(33)『おあいこですから』
小話で三度目、一部含めて四度目のアプリコット視点です。
「グザファン……ですか?」
ネアがボクにそう訊き返してきました。
またしてもキュービストを取り逃がし、仕方なくスペルビアと合流してギルドに戻ってからのことです。
たまには仲間と親交でも深めて好感度アップを図っておこうかと、ロビーで居残りくらった面々と歓談始めた矢先でした。
「はい、煉獄堕天と書いてグザファンです。ぶっちゃけ大して強くもないボスモンスターですよ。昔、シイナと二人で狩りに行ったことがありますけどね」
「シイナさんたちはどうしてそんなモンスターを倒しに行ったんですか?」
ネアはそう言って、ちぅーっと四面体形の容器結晶に挿したストローから甘い匂いのするドリンクを吸い上げます。
「ヤツの落とす【災厄の対剣】っつー伝説級武器が欲しいみたいですよ」
「カラミティ・クロス……ですか?」
「ええ、見ますか?」
ボクはそう言うとポップアップウィンドウを開いて、並んだアイコンの中から[SOID]のボタンにタッチします。
実はコレ、スタッフオンリー・インフォメーション・ドキュメント――要するに関係者用秘匿機密書類の略称なんですけどね。知ったこっちゃないです。使えるものは何でも使えと日常的によく言われてますし。
誰にとは言いませんけどね。
『見る……?』という表情で首を傾げるネアをさりげなく観察しつつ、ボクはさらに現れた十六個のアイコンから、短剣と拳銃とハンマーが*状に組まれたエンブレムのボタンに触れます。
すると辞書のようにあいうえお順に並んだページが出てきます。
それを操作して目当てのモノを見つけると、オブジェクト化を実行しました。
ガタンッ――。
背後から聞こえた木製の椅子が倒れるような音がロビー内に短く響きました。
「……っと、これが災厄の対剣です」
ズシリと重い双振りの剣をくるりと手の内で回し、小さい方の剣をネアに向かって軽く放り投げます。
「わわっ……!?」
危なっかしい手つきでそれをなんとか受け止めたネアは、照明に翳すように高めに掲げました。
何となく大きい方の剣は隣で寝ているスペルビアの上に置いてみます。
重さに気づいたらしいスペルビアはもぞもぞと動き、何を考えたかカラミティ・ウーノを引き込んでいきます。両太ももで刃を挟み、柄の方に抱きつきました。
物騒な抱き枕ですね。本人が気持ち良さそうなので気にしないことにしますが、服が裂けてインナーが見えてますよ。
その時、ボクが座っていた三人掛けソファ(最近ボクの特等席という認識が高まりつつある)の後ろから、アルトが背もたれを軽く飛び越えて隣に座りました。
そしてボクに詰め寄ってきます。
「おい、アプリコット」
「そんなに怖い顔していったいどうしたって言うんですか、アルト」
ボクはすかさずそう返します。
「一本しかないはずのレジェンダリーを何でお前が持ってんだ。詩音たちはそれを取りに出かけてんだろ?」
「ご安心を。コレは関係者各位に与えられているFO関連の内外データから引っ張ってきた完全一致の贋作。本物じゃありませんし、戦闘に使うことはできませんよ。当然、これはカウントには計上されていません」
「内外データ……?」
アルトは眉をひそめて、胡散臭そうな目を躊躇いもなく向けてきます。
「簡単に言えばFOの設定大全ですね。全てのアイテム・素材品・武器・防具・装飾品・種族・スキル・マップ・各種モンスター等諸々、フィールドや建造物を構成しているオブジェクトの種類まで、あの物陰の人影とは比べ物にならない規模のデータベースですよ」
「なっ……!?」
アルトだけじゃなく、ネアもさすがにどれだけすごいものかわかるみたいですね。
目を見開いてクリスタルを取り落としそうになっています。
「まさかまだ未解放の塔ボスの情報まであるとか言うんじゃねえだろうな……」
「もちろんありますよ。むしろそれが現状では、ボクがこの世界を作り出したROLの一員だってことを証明できる証拠なんですから♪」
アルトが目を見開き、眉をキッと釣り上げました。
「お前ッ、ふざけてんのか!」
「何をですか?」
アルトはボクの着ているTシャツの襟を掴み、感情に任せて締め上げてきます。直接首を絞められるわけではないので精々が息苦しい程度ですけどね。
「それを使えば攻略だって一気に進んだはずだろッ。もしかしたら半年あれば全部終わってたかもしれない。そうすりゃミナもルーもフレールもっ……あんな酷い目に遭ったりなんかしなかったかもしれないだろうがッ。お前のせいで……!」
カチャリ――。
「アルトさんっ!」
「ッ!?」
ヒュンヒュンッ……!
【天使の刃翼】の展開を察したらしいネアの警告に即座に反応したアルトは、後ろに跳んでボクの二閃を躱しました。
この反応速度、さすが現役でトップ級ギルドの幹部やってるだけはありますね。まぁ反応速度に関してなら、驚くべきは片刃腕輪の微かな展開音を聞き取ったネアの方ですけどね。
「へぇ、思った以上に冷静でしたね。代わりに期待してたより愚かみたいですが」
「テメェ……いきなり何のつもりだッ!」
「何のつもり? 自己防衛のための報復ですが、それが何か? っつっても普段こんなキャラ気取ってますから謂れのない責任転嫁には慣れてますから、欠片も気にしちゃいないですけどね」
台詞の後半にクスクスと含み笑いを交えつつそう言い捨てると、アルトは一瞬ハッとした表情を見せました。
「ちくしょう……やっちまった。今のはあたしが悪い、アプリコット。許してくれ」
「いえいえですから言葉通り。まったく全然気にしてませんよ。ええ、ちっとも」
「いや、怒ってるだろ……?」
「いえいえまさかそんなことは♪」
「……どうしたら許してくれる?」
こっちは否定しているのにやたらと疑り深いですね、この娘。「やってない」って言っても独断と偏見で冤罪吹っ掛けられてるみたいな気分です。
あ、それはそれとしてそろそろですかね? あと少しです、頑張れアプリコット♪
「含むところなんてありませんよ。ボクはこう見えて仲間に嘘は吐きませんから♪」
「それだけは間違いなく嘘だろ」
「あ、やっぱりバレました?」
「あたしをバカだとでも思ってんのか」
「まさかバレるとは思ってなかったんですけどね……。何か間違えましたかね?」
ブツブツ。
「ケンカ売ってんのか? ったく、シイナはよくこんなのにまともに付き合ってられんな……」
あっちもブツブツぼやき始めました。
まぁボクはアレですからね。『友達百人できるかな♪』で富士山に登っておにぎり食べる時にハブられてる一人ですから。
ネアは、目に見えてイライラが募っているアルトとボクとの間で視線をさ迷わせ、あわあわと焦った様子で見守っています。手に持つ災厄の小剣が危なっかしいですね。
それを言うなら、災厄の大剣を抱えたままもぞもぞと寝返りを打っているスペルビアの方が危なっかしいと言うか危ないですが。
「アルトもシイナの妹だったんですか♪」
「バッ……ち、違ェよ。たまたま昔そう呼んでただけだ!」
顔真っ赤にして目逸らすなんてテンプレな挙動でそう言われても、いまいち説得力に欠けますよね。
「っつーか話逸らしてんじゃねえよ! あたしが悪いのとお前が使える情報を公開しないのは別の話だ」
「こんなチート技みたいなもんを儚相手に使えると思いますか? ぶっちゃけボクが放置されてるのがギリギリのラインなんじゃねえかと思いますよ。実際一回は誘われてるわけですしね♪ まぁ悪事に手を貸す気はありませんでしたが」
と建前をつらつら並べてみます。
本音を言えば、こんな横紙破りを使う気が起きないからですし、誘いを断ったのも仮想とはいえ、世界を乗っ取るなんてありきたりすぎて面白くないからです。
うわぁ、嘘ばっかり。
「もしやったらどうなると思う……?」
「よくてボクだけログアウト、悪くて現実からログアウトじゃないですか? いまや魑魅魍魎はこの世界を自由に弄れるみたいですしね」
ハイリスクハイリターンにもほどがあります。下手すると廃リスク排リターンになりかねないですし。
おっと、何のためにさっきアルトに攻撃を仕掛けたか、思わず忘れるところでした。
「ところでさっきの謝罪ですけど、ホントに気にしてませんよ。おあいこですから」
「おあいこ?」
アルトが怪訝な顔で首を傾げた途端、ピリッと微かな音が耳に届きました。
「はい、おあいこ♪」
バサッ……。
胸元でX字に浅く切り裂いておいたアルトの忍装束が自重の継続ダメージでついに耐久値がなくなり、肩回りを残して一気に床に落ちました。目出度し愛でたし。
おやおや、意外と可愛い悲鳴ですね。




