(24)『何も言っていませんよ』
「――――影魔種能力……【死獅子の四肢威し】」
ヴォルカが溶岩溜まりに落ちるや否や、これも想定済みとばかりに淀みない所作でスキルを発動させるアンダーヒル。差し出されたその両手から溢れ出た黒煙が闇属性の鎖へと変じ、瞬く間にヴォルカの落ちた溶岩の中に向かって伸びていく。
「…………捕まえた」
何かを感じ取るように目を閉じていたアンダーヒルが呟く。そして次の瞬間、伸びる一方だった鎖が強く張り、ぐぐっとゆっくり術者の方に戻り始めた。
「ヴォルカを地上に引き上げますので――――」
「了解、左目も潰してやるわ」
不敵な笑みを浮かべた刹那と無表情のアンダーヒルが物騒な遣り取りを交わす。
「さっき頭狙ったのって目潰しのためだったのか?」
「今さら何を言っているのですか?」
「我が主よ、何も見てなかったのか?」
「アンタの目から潰すわよ……?」
どうやら気づいてなかったのは俺だけだったらしい。思えばさっき爆発音に続いて聞こえた生々しい破裂音はそれか。
「でも大丈夫か……?」
確かに外殻の堅い敵を相手取る場合、感覚器官を潰すのは悪くない手だが、機械系モンスター以外では同時に暴走の危険も孕んでいる。両目潰しは特に、モンスターの逆鱗に触れる可能性が高い。
「たぶん大丈夫じゃない?」
「楽観的過ぎるだろ。根拠なしかよ」
「いいえ、追尾式地雷を考えればわかるかと思いますが、ヴォルカは元々視覚以外の感覚の方が鋭い。視覚を奪ったとしても、さほど行動パターンに変化は出ないはずです」
両手を影が実体化した鎖の上に翳し、その先に視線を向けたままそう言う。
「我は何をする? あの無駄に堅い殻でも引き剥がしてやろうか」
手の内で双小太刀をくるりと回し、逆手に持ち替えたレナが挑戦的に笑って見せる。刹那といいリコといいレナといい、俺の周りにはどうしてこんなにも嗜虐的な笑みが似合う奴が多いのかね。
「できるのか?」
「保証はないが砕くだけなら、チャリオットを使えばあるいはと思っただけだ。心配するな、所詮お前らにはできんからな」
「チャリオットって何だ?」
アホの子を見るようなレナの視線が俺を冷ややかに貫く。
「見せれば思い出すか、鶏頭。よもや主人にあるまじき失態だな。駄犬め」
レナに駄犬って言われた……、と落ち込む暇もなく、レナが左手の小太刀を地面に落とし、空いた手を大きく上に突き出した。
「…………死場を駆る最上の神速よ――」
静かに始まった魔法のような詠唱。
しかしその序文を聞いた瞬間、唐突ながら今さらに、俺はチャリオットのことを思い出した。クラエスの森の水没林で一度だけ見たケルベロスの能力のひとつ(?)だ。
「――今こそ冥府より出でて地上の咎を狩り尽くせ! 【魔犬召喚術式】モード『死者の国駆る鉄車』!!!」
「うん、その前半いるか?」
同じ感想である。
ミシッ……ミシミシッ……。
あの時と同じ、軋音と共に巨大な古代式の戦車が現れた。
飾り気のない黒の金属製フレーム。車輪に固定された鋸状円環刃付き螺旋錐も、車体の側部に据えられた固定剣も、確かに記憶の通りだった。
ガタン。
地上からわずかに浮いた位置に出現したからか、わずかに車体が揺れる。
「これがなければ呼び出せん」
いるらしい。
「で、これをどう使えばあのやたらと堅そうな殻を引き剥がせるって?」
「叩きつける」
「戦車の使い方じゃねえよ」
文献に残ってないだけで昔はそう使ってたなんて言われたら人類が引き出せる力の限界どころの話じゃなく、当時の古代国家には一騎当千上等の怪力無双がゴロゴロいたことになってしまう。
既に馬とか関係ないし。
「このチャリオットの車輪はあらゆるものを轢断する。戦斧とか戦鎚とか戦鎌と同じで戦い用の車、チャリオットというわけである」
「いや同じでは――」
ちなみにここで俺の言葉が途切れたのは、『同じじゃないとは言いきれない』と思い始めたとか、ましてや『同じか!』と短絡思考で納得したからでも決してない。
気づいたからだ。
少し様子のおかしいアンダーヒルに。
静かに立ち尽くしながら、感情に乏しい視線を送るその手元には――――鎖の先端。
「おい、馬鹿犬」
「いきなり何を失礼な。馬鹿か」
「少なくともお前よりは馬鹿じゃない」
レナの出したチャリオットの車輪が、影が実体化した鎖を轢断していた。走ってもいない状態で轢断なんて言葉を使っていいのかどうかはわからないが。
気まずそうに口元をヒクつかせながら千切られた鎖を注視するレナは、スッとアンダーヒルの無言の視線を向けられただけでビクッと肩が跳ねた。
「方向はともかく、細かい位置までは指定できん! あくまで過失だっ――」
「何も言っていませんよ」
「――と思うの……であるが……」
熱気に包まれて時折歪む視界でもはっきりわかるほど顔面蒼白になり、だらだらと冷や汗をかくレナ。さすがの自信過剰家も目を逸らしつつある。
「んなことしてる場合じゃないでしょ。それでヴォルカは何処?」
刹那がちゃっかりレナの頭をパシンと叩きつつ、珍しく正論を吐く。
「ヴォルカの情報は報告例が少なく確実な情報とは言えませんが、現在負傷後の潜行で最も高確率と言われている行動パターンは一定時間潜伏後の追尾式地雷です」
「一定時間ってのはどれくらい?」
「およそ十分です」
「結構長いわね。回復されるじゃない」
「大したダメージ与えてないけどな」
「あ゛? 何か言った、バカシイナ?」
脇腹に物理ダメージが入り、俺は思わずその場にしゃがみこんでしまう。
少しは躊躇え。
「で、アイツどうやって倒す気? 元々目的じゃないし、最悪入り直しても別にいいわよ」
「入り口まで戻るタイムロスを考えると、山頂付近が捜索範囲担当の私たちが動くべきではありません」
「別にほっといてもいいんじゃないのか? そのキュービストってヤツ、敵にはならないんだろ? 元々この捜索も安全確認のためなわけだし」
「煉獄堕天戦に備え、不確定要素は取り除いておきたいです」
「もし泊まりになってそんなのがいたら、まともに休めないしね」
俺の出した妥協案は即座に切り捨てられる。元々本気半分だから想定内だが。
「それじゃ、やることはひとつね」
ギランと刹那の目が光った気がした。
「そうですね」
何が『そう』なのか、アンダーヒルの同意がそこで入る。
レナも本当にわかっているのか雰囲気に従っているだけかこくりと頷き、小太刀を拾い上げる。と同時に何事か呟いて、チャリオットを消滅させた。
「お前ら、何する気だ……?」
「キュービストを狩るわ」
「え゛……」
『狩る』をどういう意味で使っているのかを言及することはできなかった。




