(38)『離してください……』
「さて今まで好き勝手言ったりやったりしてくれちゃって~、その分はじっくりたっぷりゆっくりと~いたぶるように返してもらうから~。見せてあげよう、この私~。火狩様の真骨頂~」
まるで歌うように調子を取りながら、火狩は子供とは思えない凶悪な笑みを口元に貼り付け、きひっと笑った。
その顔を見た瞬間、刹那の言っていたことを理解する。いや、理解させられる。思い知らされるのだ。
勝利。圧倒。超越。絶対。
それらのあらゆる上位性を享受したかのような存在、と刹那は言っていた。全てを見下せるような不条理が先天的に備わっているようだったと確かに言っていた。
しかし以前彼女の襲撃を受けた時は、苦戦は強いられたものの結果的にこっちが、俺が上位に立って退けることに成功した。
それに加えて目の前のコイツは姿だけ見ればあのリコだ。なのに――――絶望的なまでに勝てる気がしない。
「ねぇ、魔弾刀――」
ピクッ。
話しかけられた、ただそれだけなのに身体が一瞬引き攣った。
「――最強って……何?」
リコの髪を元のアバターのようにサイドテールで縛った火狩は、無防備に両手を広げて俺に歩み寄りつつ――――同じ質問を投げ掛けてきた。
そしてその直後――、
「私様のことだよなああああああああああああああああああああああッ!!!」
火狩が、吠えた。
笑うように、嘲るように、俺を見下してそう叫んだ。そして――ドスッ!
「シイナッ!」
突然、刹那の声が聞こえたかと思うと、腹部を衝撃と鈍痛が襲う。肺が潰れ、息苦しくなり、気がつくと俺は腹を押さえてその場にへたりこんでいた。
火狩に腹を殴られたのだ。
「見せてやるよ。私様の十八番、スキル多用の基本戦闘術“火狩式”! 歓喜しろ、傍目にはお前らの好きそうな超能力戦だ。お前らの好きなように楽しんで――――私様の好きな時に潰されろ♪」
「あー、もーッ! ごちゃごちゃうるっさいッ!」
またも最初に動いたのは詩音だった。こういう時はむしろ、深く考えずに突っ込めるコイツが羨ましい。
「【暴風刑法】!!!」
息をつく暇もなく地面を蹴った詩音の拳が球状の竜巻に包まれ――――ゴゥッ!
手前で打ち出された直打の延長線を直状暴風が薙ぎ払った。
火狩の姿も、確実に呑み込まれたのが見えた。しかし、俺の目は捉えてしまった。火狩の姿が見えなくなる直前――――アイツ、薄ら笑いを浮かべて……ッ!
「第一弾【心傷風憩】――」
何処からか響いてくるような声に詩音が拳を引き、二連続バック転でちょうど俺の隣に戻ってくる。
同時に暴風が止んだが、不自然に広がって立ち込める靄が視界を遮り、火狩の姿が見当たらない。
「兄ちゃん、あれどんなスキル?」
「さすがにユニークスキルまでは網羅してねえよ」
緊張が途切れないよう警戒しながら、妹のアホな発言に仏頂面でツッコミを返す。
妹よ、頼むからもう少し考えてから発言してくれ。時と場所と場合まで考えろなんて無茶は言わないから。
「風属性の攻撃のダメージを回復に変換するスキルのようですね」
「「「「アンダーヒル(様)!?」」」」
「何故そこまで驚くのかが甚だ疑問です」
責めるような冷ややかな視線が、同じく声を上げた刹那・詩音・キュービストはスルーして何故か俺だけに向けられる。
気配がないからだよ。いきなり後ろから声がしたらびっくりするだろ、普通に。
しかし、なるほど確かに。火狩の体力がわずかだが回復している。
「アンダーヒル、アンタ今まで何処で何してたのよ……?」
刹那が火狩とアバターを入れ換えられたリコに駆け寄りつつ、アンダーヒルにそう訊ねると、アンダーヒルは立ち込める靄に視線を遣りつつ、
「スリーカーズと共にリュウ・シン・テルの三名の回復処置等を。スリーカーズもすぐに合流する予定です」
前から思ってたけどトドロキさん、タフだな……。スタミナと言う話ではなく、精神面で。
その時、火狩のアバターに入れられたリコが刹那の手を借りつつ立ち上がった。もう傷は塞がっているようだったが、その表情は一抹の怒りも含まれていたが、概ね絶望に塗り潰されていた。
「済まない、シイナ……。私が――」
「お前は悪くないから気にすんな。余計なことは言わなくていい。下がってろ」
「だが――」
「いいから黙って大人しく下がってろ。説教は戻ってからいくらでもしてやるよ。……っとアンダーヒル、コイツ【越権皇位】で……」
「状況は把握しています。シイナ、方針を決めてください。私はそれに従います」
ヒュン……ッ。
「方針も何もここまでされて報復のひとつもせんわけにはいかんやろ」
スタンッと頭上から唐突にアンダーヒルの背後に降り立ったトドロキさんがそう言って、そのままやけに楽しそうにアンダーヒルに抱きつく。
かなり器用に空間転移できるみたいだな、【神出鬼没】。あるいはトドロキさんの特質か。
「スリーカーズ、離してください……」
「シイナ、やっぱりアンダーヒルは照れとる時が一番可愛ええで?」
「ッ!? ス、スリーカ……いきなり何をッ……!」
急にキリッと真面目な顔を作り、凛と研ぎ澄まされた雰囲気を醸し出したトドロキさんが何やらアホなことを言い出した。
驚きと戸惑いの入り交じった表情に急変したアンダーヒルも抱き着いてくるトドロキさんの顔を振り仰ぎ、何やら慌てた様子で色々口走っている。
「私が一度も見たことのないアンダーヒル様の表情をこのような場で見れるとはふふふふはは――」
少しずつ言動を憚らなくなってきたキュービストがパイルバンカー片手に謎のテンションに陥っている。
アンダーヒルはようやくトドロキさんから逃れると、
「まったく……。このような時にふざけないでください、スリーカーズ」
「くっくっくー、せやかてしゃあないやん。最後に一回ふざけるくらいどうってことないやろ。今回は向こうさんも本気のようやで?」
トドロキさんの目が鋭利に尖り、晴れ始めた靄の向こうに浮かんできた人影を睨み付ける。口元には笑みを浮かべ、その両手が腰の後ろにX字に装着された双剣に伸びる。それぞれ橙と蒼の刀身を持つ双小太刀で、今までに見た覚えがなかった俺はトドロキさんにバレないよう(バレても何かあるわけではないが)橙の刀にちょんと軽く触れる。
そして出現した武器の詳細ウィンドウに視線を落とした。
【妖刀・嬉々】
武器分類は……魔刃剣?
どうやら双剣武器ではなく片手剣の雌雄剣だったらしい。
雌雄剣と言うのは俗称で、要するに名前や付加スキル・見た目などの理由でまるで一つの双武器のようになる対になっている武器のことだ。
トドロキさんが両手を柄にかけてゆっくりと引き抜いた時についでに蒼の刀にも触れて武器詳細ウィンドウを見ると、
【妖刀・壊々】
怖ッ……!
結構トドロキさん向きの名前を持つ雌雄剣に一人戦慄しつつ、俺は二つのウィンドウを閉じる。
どちらにも付加スキルがあるようだったが、このウィンドウでは所持者以外にスキルまでは開示されていない。
靄が完全に晴れると、火狩は構えることもなく無防備に突っ立っていた。そして何も装着していない両手には、緑色の小瓶をひとつずつ持っていた。
「へぇ、なんか人数増えてるね~。たった1人に対して多人数で戦おうなんて相っ変わらず卑怯なヤツらっ♪ 私様の性格が良かったならこのままだったかもしれないね~。でもほら、私様――」
きひっと笑った火狩は、カッコつけるようにブゥン……ッと右手の輻射振動破殻攻撃を起動させると、
「性格悪いし卑怯だから♪」
開き直りやがった。
「来いよ、主人公。魔王が思い描く『勇者が魔王を倒す迄』の勇者を、中途半端な辺りで叩き潰してやるよ」




