(32)『どさくさに紛れて』
ドォオオオオンッ!
地面から無数の火柱が上がり、割れた岩礫や赤熱した溶岩が周囲に飛散する。
ォオオオオオオオオン……!
同時に金属鐸を打ち付けたようなグザファンの雄叫びがビリビリと空気を震わせ、それに呼応するように遠くに見える山が爆音と共に噴炎を巻き上げ、空からは無数の隕石が降り注ぐ。
「初撃にしては鬼畜入ってんじゃない。シイナもこんなのがあるんなら先に言っときなさいよねっ」
忌々しそうにチッと舌打ちをした刹那は俺の上からどき、【伝播障害】越しにグザファンを睨み付ける。
足元の地面にふいごを突き立てたグザファンがそのまま地中に空気を送り込んだ途端、ところどころで小爆発が起こり無作為の火柱が俺たちを襲った。
それを躱そうとした刹那が、俺にダイブしてきたのだ。結果的に彼女のおかげでほぼ無傷だが、心臓の鼓動がやたらと早まっている。経緯はどうあれ、抱きつかれたのだから無理もない。
上体だけを起こして周囲を確認すると、アンダーヒルも同じく【伝播障害】でフェレスを守っていた。影魔たちの姿が見えないが、霧散した痕跡は見つからない。大方、アンダーヒルのローブの陰にでも隠れたのだろう。レナもフェレスの触手に絡め取られて不服そうな顔をしているが無事のようだ。
妖魔犬も、一時的に【装束不明】で闇化して大多数難を逃れている。
さすがバスカーヴィル。なんかガリガリ魔力削れてるなと思ってたらお前らか。もう一度召喚し直すことを考えるとこっちの方が楽ではある。
ついでに数匹ぐらいドジ踏む個体がいてもおかしくはないと思っていたが、さすが群影犬と言うべきか統制は完璧にとれているようだ。
そしてキュービストは――――何やってるんだ……?
キュービストは刹那の足元に引っくり返り、両肩と頭の三点で接地した体勢で静止していた。どうやら刹那に後ろ襟を取られ、力任せにバリアの中に引きずり込まれたらしい。オウム貝みたいだなどとと思っていると、ぐらりと揺れたキュービストは足を地面に投げ出すように仰向けになる。
そこで目が合った。
「……」
「……」
何故静かになる。
「シイナさん、インナー見えてるよ」
「ッ!?」
ドガッ!
「のぉぅッ!!!?」
顔面に思いきり蹴りを入れてしまった。
「目がぁっ、目がぁぁーッ!」
顔を両手で押さえて、ゴロンゴロンと地面をのたうち回るキュービストから身を引くように立ち上がる。
……ん? 何で俺、キュービストを蹴り飛ばしたんだ? 別にローアングルでインナー見られたからって問題ないよな……? 俺、男だし。
「あ、演技か」
思わずそう口に出して呟く。
咄嗟に女っぽく振る舞うなんてやるじゃないか俺の無意識その調子だ、キュービストには悪いがこのぐらいの反応する女の子も普通にいるもんな、まぁ刃物が出なかっただけ俺が刹那じゃなくてよかったな、むしろフェンリルテイル装備してる俺の方にも非はあるわけだけどあんな指摘を堂々口にするキュービストも悪いというか、ダメだ自分でもナニ考えてるかわからなくなってきた、なんか顔も熱くなってきたし――――。
「シイナ、アンタ何やってんの……?」
「ひゃぃ!?」
思わず変な声が出てしまい、慌てて自ら口を塞ぐ。刹那は、気まずさで冷や汗をかく俺を不審そうな目で射抜くと、フンと鼻を鳴らして金髪を翻し、
「伝播障害割れるわよ」
跳ねるように外に飛び出した。同時に、術者のいなくなった障壁がカシャーンと音を立てて砕け散る。
「確かに……何やってんだか」
自分のことながらフッと笑う。
戦闘中にどうでもいいことに気を取られてるなんて、不真面目な戦闘狂にすら笑われそうだ。
「いい目ダ、人間。予想外の想定外で文字通り巨人殺しになりそうダガ、お前のその目は弱者を刈り取る強者の目ダヨ。さすが我が夫」
「その設定いつまで生きてるんだよ」
「ずっとダ」
あとキュービストやレナの前で夫とか言うなよ。フェレス自体、自分の意識が女だから俺を夫と呼んでるだけなんだろうけど、下手すると性別バレるから。
「レナ」
双振りの小太刀をヒュンヒュンと手の内で回し、今にも突っ込んでいきそうなレナを制止する。
「む? 何か用であるか、我が主よ」
パシンッと小気味のいい音を鳴らして、レナは回していた小太刀を逆手に構える。
「魔犬軍の統制は任せた」
「何!? それではアンダーヒルの作戦と違――――せめて理由を!」
「前に出たい」
「普段の大人びた振る舞いの割に、実は恥ずかしげもなく幼いな、我が主よ!」
レナは信じられない光景を見たかのような驚きの表情で、
「――鬼刃抜刀――」
群影刀を鬼刃モードで引き抜いた俺はまだ何事か言っているレナを中衛に残し、左側――つまりグザファンの右手側に走り込む。
グザファンと初めて戦うプレイヤーは、あの初撃のインパクトで左手のふいごの部位破壊にかかりきりになりがちなのだが、実際のところあのふいごは増幅装置に過ぎない。耐久値がふいごより低いあの着火器の方を優先的に破壊するのが正攻法なのだ。
何でそんなことを知っているかと問われれば、『教訓とは元を掘り返せば失敗だ』というだけのことである。
「チッ、やっぱ見た目通り硬いわね……」
【フェンリルファング・ダガー】を俺と同じく鬼刃化した刹那が、火花を散らしながらそれを金属鎧の表面に這わせて悪態をついている。
「ちょっとシイナ、何でアンタが一番前まで出てきてんのよ!」
「刹那を守る役目をキュービストなんかに任せられるわけないだろ」
今のところ流れで行動を共にしてはいるけど、ギルドに戻って色々確かめるまでは信用するワケにはいかないからな。
「ア、アンタに守られなくても自分の身ぐらい自分で守れるわよバカシイナ!」
刹那が突然慌てた風にそう言って、(ちゃっかり何故か最後に俺を罵りつつ)グザファンの左手の凪ぎ払いを連続バック転で躱す。
「ったく、どさくさに紛れてなんっ……ってこと口走ってんのよ、バカシイナ……」
一度罵るだけでは飽き足らず、まだ何かブツブツ言っているようだ。よくは聞こえないが。
「シイナ、聞こ――」
耳元でしたアンダーヒルの声が、タイミング悪く打ち付けた群影刀と金属鎧の金属音でかき消される。
一瞥振り返ると、アンダーヒルは最後列にいるのが見えた。おそらく【音鏡装置】の擬似通信だろう。
アンダーヒルに見えるよう、合図代わりに左手を挙げると、
「ステータス値に変化は見られません。外見上の変化のみです。身体の巨大化で動きはさらに緩慢になっています。ただ、腕を使用した攻撃は見ての通り元の動きが速いため、注意を怠らないようにしてください」
おそらく全員に聞こえているだろう答えが返ってきた。
「また、目標物の取得条件が詳細不明です。各自、部位破壊は徹底してください」
ガァン、ギィンッッッ!!!
直後放たれたコヴロフの12.7×108mm弾がグザファンの頭部に直撃し、その巨体を大きく仰け反らせた。




