(2)『暴嵐』
≪アルカナクラウン≫のギルドハウスは、朝から喧騒に包まれていた。
二階ロビー。
ギルドハウス内で最も広いその空間の中央では、まるで吹き荒れる暴風のように高速で動き回る二人が、一瞬の交錯の度にその手の短剣と太刀を振るう。
ギンッ、ギャリィッ!
互いに打ち合い震えるように響きわたる金属音は、ロビーから1階のエントランスホールまで抜けていき、不気味とも言える不自然さで建物全体へ反響していく。
「理音、茶をくれるか」
「はい、どうぞっ」
俺の右隣では、楽しげに目を細めたリュウが中央の嵐の影響で壁際まで吹っ飛ばされてきたテーブルに腰掛けて、お代わりの緑茶を啜っている。
しかも、困ったような笑みを浮かべて中央を見詰めつつ傍に控える、外ハネした茶髪が特徴的なメイド――理音に「放っておけばいずれやめるだろう」などと言いながら、二人から否応なしに伝わってくる緊迫した空気と聞こえる暴言の応酬を軽く受け流して、和やかに振る舞っている。
「シイナ様もお代わりはいかがですか?」
左隣からそう訊ねてくるのは≪アルカナクラウン≫で最優秀メイド少女――射音だ。
いかがでしょう、と問い直すようにわずかに首を傾げる射音の藍色のボブカットの毛先が揺れ、赤みのかった茶色の瞳がまっすぐ俺を見つめてくる。
「あぁ、貰うよ」
手にしていた湯呑みを差し出すと、ほんのり香る茶葉の香りが広がってくる。
射音の顔を見るのは久しぶりな気がする。基本的には刹那付きの専用メイドだったりするからだ。
ちなみに今は人も増えてあまり関係なくなっているが、元々は深音がリュウの、玖音がシンの、そして理音が俺の専属メイドだった。
とは言え、刹那以外はあまりギルドハウスに寝泊まりしていなかったから、かなりどうでもいい取り決めではあったのだが。
件の御主人様は、絶賛喧嘩の真っ最中だけどな。
例によって、口喧嘩から始まる刹那とシンのしょうもない争いである。
俺がいつもより早く目を覚まして、一人ロビーまでやって来ると既にバトルは始まっていて、こんな状態だった。どうしてこうなったか、なんて経緯は知る由もないし知りたくもない。
「いや、まったく困ったものですね、宛先考えずに暴れるトラブルメーカーは♪」
「お前にだけは言われたくないと思うぞ、トラブルクリエイター。宛先考えずってなんだよ。後先だろ」
背後から聞こえてきた愉快そうな声に即座にツッコミを返す。
声の持ち主は、後ろの三人掛けソファを1人で堂々選挙した挙げ句、いつのまにかちゃっかり白色の鋭い翼を模したマークの旗まで増設している≪シャルフ・フリューゲル≫のギルドリーダー、[アプリコット]だ。
――鋭い形状の翼の旗を掲げて。
「いえいえ、宛先で合ってますよ♪ だって相手はちゃんと選ばないと、万が一反応してくれない人だったら構ってちゃんは寂しくて死んじゃうじゃないですか」
「うさぎか」
ぴょこん――――と跳ねるように俺の右隣、リュウと俺の間に飛び出してきたアプリコットはバニーガールの衣装を身に纏っていた。
あざといな。
「まぁ、刹那んとシンは面白い意味で息ぴったりですから、ほっとけばその内収まりますよ…………主に全身疲労で」
アホな理由だ……。
「ちょっとした手合わせぐらいに思っときゃいいんですよ♪ ボクもたまには誰かとやってみた方がいいですかね? 個人的には詩音やネア辺りが注目株なんですけど。あ、アルト辺りも捨てがたいですかね♪」
取捨の問題じゃない。
「全員シイナのリアル関係者ですよね?」
よく考えると確かにそうだな――――前二人はともかくアルトのことはコイツに言った覚えがないんだが。
「アルトもそうなのか?」
リュウが驚いたような顔をして、こっちに視線を向けてくる。
九条椎乃。
水橋苗。
四光寺凜。
凜ちゃんだけは妹でワンクッション入ってるが、リアル関係者だ。
「で、誰が一番可愛いですかっ!?」
「それはもちろん――――さも最初からそうだったみたいに話をすり替えるな。いつもとテンションが違ったせいで思わず口を滑らせるとこだったろうが」
「案外シスコンなんですね、シイナって」
(何故バレたッ……!?)
アプリコットは楽しげに微笑みながら、突然取り出した手帳にさらさらとペンを走らせ始める。
『九条椎名はシスコン♪』
「本名書くな」
そしてメモるな。
俺の言葉を無視して、鼻唄交じりに手合わせの相手を探しにいくアプリコットをジト目で見送ると、ポップアップメニューウィンドウを開いて今日の予定を確認する。
(……そういや、クレイモアからの呼び出し、今日だったっけ)
「今日は何かあったか、シイナ」
リュウが訊ねてくる。
ウィンドウの内容は見えてないはずだが、大体考えることは読まれてるらしい。
長い付き合いだしな。
「攻略はSPA担当だし、全体スケジュールは入ってないな。俺は午前中Nolaさんと予定が入ってるけど、そっちは何か予定は?」
忘れているかもしれないが、SPAはSiegfried Paladins Alliance――――『聖騎士』[ガウェイン]をリーダーとする≪ジークフリート聖騎士同盟≫の略称、通り名だ。
「近い内にシンと少し出る予定はあったがな。特に予定がないなら今日でもいいか」
「出るって何処に行く気なんだ?」
「ちょっとした探し物だ」
はっは、と何か企み顔で笑ったリュウは
「さて、そろそろ止めに入るか」
と軽い調子で金属質の竜の骨を使った剛大剣【竜鋼骨アーセナルギア】と巨大な大鷹の爪を模した【大鷹爪剣ファルシオン】を両手にオブジェクト化する。
「おい、お前――」
「最近暴れ足りなかったからな。お前も参加するか?」
「ただでさえ嵐が暴れてる所に暴嵐が入るって言ってんのに……。俺が入るとただの邪魔だろ」
「そうか。そうでもないとは思うがな。それじゃ仕方ないな――」
ググッと、太い腕に力がこもる。
「――【剛力武装】」
暴れ足りないも何も、単純に本気出す場所が間違ってるだけじゃないのか……?
「ケンカの仲裁で本気モードに入ってどうすんだよ、まったく……」
ズンッ……。
足音が、響く。
ズンッ……。
大柄なリュウの体重に二本の剛大剣の重さが加わり、地響きに変わる。
リュウは軽々持ち上げた二本の剣を手の中でくるりと回転させる。刃の方で斬るのではなく、峰の方で打つためだ。
ダメージを与えないスキル【未必の故意】を使わずに――――。
二人はまだ気づいていない。
リュウは鍔迫り合う二人のサイドから、わざと気配を殺して近付いていく。
「喧嘩を止めるのは口実で、暴れたいってのが本音らしいな……」
暴れたいというか、派手なばか騒ぎか。
リュウにしては珍しく。
「ちょ、リュウ落ち着――」
「何でいきなりカームなのよ!」
「はっはっは、たまには俺も混ぜろ!」
刃と刃の打ち合う音が一際重くなる。
「さて俺は……」
文字通り、戦いの余波が嵐のように吹き暴れるロビーから目を逸らし、エントランスホールに降りる階段に向かう。
「シイナ様、どちらへ?」
「ちょっとお隣さんに」
時間は八時十三分。
まぁ、起きてるだろう。
「お気をつけて」
「いってらっしゃいですーっ」
射音と理音に見送られ、俺はギルドを後にした。




