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FreiheitOnline‐フライハイトオンライン‐  作者: 立花詩歌
断章『非日常にも日常の風を―仮想空間のそのとき―』
279/351

『汎発竜匣パンデミック・c』

「おかえり、シイナ。そして喜べ。結局使えるのはこんだけみたいだ」


 刹那を隣室に送り届けた俺が≪アルカナクラウン≫ギルドハウス二階GLルーム――つまり自分の部屋に戻ると、一言の断りもなく堂々ベッドの端に腰掛けていたシンが自嘲するように報告してくる。

 よく他人事みたいに自分のことを皮肉れるもんだな。

 俺が真偽を計るように窓際に座っていた黒ずくめの人影に視線を送ると、その人物――アンダーヒルはこくりと頷いて、ガチャンと【コヴロフ】に弾倉(マガジン)を差し込みながら立ち上がった。

 そしてシンの“こんだけ”という言葉に応じ、お互いに視線を交わす。

 目が、合う。

 シン、アンダーヒル、リコ、詩音(シオン)、サジテール――。


()()()()無事、ってことだな」


 現状、アルカナクラウンで起こっている熱や意識混濁などを始めとする体調不良を発症していない面子だった。

 シン・アンダーヒル・詩音。

 この三人はそれぞれ、多かれ少なかれ毒への耐性を持つ種族だ。

 そもそも(ああ見えて)生体ではなく生体に似せた鎧装に意思が宿った種族、霊騎装(タマツチ)系の詩音は対毒耐性値100――つまり毒はまったく効かない。

 その後に毒の影響を九割以上無効化できる魔人種(ウォーロック)のシン。二割程抑える影魔種(シャドウ)のアンダーヒルが続く。

 そして、詩音と同じく生体ではないリコとサジテールも毒は完全に無効化する。

 人間(ヒューマン)の俺だけ悲劇的に何もない。一歩廊下に足を踏み出せば、周囲の空気は全て害気だ。今でさえ、何度かこの部屋の扉は開閉してしまったのだから、部屋の中だって安全とは言えない。

 そう、つまり突発的に起こったこの汎発流行(パンデミック)の原因は、ギルド中に撒き散らされた毒ガスの影響だった。

 その発生源は、このギルドに来てから今日でちょうど一週間のドラゴンパピー。

 一晩見ない間に頭尾長五メートル体高三メートルほどにまで急激に成長した毒竜『アナプノイ・クルヴィウス』だ。

 口から空気を吸い込み、背中の噴出孔から吐き出した毒ガスを翼の羽搏(はばた)きで拡散させる『毒の檻(ピーケージ)』という性質を持つソイツは、存在するだけで空気を毒に変えていく。

 確か何処かのボスだった覚えがあるのだが、正直どうやって倒したのかまでは覚えていない。実物を見れば思い出すのだろうか。

 この毒の厄介な点は、無色無臭でじわじわと効果が現れ、そして何よりも通常の解毒薬が効かないことだった。

 情報家(アンダーヒル)によると時間経過によってのみ、快復が確認されているらしい。つまり今風邪に近い症状を発症している他のメンバーも、放っておけばじきに治るということだ。

 もちろん――――現状を一刻も早く打開しなければそれがずっと続くのだが。


「俺もあんまり()たないからな。正直、今ですらちょっと気分悪い」


 軽い頭痛を堪えながらそう言う俺の額に手を当てて「んー、三十六度九分。微熱かな?」とサジテールが呟く。


「まぁ、シイナも時間の問題だろうな」


 同じ人間(ヒューマン)である刹那が熱で倒れているのにどうしてお前が無事なんだよ、お前要らないから女の子出せよと理不尽な要求と共に疑問を投げ掛けられたりしそうなものだが、その答えは至極単純。

 つまり、()()()()()()()のは俺がリコ・サジテールと共に外出していた時だったからだ。目的はただの買出し(パシリ)だったけどな。


「耐性とかあんまり考えたことなかったけど、便利な時は意外と便利だねー」


 ただ一人、まるで曲芸師のように床で片腕逆立ちをしながら、のんきにそんな感想を漏らすのは詩音(シオン)だ。

 便利な時に便利ってどんな言い回しだよ。当たり前だろ、ソレ。


「ぶっちゃけ、何で魔人が平気なくせに天使じゃダメなのかわかりませんよね♪ 浄化ぐらいできても良さそうなもんじゃないですか? ……ゴホッゴホッ」


 かすれかけた声の割にやたらと元気な語調で文句を言っているのはもちろんのことアプリコットだ。しかし最後に咳き込んだのもそうだが、よく聞くとアプリコットらしくない普通のクレームだ。やはり普段通り振る舞おうとしてはいるが、何ともないわけじゃないのだろう。

 ちなみにアプリコットが俺の部屋のベッドで寝ているのは、普段使いの寝床(ソファ)が使えないからだ。

 廊下やエントランスホールと共にロビーにも毒ガスが充満しているから、というのもあるが、それ以前に毒檻竜(クルヴィウス)が何処にいるのかわからないからというのが最も大きな理由だった。

 ギルドハウス中に大量に設置された監視鏡も、いつのまにか全て砕かれて、処分されていたらしい。

 恩を仇で返しすぎだろ、あのチビ竜。


「たまには大人しくしてろよ、アプリコット。体調悪いんだから」


 仮にも病人だからだろう。シンが起き上がろうとするアプリコットをベッドに優しく押し戻し、布団をかけ直してやっている。


「きゅん……♪」

「おい、アプリコット。何だその擬音、気味悪いな……ってか口に出すな」

「いやいや、ナニ言ってんですか。気味悪くなんかないですよ。だってボクは、シンにそんなラブコメっぽいことされても今さらときめいたりしませんから♪」

「廊下に放り出すぞ」


 シンはピシッとこめかみを引き攣らせて、叩きつけるように言い放つ。

 前言撤回。アプリコットさん、半分くらいはいつも通りだ。いや、六割か。


「ゴホッ……とにかく情けないですが、ボクは動けそうにありません。一刻も早く現況の元凶たるあの竜を捕獲してきてください。……ゴホッゴホンッ」


 いや、その元凶の原凶はお前だったと思うんだが。


「そう――――現況の元凶たる厄介者、“()()()”を!」

「シン、手伝え。コイツをクルヴィウスに喰わせて鎮めよう。そうすれば万事解決」

「何となくそんな気がしないでもない気がしてきたよ、シイナ」

「刹那んやアンダーヒルを差し置いて、隠しルートのボクがシイナにおいしくいただかれるわけにはいきませんね♪」


 十割に上方修正しました。


「それはともかく、まずは捜索から始めなければならないのは事実です。扉を出たら私とシイナで右、シンは正面奥、詩音・リコ・サジテールは左から下の階へ下り、一階と地下階を分担して捜索してください。担当区域を探し終えた時点で対象が見つからなければ私かシイナに報告をお願いします。なお、これは捕獲が目的ですので、部位切断など致命傷となりうる攻撃は控えてください」

「らじゃっ!」


 お前は(クロウ)さえ出さなきゃ致命傷与える技はないからな、詩音――――心中でそんなツッコミを入れつつ、正直困っていた。

 打撃系ならともかく、切断系と銃だけじゃ戦力外だぞ。下手すると、攻撃するだけで殺しかねないからな。


群影刀(バスカーヴィル)の峰で殴るしかないな……うん)


 そんなことを考えている間に、気がつくと扉が開いていて、シンと詩音・リコが部屋から飛び出していった。

 俺も続いて部屋を出ようと足を踏み出した時、サジテールが突然前に割り込んできて後ろ手にパタンと扉を閉めてしまう。

 まるで通せんぼをするように。


「どうした、サジテール」

「いやいや、ちょっとね。御主人様(マイマスター)、気休め程度にしかならないけど私のサポートいる?」

「……サポート?」

「うん、アルティフィシアル・サジテール・サポートサービス。(さそ)(みちび)け――――不可能性領域(フィアース・スフィア)


 どこぞの企業か。

 サジテールは俺の目の前にスッと組んだ両手を差し出し、それをパッと離す。

 フワッと手と手の間に光を包んだ透き通る水のようなビジュアルの球体『フィアース・スフィア』が出現した。サジテールはそれをおもむろに左胸に当てる。


不可能性領域(F・S)――――不可能事象(インポッシブル)≪呼吸により、周囲の毒性気体を無毒化する≫……ちょっと痛いけどごめんね、マスター♪」

「へ?」


 ドスッ。

 それはもう、思わず見惚(みと)れるほどに可愛い笑顔を浮かべたサジテールの指が右胸のわずか上、鎖骨の下辺りに食い込んだ――――(きし)む。

 痛みで思わずその手を払いのけた途端、サジテールはくすりと笑み、


「それじゃあ、頑張ってね。ご主人様(マイマスター)♪」


 くるりと扉に向き直ったサジテールは少しだけそれを開けると、そのぎりぎりの隙間から抜けて部屋を出ていってしまった。

 少しは説明をしてからにしろよ。確かに急いだほうがいいのはわかるけども!


「大丈夫ですか、シイナ」

「本当に心配してくれてるのか?」


 それならせめて、こっちを向いて言って欲しい。なんかわざと目を逸らしてるようにも見えるぞ、それ。


「……私はいつもあなたが心配です」

「そんな不機嫌そうに言われても困る」


 振り向いてきたアンダーヒルが、ジッと俺の目を見上げてくる。


「そうですか?」

「そうですが?」

「そうですか」

「そうですよ」


 何だ、この遣り取り。

 一人だけ、シンや詩音と比べて毒の耐性値が低いこともあって、一抹の不安が脳裏を(よぎ)った。


「それではいきましょうか」

「ちょっと待った」

「……?」


 アンダーヒルがドアノブに手をかけたまま振り返った瞬間、その頭に手を乗せておでことおでこを合わせた。


「なっ……」


 やっぱり、ちょっと熱い。

 何だかんだアンダーヒルも万全じゃないのだ、と即座に結論付け、おでこを離す。


「お前、ホントに大丈夫なのか? ちょっと熱があるみた……どうした?」

「いえ、私は大丈夫ですが……(ひたい)……」


 九条家(ウチ)はいつもこれだったから気にしなかったけど、そういえば異性(オンナノコ)にしたことはなかったかも――――と考えた途端、急に恥ずかしくなってきた。これはマズい。前に男の娘に同じことをした覚えはあるが。


「熱いですね、ご両人♪」


 誰でもいいから他でもないアイツのために口にガムテープを貼ってくれ。


「ゴホッ……シイナ、無事に帰ってきたら結婚しま――」


 不吉なことを言うアプリコットを置いて、俺はアンダーヒルと外に出た。

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