(4)『仮名‐カナ‐』
ギルドハウス内に入ると、俺はパティことパトリシアについてエントランスホールを抜け、一階奥の大広間に通される。
≪アルカナクラウン≫は二階ロビーがこの大広間と同じ役割を果たしている。やはり無意識の内に比べてしまい、若干狭いようにも感じていたりもするのだが、実用的な話となればこの程度あれば十分だ。
「内装ちょっと変えたんだね」
「うんっ。私の権限で♪」
「メイドの権限についての認識に大きな誤差を感じるんだけど……」
「えっ? 権限の誤作動?」
「いつのまに全自動化されてたの!?」
などと普段と違う口調のせいで何処となく感じるツッコミにくさに戸惑いながらも他愛のない会話を交わしていると――――ピーン、ポーン……。
突然、呼び鈴が響いた。
「あり? またお客様?」
パティはウィンドウを操作すると、
「はぁいっ、誰でしょうっ?」
『不躾ですが、貴女こそ誰なのでしょうか』
「なんかスッゴい反応に困る子が来たんだけど誰この子。何処さん?」
それを通信の向こうにも聞こえそうな声で言うなよ。たぶん聞こえてるだろうし。いや、間違いなく聞こえてるだろうし。
こっちに振られても声に聞き覚えはないし、話し方は何処となくアンダーヒルに似ているような気がしないでもないが、少なくともこんな返しをする子じゃない。という思考回路を元に首を横に振ると、
「名乗らない者に門戸を開くつもりはないよ。とっとこ帰って」
パティがそう言って、「いょしっ」とばかりにサムズアップしてくる。
対して通信回線の向こうの相手は暫しの間沈黙し、
『……仮名(仮名』
何だこの、地味な面倒くささ。マトモな返し方とは到底思えない返事だな。
ともあれ最初の一言は何処かくぐもっていたからよくわからなかったが、どうやら女みたいだな。たぶん、年下の。
「んでご用件は?」
やはり特に知り合いというわけではなかったらしいパティが、マニュアルに従って用件を訊いているのを後目に席を離れ、エントランスホールを抜けて入り口の大扉に近付く。
『――用は単純です。私を雇え』
扉の向こうから少し不機嫌そうな雰囲気を纏った声でそんな台詞が聞こえてきた。
まるでパティみたいだな。雇ってもらうのではなく雇わせようとする辺りが。
「雇え……っていきなり言われても困るかな。何ができるの?」
振り返ると、どうやら俺に会話が聞こえるように配慮してくれたらしいパティが、大扉に歩み寄ってきていた。
『私は強い。だから傭兵として雇えばいい。また可愛げはなくても私は可愛い。メイドにしても十二分に映えます。万能』
「「……」」
俺とパティは思わず黙り込んだ。
「……自信過剰な人だね」
「……うん。どうしよ、シイナ」
などと俺とパティの間で声を潜めた密談が交わされる。
「ギルドに入りたいってこと?」
『そう取ってもらって構わない。クレイモアという名前はそこはかとなく格好いい』
棒読みかつあからさま過ぎて普通にバレるお世辞で持ち上げてきた。
え、何なのコイツ。何がしたいの?
「とりあえず中に入れる? それとも傭兵って言うならそこそこの暇潰しにはなるかもしれないし、ちょっと戦ってみる? トライアルデュエる?」
「いや、それパティの独断で決めちゃダメでしょ。とりあえず……って言うならまずGLとSLを起こしてきて――」
「ううん、メイド権限あるから」
「メイドに門番って意味はなかったはずだけど……」
まぁ、他ギルドのことだ。口出しはしないようにしよう。
「じゃあ決まり♪」
思いっきり楽しげに語尾を跳ねさせたパティは、音声通信を切って大扉を開けた。
「じゃあ、入団試験決闘をやるから、準備して」
「了解」
扉の前に立っていたのは、金糸の刺繍が各部に施された豪奢な白のドレスローブを纏った小柄な女の子だった。
(そして何故ウサギ耳……ッ!?)
思わず吹き出しそうになった。
豪華な装飾のドレスローブと安っぽいウサ耳カチューシャの違和感が凄まじい。
しかも元々獣人なのか、ウサ耳の少し後ろに猫耳ついてるし。
本気で何したいの、コイツ?
ただ、少なくともさっき言った自信過剰の一端、容姿については強ち過剰というわけではなさそうだった。つまり、言うだけはあった。どちらにせよ、アバターのものではあるのだが。
「ん……?」
俺を見た瞬間、その少女――仮名は目を見開いた。
「えっ――」
「何でもありません」
「――と何か……そう……」
俺の言葉を遮るほどの早さで即座に否定はしていたが、あの目は、少なくとも何かを考えた目だった。
(会った憶えはないけど、この俺を知ってるらしいな――)
多少警戒しておいた方が良さそうだな。もちろん表には出さないように、だが。
この仮名という女、何処となく嫌な感じが――もとい嫌な予感がする。
「どしたの、シイナん」
「いや、パティ。シイナんって呼ばないで。ウチに居座る某変人がたまに私のことそう呼ぶから」
「んー、まぁいいや。トライアルは三割ルール二勝で合格でいい?」
パティのルール設定に、仮名はこくりと頷いて応える。
三割ルールというのはその名の通り、相手の体力を三割まで削った方の勝ちだ。三割ラインでシステム保護がかかり、三割未満には体力が落ちなくなる。
決闘中は即死判定も無効化するため、最も安全な決闘ルールのひとつだ。
それでも武器・アイテム具現不可&スキル・魔法・超能力使用不可&プレイヤーへの接触不可のルールのじゃんけんほど安全ではないが。
パティはくすりと薄い笑みを浮かべると、「それじゃあ――」と前置きするように呟いて、高速タッチでウィンドウを操作し、仮名に決闘を申し込む。
しかし頭上に浮かんでいるだろう決闘のシステムメッセージウィンドウを見て、仮名はかくっと首を傾げた。
それに対してパティは、
「一回勝負なのは気にしないで。二戦目は任せたよっ、シイナ♪」
「え゛……俺、ここのギルメンじゃないんだけど」
「細かいことは気にしなさんなっ!」
俺の正直なツッコミを笑い飛ばしたパティは、にぃぃっとさっきまでとはまた違った、口角をつり上げ、嗜虐的な笑みを浮かべる。
「私が勝てば、シイナは戦うまでもないわけだしねっ♪」
その台詞、下手すると負けフラグだよな、と心中で思わずツッコミを入れる。
そして――――決闘のカウントダウンが始まる。
五――。
パティがウィンドウを操作し、ギルド名と同じ名前を持つ両手剣、【聖王近衛剣クレイモア・ハウル】を引っ張り出す。
仮名は、動かない。
四――。
パティはクレイモアを上方に放り、その一瞬で再びウィンドウに触れ、左手にショットガンを具現化した。
仮名は、動かない。
三――。
さらに左腿の専用帯銃帯にショットガンを納める。
仮名は、動かない。
二――。
ウィンドウを閉じたパティは、流れるような動作で落ちてきたクレイモアを片手で受け、両手で斜めに構える。
特殊な構えだ。
しかし仮名は、動かない。
一――。
仮名は、動かない。
しかし、ただ一言。
開始――。
「【煙天下】」
ボフンッ!
目の前が、白煙に塗り潰された。




