(34)『見つけたぞ、本命』
「かつて水を司りし海獣よ――」
背後から聞こえる刹那の魔法詠唱に合わせ、俺とキュービストが前に飛び出す。
「大いなる海を深淵より統べし異形の王よ――」
キュービストとアイコンタクトを交わし、左右に別れて走り込むと、
「【突貫杭事】!」「【魔犬召喚術式】、モード『死霊犬』三頭!」
キュービストの放った金属杭が煉獄堕天の右肩に深く食い込み、バランスを崩す。そこに一瞬遅れて、周囲を固めている内から疑似転移してきた熊並みの重量を持つ死霊犬が、左肩側に飛びつき、俺は左足の踵を群影刀の峰で殴り付ける。
しかし大きく傾くもグザファンは人型の割には珍しく浮遊型モンスター、地面に倒れることもなくまた起き上がり始める。
だが時間稼ぎとしては充分だ。
「今此処に神性を宿して甦り、旧支配の力を以て大いなる水禍を齏せ」
刹那の詠唱に重なって、轟々と渦巻く水流の音が響いてきた。
「キュービストを下がらせるぞ」
俺がそう言いつつ、周りに飛び降りてきた死霊犬の1頭に飛び乗ると、死霊犬は瞬く間にキュービストに接近する。
「掴まれキュービスト!」
返事を聞く間もなくその二の腕を掴み、力任せに横に引きずる。
その次の瞬間――
「深淵よりの邪槍!」
キュンッ! と空気を貫き穿つ音が耳に届き、振り返る。
刹那の手元に浮かんだ渦巻く水球から一筋の線がグザファンに向かって伸び、硬直している西洋鎧の巨体をまっすぐ縦に引き切った。
「おい、リヴァイアサン・ハイドロランスの威力上がってないか……?」
「アンダーヒル様が魔法攻撃力強化の魔法を使ってるかもしれないねー」
死霊犬によじ登ってきたキュービストが悠長に呟く。
キュンッ!
数秒後、小さくなった水球から第二射が放たれ、両腕の肘下・腰の位置を横一文字に薙いだ。同時に水を消費し切った水球は自然に消滅する。
ズズッ――。
十字に縦横断されたグザファンが切断面でズレ始める。同時に斬り落とされた両腕の肘から先がグザファンの本体の管理下から離れて地面に落ちた。
そしてその両手に携えられていた着火器とふいごが手を離れた瞬間、ギィンッギィンッと連続で響いた着弾音と共に空中で弾かれ、グザファンの遥か後方に吹き飛んでいく。当然、そんなことができるのは高攻撃力の銃を持っているアンダーヒルだけだ。
「何だか畳み掛けられそうな気配?」
「アイツは中身の魔力体が本体だから、鎧を斬ったくらいで何とかなるモンじゃないよ。ライフも残ってるし」
半分近く。
「へぇ……あ、ありがとうシイナさん」
死霊犬を刹那の近くに回そうと軽く叩いて指示すると、キュービストはその途中で飛び降りた。振り返ると、射突式破甲槍を構え直してグザファンを注視している姿が視界に入る。
「っと、サンキュー。またレナの指示に従ってくれ」
俺も死霊犬に礼を言いつつポンとその背中を叩いて飛び降りると、
「刹那、どうかしたのか?」
腕組みをして釈然としない表情をしている刹那に声をかける。
「硬すぎんのよ、アイツ」
「硬いって……あんだけ簡単に斬り刻んどいてナニ言ってんだよ、お前は」
「アンダーヒルが計算してたダメージ量より少ないのよ」
アンダーヒルのヤツ、戦闘中にそんな計算してたのかよ。どれだけ時間がかかったかはあえて聞かないけど。
「防御が高いのか……?」
「どちらにしろ想定よりめんどくさいことになりそうよね」
そんな言葉を交わす俺と刹那の目の前で、グザファンは右肩・左肩・右手・左手・右足・左足に分割された鎧を組み直し、形だけの体裁を保つ程度に元の姿に戻る。
部品ごとにそれぞれが一定周期でふわふわと揺れ、擦れ合う度にガチャガチャと不気味な音を響かせているが、代わりにやはりさっきまでの統一された重厚感というものは失われていた。
「リコがいたら話は早そうなんだけどな」
「え?」
刹那が怪訝そうな顔で聞き返してくる。
「輻射振動破殻攻撃があるだろ」
今さらながら、リコの右手に搭載されている輻射振動破殻攻撃機構は柔らかい物体は高周波振動で貫通し、硬い物体をも共振を利用して破砕する。間合いに飛び込まなければ使えない弱点はあるものの物理攻撃の中では万能の攻撃で威力も高い。
本来なら魔力体には通用しないのだが、グザファンの場合は鎧に憑依しているようなもので鎧にもダメージ判定がある。
それに着脱式複関節武装腕もある。接続機甲を例のピンセット状の高周波ブレードにすれば鎧を切り裂くこともできるかもしれない。
リコさえいれば比較的楽にコイツの動きを鈍らせることも可能な――。
「……シイナっ。アンタ、リコ呼び出せたわよね!? 一方通行でも!」
「あ……」
言われる前に気づけよ、俺。
「【楽園追放】!」
スキルを発動した瞬間、目の前に蛍光緑の立体レイヤーが現れ、みるみる内に着色と実体化が進んでリコの姿に――
「――輻射振動破殻攻撃!!!」
「え゛」
「ん?」
ガクンッと視界が急落する。そして次の瞬間、お尻から背中にかけて軽い衝撃を覚え、パチパチと目を瞬かせる。
リコの輻射振動破殻攻撃を全力で躱したのはいつ以来だろうか。
躱した、と言っても刹那が足を払ってくれたから姿勢が崩れ、結果的にリコの右手から外れただけなのだが。
「シ、シイナか!? 来るのが遅いぞ! 今すぐに【0】を使え!」
「……どういうことだ?」
「説明は後だ! 早くッ、早くしないと火狩がッ!!!」
「「火狩!?」」
刹那と声が重なる。
俺と刹那がアイコンタクトで頷くと、その足元をものすごい速さの影魔が通り過ぎていった。そしてそれらの影魔がグザファンの足元にまで近づくと、
「――影魔種能力【死獅子の四肢威し】」
黒々とした鎖に変化して、グザファンを地面に固定し始める。そして背後から、小さな足音が聞こえてきた。
「刹那、キュービストに全解除をお願いします」
アンダーヒルの要請に余計な口を挟まずに頷いた刹那は、一人離れたところで状況を把握できていない様子のキュービストに向かって駆け出した。
「スキル全解除」
俺がそう宣言すると、レナを始めとした群影犬たちがどろりと崩れて消えていく。
アンダーヒルも死獅子の四肢威しを使う前に全解除をしたらしく、いつのまにかフェレスは姿を消している。
よく考えたらこの状況であの盲目にして無貌のものから皮肉のひとつも飛んでこない時点で気付いて然るべしだったな。
刹那と、アンダーヒルと。再びアイコンタクトを交わし合うと、俺は群影刀を強く握り締め左腿の帯銃帯から【大罪魔銃レヴィアタン】を引き抜く。
「行くぞ――」
アンダーヒルが俺の右肩に手を乗せてきた。まるで存在証明をするかのように。
「――【0】」
カシャ――――ン。
何処かで聞いた覚えのあるガラスの割れるような音。耳に残るそんな音と共に、何人もの人影がその場に出現する。
しかしその中でまともに立っているのはたった一人――――天を仰ぐように突っ立っているソイツは周囲の環境の変化に気づいたようにゆっくりと振り返った。
「見つけたぞ、本命」
振り返った火狩は口の端に歪んだ笑みを湛え、その手で掴み上げていた詩音を無造作に投げ捨てた。
「ッ!」
「待って、シイナ」
刹那が俺を抑えるように手を横に差し出した途端、俺の爆発しかけていた怒りが何故か急速に冷めていき、前に出した足を何とか踏み止める。
「この前来たばっかりだってのに随分と暇みたいじゃない。羨ましいわ、道化の王冠」
刹那が挑発するように嫌みっぽくそう言うと、火狩は面白くなさそうな顔をして刹那を睨み付けると、
「久しぶりだね、負け犬」




