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FreiheitOnline‐フライハイトオンライン‐  作者: 立花詩歌
第六章『トゥルース・ヒカリ―衝突と消失―』
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(41)『秘仮-ヒカリ-』

「行け、マインフィールド、バスカーヴィルッ! アイツらを噛み殺せッ!」 


 火狩がそう叫んだ瞬間、ドリルを空転させた土雷獣(マインフィールド)が、半分地面に埋まったまま俺に向かって突進してくる。お前哺乳類(モグラ)のクセに溶岩平気なのかよ。むしろ生物のクセに。


「シイナ、妖魔犬(バカども)は我に任せろ。軍犬としての誇り(プライド)を叩き直してやろう」


 闇化しているせいか十割増しの殺気を放つレナがそう言い残し、モグラの上を跳び越えて妖魔犬(バスカーヴィル)たちの方へ向かっていく。

 その間にサポートに回ることを決めたらしい詩音(シオン)とトドロキさんの二重の意味でフットワークの軽い二人はそれぞれ少女水妖(クヴェレ)炎蹄(エンテイ)に先制攻撃を打ち込んでいる。

 そして刹那はというと単騎(ソロ)で火狩に特攻を仕掛けていた。


「ちッ……!」


 ガガガガガッ!

 左に跳んだ瞬間、さっきまで俺がいた場所を地面を割り砕き喰らいながらマインフィールドが駆け抜けていく。


「リコ、ソイツ任せたッ!」

「任されたッ!?」


 少しイントネーションがツッコミ調だが気にしないことにしようとスルーした直後、背後からバシュッ! と【(エンシス)】の発砲音が聞こえてくる。

 すり抜け様に詩音と戦っているウンディーネを鬼刃モードで一刀両断にした時、ふと火狩のもうひとつの弱点に気づく。

 高ステータスにばかり目が眩んでいたが、この召喚獣たち、弱いのだ。つまり、そのステータスの割には。

 つまりそれが意味しているのは――


「今しかないッ!」


 ――火狩は召喚獣を制御しきれていないのだ。

 単純に数に頼るタイプの召喚獣、つまり火狩の【無尽咬撃機(プレデター・ドローン)】やラクサルの使ったという【塵塊戦術(アンチ・ヒロイック)】、アンダーヒルの【影魔の掌握(ディスブライト)】は元々自律行動力のスペックが低く召喚獣自体にやれることが少ない。

 例外的に【魔犬召喚術式バスカーヴィル・コーリング】はレナという司令塔を介しているため、多様な行動をできる上、手駒も三百一と多い。

 しかし火狩の今使っている連中のように、命令を受けるまでは行動の範囲にかなり制限がかかるタイプの個体召喚獣は、思考制御が追い付かなければ力を使いこなせない。

 刹那が【精霊召喚式(サモンド・プレイ)】を使う時は、頭に血が昇りやすいせいもあって、咄嗟の敵意で行動を方向付けしていると(ハカナ)が解説していたことがあったが、火狩はそれができないのだ。

 ある意味、火狩より刹那の方が単純思考という証明にもなりかねないが。

 そしてそれでも思考を召喚獣にも向けているということはつまり、本体の方がおろそかになりがちであることに他ならない。


「きひっ、お前も来たのか、魔弾刀」


 俺に気づいた火狩が、どす黒い笑みを浮かべて俺を一瞥してくる。


「余所見してんじゃないわよッ!」

「っと……くひひっ♪ 【妖猫騙し(シュリンク・ブリンク)】」


 刹那の突きを軽く引いて(かわ)した火狩は――パチンッ!

 刹那の間合いに踏み込み、その目の前で猫騙し(バニシング)を極めると、


「負け犬はしばらく黙ってろ、【顕理拘束(ブラインド・バインド)】」


 怯み効果で一瞬、行動不能になった隙を狙って視覚を奪う戦闘スキルを発動した。


「ッく……!」

「ジッとしてろ、刹那!」


 こっちに振り返る寸前の火狩に鬼刃モードの群影刀(バスカーヴィル)を突き出す。相手は武器(ベアナックル)が壊れて無手のままだが、今さらになって一切の手加減をする気は起きなかった。


「【伝播(ジャミ)――」

「さっ……せるかっ!」


 ザクッ……!

 火狩の胸に、群影刀(バスカーヴィル)の鋭い刃が沈み込んだ。

 パッと目の前に赤い華が散る。


「ッ……はっ……」


 火狩が口から鮮血を吐き出した――と同時にズブリと嫌な感覚が刀を通して手に伝わり、火狩が俺に寄りかかるようにして倒れ込んでくる。火狩の身体を貫いた黒々とした太刀は背中から黒刃を生やしていた。

 視界に映る火狩の体力(LP)ゲージはが、その貫通継続ダメージでみるみる内に短くなっていく。

 まさか、やれたのか……? こんな簡単に……?


「……やっぱり、この世界がある限り私様(わたしさま)は最強だぁ……」


 ゾワッ……!

 とても小さな、でも確かに聞こえた火狩の声に、俺は思わず戦慄を覚えた。その声には痛みも苦しみもなく、相変わらず嘲笑うかのような感情を含んでいた。

 しかし同時にその言い回しにも違和感を覚えた。『にいる』ではなく『がある』というわずかな違いだったが。


「――【大騎圏鎧(ストラトスフィア)】――」


 次の瞬間、ガタガタと揺れた群影刀(バスカーヴィル)と一緒に後方に吹き飛ばされ、その疑問も同時に頭から消える。


「……風!?」


 薄ら笑いを浮かべる火狩の身体が、ぼんやりと揺れる風を纏って見える。


「シイナ、危ないッ!!!」


 危なっかしくも何とか着地した瞬間、背後からリコの声が聞こえてきた――――ギュイイイイインッ!


 ドガッ……。

 左脇腹に衝撃と激痛が走った。

 視線を咄嗟に下げると、左脇腹と腕の間から今も回転し続けるドリルが――その鼻先が突き出していた。


「マイン……フィールド……ッ」


 ぐらりと身体が傾く。

 この傷、結構深いぞ。自動回復に十秒以上まともには動けないかもしれない。

 その時、視界の端でマインフィールドの鼻先のドリルが砕け散り、無数の金属片がばら撒かれた。


 ギュイィッ!

 マインフィールドが悲鳴を上げるようにドリルの空転音を鳴らすのとほぼ同時に、ガァンッと聞き慣れた射撃音(ショット)が耳に届き、グシャリと肉の潰れる生々しい音が聞こえてきた。

 直後、スタッ、スタンッと白と黒の人影が空から降りてきた。


「大丈夫ですか、シイナ」

「アンダーヒルか」


 こくりと頷いたアンダーヒルは、黙したまま俺の脇腹に回復薬(ポーション)をぶっかけた。急ぐのはわかるが、痛い。切り傷に消毒液をかけられるような痛みだ。


「ってことは、あっちはキュービストか。装備(アーマー)どうした」


 痛みが和らいできたこともあって、起き上がりながら上半身裸のキュービストにツッコミを入れておく。


土雷獣(どらいじゅう)マインフィールドの攻撃で破損したものです」

「誰得だ……」

「はい?」

「お前ならまだしも何でもございません」


 途中で殺気を感じ、咄嗟に口を閉じる。

 キュービストは俺の方――あるいはアンダーヒル――をちらっと見て、火狩に向かってパイルバンカーの一撃を放つ。

 しかし、金属杭(パイル)は火狩に届くことなく、直前で阻まれて本体の射出器内に戻っていく。


「そろそろ飽きたし終わりにしようか~。長々と同じパターン引き延ばすのも悪いし、そろそろ(ハカナ)が起きちゃうかもだしねぇ~、きひひっ♪ 【手作業の全自動化アンドロイド・ハンドサイド】、【悪魔の左腕(パワー・レフティング)】、装備(アームド)スキル【真紅の刃鎌(トリクル・シックル)】・【鱗翅大剣(デッド・ブレード)】、【無尽咬撃機(プレデター・ドローン)】、【飛翔火器艦オプショナル・フリゲート】、【竜騎兵弾(ドラグーン・バースト)】」


 いくつものスキルを早口で発動した火狩の姿は、統一感の欠片もない状態だった。

 ウィンドウを操作したわけでもないのに突然現れた紅色の刃を持つ大鎌(サイス)、と蝶の(はね)のような模様の入った大剣。火狩の周囲を固める軍艦を模したようなミニチュアの自律(ビット)兵器と無数の黒円盤(プレデター・ドローン)。大鎌を持つ右腕は肩の辺りからドラゴンの頚に、手は(アギト)のように変化していた。


「アハ♪ こっちのが早かったね。【球態囲然(ディサイシブ・シージ)】」


 いつのまにか開いていたらしいウィンドウを見ながら、ケラケラと笑った火狩がさらにスキルを発動すると、戦域全体を取り囲むよう半球状に隙間なく、空中に無数のサッカーボール大の球体が現れた。


「なんだあれ……?」

「接触起爆式の一撃必殺(ワンキル)浮遊機雷(フロートマイン)だよ。これで隠れん謀殺(ハイド・アンド・キル)もできなくなっちゃったねぇ」


 そんな物騒なモン、やりたくねぇ……。


「それでは位置表示(マーカー)を消すことのできるあなたが有利になるのではありませんか? (ノン)プレイヤー人格(キャラクター)、“火狩”」

「ッ!?」

「へぇ、やっぱり気付くんだ。聡明で、明解で、寡黙で、怜悧(れいり)で、冷徹で、強靭で、強欲な情報家、じゃあ、お前が……きひっ♪ ――――『物陰の人影(シャドウ・シャドウ)』」

「どういうことだ、アンダーヒル」

「誰からそれを……?」


 先生(センセー)、アンダーヒルちゃんに無視されました。


魑魅魍魎(ドクター)

「やはりそうですか」


 ガジャコッ!

 アンダーヒルは排莢動作(エジェクトアクション)を済ませると、一層鋭くなった視線を火狩に向けた。

 俺の質問は相変わらず無視のようだが――。


「あなたなら気づいているのではありませんか、シイナ」


 ――と思った直後に返答ではなく応答が返ってきた。

 かなり俺を過大評価している台詞だったが……。たった今もトドメ刺せずに手痛い反撃食らったばっかりだぞ?


「ま、人数制限に引っ掛かってないからってぐらいが根拠だろ、【物陰の人影(シャドウ・シャドウ)】」

「いいえ、DO移行まで私があなたの名前を聞いたことがなかったからです」

「……………………」


 火狩が難しい顔をして黙り込む。

 理由の前提がアンダーヒルの記憶力になっているわけだが、最早ハイスペックどころかオーバーテクノロジーと言えるよな、コイツの頭ん中。


「お前、FOの登録者(プレイヤー)名、全部覚えてるの……?」


 質問だけで馬鹿馬鹿しいのだろう。口元がピクピクと引き攣っている。


「いいえ。しかし、名前を聞けば聞いたことがあるかどうかぐらいは判別できます。それであなたは()()()()?」

「ッ私はモノじゃねぇッッッ!!!」


 火狩が吠えた。

 いつか見た時と同じ、感情爆発だった。


「ふざけんな、物陰の人影(シャドウ・シャドウ)ッ! 私様は()()だッ! お前らと違うだけでレッキとした人格も身体もある人げ――」

「いいえ、残念ですがあなたの人格は仮想人格(AI)であり、あなたの身体は仮想肉体(アバター)です」


 アンダーヒルがこんな挑発をするなんて珍しい。人に悪意をぶつけられるヤツじゃないからな。刹那と違って。アイツも音は優しいんだが、如何せん口が悪い。


「お前、もう一回言ってみろ……」


 火狩が明らかにキレた表情で凄み、大鎌を地面に刺して、銃のように空いた右手のドラゴンの頭(ヘッド)を向けてくる。

 その時、突然現れた人影がアンダーヒルの頭にポンと手を乗せた。


「得意でもないことせんでええよ、アンダーヒル。それはウチの仕事や」


 トドロキさんだった。


「炎蹄は?」

「ウチの鉄線から逃げようとアッチでもがいとるで?」


 見ると、無数の鉄線でぐるぐる巻きにされた炎蹄が口から噴き出す炎でそれを焼き切ろうと孤軍奮闘していた。

 何してんだこの人。合ってるけど。


「ま、それはともかくや」


 何故か心底楽しそうな笑みを浮かべたトドロキさんはアンダーヒルよりも少し前に歩を進め、そして両手を広げて言った。


「ジブンはモノやろ、火狩。もとい、(ピー)-AI(エーアイ)計画、擬似思考実験用プロトタイプ・エミュレートNPC“秘仮(ヒカリ)”」

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