(42)『竜騎爆炎弾-フィアフルフレア-』
「プロトタイプ……? NPC……?」
無意識の内に復唱する。
火狩がNPCで、しかもP-AIシステムの環境模倣プログラム人格……?
……ってことはまさか――――。
「その名で……」
姿勢を引いてジャキンッと蝶羽模様の大剣【鱗翅大剣】を横に振りかぶった火狩は、今までにも増して殺気と怒り、そして憎しみに満ちた鋭い目付きでトドロキさんを睨みつけると、
「その名でっ……呼ぶなぁああああああああああああああああああああああああああああああああああっっっッ!!!」
火狩は猛り狂うように雄々しく叫び、鱗翅剣を車剣、つまり手裏剣のように回転させながら横薙ぎに投げた。
外見がそのものだから、というものもあるが、キレた姿は昔のリコ――――亡國地下実験場での電子仕掛けの永久乙女時代の彼女を彷彿とさせるな。
「ちぃッ、いきなりキレたで、あのガキ」
「誰のせいですか」
チャッと両手の雌雄剣“嬉々壊々”を手元で一度振って逆手に持ち換えたトドロキさんが、飛んでくる鱗翅剣に向かってふわりと跳躍した。
そして、トドロキさんは下向きに揃えた嬉々壊々の峰に空中で足を掛け――――ガッキイィィィィンッ!
鱗翅剣が直下を通るタイミングに合わせて嬉々壊々を共々盾にして踏み抜き、鱗翅剣を地面に叩きつけた。
「ウチかて聞いたんは一回きりやさかい、思い出すんに時間かかったわ。せやけど秘仮ぃ……このぐらいでウチは止まらへんでェッ!」
剣の金属に比べれば柔らかい地面に当たった鱗翅剣と違って、鱗翅剣の刀身に当たって跳ね返り、狙い澄ましたように回転しながら跳ね上がった雌雄剣を空中で掴み取ったトドロキさんは、着地の反動と共に地面を蹴って前に出る。
しかもさりげなく戦艦状のビット兵器“飛翔火器艦”の援護射撃の光線を紙一重で躱す駆動だった。
一瞬でどれだけの挙動を……。アンダーヒルのオーバースペックに隠れて普段は目立たないけど、ホント、何だかんだ何でもこなすよな、あの人。
「ッ!」
地面に刺していた戦鎌【真紅の刃鎌】を引き抜いた火狩は、ぐるぐると身体の周りを巡らせるように長柄を回してそれを構え、
「お前、殺す……!」
ダンッ!
火狩も地面を強く蹴って前に飛び出し、大鎌と雌雄剣でトドロキさんと打ち合った。
「力ではウチのが上や!」
大鎌はその特殊な形状から押し合いには向いていない上に、火狩の右手は今ドラゴンヘッドに変化している。刃に力を加えにくい点では片手剣も似たところはあるが、トドロキさんは雌雄剣。双刀である分、力の入り具合は火を見るより歴然だった。
はずだった。
「単純思考は自滅の元だぞ」
ガツンと鈍い音がして、トドロキさんが押し返された。
「【悪魔の左腕】……左手限定の腕力増強っちゅーことみたいやな」
だからか……さっき大剣を片手でぶん投げられたのは。
忌々しそうに言い捨てたトドロキさんはすぐに体勢を立て直し、高速駆動で火狩に詰め寄る――――が次の瞬間、バスンッと音がしてトドロキさんが吹っ飛ばされた。
「気絶弾じゃないから安心しろよ♪」
火狩の左手には、大鎌の代わりに水平二連バレルのショットガンが握られていた。
射程が短い代わりに射程内でも特に近距離ならろくに狙いもつけずに相手を負傷させられる種類の銃だ。線じゃなく、面で相手を捉えられる上、貫通性能が皆無で着弾時の衝撃も強いため近接銃戦闘では重宝される。
が故に。
スナイパーライフルの『システム補助無効』のように、ショットガンも『威力補正』を受けている。また弾薬も比較的高価で、、武器の種類数も他に比べて圧倒的に少ないために使っている人は意外と少ない。
使うところを見るのも久しぶりだ。
しかし問題なのはそこじゃなかった。
今コイツ、何処からアレを出した……!?
鎌を持っていたのだから両手が塞がっているのは言わずもがな、押し返したばかりの左手にそれを持っているだなんてありえない。まるで戦いながらウィンドウを操作してるみたいな……。
ガァンッ!
射撃音が轟き、火狩の手から弾かれたショットガンが空中でバラバラに砕け散る。
「好戦的な方は扱いに困りますね」
「そうだな」
火狩に冷たい視線を向けながら、冷静に狙撃を敢行したアンダーヒルがさっきトドロキさんに撫でられた黒髪に触れながらぼそりと呟き、俺もそれに全面的に同意する。
トドロキさん、挑発だったはずが途中から思いっきり戦いにいってるし。
「私の獲物取ってんじゃないわよッ」
とアルカナクラウン屈指の好戦家もギャリギャリと怪音を響かせながら火狩の周囲を浮遊する黒い円盤状機械“無尽咬撃機”を蹴散らして火狩に迫る。
さっきはよく見えなかったが、どうやら円盤は上下に分かれていてそれぞれ逆回転しているようだな。チカチカと粒子状の細かな光が見えるその側表面、おそらく獲物を削り殺すヤスリみたいなものだろう。
どちらにしろ刹那が一撃必倒を繰り返している辺り、大した強さではなさそうだ。
「いかがいたしましょうか、アンダーヒル様。我々まで無策で突撃するわけにもいかないでしょうし……」
「そうですね……」
恭しい態度で作戦参謀の指示を待つキュービストは、然り気無く火狩とその周囲のフリゲートやプレデター、詩音と戦う少女水妖、未だ孤軍奮闘中の炎蹄の動向に目を光らせている。
対してアンダーヒルは思案顔になりながらも微動だにせず姿勢を保って【コヴロフ】を構え――――ガァンッ!
12.7×108mm弾がさながら一本の槍のように空間を穿ち、運悪く(というよりそこを狙ったのだろうが)一直線上に並んでいたフリゲートとプレデター九機を貫通粉砕し、小爆発と共に四散させる。
「リコ、詩音の援護に回れ」
さっきの上空からの【コヴロフ】の連続射撃で既にライフを全損していたドリル大モグラこと土雷獣の陰、しゃがみこんで【剣】のリロード作業をしていたリコに指示を出す。
こっちはこっちで急に殊勝になった火狩に見えてくるな。今の状況は同じ好戦家としては面白くないだろうが。
「気をつけろ、シイナ」
何となく見ていられなくなり、リコに背を向けて刹那たちの支援に回ろうとした時、背後から声がかかった。
「急にどうした?」
「今の今まで言う機会がなかったが、ヤツは私の身体を奪っている」
「……それは言うまでもなく言わなくてもわかるぞ?」
【越権皇位】がNPCにも通用するとは思っても見なかったが、火狩がNPCなら当然リコに通じておかしくはない。
「違う、そうじゃないんだ。つまり……今の火狩には輻射振動破殻攻撃が使えるということなのだ」
「……は?」
「私のVFと中距離レーダー、そして飛行翼の三種の機能は、アバターに付加されているものということだ。今の私でもスキルを下敷きにした【潜在一遇】と着脱式複関節武装腕は使えると思うが、見ての通り本来ヤツの右腕は生身。これではVFは使いようがない」
もう少し早く言えよ。
と言いそうになったが、俺は唐突に思い出した。確かに火狩は一度使っている。
しかし攻撃に使うわけでもなく、ただ格好つけるだけの演出だった上、外見がリコそのものだったから――――俺はうっかり流していたのだ。
リコの右手のVF――輻射振動破殻攻撃は、射程が零距離の代わりに単純攻撃力と貫通性能、負傷させて行動を鈍らせるあるいは止める行動阻害性能が高い。
それを火狩が使うのだとしたら――――考えるだけでゾッとする。
ジャコッという次弾装填の音を聞き流しながら、俺はキュービストとアンダーヒルの間をすり抜け、火狩戦闘域に突っ込む。
ガァンッ! と背後から【コヴロフ】の射撃音が響き、再び一機のビット兵器と十機のプレデターが爆散した。
ガンッ!
近づいてきた無尽咬撃機を群影刀の峰で殴りつけ――――ギンッ!
すり抜けざまに鬼刃抜刀し、反対側から一太刀浴びせ、撃墜する。
これで条件は整った。
「――【無力の証明】――」
フェンリルテイル一式防具に付加された群れ殲滅用とも言える代物だ。
これ以降、同種のモンスター、つまりプレデターに対する攻撃は、ダメージ判定される最低限の力を加えて触れるだけでも一撃必殺となる。
ガツン、ゴン、ガツッ。
次々と襲い掛かってくるプレデターの間をすり抜けながら、群影刀と左手で殴りつけて駆ける。背後から響いてくる、ライフを全損して墜落したプレデターの爆発音に調子づけられて強気に攻めた。
数に押されつつも三十機ほどのプレデターを落とした頃、突然目の前にトドロキさんの背中が現れた、というか――
「――マジ?」
飛んできた。
ドグシャ……と若干とはいえトドロキさんに対して失礼な擬音と共に下敷きになって潰れた俺は、咄嗟に後頭部を打たないよう踏み留まる。ダメージを抑えるためじゃない。痛いからだ。
「クッション役、おおきに~♪」
コロンと横に転がって俺の上から退いたトドロキさんはその落差分の運動を利用して受身を取り、今度は大鋏で刹那と鍔迫り合いの真っ最中の火狩に再び背後から刃を向ける。
それに気付いたのか火狩は、
「《竜騎爆炎弾》ッ!!!」
火狩の手のドラゴンヘッドから撃ち出された炎弾が、右手に咥えられていたオオバサミの柄をコンマ一秒で焼き切り、刹那の右手のフェンリルファング・ダガーに直撃する。
「熱っ……!」
刹那が取り落としたフェンリルファング・ダガーはたった一撃で溶解し、ワイヤーの仕込まれた刃の部分は大きく崩れてしまった。
「「ッ!?」」
俺と、同じことを思ったらしいトドロキさんは咄嗟に後ろに跳んで火狩から距離を取る。
あの右手、見た目以上に威力がおかしいっ……!
しかし次の瞬間、揃ってその行動を後悔する羽目になった。
「――無尽咬撃機――」
火狩が、それだけ呟く。
カッ…………ドォオオオオオオオオオオオオオンッ!!!
手足が千切れそうな激痛が全身に走った。衝撃が胴を打ち、体をぐるぐると振り回されて上下左右の感覚がなくなる。一瞬の内に煌転した視界の中で、端の方に映る体力ゲージバーがガリガリと削れていく。
これ、まさか……【英雄徹甲動】!? でも今、スキル発動なんてしてなかったのにッ……?
無数の無尽咬撃機の爆散の飛片、謂わば内部爆発の爆風により表面の金属片を飛ばして周囲の人体を殺傷する手榴弾のような攻撃に晒されながら、思考だけは我ながら驚くほどに平然としていた。
現実なら生きてる方がおかしいな。




