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FreiheitOnline‐フライハイトオンライン‐  作者: 立花詩歌
第六章『トゥルース・ヒカリ―衝突と消失―』
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(35)『磨り潰せ』

「負け……犬……?」


 火狩(ヒカリ)と対峙する緊迫した空気の中、震える刹那の声が消えゆくように静かに響く。明らかにキレる一歩手前だ。

 しかし火狩はまるで誰にでも感じ取れるはずの()()が読めないかのようにキョロキョロと周囲を見回し、


「三人しかいないのか。もっと増えれば面白いのに」


 能天気にそう言った。

 まただ。ついさっきまでこの間の報復(リベンジ)でもするかのような、あからさまな殺気を放っていたのに、何のきっかけもなく殺伐とした雰囲気が消えた。

 コロコロと簡単に態度や機嫌が変わるのだ。まるで火狩が、自分の感情を制御できていないかのように――。

 って()()……!?

 思わず背後を振り返るが、そこにアンダーヒルの姿はなかった。おそらく【付隠透(ハイド・シャドウ)】で隠れているのだろう。気配を探るが、何処にいるのかまったくわからない。

 アンダーヒルは相変わらずいろんな意味で人間離れしてるな。スキルを使うには声を出さなきゃいけないのに、いつ使ったのかも気づかなかったぞ。


「あ~あ、負け犬(ザコ)一匹に問題外(モブ)一人。私様を相手取るくせに、()()()そうそうたる面子(メンバー)だな、『魔弾刀』」


 嘲笑するようにそう言って火狩が胸の前に差し出した両の拳には、前回と同じ熊爪付き手甲ベアナックル・グラップラーが装着されている。

 火狩は周囲に倒れているリュウ・シン・スリーカーズ・サジテール・詩音に再び視線を遣ると、最後に敵愾心を顕にするリコで視線を止め――――きひひっと笑った。


「はッ。そういえば故障中(ポンコツ)もいたんだったな、裏切り者の電子仕掛けの永久乙女アンドロイド・ハダリー

「ポンコツ、だと……?」

「従順だけが取り柄(アイデンティティ)の奴隷人形が裏切るなんて、きひひひっ。故障(ポンコツ)どころじゃない……廃品(ジャンク)だろうがッ!」


 またいきなりキレたように叫んだ火狩は――――シャキンッ!

 グラップラーから熊爪を抜き放った。

 そして――


()()()()()()()


 火狩の背後で振り上げた拳を彼女に向かって叩きつけようとしていた煉獄堕天(グザファン)の巨体が、


「――【神影倒し(タイラント・キリング)】――」


 質量を無視した速度で地面に激しく叩きつけられ、鎧全体からミシミシッと軋むような悲鳴をあがる。


「――【無尽咬撃機(プレデター・ドローン)】――」


 突然上空から、火狩の周囲に黒い円盤状のものが無数に降りてきたかと思うと、瞬く間にグザファンに群がり、その全身をすっぽりと覆い隠してしまう。


「まさかアレ、召喚獣……!?」


 刹那が息を呑む。

 機械系召喚スキルは少ないが、火狩はユニークスキル最多保持者らしいからな。今さらこのくらいでは驚かない。


「きひっ……磨り潰せ」


 火狩がそう言うと――――ガリガリガリガリガリガリガリガリガリ……ッ。

 まるで金属を電動ヤスリにかけた音を数倍酷くしたような騒音がけたたましく鳴り、火狩のいきなりの行動に茫然としていた俺たちは揃って思わず耳を塞ぐ。

 耳に障る、嫌な音だ。

 グザファンのライフが目に見えて減り始めたその時、まるで火狩の気がそっちへ逸れるのを待っていたかのように、


「【神出鬼没(ノーリミテッド)】」


 トドロキさんが雑音に紛れて空間転移スキルを発動させ、その姿が消え失せる。

 いや、トドロキさんだけじゃない。そばに倒れていたリュウ・シン・サジテールも一緒に消えていた。

 どうして詩音だけ残すんですか、トドロキさーんッ!!!?

 スキルを使ったトドロキさんやレベルを持たない仕様のサジテールはともかく、リュウもシンもボロボロにされてはいるが防具もちゃんと着けていた。少なくとも4人に関しては回復で何とかなる範疇だ。

 しかし同じように傷だらけになってはいるが、四人と違って詩音はインナー姿。いつもの【巨銃拳(ファウスト)奇龍衣(ユーバーファル)】も装着していない。

 まさか現状で最悪の事態デッドエンド・パラドックスに……? いや、あれって確か……。


「――【英雄撤甲動ヒロイック・トラジェディ】――」


 ドォオオオオオオオンッ!!!

 轟く爆音に身がすくむ。

 次々に内部から爆発していく無人攻撃機(プレデター・ドローン)が無数の金属片に砕け散り、まるで雨のようにグザファンに、火狩に、俺たちに降り注ぐ。

 キィィィィ――――ドォンッ!

 爆発する直前に鳴り響くかん高い金属音が……アイツらの悲鳴みたいに聞こえてくるな。火狩はまったく気にせずに、高笑いしながら自爆攻撃をさせているが。元からそういうスキルなのだろうがエグい使い方だ。少なくとも俺は好きじゃない。

 無数の特攻機に取り付かれたグザファンのライフは瞬く間にガリガリと削り取られ、わずか十秒足らずで――――ゼロになった。

 確かに俺たちが消耗させてはいたが、アイツが使ったのはたったのスキル三つ。

 前にも思ったがコイツ、スキルを使った戦闘に慣れきってる。


「きひっ、安心しろよ『魔弾刀』。最初からお前の目当てはドロップしない」


 くるりとその場でターンして振り返った火狩はそう言うと、降り注ぐ金属片のひとつを器用にキャッチして一瞥し、「つっかえねー」と呟いて後ろに放り投げる。


「……どういうことだ……?」


 まさかコイツ、俺たちの目的を知ってるのか? いや、だとしても重要なのはそこじゃない。ドロップしないということは――


「まさかお前……持ってるのか、【災厄の対剣(カラミティ・クロス)】を」

「はッ」


 いきなり鼻で笑いやがった。


「持ってるヤツを知ってるだけだ。私様はあんなモノ使わない。剣なんか使うから(ハカナ)は弱いんだ」

「貴様、(ハカナ)を……ッ」

「落ち着け、リコ」


 未だにピクリとも動かない詩音に一瞬目を遣りつつ、火狩に食って掛かろうとするリコの襟首を引っ張り、引き止める。


「だが、シイナ!」

「いいから。俺に任せろ」


 リコの耳元でそう囁き、彼女の頭に軽くポンと手を置いて前に出た。


「火狩。【災厄の対剣(カラミティ・クロス)】が手に入らないなら、俺たちはもうここに用はないんだ」

「はァ?」


 火狩の出現以降、何やらしきりに首を捻っているキュービストを一瞥し、さらに刹那の脇をすり抜けて前に出る。

 空気を読んでいるのか、刹那のヤツ珍しく大人しいな。などと思っていたらかなり不服そうなジト目を向けられた。


「せっかくヴォルカを倒してまで保護したキュービストからも色々話を聞きたいし、こっちからは特別お前に用はない」

「お前にはなくてもこっちにはあるの~なんて三下の台詞だよね~。私ね、今日はお前を半殺しに来たの~…………同じ手が通用すると思うなよ、『魔弾刀』。私様には学習能力がある」


 誰でもあるだろ。

 それとコロコロキャラ変えるなよ。どっちが表かわからなくなるだろ。


「まったく……好戦的なヤツが多くて困るな、俺の周りは。それにこんなことして(ハカナ)に怒られないのか?」

「ここに来る前に半殺しにして来たから安心しろ。全身拘束に猿轡、麻痺毒(PP)睡眠毒(シードル)とドクターの媚薬(ドロップ)盛られたら、いくら(ハカナ)でも自力では抜け出せない。抜けられたらそれこそ化物(バケモノ)だ」


 凄むようにそう言った火狩は威嚇と牽制のためかゆっくりと前に歩いてくる。


「確かにさすがの(ハカナ)でもそれは無理かもな」

「私様でも無理だからな」


 ていうかコイツと(ハカナ)ってどれだけ実力差あるんだよ。前に真の第一位(トゥルース)とか言ってたが。


「確かに(ハカナ)とお前ってよく似てるよな」

「……?」


 火狩が怪訝な顔をする。

 (ハカナ)と同じく余裕ぶって、ちょっとしたミスをする辺りが特に、な。


「――剣騎装能力(ミカヅチスキル)両肢加速器フィジカル・アクセラレータ】――」

「ッ!?」

「――【局地性暴風刑法オールドー・テンペスタース】ぅぅぅぅぅぅッッッ!!!」


 【両肢加速器フィジカル・アクセラレータ】の効果で急激に加速した()()の拳が、『奇襲』をその名に冠した不可視モードの【巨銃拳(ファウスト)奇龍衣(ユーバーファル)】が、


 ゴォッ……!

 その拳を覆い隠す突風の渦と共に、無警戒だった火狩の脇腹に突き刺さった。

 たった一瞬。

 その拳よりわずかに遅れて打ち放たれた暴風が、直打の延長線上を薙ぎ払い、紙より軽く火狩の身体を吹き飛ばした。


「はーッ、はーッ、はーッ……」


 拳を振り抜いたポーズのまま、息を荒立たせる詩音は――――いつになく真剣な面持ちだった。

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