(22)『追尾式地雷-ホーミングマイン-』
ドォンッ!
堅い岩壁に風穴を開けて狭い火山内部を抜け、広い平地になっている麓に銃弾の如く飛び出すと、アンダーヒルは回転飛行をやめて水平飛行に移る。
同時に役目を終えたそれらが、アンダーヒルの袂からローブの中に入って消えていく。
「大丈夫ですか、シイナ、刹那」
「頭グラグラするぅ……」
俺は昔のアクセルウィングの無茶が感覚的に残っていたからか思っていたほどには影響はなかったが、刹那の方はかなりグロッキーな状態だった。
「いきなりあんな無茶苦茶するとは思ってなかったからな」
アンダーヒルがやった、らしくない無茶は回転飛行だけではない。道が細く狭くなるにつれて、彼女はただひたすらに直進しつつ、あらゆるものを容易に切り裂く召喚獣『影魔』と【コヴロフ】で、障壁となる岩を排除していったのだ。
アンダーヒルにしては珍しい、思いつきで思いきった行動だ。もし途中でダメージの通らない不可変オブジェクトが配置されていたら、進めないどころの話ではない。高速で不動の壁に突っ込むことになるのだから、全員ただでは済まなかったはずなのだ。
最短ルートを考えるのではなく、最短ルートを抉じ開ける、その発想転換もあまりアンダーヒルらしくない。
「【魔犬召喚術式】、モード『ケルベロス』」
ズズッと地上の黒い影溜まりから膨れ上がり、徐々に形を変えながらちょうど真下の地面をついてくる。久々に三頭犬姿のレナだ。
途端、まるで最初から示し合わせていたようなタイミングで、アンダーヒルの翼が俺と刹那を解放した。
「っと……大丈夫か、刹那」
「っさいわね……」
刹那よりわずかに早くケルベロス・レナの背中に飛び降りた俺が彼女の背中を支えるように抱き止めると、刹那は何処か不機嫌な様子で顔を背けた。
そして、ある方向をジッと見据える。
「レナ、向こうだ」
「今回モ無駄ニ馬鹿デカイ相手ノヨウダナ、我ガ主ヨ」
『中の頭』が、刹那の視線の先、既に見える距離にまで近づいたヴォルカを見て唸るようにそう言った。
と同時に、翼を仕舞ったアンダーヒルが地面に降り立ち、ケルベロスの横を同じ速度で並走し始める。
「ヴォルカは索敵限界範囲も広く、索敵性能も高いです。まだ気づかれてはいませんが、索敵範囲内に侵入すれば即座に感づかれると思っていて間違いはないでしょう」
「それじゃ……電撃戦ね。速攻で間合いに飛び込むしかないわ」
「大丈夫なのか? なんなら調子戻るまで休んでてもいいぞ?」
「こんぐらいで私を除け者にしてんじゃないわよ、バカシイナ。あと、アンダーヒルが何の警告もしないで無茶しないように首輪でも付けときなさい!」
「それを本人の前で言うなよ」
あと俺はアンダーヒルの飼い主じゃない。コイツを制御できる人間なんてそもそもいないだろう。アプリコットよりは話が通じる分扱いが大変だが。
ケルベロスの背に揺られ、遠目でも巨体が目立つヴォルカに近付いていく。
「……いました。どうやら私の推測で正しかったようです」
ケルベロスと同じ速度で走りながら、【コヴロフ】から外したらしい照準器を覗いていたアンダーヒルが呟くように報告してくる。
「誰なの?」
「名前はキュービスト。種族は半機人。最終所属ギルドは≪弱巣窟≫ですが、現在は無所属。射突式破甲槍を用いた堅実な戦い方をするプレイヤーです。普段はややモチベーションに欠けるところはあるものの、実力は概ね一線級と言って差し支えないでしょう」
「要するに基本目立たないってわけね」
「名前ぐらいは聞いたことあるな……」
弱巣窟とは、≪アルカナクラウン≫として少しだけ親交がある。
それなりの実力派の人員構成の割に自虐的な名前のギルドを儚が気に入ったのがその端緒になるわけだが閑話休題。
名前に聞き覚えがあるということは、協力攻略の時にあるいは会っているのかもしれない。思い出せないが。
キュービストという名前から思い出せるだけ思い出せないか内心尽力していると、
「また、一般に知られてはいませんが、逃走・潜伏・隠遁のスペシャリストでもあります」
「逃げ隠れかよ」
一気にキュービストのことがわからなくなってきた。ある意味凄いことなのかもしれないが、素直に称賛しにくい。
その時、視界情報に一瞬『!』が瞬き、目のアイコンが表示された。
発見状態を示すアイコン。ヴォルカの索敵範囲内に入ったということだろう。さっきよりはかなり接近しているヴォルカの頭部が、こっちに向くのが見える。
「見つかったわね」
「マジであんなのと戦うんだな」
「健闘ヲ祈ルゾ、我ガ主ヨ」
「おい、レナ。お前、今のまるで他人事みたいに聞こえるからな?」
「ウム、他人事ダ。此度ノ戦イハ『右ノ』ニ任セル約束ヲシテイテナ。我ヨリ若干無鉄砲ナ性質ダガ……」
ヴォルカがおもむろに首をもたげ、ドンッと激しい衝撃音と共に地面が小刻みに揺れ始める。地面を割り砕きながら、地中に潜ろうとしているのだ。
「……勘ヤ嗅覚ハ我ラヨリ鋭イ。ヨモヤ足手纏イニハナルマイ。故ニ安心シテ背中ヲ預ケルガイイ」
『中』から言葉を引き継いだ『左』が、少し不安が残っているかのような声で言う。
個人的にはあの『右』、苦手なんだけどな。理由は言わずもがなだが、リコや刹那とはまた一線を画すタイプの――
「ハハハッ、久シク待チ焦ガレタ戦争カ! 『中ノ』バカリヲ優遇シタコトヲ後悔スルガイイ、我ガ主ヨ。ガ、竜族ヲ相手ニ仕立テタコトニハ感謝スルゾ! 喰イ殺シ噛ミ殺シ、何ヲ求メンヤ!!!」
――戦闘狂なのだ。
『右』の覚醒と共に眠りについた『中』の首がだらりと下がる。
ガガガガガ……ッ!
激しい削岩音を響かせながらヴォルカが地表面を抜け、地中の溶岩溜まりに消えていく。鞭のようにしならせた尻尾の反動も潜航に利用しているのか、周囲に跳ね上げた赤熱する溶岩弾が飛び散る。
「追尾式地雷の予兆動作です!」
「それなら今の内にそのキュービストとかいうヤツと合流するわよ!」
アンダーヒルの警告を前向きに無視した刹那は、まるで馬を急かすように右の頭をバシバシと叩く。
「小娘ガッ、振リ落トスゾ!」
「あ゛? 黙ってもっと速く走りなさい、駄犬。アンタから潰すわよ?」
これこれ刹那さん、これから戦いだって時に仲間を恫喝しないで下さい。
刹那の目から放たれる黒々とした殺気が、周囲の空気に殺伐とした雰囲気を強いる。ケルベロスですら急に黙り込んで、ただ素直に速度を上げた。『左』の采配かもしれないが、『右』から一言も返らないあたり屈した方でも強ち間違いではないのかもしれない。
やっぱりとっくに人間の枠から外れてるな。刹那は。
「アンダーヒル、キュービストは?」
「ヴォルカの潜航地点付近、北東側――」
刹那の問いかけに、アンダーヒルがマップを開いて報告する。
「パイルバンカーがあればヴォルカの外殻も割れるし、一石二鳥ね」
ヴォルカの身体は堅い岩殻に守られている。鎚系がいれば話は別だが、物理的な切れ味を攻撃力に換算する刀剣では、消耗が激しすぎる。
その点、パイルバンカーなら威力・貫通性能共に十分だ。
そんな打算をしていると、ちょうどその時。アンダーヒルから状況が一変する信じがたい報告を受けた。
「――いえ、消失しました」
「…………は?」
「どうやら潜伏したようですね」
淡々とした口調で、まるで想定内だとも言いたげな口上に思わず、
「「逃げた――――っ!?」」
刹那とのシンクロ率百パーセントを記録した。珍しくも。
ズンッ!
まるで畳み掛けるように戦況は刻々と変わっていく。
足元の揺れは、微振動から少しずつ強い振動に変わっていき、
「避けてくださいっ!」
ケルベロスが横っ飛びに跳ね、アンダーヒルが翼を広げて飛び上がった瞬間、
どっがぁぁぁぁぁぁぁっ!!!
岩盤を一撃で割り砕き、周囲へ溶岩を撒き散らしながら、ヴォルカの角が、そして頭部が姿を現した。




