(39)『麻痺ごときで』
「うん、決めた。お前らはここで死亡しろ。叩いて潰して叩き潰す。空間断絶の【閉枷意識】!」
火狩が足を踏み鳴らした瞬間にズズズッと地面が揺れ――――ドンッ!
足元が激しくぐらついた。
「な、何だ……?」
「【閉枷意識】、この場所から見える視界の外縁線、その内側にある空間を外の空間から隔離する大規模空間制御スキルです」
本来なら情報が出ること自体珍しいはずのユニークスキルの効果を何処でどうやって知ったのか、アンダーヒルが詳細に説明してくれる。
「閉じ込められたってわけね。こっちもアンタを逃がすつもりなんてなかったからちょうどいいわ」
「同じ檻に入ろうが、どれだけ人数差があろうが、お前らみたいなモブの集まりが私様に勝てるかよッ!」
火狩が吠えたその瞬間、何かのスキルを使ったのか地面がゆら……と波打った。
そして、
「出てこい、『土雷獣マインフィールド』! アイツら全員喰い殺せ!」
ドッ――ォオオオオオオンッ!!!
岩盤を割り砕き、溶岩溜まりの中から巨大な影が現れた。
「モ、モグラ……?」
詩音が面食らったように呟く。
地面から出てきたのはまるでハリネズミのようにドリルが全身に生え並び、鼻先と前足の爪もドリルに互換されているという謎のフォルムの土竜だった。
「キモッ」
容赦なく罵声をぶつける刹那に対し、まるで気にする風も見せない土雷獣は鳴き声の代わりか、ギュイイイィィンと鼻先のドリルを空回しさせ、次の瞬間その鼻先を地面に突き出して瞬く間に地中に潜り始めた。厄介だな、アイツ。
「キュービスト、私と共に来てください。土雷獣の相手を二人で請け負います」
「ア、アンダーヒル様との……共同作業っ……! わかりましたッ!」
今にも卒倒しそうな表情になったキュービストは、翼を広げて移動を始めるアンダーヒルについていく。
アンダーヒルが何を使ったのかはわからないが、足元に感じる土雷獣の振動は素直にキュービストを追いかけていった。
「火狩はウチらで担当っちゅーわけやな。それならそれで話は早いで。【神出鬼没】」
ヒュンッとトドロキさんの姿が消え、同時に火狩の背後の空中に雌雄剣・嬉々壊々を抜いて横に構えたトドロキさんが現れる。
「ちッ、【伝播障害】!」
火狩が舌打ちし、しかし振り返りもせずにそう唱えると、出現した半球状の障壁と回転して振られた嬉々壊々の接触点でバチバチッと火花が散った。
ギュンッ!
次の瞬間、蛇のようにのたうつ鞭が横薙ぎに障壁に打ちつけられ、またも反発の火花が散る。
もちろんうちのギルドの女王様――ではなくエース、刹那さんである。
「随分身持ちが固いようやけど、この面子相手じゃ耐久もそれほど保たへんでッ!」
バチンッと火花が爆ぜ、一瞬の内に物理障壁が泡のように消える。
「はい、抜いたァッ! 【烈風脚】」
ふわっと浮き上がったトドロキさんの回し蹴りが火狩の背中を強く打ち、俺と刹那と詩音の正面に蹴り出される。
ホント頼りになるな、トドロキさん。戦闘に限るが。
「鬼刃抜刀――」
すかさず赤い光を纏う群影刀で、姿勢を立て直そうとする火狩の背中を斬り、反対側に抜ける。
そしてすぐに火狩に向き直る。
「【瞬閃】ッ、【龍牙天掌破】!」「【蛇振衝】ッ!」
詩音の抉るような高速の拳撃が火狩がガードに用いた両手のベアナックルグラップラーをもろとも打ち砕く。ダメージ蓄積が限界だったのだろう。
さらに、刹那の振るった追撃の双鞭の先が大きな蛇のようなフォルムのオーラを纏い、とっさに顔をかばった火狩の交差する両腕に噛みつく。そして火狩は、バックステップと同時にぐいっと鞭を引き戻した刹那に引き倒された。
蛇嫌いの癖に自分で使うのは問題ないのかよ、かなり今さらだが。
「【痺毒】!」
ドクンッ、と火狩の姿が脈打つように一瞬ブレ、パチッと一瞬だけ電気のようなエフェクトがその全身に走った。
麻痺毒に侵されたのだ。
今の内に、との刹那のアイサインがトドロキさんと俺に向けて為され、三人でほぼ同時に火狩に斬りかかる。
「――【敵性剣叉】――」
ギィンッ。
「ッ!?」
振り下ろした群影刀が途中で強い力に弾き返された。そしてそのまま群影刀と共に二メートル近く押し返された。
目の前に群影刀があった――――二本目の。
見ると、トドロキさんの嬉々壊々を止めているのは、同じく嬉々壊々。
鞭モードのフェンリルファング・ダガーを受けているのは剣モードのフェンリルファング・ダガーだった。
しかしそれらの剣は、さながらシイニャの武器複製と同じく形をコピーしただけのようで真っ黒だった。群影刀だけでは元から黒いからまったく気づかなかったが。
「ちッ、邪魔よッ!」
絡め取ったブラックダガーを鞭で横に弾き飛ばした刹那が、未だ倒れたままの火狩に鞭を振るう。
「【攻許不能】!」
バチッ……!
「キャァッ!」
刹那の手に青いスパークが走り、手にしていた【フェンリルファング・ダガー】二本がその足元に落ちる。
その瞬間、火狩はキヒッと笑うと、ウィンドウを操作するような素振りを見せる。そして、火狩の手が、闇に包まれた。
否、漆黒の武装が現れた。
「【妖蹄召喚術式】【幻水召喚術式】――来い! 妖騎炎蹄、少女水妖!」
轟ッ!
突然現れた炎の渦が火狩を囲み、クトゥグア並の大熱波に俺と刹那、そしてトドロキさんは一時撤退を余儀なくされた。
「気を付けろ、シイナ! 妖騎炎蹄と少女水妖はステータスだけ見れば塔の四百五十層クラスのボスモンスター級ッ。さっきの大モグラとは比べるまでもない、火狩の召喚獣の中でも飛び抜けて強力な怪物だ!」
さっきの発言と越権皇位のせいで怒りが頂点に達しているのだろうリコが、仮にも≪道化の王冠≫のメンバーである火狩の情報でも構わず教えてくれた。
最初は火狩の情報すらも漏らさなかった(魑魅魍魎は別)ことを考えると、大した変化だ。
その時、燃え盛る炎の渦の中から巨大な影が上方に飛び出した。
それは蹄の音を響かせながら空中を力強く駆け、五メートルほど上空で振り返ると赤々と光る目で俺たちを見下ろしてきた。
巨大な白馬だ。
蹄と長い尻尾は激しく燃える炎に包まれ、呼吸をするように鼻から炎を噴き出している。
そしてその背には座っているのは、まだ麻痺は切れていない火狩と、後ろで彼女を支えているウンディーネ、少女の形をした水の魔物だった。
「お前ら……」
火狩の声が低く響く。
「麻痺ごときで私様を止められるとでも本気で思ってんじゃねえだろうなぁぁぁぁぁぁ…………」
嘲笑うような火狩の声が降ってくる。
【0】が使えれば、とここまで思ったのは初めてだ。【0】さえ使えれば、火狩のスキル戦術は大したことはないはずだ。しかしやっかいなことに、火狩には【零】がある。
お互いに無効化するスキルを牽制し合って、お互いに使えない状態なのだ。この前は【思考抱欺】をブラフに使ったわけだが。
「召喚獣どんだけ持ってんのさーっ」
もう堪え切れにゃーっ、という調子で詩音がバターンと背中から地面に倒れ込む。
しかしさすがにこんな状況では本気でするつもりはなかったのだろう。すぐさま身体を丸め、倒れた勢いを利用して跳ねるように起き上がった。
ならどうして倒れこんだとか、考えなしに考えを訊いちゃいけない。
「おもしろくなってきたみたいやね」
いつものようなトドロキさんの台詞には、いつもほどの余裕がなかった。




