(40)『我が道を行方不明-ロスト・アイデンティティ-』
「エンテイッ!」
ブルルル……。
火狩の命令に反応して低く嘶いた巨大な白馬は、鼻孔からチロッと火を噴き出して首を下向きに曲げた。
瞬間――――ゴオォォォォッ!
炎蹄の口から噴き出した火炎放射が直下の地面を焼き、さらにうねるような動きで近い位置にいる俺や刹那、詩音を狙って薙ぎ払ってくる。
「気をつけろ、シイナッ! その火は見た目より威力が高いッ!」
後ろに待機させているリコの助言に、かする寸前だった刹那がバックステップでギリギリ躱す。
「私が行くっ!」
四人の中で唯一有翼の種族・剣騎装の詩音が、シャープな形状の鎧翼を広げて飛び上がった。
「無茶するな、詩音!」
「だいじょーぶっ! 任せて、兄ちゃん」
近接格闘にのみ特化したステータスを持つ霊騎装系種族(霊騎装・剣騎装・武騎装・天衛騎の四種)は空中戦に於いても近接格闘に特化させるため、速度よりも高機動――つまり、操作性を重視し、翼はかなり小型だ。
その上、翼には翼肢全体を守るような鎧が装着されていて、ほとんどの攻撃はその鎧が撥ね付けることができる。
種族としてはかなり強力な部類なのだが、如何せん椎乃のように現実に於いても近接格闘に慣れきっているぐらいでないと使いこなせないため、基本的には人気がない。
閑話休題。
それでも思わず心配になるのは、詩音の詰めの甘さに起因している。
そんなことを考えている間にも、開いたウィンドウを片手間に操作する。
「シイナッ、アンタ狙撃銃持ってんでしょ!」
「狙撃銃って言うよりショットガンって感じだけどなッ」
詩音に当たりにくいような位置に移動しつつ武器の収納ボックスから【剣】を引っ張り出し、代わりに【大罪魔銃】をウィンドウ内に適当に放り込む。
そして群影刀を鞘に納めると、特殊魔弾狙撃銃【剣】を上空に向ける。
その間にも持ち前の運動神経を駆使して巧みに翼を操り、小刻みに揺さぶるような機動で火炎放射を躱して火狩たちに肉薄した詩音は、
「【天鳳昇烈火】!」
轟ッ!
全身に鳳凰を象った炎を纏って飛んだ詩音は、炎蹄の死角、お腹の辺りに真下から突っ込んだ。
少しは考えたみたいだな。
――――躱されてるが。
スキル技の名前を叫んでるんだから、火狩ならどういう攻撃が来るかは瞬時に判別できるだろう。
まぁ、詩音の方も考えたのはそこまでではなかったらしいが。
一瞬、翼を羽搏かせた詩音は空中で無理矢理身体を回転させ――――グジャァッ!
火狩の後ろに乗っていた人型の召喚獣、少女水妖を炎蹄の背から蹴り落としつつ、自身の落下に巻き込んだ。
まだ麻痺が残っている状態で支えを失った火狩がぐらりと揺れ、それを立て直そうと空中でわずかに炎蹄が姿勢を崩した。
バシュッ!
その時を狙い、視線の逸れた炎蹄の頭部に向かって【剣】の切断属性の銃弾を放つ。
初速の大きい狙撃銃から飛び出した発光する銃弾は瞬く間に五つの刃に変わり、回転しながら空気を引き裂いて――――バヂンッ!
「……ッ!?」
一瞬視界を何かが横切り、五つの刃が五つとも、全て空中で弾かれた。
火狩も炎蹄も何かした様子はない。となると……!
「ソイツから離れろ、椎乃ッ!」
とっさのことで本名の方で呼んでしまったことにも気づかず空中を振り仰いだ俺の視界で、振り向いた詩音が不自然な機動を描いてクヴェレから離れた。
そして無抵抗で斜めに落ちた詩音は、ドサッと地面にぶつかって転がった。
そして元から心許なかった詩音の体力ゲージが、みるみる減少していく。
頭上には、腕の一部を変形させた切っ先渦巻く水の槍を構え、ふわふわと空中を漂うウンディーネ。その槍の周りには、沿うように二重螺旋を描きながらゆっくりと回るたくさんの水球が浮いていた。
まさかさっき視界を横切ったのは――――キュンッ!
水球から一瞬伸びた線が、倒れたまま動かない詩音の手を横切った。
バギンッ。
何かの――おそらく【巨銃拳・奇龍衣】の破砕音が響き、詩音が微かに呻いた。
もう間違いない。
刹那やネアちゃんの使っていた強力な水属性魔法、深淵よりの邪槍と同じ――――つまり水のレーザーだ。
「【魔犬召喚術式】、モード『レナ=セイリオス』、常時適用【装束不明】!」
足元に現れた影溜まりから飛び出した闇化モードのレナが、命令せずとも召喚した妖魔犬を踏み台に跳躍する。
そしてクヴェレの胴体を瞬く間にX字に切り裂いた。
常時適用とかできるのか……。ホント、無駄に使い勝手だけはずば抜けてるな。召喚要求に対応して魔犬群に指示を出しているのはレナらしいが。
「リコっ!!!」
「……あの女抉っ……消し……死ぬがい……火か……許さ……何だ、シイナ」
さっきから背後で呪詛のようにぶつぶつと悪態を唱え続けているリコに向かって、【剣】を見ないまま投げ渡す。
「お前の判断で援護に回れ! 使い方はわかるだろッ!」
「ッ……わかったっ」
言ってはみたもののリコってスナイパーライフル使えるのか……? などと考えつつ、詩音に駆け寄って助け起こす。
一秒足らずで確認すると、詩音はウィンドブレイカー越しの肩や露出した腹・脚に貫通痕があり、血が流れ出していた。
空中であのレーザーにやられたのだ。
「エンテイ、二人纏めて焼き尽くせッ」
頭上で火狩の声がして、轟ッと炎が空気を吸い込む音が聞こえた。
「やば……ッ」
とっさに詩音の身体を抱え、前に転がるように跳ぶ。しかし、次の瞬間には上から降りてきた火柱に足元を炙られ、さらに横に転がったりして火炎放射から逃れる。
「ばーか、ただの魔法と違うんだよッ。エンテイ、アイツを――」
「ウチらをスルーできるほど――」
「――余裕だとは知らなかったわ」
左右に分かれていたらしい刹那とトドロキさんの手元で、直径一メートルほどの白光球がわずかな一瞬、きゅっと小さくなった。
そして、
「「――白光の殲魔槍ッ!!!」」
ネアちゃんがニャルラトホテプ戦で使っていた極光の殲滅槍の下位互換魔法と思われる光撃――もとい極太の外道ビームが二方向から放たれた。
「ちッ……」
ビィィィーッとつんざくような咆哮を挙げながら視界を四つに裁断する純白の線の交点から、麻痺の解けたらしい火狩が飛び降りてくる。エンテイの姿は見えないが、文字通り光速とは言わないまでも高速の光の直撃を受けたのだろう。轟音を通り越して静かにすら聞こえる中で、断末魔のような馬の嘶きが微かに響いてくる。
「クヴェレッ!」
レナの双小太刀と水の槍で打ち合っていたクヴェレはその呼び掛けに即座に反応し、スケートのように地面の上を滑りながら火狩の元に戻り、その周囲を一周して急停止する。
そして同時に、ガタガタガタッと地面が揺れたかと思うと――――ドカァッ!
アンダーヒルたちが引き付けていたはずの土雷獣が、こっちを威嚇するように全身のドリルを空転させながら地下から這い出してくる。
「貴様、我がただ逃がすとでも思うかッ」
ダンッとレナが右足を強く踏み鳴らすと、その再びその足元から広がった闇溜まりから、十を超える妖魔犬が飛び出し、瞬く間に肉薄した火狩とクヴェレに襲いかかる。
その時、火狩がきひっと笑った。
「――【我が道を行方不明】――」
火狩がそう呟いた瞬間、その左目が一瞬紫色の光を帯びた。
途端、飛びかかっていく妖魔犬が空中で体勢を変えて火狩を避けるように地面に降り立つと、くるりと振り返ってグルルルル……と口々に唸り声を上げ始める。
その双眸は火狩の左目と同じ紫色の光を帯びていた。
「どうした貴様らッ!」
一向に火狩に攻撃しない、それどころか逆に俺たちに牙を剥く妖魔犬たちに向かってレナが怒鳴る。
「魔眼スキルを使えるのは、何もお前やミキリの専売じゃないってことだよ、魔弾刀。他者の現実を奪うお前の悪夢と違って私の魔眼は優しいぞ? お前らの召喚獣を奪うだけだからな」
嘲笑うようにそう言った火狩の背後に――――ズンッ!
二本の白光の殲魔槍の直撃を耐えきった炎蹄の蹄が地面に亀裂を入れた。
「あれで仕留められなかったのかよ……!?」
さらに炎蹄は怒っているのか、尻尾と蹄の炎は五割増しで燃え盛り、目は明々と不気味に光っている。
「行け、マインフィールド、バスカーヴィルッ! アイツらを噛み殺せッ!」




