(30)『何かあったか』
「C班がB班に合流、煉獄堕天との交戦に入った模様です」
「やっぱ早いな、トドロキさんがいると」
アンダーヒルの実況報告にそんな言葉を返し、俺も地図に目を落とす。
散っていた光点二つずつの二組が同じところに集まり、小刻みに揺れている。
そこから直線距離五百メートルの位置に四つの光点。これが俺たちだ。残念ながら入り組んだ洞窟の中を通っているため到着はもう少し後になりそうだが、逆に洞窟の出口はちょうど交戦地点と目と鼻の先だ。
C班、スリーカーズ・詩音・リコ。
トドロキさんの持つ唯一のユニークスキルである(ほぼ)無条件空間転移スキル【神出鬼没】は、少人数だが複数の人を同時に移動できる。
その上、リコと椎乃。この二人は≪アルカナクラウン≫でも一二を争うSP値を持ち、単純な移動速度もやたらと速い。もちろんトドロキさんも身体能力だけなら負けるとも劣らず。
だからこそ一番捜索範囲の広い場所を割り当てられたわけだ。
とはいえ機動力に関しては、コイツらもただ負けているつもりはないようだが。
「……ム? 我ニ何カ用デアルカ、主人ヨ」
俺の視線に気づいたのか、見上げてくる一対の眼と視線が重なる。向こうはあまりいいとは言えない目付きだが、コイツらは戦闘犬種の群隊だから無理もない。
激情の雷犬。
俺と刹那・アンダーヒル・キュービストは綺麗な黄白色の毛並みを持つこの大犬に跨がり、移動していた。
元々は巨塔の一ボスになれる戦闘能力を有している『激情の雷犬』だが、やろうと思えばそれを最大三百一頭同時に使役できる【魔犬召喚術式】の性能は常軌を逸している。
「他にも少人数のグループがいるとは思っていましたが、その方々もアンダーヒル様のお仲間でしたか」
キュービストが得心、という表情で顎に手を当てる。隊を分けるまで、地図を見ていなかったのか、コイツ。
「ここにいる刹那とシイナを除けば、プレイヤーが[スリーカーズ][竜☆虎][†新丸†][詩音]の四名、NPCが[電子仕掛けの永久乙女][八式戦闘機人・射手]の二名です」
「……ッ!?」
思わず左斜め前のアンダーヒルに視線が泳いでしまった。
アンダーヒルが、リコとサジテールの正式名称を使うなんて珍しい。というより普段ならありえない。
FO時代ならともかく、今いるのは≪道化の王冠≫という最終的に倒すことを義務付けられた明確な敵が存在する。明確な敵という意味では現状維持を望む集団も含まれるが。
しかし、≪道化の王冠≫の構成メンバーの内二人、儚と火狩は今の俺たちでさえ一対一で勝つことは不可能な怪物。つまり、そうなると勝負を分けるのは不確定要素だろう、という話だ。今さら隠し通せているとは思わないが。
確かにキュービストは少なくともアンダーヒルの敵にはなりそうにないが、敵でない保証は何処にもない。
だからこそあえてリコの本名を出し、反応を見ているのだろう。テルの名前まで出した理由は俺には予想がつかないが、≪道化の王冠≫に関わりがあれば少なからず反応を見せるはずだ。
そう思ってさりげなく右斜め前を走る雷犬の上のキュービストに視線を遣る――――が、
「……つかぬことをお聞きしますがアンダーヒル様。その[詩音]というのはよもや竜――」
「≪竜乙女達≫幹部四竜の一人。戦闘隊隊長、『超近接舞姫』の二つ名を持つ[詩音]ですが……」
予期しないところに食いつかれて驚いたせいか、詩音つまり椎乃が俺の関係者だからか、俺の方をチラッと見つつそう言ったアンダーヒルは、キュービストのを観察するようにジッと視線を向ける。
「……それがどうかしましたか?」
「いえッ、何でもありません!」
思いっきり裏返った声で『何かある』と言ってくださった。
「そうですか」
詳しい追求は安全圏に戻ってからにするようだ。
それにしても、≪道化の王冠≫どころかドレッドレイドとも直接関わりのない椎乃が、キュービストとどんな関係があるって言うんだよ。
基本的にコイツの興味はアンダーヒルに向いているようだしそういう意味では安全と言えるだろうが……おっと、思考が妙な方向に飛躍したな。
そもそも年頃になっても男女の区別なしに友達を作るような椎乃に限って、そんなことはありえないだろう。
ましてこんな妙なメガネ野郎に……まずいな、妙なこと考えてたせいかキュービストが敵に見えてきた。
などと内心で謎の葛藤と戦っていると、少し後ろを走っていたはずの雷犬が横に付けてきた。
刹那だ。
「ねぇシイナ、妙じゃない?」
「確かに妙は妙だけど、別にあんなメガネ気にしてなんかないぞ!」
「は? 何言ってんのアンタ。寝ぼけてんのかバカなのかはっきりするのは後でいいとしてとりあえずまともな知性ぐらい身に付けなさいよ、バカシイナ」
酷い言われようだった。最後に『バカ』って断定してるし。
「そうじゃなくて変だっつってんのよ、理解できた?」
「……何が?」
何となく刹那の様子が変なのは理解できたが、などと考えていると、単細胞生物を見るような冷たい視線が俺を射抜いた。
「少しは周り見なさいよね」
「周り?」
「何ホントに周り見てんのよ、バカじゃないの?」
無茶苦茶だ……。
「バカでいいから何が言いたいのか普通に言ってくれ……」
「もう煉獄堕天も近いんでしょ? こんな場所じゃ遮音なんて利くわけないし、地続きなんだから振動だって通ってくるわけだし……」
「……?」
「だーかーらー!」
刹那がドカッと雷犬の背中を叩いた。その痛みに驚いた雷犬はビクンッとわずかに身体を震わせ、刹那を見上げて睨みつける。
しかし刹那はそんなことよりも優先事項があるとでも言いたげに俺の方に指を突きつけてきて、
「どうして音も揺れもないのって言いたかったのよッ」
言えよ、とは言わないけど。
「煉獄堕天はそこまで大きくはないし、物理攻撃もほとんどしてこないからな。揺れがなくてもおかしくはないだろ。音だって遠くに届くほどうるさい攻撃はない。攻撃は炎ばかりだよ」
「んなもんわかってるわよ。そうじゃなくて今向こうにいるメンツ考えなさいよ」
「リュウとシン、トドロキさんにリコ、詩音、テル……。……ッ!?」
「全身鎧で実体がないなら魔力攻撃が基本なのに、向こうにいるのは物理攻撃一辺倒の連中ばっかり。時間稼ぐにしてもスリーカーズが魔法使うしかないでしょ。それにしては静かすぎるって言ってんのよ」
スリーカーズの魔法は結構派手だ。単純に威力の高い攻撃魔法に見た目と威力が比例しているものが多い、というだけの話ではあるのだが。
少なくとも魔法を使っていたのなら、こっちに伝わってもおかしくない。既にそのくらいの距離には近づいている。
「考えられるのは、不測の事態で一度敵から離れたか……」
思わず言葉に詰まる。
しかし刹那は、そんな俺の躊躇を知ってか知らずか、
「何かあったか、ね」
事も無げにそう言い捨てた。




