(37)『馬鹿め』
「私には貴女の動きは見えてるから、スキルを使わなきゃ勝てないよ?」
火狩に向かって高速の拳を振るいながら、詩音は挑発を繰り返す。
「私、ハカナさんとも闘ったことあるんだよねー。全然勝てなくって、何度も何度もリベンジしたよ」
えへへ、と恥ずかしそうな苦笑いを浮かべつつ、火狩の右肩を金属拳で打ち抜く。かなりシュールな絵面だ。
「ぐっ……」
右肩をかばうためか、わずかに後ろに跳んだ火狩にさらに追撃の連打を放つ詩音。
困ったな……。
手を貸しに来たはずなのに入る隙がない。下手に割り込もうとすると、むしろ詩音の邪魔になってしまいそうだった。
追いかけてきた刹那とリコもそれは同じようで、自身への気休め程度に周囲を固めている。刹那が俺の左、詩音の背後で、リコが火狩の背後を取っている。
キュービストは……俺の後ろにいるようだ。何やってんだ。
ともあれさすが零距離戦闘のスペシャリスト。奇しくも零対零の構図になっているわけだな。火狩のスキル【零】と掛けて。
しかし、詩音が近接戦なら実は普通以上に強いことは知っていたが、だとしてもここまで一方的な展開は……少し気味が悪いな。火狩の術中にハマっている可能性がいまいち捨てきれない、というかふつふつと今も大きくなり続けている気がする。
気のせいだといいけど……。
「火狩さんの戦い方はおもしろくないってゆーかつまんないね」
交錯の瞬間に詩音の左拳が火狩の右頬を掠め、ピッと頬に紅い線が走る。
おそらく不可視の突き出し爪だ。
今の詩音の主要武器【巨銃拳・奇龍衣】は不可視モード。一見無手に見えるが、実は強力な可変ナックルを装着している。
クロウ・スラスターはその左手に内蔵された機能で、高速で爪を出し入れできる。火狩のベアナックルと似たようなものだ。
それにしても詩音のヤツ、何となく挑発がどんどん迷走してないか……?
「火狩さんの戦い方はスキルを使えるベーシックスタイル、って言ったみたいだけど、どうしてスキルを使えるのか実際に拳を交えてようやくわかったよ」
詩音が『拳を交える』なんて表現を使うなんて……ッ!? 確かにそのままと言えばそのままだが、詩音が使っているところなんて見たこともない少し難しい言葉だ。
マズいな。俺の思考も迷走し始めてるのかもしれない。いくら一度勝っていると言っても相手はリュウ・シン・トドロキさん・リコ・テル・詩音の六人を同時に相手にして、四人を撤退まで追い込んだ化け物だぞ。
刹那もいいかげんシビレを切らしていたのか、俺が刹那を見たのと同じタイミングで俺にチラッと視線を向けてきた。
そして口パクで何かを伝えてくる。
『詩音を退かせて。今の火狩なら、私たち三人で同時に叩けば削りきれる』
どうやらリコとの意思疏通も済んでいるようで、見ると輻射振動破殻攻撃の赤い光を右手に常時展開しながら俺に向かって頷いてきた。
『詩音を退かせろ、っていっても――』
――力ずくでどかせば、即座に火狩への攻撃に参加することはできない。
同じく口パクでそう返すと、
『んなことわかってるわよ。だから何とかしろって言ってんじゃない!』
肝心な部分は結局俺任せかよ! しかも言ってねぇ!
水面下でそんな作戦が着々と進行しているのも知らず、詩音の挑発と攻撃は続く。
「スキルを使えるんじゃなくて、スキルを使わないとハカナさんに追いつけないんでしょ?」
「は?」
俺は思考停止し、思わず声を上げた。
「ホントならベーシックスタイルにスキルを使ってる余裕はあんまりないし、そんなの必要ないほど強い戦い方なんだよ。相手の敵対行動その全てに対応マニュアルがあるみたいなモノなんだから」
確かに、ベーシックスタイルの対人基本戦術は相手にも自分にもスキルを使わせない、使える隙を与えないことで成り立っているという大前提がある、と儚自身から聞いたことはある。
どんな戦闘でもそれを実現するために極度の緊張状態を強いられるため、対人戦を何度も連続でこなすとどっと疲れるらしいことも聞いている。無論、そう言ったハカナが疲れた素振りを見せていないからそれだけは冗談とばかり思っていたが。
しかし、ハカナが参加した少人数対人戦では他の戦闘に比べて全員のスキル使用回数が激減しているのは事実だった。
「ナニ言ってんのよ、詩音! ソイツの戦い方はハカナとまったく同じなのよ!?」
「ううん、全然違う。少なくともハカナさんは今の火狩さんほど――――」
ヒュンッとその場で一回転した詩音は、詩音のさっきの発言以降急に黙り込んでしまった火狩に向かって跳んだ。
その動きは、左足の飛び膝蹴り。
あの馬鹿、なんでそこでそんな隙の大きい攻撃を、と思っていると――パシンッ。
火狩は詩音の膝を左掌で受けて軽く逸らし、振りかぶった右手で詩音の左太腿を殴り付けた。
ザクリと、爪が肉に食い込む嫌な音がする。しかし、その痛みに一瞬顔を歪めた詩音は――――パシッ……ギュンッ!
ありえないことに自分の太腿に爪を刺す火狩の右腕を掴むと、無理矢理空中でクラッチを切って右足蹴りを無防備な火狩の側頭部に叩きつけた。
「ッ……!」
声にならない悲鳴をあげて、あっけなくリコの方に蹴り飛ばされる火狩。
スタンッとまだ痛むはずの左足で地面に降り立った詩音はそんな様子も見せず、
「――――マニュアルを厳守してはいなかったよ?」
次の瞬間、これを好機と見たのか一番近くにいたリコが右手を振りかぶり、火狩に襲い掛かる。
「これで貴様の敗けだ、火狩! 輻射振動破殻攻撃!!!」
叩き込まれたリコの右手が、ズブリと生々しい音を残して火狩の腹部に深々と食い込み、視界に出血エフェクトが散った。
ガリガリと火狩の体力が削れ、火狩の口からは人間から発せられるものとは思えない濁った断末魔が飛び出す。
「フン、馬鹿め」
リコが吐き捨てるようにそう言う。
そして思わず俺が視線を逸らしかけたその瞬間、火狩の悲鳴が止まった。
「バカハオマエダ、ウラギリモノノ“アンドロイド”……」
――【越権皇位】――
グシャァッ!
急に静かになった“リコ”が、輻射振動破殻攻撃を解除して立ち上がる。
同時に紅々とした血にまみれた右手が“火狩”の腹部からズズッと引き抜かれ、滴って熱い地面に落ちた血がジュウッと音を立てながらみるみる蒸発して消えていく。
刹那も俺も動けなかった。
横たわったままの“火狩”は、目を見開いて静かに震えていた。その視線は自分を見下ろす“リコ”の、冷たい目に――。
「貴……様……ッ……」
“火狩”が、“リコ”に向かってそう呟き、そしてゴポッと血を吐いた。
「知っていたくせに~。私様のこのスキルを持っていたことを知っていたくせに、素手で私様に触れるなんて~」
“リコ”はケタケタと笑いながらそう言うと、呆然とする俺たちに鋭い刃物のような視線を巡らせて、
「お前ら、馬鹿だろ?」
火狩は怒気を含んだリコの声で、威嚇するようにそう言った。




