(43)『影魔-ディスブライト-』
さすが数だけは下手するとバスカーヴィルすら超えるプレデター・ドローンだけあって、爆発は一分近く続いた。体感では五分以上爆風に晒されている気がしたが。
「信じられないって顔してるな、魔弾刀のシイナ」
一人だけ【伝播障害】でダメージを回避した火狩が見下すような笑みを浮かべて見下ろしてくる。
マズいな、ダメージで身体が動かない。
「お前、何し……」
ヒュッ、ジャキンッ。
また何の操作もしていないのに、突然火狩の左手の中に現れたコンバットショットガンがトドロキさんに向けられ――
「ちッ」
――ドォンッ!
何かを狙っていたのに気づかれたのか、舌打ちをして後ろに下がろうとしたトドロキさんが散弾に襲われ、ひっくり返る。
「油断も隙もあったもんじゃねーな、お前。ふざけてるみたいにふざけやがって、ぶっ放してぶっ殺すぞ?」
急に投げやりな口調になった火狩は、忌々しそうに呻くトドロキさんに再びショットガンを向けた――――バキンッ!
瞬間に銃身が砕け散った。
「そういや忘れてたな、物陰の人影」
ヒュッと再び火狩の手に現れた狙撃銃がアンダーヒルの方に向けられる――――ガァンッ!
直前でまたも残骸に変わった。しかし火狩はそれすらも囮に使ったようで、
「《竜騎爆炎弾》ッ!」
轟ッと本命の炎弾がアンダーヒルに向かって撃ち出された。
「【焼火渇動】!」
しかしキュービストの左手が炎属性のその一撃を消し飛ばす。
ヒュッ。
間髪容れず、火狩は今度は大太刀を出現させ、態度で牽制するかのように斜に構える。だがこの距離、俺と刹那はいつ斬られてもおかしくない間合いだ。
しかし、火狩はさっきの逆鱗がなかったかのようにきひっと笑い、
「【手作業の全自動化】はメニューウィンドウを思考操作できるようにするスキル。元々はドクターが使ってたヤツだけどな」
マジかよ。
メニューウィンドウを手放しで操作できるなら、戦闘中に武器を自由に入れ換えることも納得できる。
それどころか回復や補助のアイテムを出すのも自在だ。
「地味だけど強いな……そのスキル」
「ピンポーン♪ 正解者には私から苦痛をプレゼントだ、《竜騎爆炎弾》!」
轟ッ!
目の前に炎弾が迫る。
金属を焼き切り、フェンリルファング・ダガーをどろどろに溶かすほどの一撃。攻撃力は途方もないくらい高いだろう。避けなければライフを全損する可能性の方が高い。
――――それなのに身体には、足にはまだ力が入らなかった。
しかし俺の身体は動いた。
突然肩に手を置かれ、ガクンと横に倒され、もとい突き飛ばされる。
そして、目の前に出てきたアンダーヒルは、銃口付近を掴んで左腕に沿わせるように掲げた【コヴロフ】を炎弾の盾にした。
ジュウッ!
「あぅ……くっ……!」
「アンダーヒル様ッ!!!」
アンダーヒルが熱された【コヴロフ】に堪えきれずそれを手放すと、地面に落ちた【コヴロフ】は瞬く間に赤熱し、ぐにゃりと銃身が歪んだ。
「きひっ♪ 《竜騎爆――」
「させるわけないでしょっ!」
火狩の背後にいた刹那が、火狩の右腕に飛びつく。
「――炎弾》、ちッ。触れるなら麻痺毒くらいは覚悟しろよ、負け犬!」
腕ごとブレスを逸らされた火狩が鬱陶しそうに表面が濡れた小さな短剣を出現させ、それを躊躇いなく刹那に向かって振り下ろす――――ガッ。
「なっ……!?」
火狩が驚きの声を上げた。
刹那は、麻痺毒の塗られたそれの刃を同様に躊躇いなく掴んで、止めたのだ。
ナイフの切っ先から毒液と混ざってわずかに薄くなった血がポタリと滴る。
「お前、どうして毒が効かな――」
「効かなかったんじゃなくて麻痺毒に当たらなかっただけ、って台詞もどっかのムカつく馬鹿の受け売りだけど」
ギリギリギリッと馬鹿力を発揮した刹那がナイフを押し返す。頭に血が上っているのか、痛みすらもう感じていない様子だ。
あぁ、刹那。
やっぱりカッコいいよ、お前は。
「ホンット規格外にイライラするわ」
ザクリ、と何処か呆気ない音がする。そして続いてゴキリと嫌な音がして――――ブチブチブチッ……。
生々しい音が響いた。
「負け犬のくせにッ……」
刹那に左手のナイフを奪われた挙げ句、右腕の竜の頭を、元の腕でいう手首の辺りで切り落とされた火狩が、ギリッと歯を噛みしめる音まで聞こえてきた。
おそらく強力なブレスを放てる代わりに手としては使いにくくなり、さらに自己修復もこの場ではできなくなるのだろう。傷口からはほとんど出血がなかった。
火狩が怯んだ隙に、ようやく少し動くようになった身体に無理やり力を込めてアンダーヒルを助け――
「私は問題ありません、シイナ」
――ようとしたところで出鼻を挫かれた。さすがに強い子だな。
「アンダーヒル、狙撃手がこない近くに来てどうすんねん、アホッ!」
痛みを堪えながらも焦ったような声で、トドロキさんが叫ぶ。
「物陰の人影、わざわざ潰されに来たのかッ!」
無事な左手でガシッと刹那の頭を鷲掴みにした火狩は――――ぶんッ!
立ち上がろうとしていたトドロキさんに向かって、軽々振るった刹那を叩きつけた。
「キャァッ!」「うくっ……!」
各々悲鳴を上げて、互いを巻き込むように吹き飛ばされる刹那とトドロキさん。
「ははッ、おっもしれえぇよなぁああああああああああああっっっッ!」
狂ったように咆哮した火狩は千切れた右腕を引き気味に振りかぶって、俺とアンダーヒルの方に突っ込んできた。
「――【武装眷竜の右腕】――」
火狩がスキルを発動させた瞬間、右腕の鱗が暗緑色に変化し――――シューッ。
千切れているはずの手首から湯気のようなものが上がり、鱗に覆われた4本指のドラゴンの腕が復元された。
「くっ……!」
俺は咄嗟にアンダーヒルの手首を掴んで引き寄せる。瞬間、その鋭い爪が一閃し、アンダーヒルのローブの端を切り裂いた。
「影魔種能力【死獅子の四肢威し】」
アンダーヒルのローブの内側から飛び出した黒々とした影の鎖が火狩に伸びる。
「今さらこんなのが効くと思ってないだろうな、物陰の人影ッ!!!」
「私は……アンダーヒルです」
どんなスキルを使ったのか、影の鎖が粉々に砕け散る。
「ははッ!」
新たに出現させた薄緑色の鱗模様の刀身を持つ、やや長めの片手剣を一振りして飛び散った鎖片を薙ぎ払った火狩は、即座に前に飛び出してくる。
そして上段に振り上げたそれを振り下ろす――――ジャララッ!
と同時に突然刀身がいくつものパーツに分かれ、ぐんっと伸びてきた。
アレはヤバい……っ。
足下に落ちていた群影刀を掴み、ろくな構えも取らない内にアンダーヒルの前に飛び出す。
ギャリィッ!
鞭のように振るわれたそれを弾き返す。
刀身の中に隠してあった太いワイヤーに沿って等間隔に並ぶ各小刃――――所謂、蛇腹剣というヤツだ。
「この【蛇神牙・夜刀】を使う私様に勝てたヤツなんていないんだよッ!!!」
「教えてやるよ、火狩。その台詞はお前の敗因、死亡フラグだッ」
夜刀を絡めとるように群影刀を大きく回す。
「フラグなんて結果論から定義付けられただけの希望的観測、私様の現実に介入の余地はないッ!」
次の瞬間に火狩の腕が跳ね上がり、それに連動して空中でググッと向きを変えた切っ先が群影刀を回り込んできて、頬に痛みが走った。
やりにくい。
「動きが鈍ってるぞ、魔弾刀!」
「誰のせいだよッ!」
まだ動こうとする蛇腹剣の切っ先を薙ぎ払い、火狩に向かって投げ返すが――――シャッ!
再び跳ねた切っ先が俺の右腕を這い、ひとりでに火狩の元に戻っていく。
扱いの難しさでは満場一致でトップスリー入りが決まる蛇腹剣をここまで危うさもなく使いこなすなんて。
「なるほど……。マニュアル通りのベーシックスタイル、そういうことかよ」
思わず口に出して呟く。
『ハカナの? 笑わせるな。この基本的な戦法は元々私の、私様のなんだッ』
火狩のいつかの台詞が脳裏を掠める。
アレはたぶん事実――。
そして、確かにあるのだろう。マニュアル、つまりこの世界に於ける個々のNPCの戦闘パターンの基準となる基本的な戦法プログラムが。
ドガッ!
俺とアンダーヒルの足下に垂直に叩きつけられた夜刀が地面を抉った。
その一瞬を狙ったのか、アンダーヒルがローブの中からもう一丁の常用狙撃銃【正式採用弍型・黒朱鷺】を引き抜いた。
「「させるかよッ」」
声が、台詞が重なる。
火狩の腕に連動して切っ先が跳ね上がった瞬間、先読みして振りかぶっていた群影刀をまったく同じタイミングで斬り下ろし、夜刀を地面に叩きつけた。
「それで止まらないのが私の夜刀ノ神なんだよッ!」
火狩が左腕を複雑な軌道を描いて最後に横薙ぎに振るうと、まるで生きているかのようにグググッと頭を持ち上げた夜刀が、アンダーヒルの足元を這った。
「ッ……」
アンダーヒルの呼気がわずかに乱れ、ガクンッと姿勢が崩れる。
足を斬られたのだ。
そしてさらに上向きに動きを変えた夜刀はバランスを崩したアンダーヒルの身体を横向きに強く打ち、アンダーヒルは俺の方に倒れ込んできた。
俺は群影刀をわずかに逸らしてアンダーヒルを抱き止める。
シュッ……!
その瞬間、地上を這っていた夜刀が一度引かれ――――ギャンッ!
横薙ぎに放たれた一撃が俺の背中を打ち、そのままぐるりと巻き付いて、アンダーヒル共々動けなくなってしまう。
「油断するなよ。ここはもう、私様の間合いだぞ?」
「いいえ、私の間合いです」
その瞬間――――ゾワッ……。
影が、ゆらりと揺れた。
シャッ……。
アンダーヒルの足元の影から――――影魔が飛び出した。
「ッ【我が道を行方不明】!」
ズバァアアアアアアアアアッ!
火狩の両腕が地面に触れた。
否――落ちた。
「きっ……」
火狩の表情が歪み、一拍遅れて断面から鮮血が噴き出した。そして地面に落ちた火狩の両腕は瞬く間に別の影魔に呑み込まれて虚空に消えた。
グロい。そして容赦はなかった。
必然的に夜刀の拘束は緩み、アンダーヒルはスッと俺から身体を離す。
「何を驚いているのですか? あなたと同じことをしただけですが」
そう言ったアンダーヒルは、人差し指でトンッと空中を叩くような仕草をする。
それを見た瞬間、頭の上に電撃を落とされたような衝撃が走る。
「スキルメニューか……!」
スキルメニューの保持スキルの一覧から選んで発動すれば、発声することなくスキルを使用できる。本当なら指で操作しなければいけない上、どうしたって積極的に使える機能ではないから頭から飛んでいたが。
「今気付いたのですか……?」
つまりコイツ普段からその手を使ってるわけだな、そうにちがいない。
よろ……とふらつくように後ずさった火狩は、ストンと尻餅をついて転んだ。
「なんで……」
「所謂魔眼スキル【我が道を行方不明】は私の影魔には効きませんよ」
アンダーヒルは、蛇のように鎌首をもたげた影魔を褒めるように撫でると、
「この子たちには目がありませんから」




