『奇行師アプリコットの遊臥な一日・e』
十一時二十一分――。
「やっほー、よく約束を守って来てくれましたね。Re」
「drumが抜けてるわよ、アプリコット」
「それにその連中、約束ひとつぐらいも守れないのかよ。一人でもないし、思っきし遅刻もしてるしよー」
「まぁ、細かいところはどうでもいいんですよ。特別興味もないですし、特別に特別扱いで特別気にしないでやりましょう、ネル、ツクヨミ。せっかくこうして名祟る有名人が三人も来てくれたんですから、ね♪」
[Redrum][グリムリーパー][グスタフ]と高レベルのPKP――プレイヤーキルプレイヤーの三人と対峙してもなお、≪シャルフ・フリューゲル≫に名を連ねるメンバーは少しもブレることを知らなかった。
「――私が知らない有名人なら無名無実がいいところ。……無名有罪なら個人的に落とし所もなくはない」
「いやいや、カナにかかっちゃ十人一色無実有罪がデフォルトでしょうよ、この捻くれ者」
「――審議拒否」
むしろ留まるところを知らなかった、と言うべきだった。
「あぁ、放置してすみませんね、レッドラム。何せ頭がおかしいのが約一名いるものでコミュニケーションが、っぷはっ、くくくっ、成り立たなくてですね」
「――自重しろ、ストレローク」
「どうして撃たないんだ、ローク」
「ロークの初撃を試合開始の合図にしようと虎視眈々と待ってたんですよ?」
「あなたたちは……」
打ち合わせていたかのように不在のストレロークに話が一向に進まない責任をさりげなく押しつけているのだが、『天盾樹』の樹上にいるストレロークがひっそりと項垂れているのはそこにいる誰もが知る由もない。
「噂通りの狂人集団みてーだな、第二位サマよォ。お前らは何だ……大道芸人でも目指してんのか?」
濃紅色のローブに身を包み、顔をフードで隠した被った男――レッドラムが口元に巻き付けられた包帯を少し引き、初めて声を上げた。
「はっは、狂人だなんて褒め言葉以外の何者でもないですよ。強靭と言われるのはそこそこ意外と心外ですが」
「――ベヒモス……」
「ベヒモス?」
「――獣の王」
「おっと、呆けた割にさすがですね♪ 面と向かってわっかりにくい陰口叩くなんざ逆立ちしたってできませんよ。それに獣と言うなら、そっちに適役な敵役がいるでしょうに」
アプリコットの視線の先で何かを堪えるかのように巨躯を震わせる大男――グスタフは、自分のことだと気付いたのかフードを後ろに下ろしてアプリコットに目を向ける。
まるで血の匂いに闘争本能を刺激された捕食者のように、殺意に翻弄される獣の目だ。
「なぁ、もういいだろ、大将。俺ぁもう我慢の限界なんだからよぉぉ……」
「ったくお前は仕方ねェな……。GR、お前あの女を殺れ。お前、ああいう女好きだろ」
レッドラムが隣の小柄な男――グリムリーパーにそう言う。その右手が指しているのは、巨鎚を肩に担いで凛々しく佇むイネルティアだ。
「あはっ、いいのか? って言うか、そっちのもう一人も任せろよ。少しずつひん剥いて串刺しにしてやるからさ」
グリムリーパーは笑いながら、嘲る調子で仮名も指差し、その手に凶々しく赤い液体を滴らせる黒い大鎌を出現させて槍のように構える。
「――へぇ……」
つまらなそうな語調で仮名がグリムリーパーに流し目を遣る。
「――アプリコット」
「殺さないでやってください♪」
「――了解。殺す」
仮名は心底つまらなそうな語調とは裏腹に楽しげな――愉しげな笑みを浮かべて被っていたフードをさらに引き下げる。戦闘後を想像して、愉悦に浸るその表情を隠すかのように。
そして不運もとい悲運にも、グリムリーパーはまだ知らない。仮名やアプリコットに関しては、この不統一性に気味の悪さを感じているようでは、敵対することなど無謀以外の何モノでもないことに。
「っつー感じで御愁傷様ぁー。それでボクの火遊び相手は誰ですかね?」
早速、巨鎚と大戦鎌で打ち合いながら少しずつ離れていくイネルティアとグリムリーパー、それを楽しげに後ろで眺める仮名を横目に、アプリコットはレッドラムとグスタフにそんな問いを投げ掛ける。
「グスタフ、お前は上の狙撃手を喰い殺せ」
「おぉぉっ、わかってんじゃねぇか、大将。感激だぜぇ! あんな不味そうなデカブツを相手させられるんじゃねえかと胆を冷やしてたところだったんだよなぁぁぁぁぁ」
恍惚とした表情を浮かべ、ボサボサの長髪を振り乱すグスタフ。それを見たアプリコットは即座に嫌がらせに頭を巡らせ、渦中のツクヨミに視線を遣る。
「あ、ツクヨミ。ロークの護衛任せましたよ」
「あぁ、冷えた心胆寒から凍めてやるよ」
ツクヨミはサムズアップしながらそう言うと、翼を広げて飛び上がった。
「グスタフ、余計なこと言った自業自得だ。あのデカブツも纏めて相手してやれ」
「そりゃねえぜ、大将!? あぁぁぁぁぁ、ちくしょぉぉぉぉぉぉっ!!!」
どかどかと足音を響かせながら、天盾樹に猛突進していくグスタフを楽しげに見送ると、
「さて、ボクたちはまったり世間話でもしてましょうか」
「あ゛ぁ? ふざけてんのか、第二位サマよォ」
「ふざけるほどふざけちゃいませんよ。これでボクらがバトるんなら、何のためにみんなを引き離したのかわかったもんじゃないでしょうに。じゃなきゃそっちより数が多いボクらは乱戦の方が優位なんですからこんな正々堂々な個人勝負に持ち込みませんよ♪ って何ですか、その化け物を見る目は。そんな目されてもボクの要求は取り下げませんよ?」
「…………『どうせ停滞するんだったらボクの手足になってストーリーを面白くしてみませんか』ってヤツか。ざけんな。どうしてテメェみたいなヤツに付き合わなきゃいけねえんだ」
「そんなもの決まってるじゃないですか」
アプリコットは両腕を胸の前で交差し、その外側に伸びた二本のブレードをシューッと擦り合わせると――――掻き消えた。
「ッ!?」
「遅い――もとい弱い」
ダンッ!
アプリコットはレッドラムの上に馬乗りになるように乗って地面に押さえつけ、二本のブレードの切っ先を地面に突き刺して、レッドラムの首を鋏のように挟む。
アプリコットは、抵抗すら出来なかったという事実に目を剥いて驚いたレッドラムの耳元にゆっくりと顔を近づける。その動きには迷いがなく、その表情は愉快気に歪む。
「視聴者の皆さんが楽しむためにはボクが楽しまなきゃいけません。だからボクが楽しめることをする。しかしボクはもう表舞台で色々裏の仕事をしなきゃいけないんですよね。謂わば黒子。つまりボクは裏では動けないんですよ。だからこそボクには忠実に正確に動かせる手足が――駒が必要なんですよ。そしてボクは後腐れなくいざとなれば使い捨てられるあなたたちに目を付けた。逆に言えば、あなたたちはボクに目を付けられた。このボク、すなわちこの『白夜の白昼夢』アプリコットにね。だからと言ってあなたたちに拒否権がないわけじゃあありません。ありませんなんてありませんとも。ただしその時はボクの心の安寧のためボクの脚本の安定のためにそこら辺のその辺りでパパッと大人しくしててもらいますけどね。でも安心してくださいね。ボクらは今でこそこんなよくわからない曖昧な無関係ですけど、元を糺して行いを正せば、儚にこの世界に閉じ込められた被害者同士じゃないですか。弱者の馴れ合いにも近いとはいえ、お友達にそんな惨いこととか酷いこととか、このボクに出来るわけないじゃないですか♪」
アプリコットは押し付けるように脅すように吐き出すように、レッドラムの耳元で囁き、畳み掛けた。淀みなくそう言い切ったアプリコットはパッと身体を起こすと、澱んだ空気を吹き飛ばすように完璧な作り笑いを演じてみせる。
アプリコットの狂気に満ちたそんな様子を間近で見たレッドラムがごくりと喉を鳴らした瞬間――
「――少し残念。殺す気失せた」
地面に押し倒されて目を見開いたままのレッドラムの隣に、どさっと何かが落ちた。
「何だ、カナにしちゃ異常に意外と早いですね」
「――飽きた疲れた面倒だった」
「お疲れ様です♪」
捻られぐにゃぐにゃに折り曲げられた自身の大戦鎌の柄で、動けないよう巧妙に拘束され、なおも容赦なく気絶させられたグリムリーパーの姿だった。
「あれ? ネルはどうしたんです?」
「――向こう。お株と武器奪われて呆然」
ドスンッと仮名の手からイネルティアの巨鎚【荒廃の残響】が滑り落ち、倒れた。
「相変わらず趣味悪ぃ戦い方しますね」
思わず口元を引き攣らせながらアプリコットがそう言うと、仮名はふっと笑って上を見上げた――――瞬間。
ズンッッッ!!!
【衛聖兵騎】の極太ビームと共に、グスタフの巨体が上空から落ちてきた。巨大な光の線に押し潰されたグスタフの姿は、眩い光の中に見えなくなる。
「相変わらず派手に叩くのやめましょうよ、ツクヨミ」
「悪ぃなッ! 癖だっ!!!」
ぼそりと呟くような声だったにも拘らず、アプリコットの声に反応したツクヨミの叫び声が頭上から降ってくる。
「あ、すいませんね。無視しちゃって。で、矜持――はどうでもいいんだった。協力してくれるんでしたっけ? どっちの返事だったか今の衝撃で記憶飛んじまったみたいで♪」
「ざけんじゃねェよ。俺はお前らみてえな化けモンには屈しねェ」
レッドラムは右手を伸ばし、アプリコットの首筋を掴んで引き寄せた。
「手足なんざ真っ平ごめんだ。テメェらにいいように使われるだけで済むと思うなよ」
「くっくっく、いい返事ですね。容赦なく全力全開で動いた甲斐もあるってモノです♪」
――――後のPKギルド≪ドレッドレイド≫発足、一ヶ月前の出来事である。




