『奇行師アプリコットの遊臥な一日・c』
十時四十一分――――港湾都市ヴァワン東部に存在する『天恵の植物宴』。
広大な敷地内にFOに存在する約七千種の植物系モンスターのほぼ全てと小動物を主とする動物型モンスターの一部が生息する自然公園のような場所だ。
しかしその危険度は、同じく自然公園の様相を呈する『クラエスの森』とは桁違いに高く、まさに天と地ほどの差があった。
『対空砲花』の誘導種子弾頭、『機関砲仙花』の種子弾幕、『高射楠花』の滞空種子機雷と実質的にプレイヤーの飛行を封じ込める三種の対空植物系モンスター。
地上を行けば、敷地の中心部から曲射で撃ち込まれる『迫撃砲金香』の多種子爆弾と、樹上からは『禁弾の火実』の落果爆雷、足元からは『竹の子地雷』や『毒砲烙茸』の条件反射トラップ。
これらのモンスターがほぼ全ての区域に無数に分布しているのだ。
あまつさえ実や蔓・花・茎・根までが攻撃の手段となっている植物要塞『征要夾竹塔』、自走する重装砲台『食竜植物』などの高火力モンスターに加え、銃士『植物怪銃』、剣士『樹精の衛士』など強力な自立歩行人型植物モンスターも動き回っている。
小国の軍隊を相手にするような規模の植物兵器のオンパレードだ。フィールドに足を踏み入れるだけで、そのほとんどがプレイヤーの大体の位置を捕捉する。
「ま、その分植物系の素材やアイテムは一度にたくさん手に入るので、アプリコットさんとしては大助かりなのでした♪」
「アプリコット、その『棘土筆』を何に使うつもり……?」
地面の一画に繁茂する、傍目ただの鋭い棘を嬉々として採取するアプリコットに、イネルティアはジト目を向けて呟くように訊ねる。
「もちろんワイ――」
「あ、もういいわ」
「ワイヤートラップだろうよ。なぁ、アプリコット」
「わざわざ斬って捨てたものを拾い直さないで。それとアプリコット、さっきから何回休憩と称してアイテム採取の時間を取るつもり? 既に遅刻は確定している時間だとわかっているのでしょうね?」
ちなみに残り十七秒で約束(?)の四十二分。事前決定した予定というものを重視するイネルティアにとって、遅刻は堪え難いものだった。
「まぁまぁ、奇襲上等でルールなんざ知るか的PKPが時間を守るとも思えませんし、もしかしたら先に行ったロークが奇跡的に間に合ってるかもしれないじゃないですか。それはもう引き隠りの運動不足に基づく結果で♪」
「その言い方だとまるで間に合っていないと言いたげに聞こえるけど?」
イネルティアの返しにアプリコットはにこりと笑うと、錆びついて頚関節の動きにくくなったロボットのような動作でぐぐぐっと顔を逸らした。
表情はぴくりと動いていないが。
「まぁあと十分ありますし、大丈夫ですよ♪ 仲間を信じましょうっ!」
「何を心にもないことを、ちょっと待ちなさい、アプリコット、まさか――」
「待ち合わせの時間は五十二分ですから?」
「だから予定の方から詐称するのはやめなさいと――ッ!!!」
「ククッ、はははははっ! アプリコットのこれはいつも通りに相変わらずだろ、ティア。ぶははっ!」
大爆笑するツクヨミ。ポップアップウィンドウを開いてヤケクソ気味にガリガリと予定表を書き換えていたイネルティアのこめかみに青筋が走る。
「さすがツクヨミ、名前に罪が入ってるだけはありますね♪」
「クックックッ」
「くっくっく♪」
イネルティアの瞳から虹彩が消えた。
「――雷霆精能力【閃脚万雷】――」
白光一閃。
残像が残るほどの速さでギャンッと振るわれた巨鎚【荒廃の残響】がアプリコットとツクヨミを2人纏めて薙ぎ払う。
ガードも出来ず、それぞれ横腹と背中に重い一撃を受けた2人は為す術もなく吹っ飛び、『大太刀葵』の密生地に思いっきり突っ込んだ。途端、刺激された周囲のハイビスカスが葉を――刃を二人に向かって次々と振り下ろす。
「ぎゃああああああああああっ!」
その斬撃は主にアプリコットに覆い被さるように飛ばされたツクヨミに当たっている。事実としては、殴り飛ばされる寸前にわずかに身体の位置をずらしてツクヨミの下になるように調整したアプリコットの一人勝ちだったようだ。
「……私が助ける。【水薙ぎ鳥】」
仮名の右手に薙刀状の水槍が現れ、それを両手で振り上げた仮名は刃葉の乱撃に晒される二人に向かって振り下ろした。
ばしゃあっ!
水槍の形が崩れ、二人とその周囲のハイビスカスは大量の水を被った。
「……【炎の海水浴】」
人知れず口元に薄笑いを浮かべた仮名の一言で、大量の水が炎に包まれた。同時にハイビスカスの動きが止まり、ボロボロと崩れ始める。
もちろんアプリコットとツクヨミも、文字通りその火中に晒されていた。
(確かにハイビスカスからは助けてるけど……、この助け方――――やっぱり何処かアプリコットに通じるものがあるわね……)
まるで助けなど名ばかりで、むしろトドメを刺そうとでもしているかのような暴挙を戦々恐々としながらも傍観しつつ、イネルティアはそんなことを考えている。彼女は≪シャルフ・フリューゲル≫メンバーで唯一アプリコットから仮名に対する警告を受けているのだ。
無論、助ける気がないのは確かだが、それは報復の代理と思っているわけでも、二人なら大丈夫だろうと根拠のないことを考えているわけでもない。単純に今の二人の残LPなら万にひとつも全損がありえないからだ。
ただそれ以上に、今の仮名の目に留まるようなことは危険、と判断したという理由の方が大きい。
「さて――」
火が消えるのを待って、イネルティアは困憊状態のアプリコットとツクヨミに声をかける。
隣からぼそりと、仮名の「外道……」という呟きがイネルティアの耳に届くが、彼女にだけは言われたくないため当然無視して言葉を続ける。
「――予定を何だと思っているのか、三十文字以内で答えなさい」
「前もって定めておいた行動基準で、完璧に遂行することが理想とされマス」
文字数オーバーの上に棒読みだった。
「おい、アプリコット」
「しーっ、逆らっちゃダメです、ツクヨミ。今のネル、目が据わってますから。このまま十分くらいは大人しく説教でも受けましょうか♪」
「アプリコット?」
満面の笑みを浮かべたイネルティアに睨まれ、アプリコットは再び顔を逸らした。
仮名が、さも思い通りという顔で笑っていたのは言うまでもない。




