(28)『ギリギリギリギリ』
「自分の能力値を一時的に下げる代わりに、他のプレイヤーを上げるスキル……ね」
無茶苦茶だ、と思いつつため息をひとつ吐いて、先を行く三人の背中に恨みがましい目を向けてやる。気休め以外に効果はないが、他にできることはない。
あの後、他のチームにヴォルカ討伐の報告を済ませた俺たちは元々の担当区域、山頂に向かって歩いていた。
一番前に二人並んで先程から何事か話している刹那とアンダーヒル。その後ろで二人の話に時折口を挟みつつ、付き従うかのように歩くキュービスト。
その後方に一人離れて俺だった。
どうも拗ねていると思われたらしく、何も言われることなく腫れ物に触るような放置状態が続いている。何故こうなった。
「アンダーヒルが知ってたんなら、大丈夫だとは思うけど――」
――警戒に越したことはない。
FOのようにステータスが戦闘能力のほぼ全ての占めるゲームに於いて、他者のステータスを加算する、なんてスキルはもはや強力、どころの話じゃない。
キュービストのような上位プレイヤーが同じく上位プレイヤーであるアンダーヒルに使うと、限界突破すら可能なのだ。
例えばアンダーヒルが今現在装備している武器はMW【コヴロフ】SW【正式採用弐型・黒朱鷺】の二つだが、この二丁狙撃銃の武器攻撃力はそれぞれ4200/1900。そしてアンダーヒル自身の攻撃力はおそらく700~800といったところだろう。
武器を用いた攻撃の時はその武器の攻撃力にプレイヤーの攻撃力を加算する。アンダーヒルのコヴロフなら5000弱、黒朱鷺なら2600ぐらいだ。
ただしこれはダメージ計算の実測値。ステータスの攻撃力値は全ての合計、アンダーヒルなら7000弱として表記される。
【祝福の無敵歓待】は、その総合値を相手のプレイヤー能力値に加算するものらしい。攻撃力なら総攻撃力を、だ。
さっき聞いたところ、キュービストの現在の総攻撃力は、さすが近接攻撃力最上位級のパイルバンカー使いと言うべきか驚異の攻撃力9000超らしい。
これで計算できないやつはいないだろうが、この時点でアンダーヒルの攻撃力値は約17000。もはや化け物の類だが実際問題、そんなところは重要じゃない。
問題なのは、俺の持つレナやスペルビアの雷精、アンダーヒルの影魔・フェレスなどいわゆる召喚獣に分類される存在は、プレイヤーの攻撃力値=ダメージ計算の実測値として扱われる、ということだった。
準ボス級モンスターすら一蹴することが可能なそんなスキルが実装されていること自体が疑問だ。あるいはロストスキルかもしれない、と思わざるを得ないぐらいには。
(あれ? 結局ロストスキルって何処から来たんだ……?)
「はぁ? 黒鬼避役?」
とその時、前で何かを話していた刹那の口から懐かしい名前が飛び出した。思わず意識がそっちに向き、少し近づいて三人の話に耳を傾ける。
断じて盗み聞きじゃないし、そもそも盗み聞くほどのものでもないはずだ。
「ほら、これだよ」
「うぇ、キモッ」
「言葉が偽るところを知らないね!?」
「キモいから早くしまって。それとそんなモノ触った手、外気に晒さないで。息止めたくなるから」
空気汚染の元凶か。
「一応レアアイテムなんだけどなー」
「早くしまいなさいって言ってんでしょ、耳腐ってんの?」
「僕の手首がギリギリギリギリ悲鳴あげてる!? いだっ、いだだっ!」
「キュービスト、この情報を何処で得たのですか?」
「偶然声をかけてきたカナというプレイヤーに教えてもらったものです、アンダーヒル様! あ、なんか痛くなくなってきたなー……ピリピリするけど」
キュービストの声に戻ったらいけない方の安堵の念が戻る。痛みが過ぎて頭の方に支障が出たようだ。
そろそろさすがに止めてやるか、と後ろから三人に歩み寄り、『刹那は言わずもがな危険、キュービストは初対面でさすがに失礼』との思考を経てアンダーヒルの肩にポンと手を乗せる。
ビクッ!
手を置いたアンダーヒルの肩が数センチ跳ねた。続いてバッと、その手から逃れるように身を引きつつ振り返る。
「あ……」
アンダーヒルがハッとしたように息を呑み、同じく振り返った刹那が「?」と首を傾げた。キュービストも心配そうな目をアンダーヒルに向ける。
「シ、シイナ……申し訳ありません……」
「あ、いや、ごめん……驚かせた?」
「いえ、大丈夫です……」
その表情には説得力がない。
よほど彼女の顔を見慣れていないと気づかないだろう微妙な表情の変化。不安や戸惑い、懸念、そんなあまり良くない感情のモノだった。
「何の話してたの?」
追求してもよかったが、刹那やキュービストの前ではアンダーヒルも居心地が悪いだろうと話を切り替える。
「キュービストが使っていた位置座標消滅の仕組みです」
「……そういえば知っているとかなんとか言ってたっけ。ハザード・カメレオンってさっき聞こえたけど」
「それが『黒鬼避役の眼晶』の効果です」
「これこれ」
キュービストがすっと差し出してきたモノを何の疑いもなく受けとる――――ベチャ。
「……?」
湿った音と妙な感触に手の中のモノに視線を落とす。
途端、思わず鳥肌が立ち、キュービストの顔面に全力でそれを叩きつけた。
「うぎゃ!?」
力をこめすぎたのかキュービストが仰け反るように後ろに吹っ飛び、それは向こう側に落ちてべちゃりとまたも生々しい音が耳につく。
黒鬼避役のぎょろぎょろと動いていた目が記憶に甦る。眼晶というのは、あの瞳の奥にあった球体状のレンズらしい。半透明のぶよぶよした塊なのだが、表面が粘液のようなものに覆われていて、てらてらと不気味な光沢を放っていた。
生理的に受け付けない感じだったが。
「使用後、一定時間位置座標を消滅させる効果があります」
「それ何に使える……?」
「プレイヤーに対する効果はあなたも体験した通りですが、周囲のモンスターからの発見率にも影響し、視覚探知によるエンカウントを抑制します」
「意外と使えるんだ……」
素直に驚きだった。




