定。私は自立する立役者。舞台上の部外者だよ。特に意味もないし、特に意図もない。あの狂神は関係ない」
わけがわからないことばっかり言うのは、アイツの関係者の悪い癖だから気にしたら負けと考えよう。
ただ、どうも嘘を吐いているようには見えない。
何となくという曖昧すぎる直感だが、不思議と疑う気は起きなかった。
「私のここにいる理由は気にしなくてもいい。むしろ気にしない方がいい。それより私は今、お前の相手をしてるんだ。今は目の前の、眼前の敵に注意しろ」
ギクリ、と一瞬身体が強張る。
次の瞬間、視界を過ぎった物に咄嗟に大罪魔銃の引き金を引く――――パァンッ!
激しい破裂音と共に俺の身体がわずかに傾き、銃弾が空間を裂いた銀閃を弾き飛ばした。
ギィンッと金切り声を上げて弾き飛ばされた短剣は、回転しながら仮名の頭上を通り抜けてその背後に落ちる。
しかし、次の瞬間――ギュン!
同じように煌く銀閃が俺の首に向かって、横薙ぎに振られる。
「っくッ……」
少し無理な体勢から手のひらを返し、群影刀の鎬を軌道上に宛がって、その太刀の一撃を寸前で止める。
わずかな光を纏った純白色の冷たい刀身、その刀は――
「お前、その刀……どうして……ッ」
「見覚えはあるよね――」
「伝説級武器……、【幻刀・小夜】……ッ!?」
――かつて失った、愛用の魔刀によく似ていた。




