(29)『似て非なるものです』
「やはりB班、C班共に未発見のようですね。出現はしていても遭遇しにくい点は、ボスとはいえさすがは裏、といったところでしょうか」
【隠り世の暗黙領域】の特徴的な黒いポップアップウィンドウから顔を上げたアンダーヒルが俺に報告してくる。
現在地は山頂付近のエリア九八、といっても地図を見ていなければ分からないだろうが、要するに他の班と別れた場所の周辺まで戻ってきていた。
数時間遅れて、ようやく本腰入れた捜索開始というわけである。
ここは火山内部ではなく、さらに上のエリアに行くための山道、言ってしまえば連絡通路のような場所だ。足元は切り立った崖のようになっていて、眼下には広大な火山帯の光景が広がっている。
絶えず降り注ぐ滅びの隕石は来た当初よりも数を増し、出たのが昼過ぎてからだったためか既に日が落ちつつあり、周囲も薄暗くなっている。
幸い、側道にはほとんど落ちてこないようだが。
「他チームの現在位置は?」
「B班がエリア六七、直線距離にして十二・八キロ地点。C班がエリア一九、同じく四○・一キロ地点です」
「今さら考えるとあの三人って不安要素しかなかったね!」
馬鹿と馬鹿とお調子者のことである。
何処まで行ってるんだよ。
「アンダーヒル様。愚かにも私聞き逃しておりましたが、前線攻略に関係のないこのような場所に何をしに来たのですか?」
アンダーヒルの脇に控えていたキュービストが訊ねる。
「煉獄堕天の討伐です」
「グザファン? というと『紅き騎士』ですか。何故か理由を聞いても?」
「ドロップアイテムが主な目的です」
「なるほど、そうですか」
思案顔ながらも頷くキュービスト。アンダーヒルの少しはぐらかすような言い方を捉えたのかはわからないが、その表情に不服や不満の色は見えない。一方的なモノかもしれないが、アンダーヒルのことを心から信じているのだろう。
その時、何処からかタタッと軽快な音がして、すぐ隣の空間に白く大きい何かがふわりと降り立った。
斥候に出ていた刹那と騎獣扱いの激情の雷犬だ。
「どうだった?」
「シイナが言った通り、地形変動のせいで山頂に行く道が塞がってる。一応回り込んで行ける道がないかも探したけど全然ダメだった」
「こちらも途中から飛行接近が禁止されていました」
「正規ルート以外はシャットアウトってわけね……ちッ」
溶岩のあるフィールドでよくあるのだが、時間帯によって溶岩の量や噴出孔が変わり、それによって地形が変わってしまうことがある。それが昼夜の地形変動だ。
ここの場合、次のエリア九九は瓢箪のような形をしていて、狭まった中央の部分は十メートルほどの長さの細い隧道になっている。夜になると溶岩溜まりが上がってきて、トンネル内を満たしてしまい、先に進めなくなってしまうのだった。
俺とアンダーヒル、キュービストで山腹を直接登ることができないかも試したのだが、地上は溶岩が渾渾と流れていて先を行けず、空は飛行禁止仕様に設定されていた。
万策尽きて打つ手なし。
「シイナがもっと早く教えないからこうなるんじゃない!」
「反論のしようもございません」
前に来た時は昼間ですんなり通れたため、直前のエリアに来るまで思い出せなかったのだ。アンダーヒルはその場に着く前に気づいただけ上々、というようなことを言っていたが、当時その地形を見て夜は通れなくなると思っていたのもまた事実だった。
しかもここから山頂までのエリアは一本道。途中が一ヶ所塞がっているとそれだけで先には進めない。
「それでどうすんの?」
「ここから先を後回しにするしか……」
「それはわかってるわよ、バカシイナ。だからその後をどうすんのって言ってんじゃない! まさかここで明日までずっと待つなんて言うんじゃないわよね?」
「んー……」
さも考えているように顎に人差し指を添え、少し上の方を見上げ――――別の方向にさりげなく視線を遣る。
同時に俺を見ていたらしい彼女と目が合った。
ぴくっと彼女の前髪が揺れる。
「……とりあえず休もう。さっきから動きっぱなしだし、この暑さで二倍疲れた」
「いつにも増して情けなくなってない、アンタ……? キュービストだって珍しくまだ正常に機能してんのよ?」
「あれれ? どうして僕がいつのまにか機械扱いされてるかなー」
しかもポンコツ気味のな。
それに『珍しく』も何も刹那は普段の彼のことを知らないだろうと思ったのは俺だけなのか。
「アンタ、機人でしょ?」
「確かによく間違えられるけど、一応半機人の方なんだよね」
「似たようなもんでしょ」
似て非なるものです。
補足しておくと、半機人という種族は今の俺や刹那の種族、人間種と性質がよく似ている。
突出して高い能力を持たない代わり、全体が平均して高めに設定されているのだ。
それなら何故分ける必要があるかというと、当然人間種と半機人にも異なる点があるからだ。
人間種は取得可能スキル数が全種族の中でトップクラス。
対する半機人は取得可能スキル数が減少し、代わりに雷以外の属性攻撃や酸に対する耐性が人間種よりも総じて高い。
ちなみに機人は半機人よりもさらに取得可能スキル数が少なく、代わりに耐性を強化した、いわば半機人の延長線上に位置しているようなものだ。
「あー……空気が緩い。……戦いたい」
コイツのような筋金入りの戦闘狂は戦闘不足で禁断症状を発症するらしいな。
刹那はジーッと新顔の方を注視する。まるで獲物を狙う猛禽類の目つきだった。
「おい刹那、とりあえず殺気と短剣を納めろ」
刹那の肩を手で押し止めながら、キュービストには聞こえない声量で耳打ちする。
「っさいわね。ハイハイ休憩するんでしょ。別にキュービストの実力なんてさっき見たからどうでもいいわよ」
「じゃあなんで剣を抜いた!?」
「気付いたらこうなってるもんよ」
危険極まりないな。
俺がため息を吐きつつ近場にあった手頃なサイズの岩に腰掛けると、続いてアンダーヒル・キュービストと同じように腰を下ろし始める。
それでようやく刹那も激情の雷犬の上に座って、しかしまだ不服そうに腕組みをしてみせる。観念した割に諦めが悪いな。いつものことだが。
とりあえずアンダーヒルを休ませる目論見がうまくいったようで何よりだが。
無茶しようが疲れようが何も言わないアンダーヒルは、見ていて危なっかしい。
「……」
件のアンダーヒルはというと何を考えているのかわからない無表情で、ウィンドウを操作して何かの作業をしている。
彼女が素直に休むところを見たのは、クラエスの森での一回だけだ。
その時アンダーヒルと再び目が合った。
「申し訳ありません、シイナ」
突然謝罪された。
「え?」
「行きましょう。B班が煉獄堕天を発見したようです」
タイミングが悪いな……。
刹那が嬉々として激情の雷犬から飛び降りる。
「ふふふふふふ……」
色々とタガが外れてるようだが気にしたら負けと考えるのが一番妥当だろう。
「まぁ見つかったのは喜ばしいよな……」
空回りしてしまったのが少し残念だが。
その時、アンダーヒルの唇が微かに動くのが視界に映った。
『ありがとうございます、シイナ』




