(3)『良き隣人』
DO攻略に貢献を宣言した三番目のギルドにして、≪アルカナクラウン≫の良き隣人――――≪クレイモア≫。
直接的ではないかもしれないが、≪クレイモア≫の成果は、直接攻略に参加するギルドと名を連ねても並べても、何の遜色はない――――少なくとも俺はそう思っていた。
彼らの主な仕事は三つだ。
まず物資調達。
人員に余裕のない攻略参加ギルド、つまり今のところは俺たちとアプリコット限定になるが、必要なモンスター素材やアイテム等を依頼として出しておけば、攻略に出向いている間に用意してくれる。
この依頼は、物資関連でなくても色々と勝手がきく何でも屋の側面が強い。アプリコットなんかは、アイテムや武器の受け取り、誰かへの使いと色々依頼して有効活用しているらしい。
次に連絡役。
今の攻略直接参加ギルド四つ、つまり≪アルカナクラウン≫≪シャルフ・フリューゲル≫≪竜乙女達≫≪ジークフリート聖騎士同盟≫だが。
現在これらのギルドは、極力その四つに≪クレイモア≫を加えた関連ギルド以外のプレイヤーとの直接接触は避ける決まりになっている。
これは単純に、ドレッドレイド等の第三勢力――――攻略側でも≪道化の王冠≫側でもない連中の干渉を抑止するためだが、その時に仲介を担うのが連絡役の役割だ。
≪クレイモア≫は受けた連絡をすぐに各ギルドの担当者、≪アルカナクラウン≫ではトドロキさんかアンダーヒルに伝えられ、その判断を仰ぐシステムになっている。トドロキさん曰く、一枚挟むだけでも、危ない連中の内部侵入対策にはかなりの効果を発揮するらしい。
そして最後のひとつ。
それは監視警護だ。実のところ、これが≪クレイモア≫の請け負った主要職務だった。
しかしどれもが最前線クラスの戦力を持つ関連ギルド揃い。そんな中で何を警備するのか、という疑問も上がるだろう。
勿論、守るのはギルドじゃない――――塔だ。
つまりDO攻略の現場である巨塔だ。
彼らは東西南北に四つある塔の入り口にパトロールベースを設置し、ローテーションを組んで塔への出入りを制限している。
そして、基本的に関連ギルド以外のプレイヤーはそこで弾いているのだ。
攻略という目標に反しているように見えるかもしれないが、この職務の目的は前線攻略の促進にある。
考えてもみるといい。
何の制限も管理もなく、誰もが好き勝手に塔に出入りすれば、当然生半可な連中は掛け値なしにFOで最も鬼畜な環境で洗礼を受ける。
元々、FO全体で見ても塔の最上層に対応できるプレイヤーは少ない。
全員が武力行使に走るとは言わないが、中堅級の制止で止められるような実力しか持っていないようなら、塔に入ったところで自演の輪廻の犠牲になってるだろう。運よく免れたとしても偶然でしかない。
自己責任、とするにはそのリスクはあまりにも重い。
それを看過するくらいなら、出入りを制限して管理したほうが早い、ということだ。
ちなみにそれでも押し通ろうとする連中は放任するように言ってある。無理に止めてクレイモアのギルメンに危害が及ぶぐらいなら、自己責任で勝手に自滅してもらって構わない(どうせ後で様子を見には行かされるのだが、それはクレイモアより実力の高い≪竜乙女達≫が担当している)。そこまで面倒を見るほど、自分たちが特別という意識はないからだ。
(考えてみりゃ、結構、迷惑かけてんな……)
『棘付き兵器』と『雷犬の魔女』がこのギルドハウスを襲撃した時が筆頭だが。勿論字面を見ればわかるだろうが、当然その実行犯の内一人は俺のことだった。
(迷惑かけてるわけじゃないか……。役割分担だな)
アンダーヒルにそんなことを言われた時のことを思い出しながら、あの時もこのギルドハウスに入る時に使った大扉の前に立つ。
コンコン。
扉を叩く。
「はぁい、誰でしょうっ?」
すぐ隣から、ちょっと上ずった、焦ったような女性の声が聞こえてくる。
とはいえ誰かがいるわけではない。
ギルドハウスの戸が叩かれると、中にいるNPCか近くにいるプレイヤーにそれが伝わる仕様で、音声通信で応対することができるようになっているのだ。
「パティ? 私、シイナ」
知っている声だったからすぐにそう返すと、しばらくしてギィ……と中から扉が開いた。そして金髪の短い髪を揺らして、可愛らしい顔がぴょこんと覗いて――
「シイナァ、久しぶりぃっ!」
がばっと抱き着いてきた。
そして俺の肩に体重を預け、ぴょんぴょんと跳び跳ねる。
「パティ、重い」
「あ、ゴメーンっ♪」
若干疲れ気味の声で言ってやると、メイド服姿の彼女は素直にパッと身を引いた。
彼女の名はパティことパトリシア。≪クレイモア≫の雇っているメイドだ。しかし、彼女はウチの深理玖射音とは決定的に違う。
「――と見せかけて隙ありっ!」
ちゅー。
ごすっ。
「痛いよっ!?」
「どっちが悪い?」
魔刀【群影刀バスカーヴィル】をチラつかせながら、満面の笑みを浮かべてわざとらしく問い掛けてやると、パティは引き攣った笑みを浮かべて後退った。
「わ、私だねっ」
「久しぶりより相変わらずね、パティ」
俺は首筋を――もとい首筋に残された傷を押さえるようにさする。
「シイナの血はとっても甘い蜂蜜林檎酒の味がするの。一番好きな味だから特別♪」
そう言った彼女は、唇に舌を這わせる。その奥には、鋭い牙が覗いた。
「ふふっ♪」
彼女の――パトリシアの種族は吸血姫。
そう――――彼女はプレイヤーなのだ。
さっきは≪クレイモア≫が雇っていると言ったが、正確にはパティの方が雇わせているという方が正しい。
≪クレイモア≫が間接的に攻略参加し出した頃からふらりと現れてメイドになった、かなりの変わり者だ。
ちなみに、吸血鬼・吸血公・吸血姫・永夜帝の吸血という行動が可能な種族はプレイヤーやモンスターの血を吸ってエナジードレインすることができる。味は個体によって違うらしいが、大抵は甘めの味付けらしい。
趣味悪いとか言ったら負けだ。気にする時点で負けの気もするが。
「まぁ、久しぶりって言っても、前に来た時から一ヶ月経ってないけどね?」
「そだった?」
少しとぼけるような調子で笑うパティ。少しお調子者だが、吸血癖さえなければそれなりの好人物だ。
鬼のように強いし。
直にやったわけじゃないが、彼女の戦闘を見たことはある。正直まともにやって勝てるかどうかは五分五分だ。
「それで今日は何の用事?」
パティが本題を訊いてくる。
「午前中にNoraに呼ばれてるんだけど、聞いてない?」
「確かに午前中だけどちょっと早くない? まだ八時前だよ? あ、ちょっちっ。八時半前だよぉ?」
「今、時計読み間違えなかった……?」
「いにゃ、数字を読み違えただけ」
「尚悪いよ、それ」
「まーまー♪ ノラちゃん、まだ起きてないけど、中で待ってる?」
相変わらずノーラのことをそんな危うい名前で呼んでるのか、コイツ。
「うん、じゃあお言葉に甘えようかな。ウチは今、嵐が……」
「何か言った?」
「ううん、何もっ。ありがとう、パティ」
「これも仕事仕事っ♪」
パティはそう言うと、ようやくメイドらしい恭しい所作で、俺にギルドハウスの中へ入るよう促した。




