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FreiheitOnline‐フライハイトオンライン‐  作者: 立花詩歌
第六章『トゥルース・ヒカリ―衝突と消失―』
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(44)『虚しい静寂』

「さて――」


 アンダーヒルが前置きと共に鋭い視線でへたり込む火狩を射抜いた。

 緊迫した空気から少しズレた言葉とは裏腹に、アンダーヒルの目は今まさに獲物を()()()()()とする猛禽類のようだった。


「――あなたは他のNPCと若干異なる仕様のようですが、デスペナルティの『自演の輪廻デッドエンド・パラドックス』は適用されるのですか、火狩」


 アンダーヒルが(うつむ)く火狩にそう訊ねると、バッと顔を上げてアンダーヒルを睨み付けた。


「気が早いんだよ、物陰の人影(シャドウ・シャドウ)……私様(わたしさま)はまだ終わってないぞ」

「残念ですが、あなたにもうスキルを使うだけの魔力(MP)が残っていないことはわかっています」


 その時、ガッガッと背後から地面を数回蹴る音が聞こえた。

 アンダーヒルはチラッと左目を流して、その音のした方向を一瞥する。

 その先にあったのは、身体中の鎖をどろどろに溶かして拘束から逃れ、怒りで殺気に満ちた目を煌々と輝かせる炎蹄(エンテイ)の姿だった。


「いつもは手の付けられない暴れ馬のクセにこんな時だけ御主人様を心配してんじゃねーよ、私様を誰だと思ってんだ」


 火狩の呟きが耳に入る。まるでまだとっておきの切り札(カード)が残っているかのような口振りに一瞬身構えたが、それもないかと思い直す。

 彼女がNPCである以上――もとい彼女がNPCである限りは、やはり俺たちのようなプレイヤーと同じ制限がかけられる。

 どれだけ他と外れていようが、リコやサジテール、レナを見ていれば大体のことはわかるだろう。この世界は現実の物理法則と同じ次元で、システムという世界そのもののルールで縛られている。つまり今回の例で言えば、魔力(MP)がなければスキルを使うことはできない。両腕を切り落とされれば、武器を使うことはできない。

 スキルも武器も使えなければいくら火狩と言えど、これ以上抵抗のしようはないはずだ。この状態でまともに動けるのは――動こうとするのはうちの妹ぐらいだろう。

 同じシチュエーションを考えてみたが、諦めはしないだろうが覚悟ぐらいは決めている、そんな自分が容易に想像できる。

 そしてその前提条件だが、彼女にはおそらく、もう魔力(MP)は残っていない。

 視界に映るものを整理すれば、それは歴然で、明白だった。

 既に土雷獣マインフィールドの死骸は消え、視界の端では『おのれスライム、(あや)しの術を……何処へ隠れたっ! 解せぬ、解せぬぅううっ』『気をつけろ、詩音。おそらく高速移動(クイック・ムーブ)だ。わずかに残像が見える……気がする』と背中合わせでアホな遣り取りを交わすリコと詩音だけだった。

 ちょっとあの二人、後ではっ倒そう。

 つまり少女水妖(クヴェレ)が消えていたのだ。そしてその理由は、アンダーヒルに言われずとも察しがつく。召喚獣の魔力の消費形態の違いだ。

 炎蹄は召喚時にまとまった高コストを支払うレナ=セイリオスや【精霊召喚式(サモンド・プレイ)】タイプ。そしてクヴェレは継続的に小量ずつ消費する【魔犬召喚術式バスカーヴィル・コーリング】タイプか、一定時間ごとに小~中程度のコストを支払う【盲目にして無貌のものフェイスレス・アンド・ブラインド】タイプだ。前者後者どちらにしろ、消滅したということは維持コストが払えなくなったと考えるのが一番正しい。

 スキルメニューからもスキルの解除はできたと思うが、それは【地盤鎮下(グレート・クレーター)】や【免解遮絶(フルノイズ)】、さっき使った【無力の証明(アンチ・ウィークネス)】などの継続効果を生み出すスキルのみで召喚系スキルを発声(ボイス)以外で解除することは不可能だ。

 それに関しては不可能とした根拠はアンダーヒルが言い切ったからという逆説的でにわかには信じられない論理だが、アンダーヒルを知る()()に対してなら説得力は十分なはずだ。

 我ながら至極残念な理由だな。


「シイナ、炎蹄を押さえてきてください」

「そこで無茶振りか!?」

「できないのですか?」

「多分できると信じたいね」

「私はあなたを信じています」


 知ってか知らずか、アンダーヒルは俺の使い方を熟知しているらしい。そんなことを自信満々に言われたら、むしろ自分から進んでやらざるを得ない――やりたくなる。


「了解」


 照れ隠しに短くそう言いつつ、シューッと全身から湯気を噴き出しながら普通なら近づくだけで躊躇いそうなアブないオーラを出す炎蹄(エンテイ)に向き直る。

 そして、『加勢する』とばかりに前に出てきた刹那、レナ、キュービストとアイコンタクトを交わした時だった。


「やめろ、お前じゃどうせ勝てないよ、炎蹄(エンテイ)……」


 急激に気の抜けたような声でそう呟いた火狩は、何処か諦めたような目付きで炎蹄(エンテイ)を見据え、


「スキル全解除(オールリリース)


 召喚を解除した。

 ブルルル……と少し寂しげな(いなな)きを残し、パッと一瞬目映い光を放った炎蹄(エンテイ)は光の粒子になって虚空に散り、同時に戦域を覆い尽くしていた空中機雷の円闘技場(ディサイシブ・シージ)がカーテンで隠すようにスーッと消滅していった。

 そして【越権皇位(タイラント・オーダー)】が解除され、アバターも火狩の元のアバターに戻った。


「諦めは悪いヤツだと思ってたけど、案外あっさり敗けを認めるのね」


 気に入らない、とでも言いたげな口調でそう吐き捨てるのは刹那だ。確かに俺も思ったことだが、それを今口に出すのはさすがにまずいと判断して控えたのに。


「敗け? 冗談言うなよ、冗談じゃない」


 カチン、と音がした。

 アンダーヒルがその微かな音に反応し、一歩後ずさって【黒朱鷺(クロトキ)】の銃口を火狩に向ける。


「おいおい、アブねーモン人に向けてんじゃねーよ、物陰の人影(シャドウ・シャドウ)。狙撃ライフルはこんな間合いで使うもんじゃねえだろ。安心しろよ、アルカナクラウン。お前らはここでジ・エンドだ」


 バスンッ!

 黒朱鷺(クロトキ)の銃声が響いた。


「一秒遅ェよ、ばーか」


 くくっと嘲るように笑いながらそう呟く火狩に、銃弾は届いていなかった。

 火狩の周囲を張られた薄緑色がかった透明なバリアに阻まれていたのだ。


「【束縛の自由時間枷戯ディナイアル・オブ・サーヴィチュード】は掛け値なしの、理不尽なまでの鉄壁だ。お前らじゃどうあがいたって抜けねえよ」


 その代わりスキルも何も使えなくなるけどな、と補足するように呟いて、火狩はゆらりと立ち上がった。バリアもその動きに合わせて、スーッと広がる。

 その時だった。


 ザザ……ッ。

 視界に突然ノイズが走った。


「今の……ナニっ……!?」


 刹那がまるで頭痛がするかのように頭に手を添えて呟く。


「あーあ、しくじったしくじった。でももう遅いね。手遅れだ」

「あなたは何をしているのですか、火狩」


 ゾクン……。

 思わず心臓が跳ねた。

 火狩にそう問い掛けるアンダーヒル。字面こそいつも通りだが、その声は聞いただけで凍えそうなほどに冷たく、耳に届くだけで恐怖すら覚える声だった。

 アンダーヒルの目尻はわずかにつりあがり、まるで罵詈雑言でも叩きつけるかのように言い放つ。

 幽墟(ゆうきょ)の機甲兵器演習基地の多様生物変幻体カプリコルヌ・クレアシオン戦終了直後に「忘れろ」と言った時と同じような感じだが、今のアンダーヒルはあの時とは何処か違っていた。

 明らかにキレている。

 コイツ、こんなに強い感情が――激情があったのか。

 しかし火狩は、そんなアンダーヒルをまったく気にする様子も見せず、


「何をしている……何をしているねぇ……。言うまでもなく言うまでもないだろ、物陰の人影(シャドウ・シャドウ)


 ピクリ、とアンダーヒルのこめかみが引き攣る。


「……敵ながら忠告しますが、やめておいた方がいい。確実に後悔します」

「アンタたちナニ言ってんの……? 今のは何なのよッ」


 何故か一瞬で怒りを収めたアンダーヒルと入れ代わりにキレた刹那が怒鳴る。


咲き誇る永遠の楽園スプレンディッド・パラダイスの裏、災厄天の終世界カラミティエンド・フィールド――」


 火狩は、歌うように紡ぐ。

 滅びの言葉を。


「このフィールドはもう()()()()災厄天の終世界カラミティエンド・フィールドはお前らもろとも崩壊させる」

「「「「ッ!?」」」」


 俺、刹那、レナ、キュービストの顔に驚愕の色が顕著に現れる。


「っざけんじゃないわよッ!」


 刹那がフェンリルファング・ダガーを抜き、火狩に飛び掛かる。しかしその刃もバリアに阻まれて通らない。


「刹那……もう手遅れです」

「あ゛ぁ!?」

「せやな、何しても無駄や」

「アンタまでナニ言ってんのよ、スリーカーズッ!」


 火狩が笑い出した。

 高らかに。


「きひひっ、私様わたしさまはそこの裏切者(アンドロイド)や駄犬と違ってシステムの一部だ、()()()()。システムに干渉すればお前らなんていつでも――」

「言うてもジブン、今までそんなチート技やったことないやろ」


 トドロキさんが火狩の言葉を遮って静かに呟く。その声に、笑っていた火狩が首を傾げた時だ。

 滅びが訪れる。


『攻撃性プログラムのFOMOSへの不正干渉を確認。接続を強制的に切断、ハッキングの発信源を追跡。“秘仮(NAX)”を敵性プログラムと判断し、()()()()()


 システムの機械的な音声が告げた。






 滅びを。


「……え?」


 バチンッとバリアが弾けるように吹き飛んだ。そしてアバター情報から消去されていくように、足がボロボロと崩れ始めた。

 誰も声を出せなかった。

 動くことも。


魑魅魍魎(チミモウリョウ)はシステムに正規の違法ルートで侵入して好き勝手やっとるみたいやけどな。ちょっと深いところにおるからってヒューマノイド・インターフェース以外でもあらへん一NPCのジブンがFOの自己防衛プログラムに引っ掛からんわけないやろ」


 トドロキさんが、憐れみすら含んだような声で呟いた。


「イヤだ……イヤだっ、イヤだッ……!」


 火狩は、プログラミングで構成された感情制御で――涙を流して泣き叫ぶ。


「動かないでください、シイナ。どちらにせよ、できることはありません」


 思わず前に出しかけた足にアンダーヒルの影魔が絡みついてくる。


「死にたくない……っ、私様はまだ……ッ! イヤだッ!」


 悲壮な表情で火狩はもがく。

 しかし火狩と違って心と言えそうなものすら持たないプログラムは、変わらず削除を実行し続ける。

 既に胴体は半ばまで消え、元から失っていた両腕がないために上半身だけで逃れようとしていた。

 アンダーヒルが眉をわずかに歪め、スッと右手を前に差し出した。

 次の瞬間、影魔がサーッと地面を這い、急に跳ね上がって――――シャッと一閃。



 火狩を飲み込んだ。

 火狩のライフゲージ表示が0になる。

 本来なら、ライフを全損した場合はここでDEADEND表示が現れるはずだ。

 しかし、何もなくなったその空間には、何の表示も現れなかった。

 無駄だとわかっていても、あのアンダーヒルですらやらずにはいられなかった――これ以上見ていられなかったのだろう。アンダーヒルも思うところがある様子で静かに俯いた。


 この世界を永久に残そうとした火狩は、世界を脅かす危険分子と見做(みな)されこの世界に殺されたのだ。

 誰よりもこの世界で生き続けることを強く望んでいた彼女が、こんなにもあっさりと……。


『削除完了。続けてフィールドデータの破損部を修復を開始します』


 残酷なシステム音声が虚しい静寂の中に響く。

 後味の悪すぎる結末に、誰一人――――一言たりとも声を出せなかった。

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